fc2ブログ

鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

チャンピオンカーニバル③ 徳満にズームイン❗

tokumitu (6)

かつては素晴らしい国鉄式の木造駅舎があったが、現在は簡易なプレハブ的待合室に変更された。つい最近の出来事かと思っていたらかれこれ20年近く経っている。そして毎回書いているが、この駅も交換設備が外されて久しい。
駅前には国道が隣接するが、とにかく車が猛スピードで目の前を通過していく。のんびり走るローカル鉄道など地元の人にとっては無用の長物なのであろうか。
運転本数的にも運転時間帯的にも通勤より通学向きかも知れない部分もあるが、私のように関東に在住の人間でさえ普段は鉄道よりマイカーなのだから、地方なら尚更マイカーでなければ、いや、マイカーがなければ生活出来ないであろう。逆に東京都心部はマイカーだと不便な場合が多い。
そして最近は車を所有しない若者が増えているという。経済的な部分はもちろんあろうが、特に都心においてはむしろ地下鉄他公共交通機関の方が充実していて、むしろ車の方が駐車場などの問題もあり便が悪いかも知れない。

tokumitu (1)
tokumitu (2)
tokumitu (9)
tokumitu (2)
現在はプレハブ的な簡易待合室のみとなってしまった徳満。かつての駅舎の基礎が見え隠れするが、さぞかし素晴らしい木造建築であったろう。

そういえば「徳満」と聞いて、字は違えど国民的アナウンサーのイメージであろう。我が地元湘南地区に居を構え、東海道線などでの目撃情報も私が小学校時代に聞いた事がある。そして、なんといっても親子揃って私が崇拝する某ロックアーティストの大ファンという事もあり実に景気が良い!誰もがそう思ってしまいそうな駅前は、すぐ目の前に国道があるというのにひっそりと自身の役割を果たしていた。

tokumitu (8)
tokumitu (4)
tokumitu (5)
tokumitu (7)
確かに秘境駅であるが、駅前には国道がありビュンビュンと車が飛ばしてくる。その国道から少し入るだけでこんな異空間が広がっている。宗谷本線はそんな異空間を提供してくれる場面が多い。


FC2 Blog Ranking


にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
にほんブログ村

新春ジャイアントシリーズ④ 北星

久々に時刻表を購入し改めて驚いた。各メディアにて既に報告は受けていたものの、2021年3月13日JRダイヤ改正号の時刻表をめくって見たら、各方面のページレイアウトが変更されていたり、特に北海道に関しては石北本線や宗谷本線などはかつてよりスペースがスッキリして圧縮されたイメージであった。つまり駅の廃止により駅名の羅列が減少したためのスッキリ感がイメージをそうさせたのだろう。
そのスッキリ感の中には秘境駅として人気が高かった駅も含まれており、レールファンとしては惜別の念を禁じえない状況であろう。そんな駅の数々を暫くバックナンバーで振り返ってみたい。


hokusei (8)

レールファン、特に秘境駅ファンにおいては大変有名な存在であろう北星であるが、特異な待合室の存在が圧倒的存在感を見せつけてくれるのは周知の事実であろう。日進との間にはかつて「智東」があったが、利用者僅少のため廃止されたのは2006年の事であった。2017年訪問時はレンタカーによる訪問であったが、地理上の都合からひとつ先の智恵文が先の訪問となった。そして先述通り酪農というよりはむしろ畑が多い風景となっている道を只管名寄方向に逆戻りする形で北星に向かった。

hokusei (13)
hokusei (1)
hokusei (2)
早速、レールファンにはお馴染みの待合室。強烈なアピールの文字帯が印象的であるが、特に冬季には本当にこの存在が守り神となる。

そういえば、かつて上野~盛岡間で寝台特急「北星」があった。今考えたら盛岡までの寝台特急ってなんだかものすごく特異な雰囲気を醸し出すが、更に驚く事に、上野~仙台間に「新星」という寝台急行が運転されていたのはご存知であろうか?私の知る限りでは当時20系の寝台列車であったが、確か東北新幹線か上越新幹線が開通した年の1982年に廃止されたのが私の記憶である。現在ではどちらも新幹線であれば数時間の距離で、とても「寝台」で旅する距離と時間の感覚はないであろう。若いレールファンには信じられないであろうが、そんな列車がかつては運転されていた上野口であった・・・みたいな事を思い出してしまうこの北星「駅」は、その事については全く縁もゆかりもないであろう事象である。

hokusei (14)
hokusei (15)
早速中へ。毎日利用できたら実に「いいね」的な雰囲気。本気で独占、いや、自身の書斎にしたい気分である。

普通列車でこの駅に到着すると「絶対に下車したい!」という気持ちに駆られるのは私だけであろうか?このままスルーしてしまうのはものすごく勿体無い気持ちになる。どうしてもあの特徴ある待合室が気になって気になって仕方がない。
2014年の訪問時は普通列車で普通に停車しただけで超物足りなかったが、2017年訪問時はレンタカーであったので、ある意味地元民感覚での訪問となった。先述したが、2017年訪問時は先に智恵文を訪問してからの北星への訪問となった。その智恵文の駅前の道から更に名寄方に向かうと北星に着くが、この道は実に「地元密着」の道である。

hokusei (5)
hokusei (9)
hokusei (10)
hokusei (12)
hokusei (3)
絶対的にかつての「仮」的佇まい。であるが、歴史的には「仮」の姿は無い。だが、木製の重みを余すことなく感じることができる足元は、まさに北海道特有の「名産品」であろう。

文明の利器が発達した現在でなければ恐らく私は車でたどり着けなかったであろう地元密着型の道路をひたすら進むが、北星に着く頃には更に地元密着型になり更にカーナビの威力を発揮したが、本気で地元の方が駅を利用する雰囲気で北星に到着する体験ができたのは実に嬉しかった。鉄道とは本来、利用者があって成り立つものである。と言うか、鉄道に限らず、バスなどの公共交通機関などは全てこの理屈に当てはまるが、鉄道以外の方法で北星を訪問してみると、よくぞこの場所に公共交通機関が存在するなと改めて感心してしまう環境である。我々レールファンはよく「秘境駅」などとネーミングをしてそういったカテゴリーを楽しんでいる部分もあるが、そのような形では語れない意味深な何かを感じさせてくれる北星の存在であった。先人の歴史があるものの、この現代において宗谷本線を経営するJR北海道の苦悩や努力が肌身で伝わってくる思いを感じた駅であった。もちろん、北星に私が訪問してすぐにこういう感覚になったという事ではないが、むしろ「改めて」と表現させていただいて実感したという事である。

hokusei (4)
現代シーンにおいてこういった風景を今でも体験できるのがレールファンが多く存在する理由でもあろう。特に宗谷本線ではこういった風景を体験できる場所が少なくないのも特徴。

特に北海道は国鉄時代は仮乗降場の宝庫であった。若いレールファンにとって「仮乗降場」というキーワードはほぼ伝説に近いであろう。北星は仮乗降場としての過去は無いが、国鉄時代は仮乗降場と呼ばれる駅がたくさんあり、むしろこの北星もこの部類に分類されてもおかしくない存在であった。正直言って駅とかつて仮乗降場の区別というか差というものが、私のような古いレールファンの場合は何となく感じる事ができた。だが、宗谷本線においては特にその「差」というものをあまり感じない印象であったのが2017年訪問時であった。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ 日本全国の鉄道へ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
にほんブログ村


風立ちぬ~今は秋OR冬?⑤

石勝線の魅力はなんだろう?と自問自答しながら綴ってみたが、果たしてハッキリとした見解が記されていたであろうか。そして皆様に伝わったであろうか。多分どちらも満たされてはいなかったかも知れない。
ただ、ハッキリとわかることは炭坑路線が観光路線に変化した事。更に道東アクセスの役割をプラスし当時の最新設備を投資し飛躍し活躍してきた事。
ただ、沿線人口の減少やライバルである高速道路の出現で石勝線を取り巻く環境が大きく変わり、当初の思惑とは違った時代の流れを歩んでいる事も確かで、開業当時から駅や信号場の減少や格下げも目立ち北海道での鉄道経営の厳しさを改めて思いし知らされたイメージである。

higasioiwake.jpg
夕張線の一部は特急列車が走るため改良された。開業当時、夕張線に特急列車が走る事自体強い衝撃を受けたが、現在ではその夕張線の一部であった駅も信号場等に格下げされてしまいJR北海道の厳しい現実がひしひしと伝わってくる。東追分もそのひとつだ。

それでも石勝線の新線区間はもともと人口希少地帯を走るのだから、ある程度の計算は出来ていたであろう。例えばオサワなどでわかるように駅としてではなく開業当初から信号場として現れているのは典型的な例であろうが、それでも計画当初は駅としての構想があったのだから、如何に石勝線が地元の悲願であったかお分かりであろう。
しかし、悲願が達成されよう頃にはそこに生活は無く、豊かな自然とのゴースト化した一部の集落が残るのみで、唯一、占冠が「大都会」としてリゾートと共に現在も活きているのはある意味奇跡と言っても良いくらい素晴らしい事である!そんな哀愁漂う石勝線が私は愛おしくてたまらないのであろう。

tomam4.jpg
石勝線開業時には想像もしなかった建物が石勝線沿線に登場した!しかもバブル期には「リゾート」と呼ぶにふさわしい内容であったので私も憧れの存在であった。駅名も石勝高原から現駅名のトマムに改称されるほどその衝撃は凄かった。

二十歳くらいの頃、私は彼女とかとトマムのツインタワーやガレリアスイートに宿泊するのが密かな夢であった。二十代でその夢は果たせなかったが、そんな夢を抱いてしまう魅力がトマムにはある。そし2014年にはレンタカーで石勝線の各信号場と駅を巡ったが全てではなかった。
乗り潰しを主体として近年までライフワークだった名残からあまりリピートするという習慣や感覚が私には少ないように感じる中、再び三たびリピートしてきたのは石勝線のみである。

「もう、お腹いっぱい?」

いやいや、全然!私にはまだ知らない石勝線が無数にある。いや、あるはずだしもっと知りたい。石勝線の魅力について考えてみたが結論は出ない。いや、逆に完璧に魅力が全てわかってしまったら魅力が無くなってしまいそうな気がする。
魅力探しの旅…それは永遠に続きそうな気がする。だから石勝線の旅は面白いのかも知れない。

sikanotani8.jpg
最後に鹿ノ谷であるが・・・全盛期は夕張鉄道との接続駅でもあった。広い構内が炭鉱時代の盛栄を無言で語りかけているが、現在はレールそのものがなくなってしまった。私的には新夕張~夕張はそのまま夕張線でもよかった気がするのだが、なぜ石勝線になったのか・・・その真意は如何に!

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

鉄道全線完全制覇の旅

風立ちぬ~今は秋OR冬?④

さて、石勝線の魅力について私なりに「なぜ?」を自分に問うたが、中にはこんなこともあった。
日本で初の普通列車設定無しの区間が誕生したことだ。そして新夕張~新得間では楓絡みで変則的な運賃計算が発生した。

kaede12.jpg
石勝線で最も個性的であり変遷の多い駅であろう楓。本線上には旅客ホームがあるのだが、定期列車でこのホームに列車が停車する事はとうとう無かった。かつて存在した中線跡は現在ペンペン草の真っ最中であった。

石勝線開業当時はご存じ、普通列車は旧夕張線のラインを受け継ぐダイヤとなっており、いわゆる「登川支線」は新夕張~楓間で折り返し運転で設定されていた。ちなみに新しい楓は基本的に登川と旧楓の中間辺りに設置されたとの報告があるのだが、実際には旧楓寄りのイメージだったと思う。そして新らしい楓の利用者予測は開業当時で100人であった。これは旧楓と登川の利用者を単純に合計した数値らしいが、果たして当時の当事者は本気でこの数値を肯定していたのであろうか?残念ながら結果は皆様も既にご承知であろう。

DSCF1920.jpg
続いてこちらはトマム。石勝高原時代には無かった長い跨線橋は星野リゾートまで続く。もちろん特急列車でしかやってこれない。

そんな楓は開業当時は中線一本を持ち、更に本線上にホームを持つが、それとは別に普通列車専用の独立ホームを持つ特殊な構造であった。この事ひとつでも超魅力を感じるのだが、また更に楓~新得では普通列車の設定が無く、またまた更に楓は特急列車や急行列車が通過(運転停車を覗く)するため楓から楓以東方面に行くには一旦新夕張に出て新得方面の特急列車等に乗り換えるという面倒な工程が発生する。もちろん楓~新夕張間の往復運賃は不要であるが、それにしても実際に年間でどれ程このルートでの利用があるかは別として、利用者にしてみたらなんとも面倒であろう。

simukappu5.jpg
石勝線開業当時は夜行急行列車「まりも」を除く全ての列車が停車していた占冠。現在はその座をトマムに譲っているが、村の人たちにとっては重要な存在であろう。もちろん普通列車はやってこないが・・・

そして、なんといっても新夕張~新得間の相互利用では特急や急行の利用は自由席に限り特急料金不要の特例ができた!これは凄い大盤振る舞いだ。では「青春18」はどうするの?という疑問が出てくるが、確か当時の時刻表などの案内には書いてなかった。しかし、私のブログに最近よく登場する「種村直樹の汽車旅相談室」にはこの石勝線の「18」に対するルールが紹介されていたが、種村氏は「18きっぷは普通列車専用のため新夕張~新得間の特急列車利用はできません」的な内容が記されていた。「あれっ?」と思われる方も少なくないであろう。当時のグレーゾーンにおいて種村氏は「乗れない」とハッキリとした見解を示していたが、青函トンネルの海峡線時代を含め皆様には現在の正しいルールが既にお分かりであろう。というより、青春18ひとつ取っても「一筋縄ではいかない」ところに石勝線の魅力を感じるのかも知れない。

もしかしたらこれから先の未来に、こうした「石勝線化」される路線が増えていくのであろうか。特に北海道辺りに顕著に見られると思われ、例えば宗谷本線や石北本線など、特に幹線系において可能性があるであろう。

普通列車がやってこない

本当にこんな駅や路線が近い将来増えていくのであろうか。石勝線が開通してから34年が経過した。34年前といえば国鉄時代であるが、既にこんなに前の時代から現在の形である唯一無二の路線が確立されていたのだ。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

鉄道全線完全制覇の旅

風立ちぬ~今は秋OR冬?③

石勝線の魅力はなんだろう?と自身に問うた場合、やはり新夕張~新得間は物凄い秘境地区に踏切無し、高規格線路、スノーシェルターと開業時当時の最新設備を投入した斬新の路線であり、その目的は札幌と道東アクセスを主題としたものである事がどうも私を惹き付けるみたいだ。
しかしながら計画された当初は紅葉山(現在の新夕張)から占冠を通り根室本線の金山に抜ける通称「紅葉山線」と日高町(国鉄時代の富内線、現在は廃止)から占冠を通り新得ぬける通称「狩勝線」の組み合わせで、両者の一部を具現化し現在の目的に変更し敷設された路線であることは周知の通りである。

simukappu6.jpg
国鉄時代の敷設計画が本気で進んでいたら大きな要衝になったであろう占冠。2面3線のホームは時刻表を見る限り旅客列車の交換は皆無であるが、貨物列車との交換風景は見れるのであろうか。


ご覧の通り、計画通りに敷設されていれば占冠が大きな拠点となっていたのは明白で、富良野辺りから占冠を通り日高町を経由して苫小牧へ出れば室蘭方面へのルートが確立する。もちろん、旅客輸送のみを目的に計画されたのではない事は誰がみても明白であろう。
ただ、石勝線の中でも重要なポイントとなるのが「トマム」の存在である。まさか先代が石勝線のルートを決める際にトマムが今のような一大リゾートとなり要衝となるとは考えもしなかったであろう。そのトマムからは現在でも本数は少ないながら金山と結ぶ路線バスが発着する。現在、根室本線の一部区間が不通になっていて、不通区間を含め廃止の案が出ているが、もし代行バスを走らせる場合金山から落合、新得と鉄道路線に忠実になるよりも金山からトマムに向かわせた方が実態にあっているではないか。実際に富良野で観光しトマムに宿泊する又はその逆のバターンの観光客が少なくないと聞く。もちろん観光客的な需要は「水物」ではあるが、やはり落合付近からトマムに接続させる方が実用的である。

DSCF1933.jpg
私には「石勝高原」のイメージが強い駅舎風景のトマム。こちらの駅舎からの利用者は年間で何人いるのか不明だが、実は駅前から金山方面と占冠方面へ路線バスの運転がある!1日2本であるが、それでも素晴らしい。

ところで今回、この石勝線の記事を書くにあたり「北海観光節」のホームページ管理人様より全面協力をいただいた。
そこには、オサワ地区に住む開拓部落の方々の苦労や自然との戦いなどが壮絶に記されていた。

オサワは漢字で長和と書く。室蘭本線に同じく長和と書いてナガワと読む駅があるので,こちらはカタカナになっている。長和は奥穂別,上穂別とも言われた穂別町の最奥部で,明治38年に最初の8戸が入地している。
集落の中心地は信号場よりも数km南にあった。地図で見ると,ただでさえ山奥の穂別から穂別川をさかのぼること20数kmというすごいところだが,この長和にしても山一つ越えた福山にしても,鵡川を上って入植した者は皆無で,皆紅葉山から楓峠を越え稲里を経由して入植している。しかし,紅葉山から入ったにしても長和から紅葉山までは8里(32km)余りの険路で,日用品の調達すらままならない状況であった。
入植者達は互いに助け合って困窮した生活をしのいでいたが,しだいに絶望感が漂いはじめたあるとき,楓のほうから汽笛が聞こえてきたという。「汽笛がこんな近くに聞こえるのだから,この山を越えれば鉄道が走っているのではないか!」。開拓民達は期待に胸を膨らませ,明治39年3月,さっそく探検隊を結成して山中へと入った。しかし,人跡未踏の山の中である。背丈より高い藪に覆われ見通しはまったくきかず迷うこと3日,とうとう駅を発見できないうちに食料が尽きて村に引き返した。
これにも屈せず,隊員を4名から6名に増強して再度山に分け入り,探検すること4昼夜におよんだが,またも方向を失い食糧も尽きて,一行は大木の下に腰を下ろして茫然とした。しかし天は彼らを見放さなかった。そのとき汽笛一声虚空を破って響きわたり,一行は息を吹き返して山をすべり降りた。そこは楓炭鉱で,炭鉱事務所を訪問し事情を話したところ厚く歓迎され,楓に来たという証明書を書いてもらって村へ持ちかえったという。
すぐに部落民総出で道路開削工事に取り掛かったが,測量中に道を失うなど難航に難航を重ね,馬も通れる道ができたのは4年後のことであった。

「北海観光節」の文章をそのまま引用させていただいたが、ご覧の通りいかに壮絶だったかがものすごい勢いで伝わって来るではないか。楓方面へ道を切り開く姿などまさに時代を感じるが、現在ほど重機や道具等が発達していなかったのだからなおさら苦労が多かったに違いない。まさに命懸けの開拓である。

DSCF1986.jpg
DSCF1988.jpg
「新登川」として旅客駅の予定であった東オサワ信号場、とここで記して、その存在がお分かりいただけたであろうか。写真中央の白い小さな看板で「東オサワ」と表記されているが、もし旅客駅として開業していた場合、この階段を登るようなイメージで作られたのであろうか・・・

だが、時間が経過し時代が変わると高速道路が開通し石勝線も、夕張線を編入し紅葉山(新夕張)~新得が新規開通し先代の思い描いていた以上の交通手段か確立された頃にはそこに生活はなかった。つまり石勝線に信号場が多いのはこうした背景によるものがほとんどだが、そのなかでも占冠はよく現代シーンに残ってくれているものだと逆に感動してしまう。そしてトマムがリゾート地として脚光を浴び、紆余曲折はあったもののこうして今も活躍しているとは先代の頭の中には構想の欠片もなかったであろう。

北海観光節」のホームページ管理人様、ご協力ありがとうございました。この場を借りまして、心より感謝させていただきます!


にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

鉄道全線完全制覇の旅

« 新しい記事へ  | HOME |  古い記事へ »

文字サイズの変更

プロフィール

ダイヤモンド✡トナカイ

Author:ダイヤモンド✡トナカイ
✩2022年4月より毎週土曜日更新になります✩


昭和・国鉄の話題を中心に紹介しています。


2013年に長野新幹線の長野駅にて「いい旅チャレンジ20000km」よりスタートした国鉄時代の制覇を含めJR全線制覇を、そしてゆいレール以外の鉄道全線制覇を達成いたしました。


以降、北陸新幹線と北海道新幹線などの開業によりタイトルは返上しています。

JR以外の私鉄を含む鉄道未制覇路線は北陸新幹線(長野~金沢)・北海道新幹線・仙台地下鉄東西線・仙石東北ライン・富山地方鉄道延伸部分・ゆいレール・相鉄直通線(相鉄新横浜線)、そして新規開業の西九州新幹線や宇都宮に開業したライトレールも新たに加わりますます未制覇路線が増えてしまいました・・・

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村


にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
にほんブログ村

最新コメント

最新記事

カテゴリ

新年のご挨拶 (11)
相模線 (45)
西寒川駅 (7)
管理人のひとりごと (32)
時刻表の旅 (9)
きっぷコレクション (5)
フォトギャラリー (25)
サボ (2)
駅訪問 (41)
新十津川駅 (1)
北海道・廃駅 (2)
北海道・信号場 (4)
かけめぐる青春 (10)
奥津軽 (2)
東成田 (1)
九州駅巡り(廃止駅) (9)
九州駅巡り(現役駅) (3)
第三セクター転換前国鉄時代 (5)
松浦線 (2)
阿仁合線 (3)
機関車 (5)
SL (3)
快速列車・普通列車 (17)
奥久慈風っこ号 (6)
夜行普通列車 (9)
急行列車 (11)
新幹線 (6)
寝台特急 (26)
583系 (2)
JR特急 (15)
JR九州・特急列車 (3)
ドリームにちりん (2)
ゆふいんの森 (2)
JR北海道・特急 (4)
JR四国アンパンマン特急 (1)
廃止路線 (118)
留萌本線(留萌~増毛) (8)
士幌線 (5)
ふるさと銀河線 (8)
深名線 (4)
幌内線 (2)
広尾線 (7)
万字線 (3)
湧網線 (1)
天北線 (4)
佐賀線 (1)
大社線 (1)
大畑線 (1)
清水港線 (5)
鹿児島交通 (1)
高砂線 (1)
倉吉線 (1)
矢部線 (1)
赤谷線 (1)
日中線 (1)
白糠線 (7)
小松島線 (1)
三木線 (1)
鍛冶屋線 (1)
三江線 (35)
岩泉線 (5)
十和田観光 (1)
東武鉄道熊谷線 (2)
ドリーム交通 (1)
同和鉱業 (3)
下津井電鉄 (3)
一円電車 (1)
青春18きっぷ (58)
1982年・春<青春18> (5)
1982年・夏<青春18> (6)
1983年・春<青春18> (15)
1984年・夏<青春18> (6)
2008年夏<青春18> (7)
2009年夏<青春18> 広島 (11)
2010年<青春18>+伊賀鉄道+近江鉄道 (6)
周遊券・フリーきっぷ (109)
1983年・夏<東北ワイド周遊券> (36)
1983年・秋<北海道ワイド周遊券> (5)
2008年・北海道 (7)
2009年・北海道 (10)
スルッとKANSAI① (10)
スルッとKANSAI② (10)
九州制覇①2008年 (9)
九州制覇②2010年 (9)
九州制覇③2011年 (13)
2013年北陸 (0)
JR北海道 (101)
宗谷本線 (34)
根室本線 (1)
石勝線 (16)
石北本線 (7)
江差線 (1)
釧網本線 (1)
日高本線 (18)
留萌本線 (15)
室蘭本線 (8)
JR東日本 (51)
東海道本線 (1)
男鹿線 (2)
湘南新宿ライン (5)
仙山線 (3)
北上線 (3)
磐越東線 (2)
信越本線 (1)
鶴見線 (11)
五能線 (2)
篠ノ井線 (1)
磐越西線 (6)
中央東線 (2)
白新線 (1)
弥彦線 (2)
上越線 (7)
JR東海 (27)
中央西線 (2)
身延線 (3)
御殿場線 (2)
飯田線 (13)
関西本線 (1)
高山本線 (6)
JR西日本 (61)
姫新線 (1)
呉線 (1)
木次線 (8)
伯備線 (3)
芸備線 (18)
美祢線 (2)
山陰本線 (8)
因美線 (5)
可部線 (7)
播但線 (1)
JR四国 (12)
予讃線 (5)
JR九州 (22)
唐津線・筑肥線 (6)
指宿枕崎線 (2)
日田彦山線 (8)
肥薩線 (3)
日南線 (3)
私鉄東日本 (76)
弘南鉄道 (1)
相模鉄道 (5)
江ノ電 (7)
津軽鉄道 (1)
東武鉄道 (1)
湘南モノレール (1)
野岩鉄道 (8)
三陸縦断 (7)
長野電鉄 (4)
箱根登山鉄道 (12)
ひたちなか海浜鉄道 (5)
小湊鉄道 (4)
鹿島臨海鉄道 (6)
しなの鉄道 (2)
上信電鉄 (4)
上田電鉄 (1)
いすみ鉄道 (4)
ディズニーリゾートライン (0)
アルピコ交通 (1)
富士急行 (2)
私鉄西日本 (129)
大井川鉄道 (6)
長良川鉄道 (2)
岳南電車 (11)
遠州鉄道 (12)
紀州鉄道 (1)
えちぜん鉄道 (0)
三岐鉄道 (1)
島原鉄道 (1)
福井鉄道 (2)
阿佐線 (3)
東海交通事業 (2)
スカイレール (1)
広島電鉄 (1)
天竜浜名湖鉄道 (2)
門司港レトロ観光 (1)
平成筑豊鉄道 (1)
名古屋鉄道 (7)
北陸鉄道 (2)
万葉線 (2)
富山地方鉄道 (6)
関西電力黒部見学ルート (10)
近畿日本鉄道 (5)
富山ライトレール (4)
伊豆急行 (17)
黒部峡谷鉄道 (4)
能勢電鉄 (1)
静岡鉄道 (16)
水島臨海鉄道 (5)
養老鉄道 (2)
智頭急行 (1)

カウンター

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

Template by たけやん