蝦夷からアイヌへ①大狩部

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まずは厳しい現実を皆様に報告しなければならない。既に日高本線の現状は各メディアから報告あるように、災害により鵡川~様似間が不通になり代行バスで対応している。が、JR北海道が最近発表した事項では、同区間の復旧断念を示す内容であった。つまり代行バスが代行でなくなってしまう事を示唆していることになる。大変残念であるが、復旧する費用や、仮に復旧したとしても今後また同じ災害を受けないと言い切れない沿線風景であるし、経営内容的にも限界的な部分をも否定できない。そんな風景をこのブログで紹介しなければならないのは何とも皮肉な話である。だが、皆様にもこの日高本線の現状をよく知っていただきたいため、あえてこの記事を公開した。我々レールファンにとっても、そしてJR北海道始め関係者他、全ての方にとって辛い風景であるが、その現実をしっかりと受け入れなければならない事が実に厳しく辛い事項だ。

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正式ではないが既に廃止は決定しているような現実の中、私は日高本線を訪問した。災害により不通となっているとの報告が、この大狩部に来てものすごく実感することとなった。実はこの大狩部訪問の前に様似から苫小牧に向かって各駅を訪問していた。だが至って通常の状態でありとても現状の報告のような風景ではなかったので正直言って不思議な感覚であった。だがここ大狩部を訪問し状況が一転、実に痛々しい風景であった。そして残念であった。

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並走する国道の脇に、やや小さく見辛いが「工事中」の看板が立ち「現場」の入口になっている。ここが大狩部駅へと通じる道となるのだが・・・

特に静内などは完全に列車が当たり前のようにやってくるような風景で、学生などがちょうど帰宅時間であったのと私の訪問時間のタイミングが重なり、全く普段の風景であった。そして「みどりの窓口」も営業しており、むしろ列車がやってこない方がおかしい雰囲気であった。

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そしてその「入口」から砂利スロープを下ると大狩部が登場する。

ただ、国鉄時代から日高本線をフォローするかのように国鉄バスが並走して運転されていたし、併走する道路がしっかりと整備されているためもちろんバスに切り替えてもさほど問題はないものと思われる。しかしながら、特に静内付近では輸送力的に鉄道の方が断然有利であると思われる。

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スロープを下りきったところに華奢ながら待合室がある。華奢であるが、冬季にはとても大きな存在になるのは言うまでもない!

そして様似から襟裳経由で広尾に向かう「予定線」の構想も、片翼である広尾線が失われ、そして日高本線が現役から退こうとしている現在、その構想は完全に夢となってしまった。そんなドラマが大狩部の風景を一目しただけで一気に頭の中をよぎる辛い風景。2009年3月に初訪して以来の今回の訪問であるが、初訪の時とはまるで違う事情の中でもある意味、姿をとどめてくれただけでも嬉しい事なのかも知れない。

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列車がやってこないのが信じられない風景であるが、この後とんでもない現実を目の当たりにする事になる。

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「海に一番近い駅」は全国各地に山ほどあるが・・・こちらの駅も説得「大」である。しかしながら、その事が今回の日高本線を取り巻く事象の原因になろうとは、何とも皮肉だ。

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そして・・・こちらが日高本線を取り巻く現状。実に痛々しい風景であったが、このまま復旧を待たずにして廃止される方がもっとも辛い風景でもある

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レールが歪んでいる事がお分かり頂けただろう。このままなくなってしまうのは実にもったいない風景。であるが、沿線住民が安心して暮らせる風景が何より一番。

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大狩部の駅へは国道沿いの入口以外に、実は「勝手口」があった。国道より横道にそれると生活道路にはいるが、そこの一角に隠れた駅に通ずる道があった。その入口にはなんとバス停も!冒頭の駅名標の写真の左奥に見えるのがその通ずる道であった。

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そんな大狩部も、かつては泉ピン子的な関わりがあったと聞く。その証は現在撤去されていたが、それ以上にこの駅も数々のドラマを産んだ事であろう。歴史は閉じれど、その記憶は我々の脳裏にしっかりと刻み込まれている。

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熊に逢ったらどうするか⑭ 落合

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根室本線・落合~新得間は言わずと知れた「難所」で有名な場所である。特に、かつては新内方面への旧線は、新線に切り替わった後も実験線としてしばらく使用されていた。そして旧線に関しては「日本三大車窓」として周知の通り。新線に切り替わってからは「伝説」となってしまったが、道路を伝って現地を訪れてもその雄大さはしっかりと伝わってくるであろう。新線に関してはトンネル部分に「上落合信号場」を設置。後に石勝線が合流してくることになるが、つまりこの信号場が設計された段階で既に石勝線との交点が決定されていた事になる。
そんな歴史ある落合も普段はひっそりしている。私は初めてこの落合に訪問した。途中、ここに来る前に上落合にも寄ったが、車の窓からその姿を眺めるに過ぎなかった。次回は是非訪問してみたいと思うくらいその場所が魅力的に感じた。
そして落合であるが、当駅始発(止まり)の列車は現在も設定されており昔ながらの風情を醸し出す。新得寄りでは「実験線」と呼ばれた旧線の名残があり興味を惹かれる。その先には旧・新内駅があり、その施設はSLホテル(~旧狩勝線資料館)と共に保存団体が維持活動をしていると聞く。

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国道からやや小道に入る。すると落合駅が登場。典型的な設計であるが、ひっそりとしているのも典型的か。

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そして落合駅に到着。落合~新得間はサミット超えになるため乗客の流れもちょうど境界線になるであろう。


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渋い跨線橋がホームとホームをつなぐ。既に落合始発の列車が待機していた。


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跨線橋から駅舎を眺めていた。はっきり言って「箱庭」「模型」のような感じに見えるのは気のせいか?


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もう私の解説など不要であろう。落合駅に訪れた瞬間、なんだか吸い込まれた気分になった。秘境駅とは違う、カテゴリー的に分類が難しい落合駅は別の意味でいい味出していると感じるのは気のせいか?



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熊に逢ったら・・・「白滝シリーズ」⑤ 白滝

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上川~遠軽間で最も中心的存在になるであろう白滝は、丸瀬布とともに特急列車が停車する。と、それなりに利用者がいるということであるが、恐らく二桁であろうと思われる。お隣「旧」から移住してきた入植者が新たにこの地を開拓して現在に至っていると思われるが、やはり秘境ばかりを訪問してきた道のりを考えるとこの白滝は「大都会」に映る。スーパーマーケットやコンビニ等、私たちが普段見ている光景がこの白滝駅前で見ることができるからかなりの生活感を当然感じる事になる。私の中学時代はこの区間はDL牽引の旧型客車列車が普通列車として活躍していたが、現在はDCによる「単行」が主流である。
ホームは2面3線であるが、恐らく1面1線は普段使用していないであろうと思われ、若干レールの色が他の2線と異なっていた。勿論駅員無配置であるが、しっかりとメンテナンスが施され過ごしていても清々しい。
秘境駅ばかりを訪問していると、こうした駅がなんとなく「東京」「上野」のように感じてしまうのは気のせいか?というよりは全く熊が出る気配がなく、少々タイトルと異なった紹介となってしまったようだ。
全く関係無い話であるが、人里にでてくる熊は、熊同士の縄張り争いに敗れ行き場を失った者だという。熊も実は人間が嫌いなのである。なのに人間の住処付近まで行かなければ自身の行き場がない・・・そんな可哀想な熊なのだ。とは言え、人間に対して危害を加えたりするのはもってのほか。そんな熊は人間界では「処分」の対象になってしまう・・・と、話が逸れてしまったが、どちらにしても先人たちは「そういう環境」を開拓してきたのだから本当に頭が下がる・・・という表現では足りないくらいの尊敬の念を抱いてしまう。


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国道から少し横道に入ると白滝駅に到着する。ご覧のように1989年に駅舎は改築され立派になったが、駅員無配置。


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早速駅構内に入ってみた。勿論無人駅のため入場券はいらない。なかなか広い構内に感じるのは秘境駅や信号場をずっと見てきたからであろう。


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ホーム側から駅舎を見てみた。すると・・・道路側から見た景色とほとんど同じではないか!という事に気付く。


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華奢ではあるが、待合室も。冬季にはかなり重宝するであろう。私の訪問時はホームに出ている方が快適な環境であった。


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2面3線のホームはすべてのホームが列車で埋め尽くされる時間帯はあるのか・・・というより、冬季はラッセルが停泊する役目も果たしているのであろう。


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と、こんな感じで白滝駅との時間を共有した。今回の旅はすべての日程で好天に恵まれ初夏の北海道の素晴らしさを実感する事が出来た。



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萌エル留萌

空が青く晴れ渡る日であった・・・6月というのに清々しい。そういえば北海道に梅雨など無いと聞いた。私のような関東人にしてみれば6月は敵であろう。あのジメジメした空気、蒸し暑いのに窓は開けられない、洗濯物は干せない・・・など、なんだか所帯染みた言葉を並べてしまったが、梅雨前線が来ない北海道は羨ましい。そんな中、私は留萌駅に降り立った。しかし私の知っている「留萌」ではなかった。恐らく開業当時からの物と思われるホームや駅舎であるが、当時の活気は既に無く、留萌「本線」と呼ぶには若干抵抗ある姿で乗降客も僅少であった。
かつては石炭を積んだ貨物列車で賑わった事であろう。留萌本線からは羽幌線を始め、恵比島では留萌鉄道、石狩沼田では札沼線、深川では深名線が接続していた。特に羽幌線や留萌鉄道などは貨物列車の運行も多かったであろう。だが、私が物心ついたころは既に石炭の時代は終焉を迎えており、留萌鉄道は既に無く、羽幌線も既に廃止候補に挙がっており「時代」が終わっていた。

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(留萌駅の旧・羽幌線方面を臨むが・・・完全に「空間」しか残っておらず、かつての清栄は既に感じられなかった。)

留萌は、かつてニシン漁が盛んだったらしい。石炭の他にニシンを沢山乗せた列車も右往左往し活気があったであろう。ニシンとは「鰊」と書く。ニシンは独特な匂いがあり、他の魚よりも若干骨が多く捌くのが若干面倒だ。煮つけが主流の魚であるが「焼き」も良い。最も身近なのが「身欠」であろう。「ソフト」と「本乾」とあるが、やたら年始になると活躍する。また、タケノコの季節にも欠かせないであろう・・・と、長々と書いたがこのブログは「鉄道」をテーマとしているので魚の事はこの辺にしておこう。
とにかく留萌駅の構内はだだっ広い。かつて羽幌線が分岐していた頃は若干Yの字にホームが分かれており留萌本線と羽幌線のホームの間に沢山の側線があった。その側線には沢山の貨物列車が停車していたことであろう。しかし羽幌線は廃止され、留萌本線の設備を残し他は全て撤去されてしまった。かつての羽幌線のホーム跡付近は某会社かなにかの広場となっているみたいで、若干名が野球みたいな事をしていた。

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かつては羽幌線のホームまでつながっていた跨線橋は隣のホームで完全に途切れている。羽幌線と留萌本線との間には多くの貨物側線があり、駅舎から羽幌線のホームまではかなり歩かされた。)

そして羽幌線へと続く跨線橋は留萌本線用のホームより先は途切れ、不自然な形の角度で残っていた。1両ないし2両編成の旅客列車が往復するにしてはやたら有効長が長い構内設備は「本線」として機能していた時の名残だ。私の乗ってきた列車は2両編成であったが、先頭の一両は終点「増毛」までの列車となり、後ろの一両は深川まで折り返す。文字通り「中心駅」ではあるが、現在駅の一日の乗車人員は100人を切っている。私の知っている限りでは乗降客数が2千人位はいたはずだ。留萌から例えば札幌へ行く場合、JRを使うより高速バスの方が便利がいい。鉄道を利用する場合よりは時間的にも経済的にも有利になる。もちろんJRで札幌へ行く人はほぼ皆無に等しいと思われるが、現在までも留萌本線が残っている事さえ奇跡かもしれない。

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(時代も変わり、長い編成の貨物列車は来なくなってしまった。1~2両のDCでは完全にホームを持て余し気味。)

先ほど乗ってきた列車に再び乗り、今度は増毛に向かった。途中、山景色から一気に海景色へと変わった!留萌本線より映し出される海の風景は度々雑誌等で紹介されており私も知ってはいたが、ここまで急に景色が変わるとさすがに戸惑う。かつて瀬越と礼受の間に「浜中海水浴場」という臨時駅があったらしい。しかし実態は駅舎はおろか、ホームもなく、シーズンに係員が、まるで飛行機のタラップのように列車のドアにステップを装着して対応したらしい。この臨時駅が留萌本線の増収に繋がったかは別として、少しでも増収を図ろうとする民営化後間もないJRの努力に拍手を送りたい。
そして増毛に到着したが、こちらも構内は広いが旅客扱いにに最低限の設備に縮小されており、更地には所謂「ぺんぺん草」が存在した。ここよりかつては延伸計画もあったが、当然のごとく頓挫しているだろう。増毛の名前の由来はアイヌ語の「マシ・ケ=カモメのいるところ」らしいが詳細は不明である。何ともロマンのある駅名である。

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(増毛駅には広い空間がただただ目立っていた。当然ながら貨物側線であったろう空間であるが・・・)

増毛より折り返し深川に向かった。途中、先ほど紹介した「恵比島」を過ぎる。かつて映画のロケ地として「明日萌」の別名があるが、昔ながら駅舎がありノスタルジックにしてくれる。しかし留萌鉄道の「る」の字も無く、面影を見いだせない。更に石狩沼田では札沼線が接続していたと先述したが、全く分からないほど「さ」の字も無い。札沼線とは文字通り「札幌」と「沼田」を結ぶ路線であったが、新十津川~石狩沼田間が廃止されてしまった。もし現在もこの区間が存在しても留萌本線の乗客減に歯止めはかからないはずだ。
そして深名線の接続していた深川に到着した。もちろん深名線の姿は既になかったが、ホームをそのまま留萌本線の転用されていた、というより留萌本線と深名線はかつては共用していたはずなので違和感なしであったか。「本線」と名乗るものが「支線」と共用とは、何か煮え切れぬ想いがあるが・・

栄枯盛衰・・・北海道の、いや、全国の地方鉄道の典型的な姿ではあるが、やはり寂しさを否定できない。留萌駅の有効長たっぷりのホームは、確かにかつて沢山の乗客で賑わいを見せた事だろう。やがて交通の主役の座を奪われ「抜け殻」だけが残っている。かつての盟友たちも次々と廃止されていく中で「列車が走る奇跡」は次の世代にどう映るか?そしてどう受け止めるか?もちろん「華やかな未来」はあるとは思えない。しかし時代を生きた「証人」は、今もこうして生き続ける。姿を変え、形を変え・・・

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熊に逢ったらどうするか⑮ 占冠

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本当にこの「熊に逢ったら~」シリーズは長期連載させて頂いているが、特にこの石勝線の駅は私の好む部類であるためその思いもひと一倍だ。そして今回、初めて占冠駅を外側から見たのが実に嬉しい。実に30年来の夢が叶った感じであった。しかしながら、その30年で日本を取り巻く環境も大きく変化しており、バブルの崩壊や人口の減少など多くの課題と戦う毎日である。
占冠といえば、駅の所在は集落より若干離れておりやや利用しにくい印象であるが、基本的に普通列車がやってこないため利用者はほぼ全てが長距離客と思われる。とは言え札幌まで乗り換えなしの直通で行かれるのであるからその役割も大きい。1980年代~90年代にかけては村の人口が1000人近く増えているが、これは「リゾート」進出による従業員の移住などによるものと思われる。しかしながらその後減少している。そのリゾートはお隣「トマム」に任せて、本来の占冠は実にひっそりしている。しかし、駅から道を若干下ると集落が現れガソリンスタンドや道の駅などの商業施設があり、それなりの「街」を形成している。というより、先代の方々はよくこのような山奥をこれだけ開拓したものだと改めて関心してしまう。高速道路の開通やインターチェンジの開設でいっその発展を期待したいところであるが・・・

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列車以外の方法でこの駅に来るとこの看板が目印となる。若干集落から離れているが、この村の「玄関口」であることに変わりはない。とは言え、駅前は実にひっそりとしている。


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ついにベールを脱いだ?占冠駅。開業から既に30年以上が経過し、いささか設備に時代を感じるようになった。だが、私の中学生時代に開業した石勝線の新夕張~新得間は、当時最新の鉄道技術を惜しみなく投入した斬新な新線区間は強い衝撃を受けた。


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早速待合室に入ってみた。かつては職員がいたが、現在は簡易委託駅に。開業当時は駅弁も販売していたが・・・


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そしてホームに向かってみる。待合室からの入口とは別に改札がある。そういえば、この改札を抜けてホームを観察していたら「今日はまだ熊を見かけねえなぁ~」と会話が聞こえてきた。それは・・・熊よけの鈴の音を大きく鳴らしながら歩く保線職員数名の姿であった。「今日はまだ」という事は普段は頻繁に目撃しているのか・・・今考えたらかなり物騒な会話をしていた感じだ。


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そしてホームへ。ホームは2面3線あるが、使用しているのは2面2線のみであろうと推測する。時刻表で確認した限り占冠での列車交換風景は皆無であったが、実際問題どうなのであろうか。


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駅前に再び出てみた。駅前より路線バスが日高町方面へ出ている。かつての鉄道計画路線では日高町から占冠に結ばれ、更に金山へ繋がる「金山線」なる幻の鉄道路線が計画されていた。その後「紅葉山線」と「狩勝線」に計画が変更され、その一部が石勝線として開業して現在の姿になっている。もし、日高町と占冠が鉄道で結ばれていたら・・・


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そしてこちらが占冠駅から少し下ったところにある集落と道の駅。「鉄道の駅」よりも賑やかさを感じるのは気のせいか?



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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