蝦夷からアイヌへ⑥ 鷹泊

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生まれて初めてこの地を訪れた。国鉄時代は常に収支係数ワースト常連の深名線に、いつか訪問してみたいと思っていたが、とうとう実現しないまま今日まで至ってしまった。そして今回、2017年6月にその思いを果たせたわけであるが、当然ながら既に現役ではないどころか、レールは既になく、面影すらない場所もある。だが、意外にも路盤や駅設備が現在でも残っている場所も少なくなく、廃止されてから20年以上経過した現在でも保存状態の良い場所もある。そんな面影を追いかけるため、この地に足を踏み入れてみた。

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さて、こちらは2017年6月現在の鷹泊駅舎。ご覧の通り、現役時代そのまま現在に至る・・・的な保存具合だ。もちろんメンテナンスもしっかりとなされてる雰囲気をしっかりと感じ取る事が出来る。

だが、当日は雨・・・というか、前日に、特に西日本では記録的な豪雨との情報をメディアで確認していた。それが北上して北海道まで接近するとの情報であったが、実際には午前中で雨があがってしまった。であるが、私の深名線訪問時間は午前中。それでも深名線が私を待っていてくれるのなら・・・私はカーナビを駆使して各駅を訪問してみた。
まずは鷹泊。現在でも木造駅舎は健在である事はウィキで確認済みであったが、実際に訪問してみたら思った以上に保存状態がいい。そしてホームも未だ健在!草刈もしっかりとされており、管理人様の思いが伝わってくる。

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そしてこちらがホーム側の駅舎。やや部分的に朽ち果てているものの、ほぼ完全な姿で今も健在なのが嬉しい。

さて、今後も深名線の訪問駅を順次紹介していく予定であるが、深名線を訪問した印象・・・ハッキリ言って旅客営業のみでは到底銭儲け出来ない大自然に囲まれた風景であった。一番大きな集落と言えばご存知幌加内であるが、今回の旅ではあえて訪問しなかった。しかしながら「そばの名産地」としてその名は高く、品質も申し分無いであろう。というのも、かつて私の実家がそば店を営んでいたが、確か幌加内産のそば粉を使用していた記憶であるので何かと縁が深い。

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そしてホームへ。ホームも未だ健在であるが、もちろんレールは無い。だが。列車の雰囲気とか自然と感じ取る事が出来るのは実に良い。かつては列車交換ができて、二面三線で島式ホーム1本と駅舎に接する片面使用ホームがあった。しかしながら現在残っているのは駅舎に接するホームのみとなっている。

ただ、鷹泊は幌加内町には所在しないが、お隣の幌加内町にも引けを取らないくらい大自然豊かな町だ。そしてそこにレールの歴史が存在し乗客が少なくとも、特に冬季にはそのレールを刻む音が力強く思えたであろう。
ただ、この深名線は確かに乗客が少なく沿線人口も少ないが、それでも定期客がしっかりいたのが素晴らしい。そして、深名線の最もたる特徴として長距離客が少なくないという事だ。

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そしてこちらが駅前一等地。ちゃんと駅まで舗装された道路が通じているのが実に良い。だが駅前には商店などの商業施設はなく、ただひたすら民家や倉庫的な建家があるのみであった。

特に深名線はバスに転換されても乗客は長距離客が多いと聞いた。逆に言うと、たとえば大きい病院など通院される方などは必然と名寄か深川、滝川、旭川などの大都市に限定されてしまうため長距離になってしまう。そんな沿線住民は、たとえ大雪でも時間通りにやってくる列車はある意味重宝した事であろう。だが、残念ながら経営側は利益が出なければ会社が成り立たない。路線廃止は必然となったわけであるが、それでもかつては貨物輸送もそれなりに盛んであった事であろうと思う。北海道は特に「開拓」と言う名の元、物資輸送などは今ほど道路が整備されていなく、道のコンディションも日によって良い日が少ない場合があり、そのため鉄道がそのメリットをいかんなく発揮できたため重宝された時代もあった。

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レールがなくてもこれだけしっかりと存在感をアピール出来るのが素晴らしい。できれば駅舎内にも入ってみたかったが・・・

だが、時代も変わり列車の性能は上がったが、それと同時に自動車の性能も上がり、そして道路もアスファルトで整備され幅員も広がり便利になった。自動車免許を所有されている方はともかく、免許を所有されていない、いわゆる「交通弱者」と呼ばれる方などは完全なる定期客であった。そんな中、かつてこの深名線においてある「事件」があった。JRが利用者の少ない駅を廃止したいと幌加内町に打診したらOKとの返事だったので、ある駅が廃止になった(おそらく新富であったと思う)。だが、その廃止を知らされていない利用者は、ある日急に列車が停まらなくなってしまい、完全に孤立してしまったという逸話があった。これから更に少子高齢化時代が深まっていく中、ある意味象徴的な出来事といえよう。

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そしてこちらが確か名寄よりの風景。わずかながら、なんとなくレールがあった名残が確認できる。

残念ながら深名線はなくなってしまったが、こうしてかつての鉄道の歴史が今も残っている姿を見つめていると、そんなかつての記憶がよみがえってくるから不思議だ。いや、それは必然の出来事なのであろう。であるから尚更深名線の記憶をこれからも大切にしたいと、深名線の最初の訪問先である鷹泊の駅舎を見つめながらそう感じていた。


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蝦夷からアイヌへ⑤ 大樹

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国鉄時代の駅名標はmassi1様のご協力のお写真である。今回の旅ではmassi1様のブログ「プラットホームの旅」の国鉄時代を参考参考にしながらの旅であったので、比較しながらの旅が大変楽しかった印象だ。

既に廃止されてしまった広尾線は帯広から広尾までの路線であったが、広尾から先、えりも経由で日高本線の様似まで繋がる「予定線」があった。開通していたら恐らく特急列車が設定されていた事であろう。そして今回紹介する大樹は間違いなく特急停車駅になっていたはずだ。広尾線沿線では起点の帯広の次に大きな街であろう大樹は、国鉄時代も要衝の駅であったが、大樹と帯広間の区間列車があったかはやや記憶が薄い。

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こちらは国鉄時代の駅舎。もちろんこちらは「プラットホームの旅」より。

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そしてこちらが今回訪問の2017年6月現在の大樹駅舎。比較していただいてお分かりのようにほとんど昔のままである事が確認できるのが嬉しい材料。現在駅舎は「北海道衛生株式会社」が所有しており、駅舎横には大きなアンテナがデーンと構える。

さて、今回訪問したのは2017年6月。廃止から既に30年が経過したが、事前調査では駅舎は転用されてはいるものの、現存していると聞いた。そんな情報を元に現地に訪れてみたら・・・
なんと、いい意味で裏切られてしまった!まず、レールはないものの、ホームがしっかり現存!しかもしっかりと手入れされ現役時代となんら遜色ないくらいの保存状態。実にお見事!というか、ここ大樹に寄る前に愛国、忠類と訪問したが、事前調査では内容がわかっていた。そのためある程度の心構えができていたが、大樹の場合は事前調査と内容が異なっていたためのサプライズであったのだ。やはり実際に訪れてみるものだ。

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かつては公園に整備されていたと聞いていたが、現在これほど手入れされているとは思わなかった。正直、公園時代をあまり期待していなかったのだが、ある意味、いい意味で裏切られた感じであった。これからもこの状態を維持していただけるとものすごく嬉しい感!

そしてまたまた今回、国鉄時代の大樹の写真は、毎度お馴染み「プラットホームの旅」管理人様の「massi1」様似ご協力いただいた。大変貴重な写真の数々を公開なされるので是非ご覧いただきたい。
さて、このあと広尾に向かったわけだが、広尾線の模様については後日紹介するつもりなのでお楽しみということで・・・

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最後に「プラットホームの旅」より現役時代の風景。やはり広尾線の要衝駅だけあって堂々としている印象だ。


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蝦夷からアイヌへ② 万字炭山

本当に鉄道の歴史があったのであろうか・・・完全に外界から隔離され「秘境」という名のカテゴリーではくくれない恐怖を感じた。
万字炭山とは、かつて室蘭本線の志文から枝分かれし万字炭山に至る、言わば炭鉱路線である「万字線」の終点駅である。現役時代は、旅客列車は全て岩見沢発着であった記憶だが、実はここに来る前に旧・万字駅にも寄った(その模様は後日紹介します)。志文から万字線方面へ車で向かうとだんだんと幅員が狭くなってくる。特に旧。万字を過ぎると完全に車幅ギリギリまで草木が生い茂り、砂利道に変化する。本当にこの先に駅が存在したのか・・・と疑ってしまうが、残念ながら現役時代に訪問できなかったのでその真意を確かめたく車を先に進めた。

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写真だとなかなか伝わりにくいが、万字より先の道は車一台がやっと通れる幅員である。本当にこの先に駅などあったのであろうかと疑ってしまう・・・

するとそこには事前に確認していた以上に荒涼とした風景が展開されていたのであった!本当にこんなスペースに石炭を積出すような設備があったのかと目を疑ってしまうくらい狭窄なスペース。ましてすぐ横に沢が有るため自然と片側が制限されてしまう。よくぞこんなスペースに駅を造ったものだと関心してしまうくらいの場所であった。そう、万字炭山駅跡はほとんど草木に覆われ判別困難であったのだ。ただ、その名の通り、基本「貨物」が優先されるであろう輸送目的のため、人的な輸送目的は後回しであったのだろう。というか、後で調べたら、私の訪問時には既に旧駅舎他は完全に撤去されてたらしい。

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そしてその行く手にそれは姿を現した。そこは荒涼とした自然なる風景で、かつて鉄道の歴史があった事など判別不可能であった。写真右側に駅舎があった。

そして万字炭山駅跡の先を更に進むと「万字森林公園」があるが、こちらが万字炭山の炭鉱跡と聞いた。そう、この森林公園こそ炭山とその集落であったのだ。だが、私の訪問時は万字炭山駅跡より先に進もうには更に道の幅員が狭くなっており、更に初夏の草木がその行く手を拒んでいるようなありさまであった。それより何より、絶対に野生動物が好む環境・・・出る!絶対に熊が出るはずであろう感覚であった。おそらくこんな場所で熊に出会ったら「白い貝殻の小さなイヤリング」はくれないであろうし、お礼に唄など到底歌えない!的な風景であった。この場所は本気で観光気分で訪問してはならない。私自身もクマ装備はそれなりにしていてもやはりいざという時に冷静になれるかどうか不安であった。だから車から出るのにかなりの覚悟と勇気が必要だった。現役時代もこんな感じだったのであろうか・・・と疑ってしまう、言わば「小和田」「小幌」などよりもかなり強度な秘境駅の雰囲気であった。国鉄時代は「秘境駅」というカテゴリーや概念が一般的ではなかったので、現在もこの駅が現役であったなら間違いなく秘境駅訪問家の評価も高かった事であろう。

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こちらが駅舎があった場所。基礎がしっかりと残っていた。駅舎があった時に訪問してみたかった、いや、現役時代に訪問してみたかった。

ただ、万字から万字炭山に向かう途中では廃墟や廃炭鉱設備的な建家が点在し、そこに石炭の歴史を感じた事も事実である。エネルギー革命によりゴーストタウンとなってしまったが、かつては間違いなく日本の経済を支えていた事であろう万字炭山。現役時代に訪問できた方が実に羨ましい限りである。

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そしてこの先に万字炭山の炭鉱と集落があった事であろう。だが、その確認作業はできなかった。

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そしてホームや側線があった場所は、線路が完全に撤去され、その後放牧に使われていたらしい。現在はご覧の通り、単純に空き地になっていたが手入れはしっかりとされていた。

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そして炭鉱設備と思われる廃建家。完全にゴーストタウンとなっていた。

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更にゴーストタウンの象徴であるかのように、民家もご覧の通りである。万字~万字炭山間にはこんな風景が展開された。


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時よ、お前は③ 下津井

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下津井電鉄の終点・下津井は、特に漁港としてその名を知られ瀬戸内海の豊富な海の幸を我々に提供してくれる。特に下津井で取れる「たこ」は独特の弾力があり、スーパーなどで見られるアフリカ方面のたことは全く異なる食感を出す。地元はもちろん、岡山市内などにも下津井たこを楽しめる飲食店が多く、その絶対なる信頼度は実に大きい。
そんな地を終点とした下津井電鉄は廃止された現在でも「地元密着」を肌で感じる事ができる。児島の街とは違い実にのどかな漁港の片隅に駅はあった。現在でも痕跡はしっかりと残っており、この地に鉄道の歴史があった事を無言で語りかけてくる。というより、ある意味ナローゲージがよく似合うと思った。地形的にかなりの制約を強いられたであろう鉄道敷設工事も、ナローゲージとして運命を歩んだ理由のひとつなのであろうか。いずれにしても、もしまだ現役で活躍していてくれたなら、おそらく私は下津井電鉄の列車に揺られ、名物のたこ料理をつまみながらライムサワー片手に瀬戸内海を一望できるオーシャンビューの宿泊施設に身を寄せていたことであろう。

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早速。漁港からスっと1本道を折れると下津井駅が登場する。本当にすぐそばが漁港であり、完全に地元密着的な鉄道だ。


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未だレールが残る・・・やはり地元の方にとって、下津井電鉄が廃止されてしまった事は無念であったのだろう。やはり電鉄あっての街の風景・・・


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そして岡山方面は、今にも列車がやってきそうな風景になっていた。というより、その気になれば復活も夢ではないであろう。


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時よ、お前は② 鷲羽山

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下津井電鉄の廃線跡で一番気になっていた駅が鷲羽山であった。この駅から見下ろす瀬戸内海は絶景で、などと私が解説を入れなくても周知の事実であろうが、鷲羽と言えばかつて新大阪~宇野で運転されていた急行列車の愛称であったのは懐かしい。ほぼ夜行列車であったが、新大阪を夜の時間帯に出発して宇野につくのがなんと3時台である!そこから連絡船に乗り換えて高松へ向かうのだから実に体力のいる移動手段だ。そう、まだ瀬戸大橋が開通していない時代であるから、本州と四国は必ず船という移動手段が入る関係上、宇野や高松で深夜未明の時間帯での乗り換えを強いられる場面も少なくなかった。
そんな事を思い出させてくれる鷲羽山駅は、現在もサイクリングロードの休憩施設として当時の面影を残していた。駅はちょっとした崖プチのような高台に有るため、そこから見える瀬戸内海は実に素敵な風景。廃止になったのはもったいないね!って感じてしまう空間でもあった。

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一見どこに駅跡があるのか分からないが、写真中央のバルコニー的な部分が鷲羽山駅跡である。



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私は道路を挟んだ反対側に車を停めたため、ご覧のらせん状の歩道橋を渡り鷲羽山駅跡へ向かった。


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歩道橋からはこんな空間に繋がっている。既に観光化されているが、なんとなく鎌倉にも似たような景色がある感じがして、ある意味「地元」的な錯覚に陥る感覚でもあった。


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そしてこんな空間に出る。もうお分かりであろう。右側がレールの敷いてあった場所であるという事を。現在はサイクリングロードとして活躍する。


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そしてここが鷲羽山駅跡。列車交換はできず、片面一線の棒線形ホームであるのは開業当時からのものと思われ、現役時代のまま現在に至る。

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道路から見えたバルコニーはこうなっていた。バルコニーからは瀬戸内海を一望できる。ウィキで確認してみたら、下津井電鉄で瀬戸内海を一望出来るのはこの鷲羽山駅が唯一と聞いた。


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バルコニーからはこんな景色が!ご覧の橋が開通後に下津井電鉄と現役を共有したのはわずか2年ほどであった。ある意味、橋の開通は明るい話題ばかりではない。

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ホームから琴海寄りを望むとご覧の景色が。弧を描く空間はやや華奢で、一目瞭然でナローゲージな列車の活躍が肌で感じられた。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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