1982年・何も言えなくて・・・夏③
2019-03-30

(新幹線開業直前の新潟駅。と言っても駅名表の為非常に伝わりにくいのが残念であるが・・・ここから越後線で柏崎に抜ける。)
越後線で柏崎に着いたが約二時間半待ち・・・柏崎より来迎寺に抜けて魚沼線でも乗ればよかったのだが、乗り潰し初心者の私は全くのノーマークで直江津方面へ向かう。いや、この先で宿となる夜行列車の時間に合わせるには魚沼線などの寄り道はしていられない。そんな慌ただしく二時間半待後に乗った信越本線普通列車は途中、情緒ある「青海川」や「鯨波」を通る。通るというより下車してみたかったのは言うまでもないが、ちょうど夏休みで海水浴シーズン。鯨波では海水浴客と思われる面々が挙って下車した。中には既に列車の中で膨らませたであろう、浮き輪を片手にホームを歩く乗客もいる。

(レールファンには有名処である。海水浴場にも近く、私の訪問時も沢山の海水浴客が下車した。)
そんな信越本線の普通列車はのどかな時間が進行する。直江津に着いたら今度は更に信越本線で長野に向かうのだが、再びここで約二時間半待ちだ!なんというこの歩留り悪い計画であろうか・・・現在であれば「喫茶店」「居酒屋」等の選択肢があるであろうが、当時はまだ中学生。さすがに「居酒屋」という選択肢は脱落するが、現在の私でも「喫茶店」は、多分似合わないであろう。というより普通列車同士の接続が悪すぎる。いや、あえて待時間を多くとり特急に乗ってもらおうという得策か・・・もっと他に良い方法があっただろうが、いずれにしても「18」では不利なダイヤになっている。しかしながらご覧になってお分かりと思うが、当時の私は直球的なルート選択ばかりであった。接続悪いなら悪いなりにもっとシュートやカーブも覚えなければダメだった。もっともシンカーやパームボールはまだまだ早いであろうが・・・

(2013年に訪問した時の二本木駅。当時はまだJRであった。現在は長野~直江津間で唯一のスイッチバック駅となってしまった。)
そんな直江津でただただ「ウェイティングサークル」で出番を待つような感じである私であったが、ようやく信越本線の列車がやって来た。またまた「湘南電車」だ。そして高田経由で長野に向かい「中央夜行」を捕まえる行程である。途中「関山」「二本木」はスイッチバックであるが、現在もスイッチバックが残っているのは二本木だけである。つい最近も再訪しているが、昔と全く変わらない佇まいのまま健在。しかしスイッチバックする列車の方は既に電車となり昔の「勾配に弱い鉄道」に比べたら面倒臭い作業は無く、運転手もわざわざ先頭車両に向かう事も無いままスイッチバックしていく。レールファン的にも旅情的にも味気ないかもしれないが、経営する側からすれば実に効率の良い作業であろう。
それより、今の時代に二本木にスイッチバックを残すのは、近年まで貨物の取扱があったかららしい。貨物の取扱がなくなった現在、いつスイッチバックを解消してもおかしくないであろうが、第三セクターに経営母体がかわり経費の捻出が課題となろう。だが、我々レールファンにとってはやはりこのままスイッチバックを残してほしいと願うのは本音ではなかろうか。

(既に何度か紹介しているが、この旅の時に撮影したものである。80系は辰野駅であるが、隣のスカ色113系が私の乗った「中央夜行」である。)
そんな事を考える中学生を乗せた信越本線普通列車は長野に16時22分に到着した。長野からは18時30分発中央夜行で新宿に向かう。が、何と2時間以上も待ち時間がある。これは「並ばなければ席を確保できない」と言う教訓から事前に計画した事柄であった。2時間もあれば「善光寺」などの観光もできたであろうし「りんご」や「みそ」等の名物も堪能できたであろう。しかし中学生の私はそんな事に一切興味を示さず、というより何がなんでも座席を確保したいため「あみん」ではないが私は待つ。いつまでも待つ。そしてただ只管「いい旅」を「チャレンジ」する事のにみ従事していた。だが、列を作っているのは私たちのみ・・・列車入線時刻近くになっても全然「中央夜行」を待つ面々の姿すら見当たらない。列車が到着しても余裕で座席を確保。
「この2時間待ちはなんだったのか・・・」と思うほどあっけなく座席を確保できた。これは旅が終わってからわかった事であるが、基本的に普通夜行列車の上り列車は出発時間が非常に早い。先述した私の乗る長野発新宿行きの中央夜行は18時30分発、紀勢本線の夜行「はやたま」は亀山をなんと17時21分発である(はやたまは列車番号的には下りであるが)!と言う事を考えると、途中まではローカル列車の機能を果たすわけであるため、たとえ満席であっても必ず座席が空くであろうと推測できるのだ。そんな事、当時の中学生が分かるはずもなく、ただただ座席の確保のために貴重な時間を待ち時間に使ってしまったのだ。だが、こういう経験をしてこそ次に活かせる!と確信。と言う風に物事の考え方を切り替えなければ後悔ばかりが残る事になるではないか!
ひとり10ボックス位確保できそうな「混雑度」の列車に揺られながら新宿目指した。

FC2 Blog Ranking

にほんブログ村

にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
好きな車両
でむろい・まぁーちん様
コメントありがとうございます。
「鼻ヅラが長い(馬面)」とはこちらでよろしかったでしょうか?
http://4190koawazay.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
正直言って実は私も最近の車両についての形式などにはかなり疎いのですが、国鉄時代の車両は大体形式わかります。最近のJR車両はほとんどといっていいほど形式などはわかりませんが、国鉄時代に比べて派手なカラーリングが多くなりましたね。特に九州に関しては顕著に現れているような気がします。
80系に関しては実際の乗車経験がありませんが、私が中学くらいまでは飯田線などで最後の活躍をしてましたので思い切って乗車すればよかったのかもしれません。
こういった古い車両はとても情緒あふれるものですね。私はどちらかというと「駅派」なので車両にはあまりこだわりはありませんが、車両的にはお気に入りの寝台特急(ブルートレイン)が消滅していくのは寂しい限りです。
Nゲージで貨物列車が好みとは、かなりの筋金入りですね。小学・中学時代はNゲージもやってましたが、なにせ単価が高いので少年には無理でした。その変わりではないですが「プラレール」で楽しんでましたよ。小中学生くらいってちょうどプラレールが不要になる頃の年齢ですよね。それを逆手にとって各方面から頂戴していました。学校の文化祭ではそのプラレールを披露するほどの所有数となりましたが、今でも捨てずに所有してます。と言っても車両は自身の好みの色に塗り替えたりしてましたが・・・
「鼻ヅラが長い(馬面)」とはこちらでよろしかったでしょうか?
http://4190koawazay.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
正直言って実は私も最近の車両についての形式などにはかなり疎いのですが、国鉄時代の車両は大体形式わかります。最近のJR車両はほとんどといっていいほど形式などはわかりませんが、国鉄時代に比べて派手なカラーリングが多くなりましたね。特に九州に関しては顕著に現れているような気がします。
80系に関しては実際の乗車経験がありませんが、私が中学くらいまでは飯田線などで最後の活躍をしてましたので思い切って乗車すればよかったのかもしれません。
こういった古い車両はとても情緒あふれるものですね。私はどちらかというと「駅派」なので車両にはあまりこだわりはありませんが、車両的にはお気に入りの寝台特急(ブルートレイン)が消滅していくのは寂しい限りです。
Nゲージで貨物列車が好みとは、かなりの筋金入りですね。小学・中学時代はNゲージもやってましたが、なにせ単価が高いので少年には無理でした。その変わりではないですが「プラレール」で楽しんでましたよ。小中学生くらいってちょうどプラレールが不要になる頃の年齢ですよね。それを逆手にとって各方面から頂戴していました。学校の文化祭ではそのプラレールを披露するほどの所有数となりましたが、今でも捨てずに所有してます。と言っても車両は自身の好みの色に塗り替えたりしてましたが・・・
コメントの投稿
トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://4190koawazay.blog.fc2.com/tb.php/335-5e75074d
先日はコメント頂きありがとうございます。
早速、本題に移ります。
私は、レトロな車両が好きです。
80系?みたいなのがいいですね。
カラーリングにも好き嫌いがあって、この80系は好きだけど、オレンジ&深緑が好きじゃない。
何系っていうのか知らないのですが、最新投稿内の「ムーンライト信州」の車両も好きじゃないです。
同じカラーリングで、鼻ヅラが長い(馬面)のもありますよね?
あれも好きじゃない。
幼い日から目にしているので、見飽きてるんですよ。
Nケージを見るのは大好きですが、どうもこの車両・カラーリングは好きになれないです。
Nケージなら、貨物車両が好きです。