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鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

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          ようこそ「鉄道全線完全制覇の旅」へ!

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鉄道全線完全制覇の旅」のホームページ版こちらよりどうぞ。過去に制覇した路線の記録を紹介しています。

YAZAWAを愛する「古川屋台・ソウヅ」さんのブログ「酒と野宿と…yazawaとカブと…」はこちら
バリバリの「E.YAZAWAチック」な店内は、ファンでない方でも気さくな「あるじ」が快く迎えてくれる事でしょう。

私の詳しいプロフィールはこちらより


☆当ブログに掲載されている画像について、管理人撮影のものに関しての著作権は全て管理人にあります。ご使用になりたい場合はご自由に使用されてかまいませんが、引用元を記されていただくと幸いです。
しかし私の写真以外つきましては引用元を全て記載しておりますので、そちらの管理人様との交渉となります。

ダイナミック☆トナカイの写真につきましては私にご連絡いただいて本人に確認を取りましてからのご返答となりますのでよろしくお願いいたします。

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瀬音ゆかしき杜の都 ⑦

フライトする訳でもないので駅名標を撮影し仙台空港を後にした私は更に長町で地下鉄に乗り換えるためなかなか「杜の都」にたどり着かないが、地下鉄制覇のあと、ようやく「杜の都」にたどり着き今夜の旅籠に荷物を預けたが、まだまだ七夕の揺れる飾りをじっくり見る間もなく仙台駅の地下ホームに足を急がせた。それは未乗区間であるあおば通~仙台間の仙石線を制覇するためだ。
仙石線制覇は1983年であるのでそれ以来になるのだが、当時は地上ホームでありながら他の国鉄路線とはやや離れた位置にあり、仙石線ホームからは他の国鉄路線ホームをやや見上げる形であった。仙石線ホームのみが離れ小島になってる理由は皆様もよくご存知であろうが、特に仙台ではこうしたかつての名残を楽しめたのは実に有効であった。
あれから20うん年…「杜の都」は大きく変化を遂げていた。

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ダイナミック✩トナカイ提供の1983年仙台駅の仙石線ホーム。ご覧の通り、首都圏で活躍した車両がこちらで第二の人生を送っていた。かつては私鉄であった関係から国鉄ホームとはやや離れていたが、現在は周知の通り地下化され青葉通りまで延伸されて便利になった。

ようやく「制覇」から解放された私は普通に観光旅行する旅人のひとりとして「杜の都」を堪能。牛タンを食べたり七夕の飾り揺れる風景を楽しんだりと「杜の都」のカルチャーや人情に触れ、過酷な制覇旅の疲れを癒していた。
そういえば我地元神奈川にも七夕祭りがある。そう、それは平塚の七夕である。何かで聞いたことがあるが、平塚で飾られた七夕飾りの一部を仙台でも見る事ができるらしい。つまり平塚から仙台へ転送される事になるのだが、これは実に微笑ましい事だ。私の地元のものが「杜の都」で再び花開くのは実に嬉しい限りである。

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画像はウィキペディアより、現在の仙台駅・仙石線ホーム。地下化され青葉通りへ延伸された。青葉通りよりの延伸で地下鉄東西線との相互乗り入れが実現するのか。私はまだ東西線を未制覇なのでいずれ乗りに来る必要があるのだが・・・


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瀬音ゆかしき杜の都 ⑥

1983年以来の丸森線~阿武隈急行で槻木に着いた私は再び東北本線に乗り換える。いや、前回の丸森線時代の時も確か槻木で乗り換え利府まで行き、折り返して白石まで行き更に急行「八甲田」に乗り換えるという技を慣行していた。「八甲田」に乗るため仙台付近を行ったり来たりして、この変則的な時間調整を最初から計画に組み込んでいた。多分、予定を組み換えればもっとスマートな計画ができたはずだが、私自身、当時は中学生で発展途上であったため応用範囲がかなり狭かったなと今になって感じる。それは当然の事であろうが、だからこそ今があり、更にその今も発展途上であろう。ただ、昔よりは応用範囲が、そして視野的なものがかなり広くなったと感じる。勿論満足はしていないが、こうして進化をして限りなく完成形に近づけば幸いであろう。

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ウィキペディアよりの画像であるが仙台空港「駅」のホーム風景である。1面2線で全ての列車が仙台に直通しているので非常に便利。千歳空港開業以来こうした駅が全国的に増えてきた。もちろん千歳空港以前にも京成や東京モノレールなど空港アクセスは存在したが、やはり時間に正確な鉄道は欠かせない存在であろう。だが、私のように、全く用事がないのに乗りに来る者は殆んどいないと思われるが・・・

そんな思いを馳せた今回の「杜の都」は私をどのように迎え入れてくれるであろう。ただ「杜の都」がすぐ目の前だというのに、1983年以来、杜の都付近の鉄道シーンもかなり風景が変わった。まず仙石線があおば通まで延伸された事。そして仙台に地下鉄が開通した事。そしてなんと言っても仙台空港線が開通した事であろう。これだけ話題か豊富なのは「杜の都」のみであろうが、イコール、これら全てを乗り潰さなければならないという事である。ならばと思い立った「杜の都計画」であるが、杜の都に入る前に仙台空港まで用事がないのに行かなければならない。
名取から枝分かれする仙台空港線は三セクであるが、JRとの別改札ではないのでJRと混同してしまいそうであるが、鉄道事情に詳しくない一般の利用者はそんな細かい事までわからないであろうし「ハイ、ここから仙台空港線だから」などと意識してはいないだろうから、とにかく空港へ時間時間通りに着けばある意味それで良い。

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そして仙台空港アクセスの車両はJR東の車両と殆んど見た目同じ近代的な車両である。我が地元の相模線にもこうした車両が出てくるとフレッシュな風が吹き込むのだが・・・

しかし私の場合は空港に勤務している訳でも、空港からフライトする訳でもない。仙台空港の駅名標を撮影して折り返す…他人が見たら全く意味不明な行動だ。
更に、折り返してそのまま「杜の都」に入るわけではなく、なんと町から地下鉄に乗り換える!泉中央と富沢の間を往復しなければならず、杜の都がすぐそばにあるというのになかなかたどり着かない。だが、訪問時は南北線のみであったが、浴衣姿の女性達を何度となく見かけたので既に「杜の都」は賑わいを見せている事であろう。いつしか私は、地上にある広瀬川の「瀬音」を聞くのが待ち遠しくなっていた。



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瀬音ゆかしき杜の都 ⑤

阿武隈急行線はもともと東北本線のバイパス的な意味合いで計画されたのは周知の通りであるが。正直、まさか全通されるとは思わなかった。しかも福島交通と同じホームから出てるとは!訪問当時はその理由について全くわからなかったが、お陰で懐かしい部分も込み上げてきて嬉しい誤算でもあった。

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強力に大きいサイズでウィキペディアより転用させていただいた福島交通に譲渡された元東急5000系。1988年に飯坂温泉に合宿による自動車免許取得のため一ヶ月弱滞在した時に大活躍していた。滞在先は飯坂温泉で教習所が泉にあったため、送迎バスのある時間帯意外に教習所に行くには「福交」が欠かせなかった。たまに医王寺前とかでオーバーランする場面も・・・

と言うのも、実は1988年に飯坂温泉に合宿免許取得に向け26日間滞在したからであった。20日間の予定だったので約一週間近くのオーバーであったが、その代わりに得るものや思い出、そして仲間たちなど多くの「利益」を産むことになったのは大きな収穫であった。思い出せばキリがないが、送迎バスに乗り遅れた場合は飯坂温泉から教習所のある泉まで、元東急の「青ガエル」5000系で向かったものだ。時には医王寺前でオーバーランしたりとなかなかスリリングであったが、そんな昔を思い出させるホームは昔と変わらぬ佇まいであった。いっそ福島交通の寄り道も本気で考えたが、今回は杜の都が私を待っている‥そんなプレッシャーもあり泣く泣く見送った。だが、阿武隈急行に乗ってみると、途中までは当然同じ線路を通るので瞬時にして18歳当時の自分に戻ったイメージになってしまった。
暫くすると、当然ながら福島交通と別れを告げるが、考えてみたら阿武隈急行、福島交通共に電化されているのが素晴らしい。もしかしたら将来的に長野電鉄のように首都圏で活躍した電車などが第二の人生を送る場面が見られるかも知れない。

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1983年訪問時の丸森は土砂降りの雨であった。このあと利府に向かい、更に折り返して白石へ・・・仙台を中心に行ったり来たりの工程は夜行列車に乗るための時間調整であった。だが、まさか丸森の駅名標の空白部分に駅名が書かれる事になるとは当時全く思わなかった。

さて、新しく開業した丸森~福島間は私にしてみたら当然ながら初乗りであり新鮮である。「塔のへつり」や「あぶくま」など、如何にも三セクらしいネーミングの駅が軒を連ねる。が、丸森から槻木までは1983年以来の訪問のため懐かしい。特に国鉄時代は棒線駅であった丸森や角田は見違えるほど立派な駅になった。
丸森や角田は将来的な準備であった列車交換のための線路用地など見られたが、まさか本当に現在になってその用地が活かされるとは思わなかった。「赤字ローカル線」「廃止路線」などの項目に常に顔を出していた記憶で、1983年訪問時は土砂降りの雨プラス既に日も暮れており、沿線風景など全く確認できなかった。ただ今回は明るい時間帯の訪問のためしっかりと町並みを拝見できよう。
東北本線のバイパスとなるはずだった丸森線は三セクという形に変われど、新しい何かを私に教えてくれているような沿線風景をみせてくれているようであった。



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旅を楽しくする実践講座 2021

新年あけましておめでとうございます!

今年も鉄道全線完全制覇の旅をよろしくお願いいたします。

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今回の写真掲載は1978年、二見書房より発行の「ブルートレイン」より右側のカード内容を紹介していたが、期間限定という事でご了承頂き、お蔵入りになっていた渋谷駅の様子に差し替えさせていただき紹介していきたい。

2021年スタートした!国鉄からJRに移管してから既に30年以上経過したが、とにかく合理化され民営化ならではの努力がなされており、国鉄時代からは想像もつかないほど進化している。ワンマン運転が当たり前の時代である現代の鉄道事情も、国鉄時代では山陰本線などでワンマン運転が導入された事が非常に新鮮かつショッキングな出来事であった。どんな小さなローカル線でも車掌が乗務していたし、そして駅員のいる改札では必ず職員が座り硬券の切符にパンチ(鋏)を入れていた、そんな時代であった。
そして切符の販売などをコンピューターで処理する「マルス」の機能が本格的に進化しはじめたのが私がレールファンとして全盛期であった小学校高学年~中学校時代である1970年代~1980年代からであった記憶だ。

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今回は私自身も撮影していた事さえ記憶から遠ざかっていた東横線の旧・渋谷駅の様子を紹介しよう。もちろんこの風景は記憶に新しいが、時間の経過とともに後世に引き継がれ貴重な風景となる事であろう。

しかしながら、まだまだマルスによる周遊券等の発券は少なかった記憶で、駅のみどりの窓口などでは周遊券などは発券別に常備券の在庫を持たねばならず、切符売り場の窓口職員や、もっと言えば改札に立つ職員等は、一年に数枚しか売れない周遊券等の細かいルールなどを全て覚えるというのはかなり大変な作業であったろう。もちろん、全て頭に入っているというのがプロとして当然であるはずだし、そしてそれを前提として我々利用者は快適に旅が出来る事が基本的な考え方であろう。

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ホームは頭端式で渋谷を通過できる列車は皆無である。ウィキによると昭和2年の開業という事なので物凄い年月が流れていいた事になる。もちろんその間増改築が著しく行われ現在の姿になった事は周知の通りである。

私のブログにちょくちょく顔を出す「種村直樹の汽車旅相談室」は、そんな旅先でのトラブル等を「規則」を通じて解説・解決していく趣旨であった。現代における若い世代のレールファン達はこの「汽車旅~」に関してはもう伝説に部類に入っていると思われるし、種村直樹と聞いても「昔の人」的イメージか、むしろ知らない方のほうが多いであろう。
改めて「種村直樹の汽車旅相談室」について解説すると、RJ社が発行(当時)する「旅と鉄道」という鉄道誌に始まる。最初は「旅を楽しくする実践講座」というタイトルであったが「汽車旅相談室」に名前を変えて連載がスタートした。インターネット等が発達していない時代に鉄道旅のトラブル等の解決策として大きな反響を呼んだが、相談室への接触方法としては種村直樹氏の自宅にハガキや手紙を送付し、それを種村氏が返答・返信し、種村氏が厳選した相談のいくつかが「旅と鉄道」に掲載される、というイメージである。「えっ、種村氏に直接ハガキって、どうして住所が分かるの?」というクエスチョンが出てくると思うが、昔は雑誌そのものに筆者の住所等が普通に掲載されていた。昨年他界した志村けん氏も、雑誌等の付録に掲載されているタレントの住所等を見ていかりや長介の自宅に「弟子入り志願」に行ったとの本人談であった。
「汽車旅相談室」はその後単行本としていくつか発行された事ひとつとってもいかにこの相談室の反響が大きかったか頷けるであろう。

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現在ではなんと西武鉄道との乗り入れが実現している東急東横線。かつて「伊豆戦争」を知る者にとっては現在のこのシーンが信じられない出来事であろう。

以前に私が取り上げた相談室の内容のひとつに「一筆書き乗車」というタイトルの記事がある。それは「一筆書き乗車中に例えば相模線の寒川支線(当時、現在は廃止)に乗車したくなった場合、別途寒川~西寒川の往復乗車券を買い往復するのは有効か?」みたいな内容である。この件に関して大反響を呼んだ事は私のブログでも解説しており、私のブログにも多くの意見が寄せられた。私自身も「違法」という意見を述べているが、久々に当時の「旅と鉄道」を読んでみたらとんでもない事が書いてあった。それは、一筆書きとはかけ離れた内容で拡大解釈し、「そんなにうまい話があるんですね。早速試してみます。」的な内容の文面が種村氏の元にたくさん寄れられたというのだ。例えば茅ヶ崎から茂原辺りまで行く場合、茅ヶ崎から120円(当時)を買い大網~茂原の別途往復切符を用意して「一筆書き中だ」と言えば安く済みますね、という者も出てくる的な内容であった。「そんなにうまい話」はともかく、それをわざわざ「試してみる」と種村氏にハガキを送るという事自体私には理解できないし信じられないが、実際に実行した者も少なくなかったであろう。そんな事もあって「違法ではないが感心しません」から回数をまたいで「規則の解釈上も疑問で、やめよう」にタイトルを変更し注意を呼びかけた経緯のある疑惑付きの内容であった。

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かつての東横線では「特急」の設定が無かった。現在の特急の停車駅は実によく考えられた結果だと思う。私にしてみたら綱島や日吉をも通過するシーンは実に新鮮だ。

そんな汽車旅相談を日々読み続けていた中学生であったが、23年というブランクを乗り越えレールファンに復帰したのが2007年頃であった。そして2014年11月、私は「はまなす」に最初で最後の試乗をするために北海道へ旅立ったのであった。
その時の出来事。私は音威子府で「常盤軒」のそばを堪能した後、帰郷のため札幌から「はまなす」に乗る計画であった。札幌では待ち時間をあえて作って「はまなす」での飲料・食料や「日帰り温泉」の準備も進めていた。銭湯は苗穂と桑園の駅前にある事をインターネットで確認していたので桑園でスーパー銭湯を利用する事に決めた。

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そしてなんといっても桜木町が廃止され元町・中華街までの延伸が実現した事である。実は横浜市営地下鉄も関内から分岐して中華街までの延伸が予定されていた。現在でもその名残が地下鉄の関内駅ホームで見られるが、結局東急に先手を打たれ、というより市営地下鉄の計画が頓挫してしまい断念・・・

いや、しかしすごい時代だ。銭湯ひとつ探すにも部屋の中でパソコンを眺めていればすぐに見つかる。私がかつてレールファン全盛で旅をしていた国鉄時代では、わざわざ書店で「駅前の宿」的な本を端から読みあさったり時刻表の巻末くらいにある広告や民宿案内みたいなページで日帰り温泉できる宿などを探すしかなかった時代だ。
私の場合、雑誌などで探す事もあったが、例えば旅先の現地で後に折り返し戻ってくる比較的待ち時間のある駅周辺を窓から眺め煙突を探す。もちろん工場とかの煙突ではなく「銭湯」の煙突だ。見つかると「よし、ここで下車だ!」とあらかじめ決めておいて折り返し戻ってきたら銭湯に向かう・・・みたいな、なんともアナログ的な探し方であった。この方法では実際に青森と南小松島で成功しているが、早い話、駅員さんなどにリサーチするのが一番いいかも知れない。なのになぜか私は煙突にこだわった。
そういえば一度だけ駅員にリサーチして入った銭湯が男鹿であった。秋田に折り返す列車を一本送らせても秋田から乗る列車は同じのため銭湯に向かう決意をしたのであった。

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かつてはここに5000系も姿を現していた時代があった。私が小学生時代の頃まで見かけた記憶があるが、やがて8000系も東急から姿を消す事となったのは寂しい限りである。

そんな旅慣れた私が自信満々で桑園で下車するため切符を窓口で見せた。別途区間の乗越精算のため自動改札から出られないためだ。私は音威子府~東京都区内の切符を見せて札幌~桑園の乗越運賃を係員に渡そうとした。ところが「これでは足りませんね。白石~桑園までの運賃をお願いします」と更に追加の運賃を請求された。「いやいや、サロベツで札幌まできて、札幌からはまなすに乗るんですけど・・・」と説明したが・・・ここで気がついた。そう、函館本線と千歳線の接点は白石であるから、特急の止まらない白石からは札幌まで乗り越しても「途中下車しなければ」料金不要である。つまり私は白石で「途中下車した」事になるのだ。こんな初歩的な事を、しかもベテランの域を超えた(?)レールファンが見落とすとは!駅員にあわせる顔もなかった、って、駅員さんが私の事をレールファンとは知らないであろうが・・・とにかく、こんな基本的な事を見落とす大失態である!!!その後のスーパー銭湯内で私は、湯船の中で恥ずかしくていられなかったのであった・・・
あれだけ「汽車旅相談室」などと豪語していた私にとって、これほどの大失態とは・・・

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普段はなかなか行く事が無かったであろう渋谷駅ホームの横浜寄りの姿。レールファン以外はあまりこういうシーンを眺めることは少ないと思うが、現在では渋谷をスルーする事ができるようになりある意味効率的な運転ができるようになった。

それはともかく、汽車旅相談室で読んだ国鉄職員の怠慢や姿勢は、現在のJR時代には、私の経験上や知る限りでは殆んど無いと思う。むしろJR九州などは、私が肥薩線で「隼人の風」と「いさぶろう・しんぺい」の乗車を兼ねて熊本へ抜ける際に「隼人の風」が大雨で肥薩線の霧島温泉で列車が立ち往生したまま運休になってしまい、熊本方面に行く道のりが閉ざされた際について、本来私の持っているフリーきっぷでは新幹線は利用できないのだが、救済処置として新幹線に乗車できるよう鹿児島中央に連絡をしてくれて対応してくれたのだ!
お客様に有利なよう、そして不便ないように対応してくれた姿勢・・・素晴らしいと思った。おかげで九州新幹線「初乗車」をフリーきっぷで体験できたのだ。当時は新八代から在来線に乗り換える時代であったので尚更貴重であろう。国鉄時代の汽車旅相談室に出てくる国鉄職員の杓子定規な考えには到底想像もつかない現在シーンがそこには存在した。いや、私がかつて国鉄時代に旅をしていた時も汽車旅相談室に出てくるようなトラブルは無く、むしろ優しく有利になるように対応してくれた思い出の方が多いし強い。であるのだから、やはり我々も「お客だ」的な意識をあまり持たずに、もっと鉄道会社に歩み寄る姿勢を持つ事でもっと楽しい旅が出来そうな気がする。そう、鉄道会社の影の努力があってこそ私たちは定まった時刻に列車に乗り、そして旅が出来るのである。皆様もご存じと思われるが、海外等では20時間遅れなんて列車もざらにある。それを考えると2~3分遅れでも車内アナウンスが入る日本の鉄道事情は、他の国から見たら考えられないシーンでもあるだろう。

DSCF3282.jpg
そして相鉄が更なる延伸計画を企てている中、東急はどう変化していくのであろうか。輸送量増加に伴い東京寄りを複々線にしないと捌ききれない状態であったろうが、目蒲線や大井町線等既存の路線を活用し東横線や田園都市線を改良する事で複々線をぜずに対応した姿は記憶に新しい。西武は相鉄の乗り入れにやや難色を示しているらしいが、そこは是非西武の英断に期待する!


さて、皆様の鉄道の旅はいかがであろうか。たくさんの経験、そして素敵な思い出などあれば私に是非お知らせ願いたい。
鉄道での旅・・・私は今の時代にあえて「汽車旅」と表現したい。その汽車旅を楽しくしていく術は我々自身から歩み寄る・・・そして作り出すものではないか。そう感じてならない2021年である。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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