鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

インフォメーションセンター

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鉄道全線完全制覇の旅」のホームページ版こちらよりどうぞ。過去に制覇した路線の記録を紹介しています。


私が過去に制覇した路線の旅行程こちらより。小学校時代に訪問した東京近郊等は記録されておりません。1982年以降の、記録が残されている旅を記録しました。


YAZAWAを愛する「古川屋台・ソウヅ」さんのブログ「酒と野宿と…yazawaとカブと…」はこちら
バリバリの「E.YAZAWAチック」な店内は、ファンでない方でも気さくな「あるじ」が快く迎えてくれる事でしょう。

私の詳しいプロフィールはこちらより


☆当ブログに掲載されている画像について、管理人撮影のものに関しての著作権は全て管理人にあります。ご使用になりたい場合はご自由に使用されてかまいませんが、引用元を記されていただくと幸いです。
しかし私の写真以外つきましては引用元を全て記載しておりますので、そちらの管理人様との交渉となります。

ダイナミック☆トナカイの写真につきましては私にご連絡いただいて本人に確認を取りましてからのご返答となりますのでよろしくお願いいたします。

西寒川駅」のみを特化しホームページを開設してます。こちらからどうぞ。西寒川駅には特に強い思い入れがありました。西寒川駅の過去、そして現在をまとめてみました。
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チャンピオンカーニバル① 清々しかった下沼

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幌延で一夜を過ごした翌日、私は次の下沼に向かった。
私が訪問したのは6月であったが宿にはストーブが置いてあった。北海道の朝は6月でも寒いらしくストーブが必要といわれたが、特にその様な事はなく、清々しい朝を迎える事ができた。

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こんな道が延々と続く。いかにも北海道らしい風景であるが、さすがに雄大!的なところに下沼駅はある。

やはり旅先で頂く朝食は一流レストランで頂く料理とは違った美味しさがある。
全く関係ない話であるが、私の家の近くに某家系のラーメン店がある。そこは家系総本山の店主の次男が経営しているラーメン店で、多い時で1日千人の客が来るという人気店だ。
流石に家系総本山認定というだけあって味はずば抜けてウマい!トンコツベースのスープは一度食べたらもう一度!となる。私自身も月に2~3回は必ず行ってしまう唯一無二の名店である。

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下沼駅も貨車駅に変わって久しい。駅前一等地は商店などの施設は全くないが、人の気配も全くない。今回の私の訪問は2017年6月であるが、この訪問直後に駅舎の塗装をリニューアルしたらしい。

そんなラーメン店をも彷彿してしまうくらい美味しい朝食を頂いた後の下沼は、朝一番というのに利用者の姿が見つからなかった。かつては相対式ホームで列車交換ができたが、現在は周知の通りの姿である。国鉄時代に比べかなり減便されたが、それでも列車がやって来ることに価値がある。隣の南下沼は既に無く、ここ下沼も存続の危機にさらされているからだ。
下手したら宗谷本線の名寄以北の存続すら危ない状況である。

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宗谷本線の駅の多くが交換設備を外され棒線化されてしまったが、ここ下沼もそのひとつ。かつてのレール跡は緑に埋もれて全くわからないくらいに過去の記憶となってしまった。

既に過疎化とモータリゼーションは何度も記した。観光列車など全国的にアイデアは出尽くした感がある。何か違った意味での鉄道活用法は無いのか。観光だと安定した収入源にはならない。

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こんな駅舎が神奈川県にもあったらいいなぁと思う。相模線なら入谷あたりにあっても不思議ではないであろう・・・

廃止しか選択肢が無いのはつらく寂しい。何だか昔からレールファンはそういう思いばかりしてきた気がする。というより、国鉄時代から知るものはまさか宗谷本線がそういう話題になるなど考えもしなかったであろう。下手したら札幌近郊のみに鉄道が残る日が来るかも知れない。そんな事を考えたくないので私は次の豊富に向かった。

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エキサイトシリーズ⑩ 幌延はパラダイス

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エキサイトシリーズもこの幌延で千秋楽となった。今回紹介している旅では旅籠の役割として機能してくれたので、じっくりと駅を観察出来ることとなった。というのも、宿泊施設は駅前の民宿で、駅から徒歩で、いや、駅舎から徒歩で25歩くらいであろう距離である。

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やはり特急停車駅とあって乗降がそれなりにあった。だが、時間帯によっては無人駅になるなど、昭和の私にはあまり馴染みのない事象なので不思議な感じだ。しかも、この私が宿に着いて駅を観察に行った時間帯は既にそれに当てはまり、「スーパー宗谷」の写真を撮影しながら複雑な気持ちになった。もはや合理化もかなり限界に来ているJR北海道の印象であった。
特急列車からは学生服姿もチラホラ見えて、ある意味かなりリッチな通学風景だなと感じてしまう。

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辺りもすっかり暗くなってきたが、まだまだ撮影可能な明るさだ。私の訪問時は駅員の勤務時間外であった。平成の世の中、幌延でさえも無人駅の時間帯があろうとは・・・時代も変わったものだ

さて、幌延であるが、かつては羽幌線が北西に向け分岐していた。南からくる列車を北で受け止めるとはなんとも興味深い設計であるが、そんな面影すらあまり感じないくらいの薄い印象であった。
羽幌線と聞いて若いレールファンはあまり馴染みがない路線名であろうが、私自身も現役時代に訪問する夢は幻に終わった。最盛期は恐らく昭和30年頃と思われるが、主役は石炭であったろう。ただ、昭和55年頃になると「いい旅チャレンジ20000km」が登場し嫌でも国鉄全線制覇しなければならないわけだから、自ずと羽幌線にもやってくる。
そういったシチュエーションの中で羽幌線を体験できたとしてもある意味羨ましいが、最初から狙ってやってくる者も中にはいたはずだ。「いい旅チャレンジ~」のキャンペーン中私は学生だったので、そうしたローカル線の良さなどが何となくしかわからなかったが、そういう時代を経験したからこそ今になってその良さがわかるようになった。今羽幌線が健在であったなら間違えなく私は訪問しているであろう。ただ、高校に入学してからレールファンから離れた事と経済的に北海道制覇を後回しにしたことで全て計画段階でお蔵入りしてしまった。唯一国鉄時代に北海道へ訪問できたのは、このブログで何度も紹介している白糠線訪問の時のみである。

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そしてホームへ。昭和の風景が今でも残るのは嬉しい。国鉄時代にも来てみたかった。不自然なレールの途切れ方は羽幌線の名残であろうか。この駅にはかつて転車台もあった。

ただ、嬉しいのは前述しているが、現在の訪問でもまだまだ国鉄時代か残っている場所が多いので訪問し甲斐がある。ここ幌延もそのひとつであるから尚更だ。

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かつて、特に正月などで活躍した某タレントではないが、いつもより多く写真載せてま~す!的な幌延駅の列車交換風景。先に下り普通列車が到着。そして後に上り特急列車が到着した。どちらの列車からもかなりの下車客があった。やはり宗谷本線の要衝駅である事は昔も今も変わらない。

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エキサイトシリーズ⑨ 夕日が眩しい上幌延

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最近私は「サスペンス」にハマっている。ついこの間まで「浅見光彦シリーズ」を欠かさず観ていたが、途中でキャストの変更があり、慣れるまでに少々時間がかかった。キャストは変わっても役処のシチュエーションは変わらずで、主人公の浅見光彦の身の回りでおきる事件を解決していくストーリーであるが、その浅見光彦は裕福な家に家族と住んでおり、家族とは敬語で会話をするというなんとも変わった設定だ。そして一番のポイントは歳の離れた兄が警察官で、なんと刑事局長という設定である。これが前半から中盤の見せどころで、毎回浅見光彦が事件に巻き込まれ重要参考人として警察に連行される。そして身元確認している最中に事情を聞いている刑事が散々光彦の事をコキおろすが、刑事局長の弟と判明したとたんに刑事が手のひらを返したように態度が変わるのがお決まりのパターンとなっている。その手のひらを返す刑事役は大体お笑い系のタレントが多い。
やはりこうした「お決り」が観る側も期待をするしそれに応えてこそヒットする法則みたいな方程式があるのかも知れない。

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駅舎はお馴染みの貨車。正確には車掌室とでも言おうか。私が「いい旅チャレンジ20000km」で全国をかけ潜っていた1980年代までは頻繁に現役として見かけたが、徐々にフェードアウトしていった。とは言え、姿形を変え今もこうして活躍していると思うと、何となく感慨深い感じもする。

例えば「ドリフ」などは最も象徴的であろう。「ヒゲダンス」や「カラスの勝手でしょう」などはあのタイミングで出すからいいのである。やはり「お決り」「マンネリ」こそ我々にとって大切であり素敵な事ではなかろうか。
また、故・渡瀬恒彦演じる「十津川警部シリーズ」もいい。このシリーズは原作が西村京太郎だけにレールファンにはたまらないシーンやテーマが登場する。とはいえ、とりわけレールファンではなさそうであるが、それでも「北斗星」や500系新幹線など登場させる辺りが憎い。
だが、「やっぱり浅見光彦は沢村一樹だよなぁ~」と思いながら「でも、もこみちもまた別の意味でいい味出してるな~」みたいな感じで夜の11時頃からCSで観始める私に少々ブレーキをかけてもらいたい気持ちである。

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板張りでは無く砂利というのが重厚さを感じる。有効長がそれなりにあるホームも、現在は恐らく長さの3分の1くらいしか使用されていないであろう。

さて、そんなドラマに出てきそうな上幌延であるが、幌延よりも南にありなから「上」を冠するのは実に不思議であるが、何れにしても幌延の通勤圏内の位置にある。もちろん、あえてそう記してみたが、周囲は「秘境駅」とカテゴリーしてもよさげで、文明とは程遠い雰囲気を醸し出す。
だが、モータリゼーションと過疎化により鉄道としてのメリットを最大限発揮できなくなってしまった現在、ほんの僅かな通学客が利用しているにとどまっている事であろう。いや、仮にそうだとしても、卒業すれば利用者は減るということになろうか。同じ北海道でも札沼線の札幌側は利用者増で電化複線化に改良されたというのに。

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さて、次は今夜の宿となる幌延だ。すっかりあたりも暗くなってきたが、初夏の北海道は日が長い。

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エキサイトシリーズ⑧ なぜか南幌延で思い出した事


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全く私事で申し訳ないが、私に初めて彼女ができたのは中学3年の時であった。
同じクラスの娘であったが、私も人並みに恋をしようと当時は思ったのであろう。同じクラスの仲良かった女の子に相談して告白する一大決心をしたのだ。その女の子と私の好きだった女の子とは特別仲良かったというわけではなかったが、他にどうすればいいのかわからず、いわゆる「キューピッド役」になってもらった。
確か音楽室だったか放送室だったかに放課後に呼んで連れてきてもらっていよいよ告白タイムとなった。そしてキューピット役の女の子から「早く言いなよ」みたいに言われ私は好きだった女の子に想いの全てをぶつけた。

「これこれこうで・・・」

すると意外な言葉が返ってきた。「これってドッキリみたいな感じにからかわれてるの?」
ハッキリ覚えてないがなんとなくニュアンス的にこんな感じの第一声だったと思う。
「いや、そんなんじゃなくて本当なんだけど」
多分、キューピッド役の女の子もフォローいれてくれたと思う。そして・・・

「実は私もあなたの事を・・・」

と言われ唖然としてしまった。つまりお互いに好意を抱いていた「両想い」ということであった!意外な言葉に私はどうしていいかわからなかった。まさかそんな事を言われるとは思わなかったので私自身信じられなかった。
やがてふたりは付き合うようになったが、彼女が「二人きりで会うのは恥ずかしい」みたいな理由から、最終的に二人きりで会った事は結局一度もなかった。必ず4対4とかのタッグマッチで私の家で遊んだのを覚えている。
そしていつしか自然消滅みたいにふたりの関係はフェードアウトしていった。いや、もしかしたら私が振られたのかも知れないが、付き合っている頃に私は白糠線廃止情報を受けて北海道へ向かっている。そして帰郷の際に私は彼女に「白い恋人」をお土産に買っていった。

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こうした駅っていつも踏切のそばにあるよねっ!的なシチュエーションであるが、現在、存続問題で揺れているのは周知の通り。

今考えたらなんとも子供らしい経験であるが、やはり中学生だけに恋愛経験は愚か、人生の経験も少ないため対応の仕方がわからなかった。お互いに異性と付き合うというイベントが初めてだった(と思う)ので、お互いにどうしていいかわからなかったと思う。今となってはいい思い出だ。
実はその後に後日談があり、確か私が20歳くらいの時に彼女から久々の電話があった。懐かしかった。色々話をしたが、今ハッキリ覚えている一言が「なんか軽くなったね」と言われた事であった。「えっ?」て思った。多分、電話があった当時はレールファンは休業中で、音楽その他多方面に向け、ある意味「青春」をしていた事を伝えたのがそういうイメージになってしまったのかも知れない。まぁ、でも彼女から連絡があるって事は何となく嬉しかったし、増して付き合った当時はお互いに何も知らない、話した事もないところからのスタートだったので、それを考えたらいい意味で発展したという事であろう。

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踏切のそばにある、ホームは木の板張りでできている等、かつて仮駅であった条件が揃っているが、ここは開業当時かられっきとした駅である。幌延の「南」とはいえ、眺め的にはバッチグーじゃないですか?

今、この平成の世の中になって当時何を思っていたか本人に聞いてみるのもいいかなと思ってしまう。今彼女はどうしているのであろうか。年齢的に孫がいてもおかしくない。が、そんなことを考えているのは私の方だけかも知れない。私的に失恋とはあまり思い出したくないものであるが、この恋愛に関しては妙に懐かしく、そして嫌な感じがしない。むしろ素敵なメモリーとして貴重な宝物となっている。と言うか、失恋とかというより自然消滅的にお互い離れていった記憶なので後腐れないというか嫌なイメージが私には無い。いや、向こうはどう考えているのかわからないが・・・もしかしたら私の事を「あんなのなんで好きになったのかな」みたいに思っているかも知れないが・・・

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これが冬季には活躍するんだよねッ!的な建築物であるが、レールファンから見れば素敵に見えるが、地元の方にしてみたら強い味方であろう。

さて、本題に入ろう。安牛から幌延までは比較的短い距離間で駅が発生する。つまり幌延に近づくにつれ周辺の利用者も増えてくるため・・・というのは過去の話である。隣の安牛もここ南幌延も、天塩川を挟んだ対岸には比較的大きな集落があると聞いた。
対岸では列車を利用しにくいよな~と普通に考えてしまう。実際にここ南幌延は存続問題で揺れているらしい。というより、宗谷本線自体が今後の行方も気になる。

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駅前一等地はこんな風景である。残念ながらJRの収入源にはならないであろうが・・・

なぜ南幌延の章を書いている時に過去の恋愛の事を思い出したのか・・・私にもわからない。ただ、北海道という地は初めて訪問したのが中学3年生の時で、ずっと訪れてみたかった地であり、そして白糠線廃止情報を受け、当時唯一北海道の国鉄時代を経験できた時期でもあった。そしてその背景にそんなプライベートな恋愛話もあって、私にとって1983年とはある意味ターニングポイントであった気がする。そんな当時の国鉄的風景を今も尚残している宗谷本線を今訪ねていると、やはりそういった過去を思い出すのは自然であろう。そしてもっとレールファンを続けていれば国鉄時代に宗谷本線を始め北海道全線を経験できたかも知れない、ある意味悔しさみたいなものも感じる。であるから、やはり経験出来る時に経験するのが一番いい。「来年にしよう」とか「いつか必ず」ではその時できるかわからない。だから思い立ったら即行動!これが最近における私のポリシーでありセオリーである。

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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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