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鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

国境の長いトンネルを抜けると、そこは「ぐんまちゃん」だった。信越編① 軽井沢

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新幹線の停車駅になったのは1998年の事であった。それまではアプト式こそ廃止されたていたものの、この区間専用の機関車による補助を強いられ、ここ軽井沢ととなりの横川は全ての列車が停車しなければならなかった。碓氷峠は日本有数の難所としてその名を馳せ、我々の先輩たちはその難所を越えるために血の滲む努力と苦労をなされてきた。私は今回マイカーでの訪問になったが、新幹線や高速道路など、この碓氷峠越えを気軽にできる手段を選ばす、私はあえて熊ノ平経由を選んだ。つまり軽井沢へは群馬側からのアプローチとなったのだ。
熊ノ平の紹介は次章になるが、横川から出発して200以上ものカーブと上り坂を越え登りきった所に軽井沢はあったのだ。日本屈しの避暑地として名高い軽井沢はものすごい高原にあり、先輩達はかねてからこの地に足を踏み入れる事に血の滲むような努力をしていたのだ。

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立派な駅舎に生まれ変わったのは新幹線開通時であるが、在来線は隣の横川までが途切れてしまった。そして軽井沢から長野方面へ向けては経営者も変わり、様々な風景が変化した日本有数の避暑地である。

かつて、この軽井沢と草津温泉を繋ぐ草軽鉄道があった。今回の旅で、実はこの草軽鉄道の取材を予定していたのだが、タイムオーバーで軽井沢に着いた時点で諦めてしまった。軽井沢より北上し、万座・鹿沢口と大前を取材し、更に吾妻線を辿りながら伊香保温泉へアプローチする予定であったのだが、残念ながら実現しなかった。だが、この軽井沢より万座・鹿沢口へ抜けるルートこそ草軽鉄道のルートそのもので、日本有数の避暑地と温泉街を繋ぐルートに私は大変興味を持ったのだ。
ただ、この草軽鉄道は建設の経費を抑えるためにスイッチバックやカーブを連続させ、所要時間がかかりすぎてしまった結果、利用者が振るわなかった。つまり、その経費を掛けなかった事が仇となり、結果として利用者数が思惑通りにならずに廃止になってしまったわけであるが、例えトンネルやルート選択に相当投資したとしても、モータリゼーションの影響を間違いなく受けたであろうから何れ廃止になった事だと思われる。

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以前は機回し線など多くの側線があったと思われる場所は新しい何かが生まれる予兆を感じる風景であった。しかしながら、新幹線が開通し20年以上経過しているはずであるが、令和の現在になってから更に進化するとは、さすが日本有数の避暑地である。

さて、私が軽井沢に到着した時には多くの観光客で賑わっていた。夏はゴルフ、テニス、冬はスキーなどバリエーション豊富な軽井沢はどちらかというと高貴なイメージがあり私のような貧困層など寄せ付けない雰囲気を醸し出すような感じがしたが、意外にも若者を多く見かけた。喫茶店なども割りとリーズナブルであり、私のような庶民でも楽しめる場面も少なくなかったが、感染症の制限が解除された事もあり、その数は通常に近い形になりつつあったのであろう。そんな軽井沢をじっくり堪能できたのも、私がレールファンであったからだと思う。恐らくレールファンでなかったら一生軽井沢へ訪れる事はなかったかも知れない。

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駅舎内に入ってみた。早速目に付いたのが「名物」である。国鉄時代はもちろんお隣の横川でお目にかかれたものであるが、新幹線が開通し、こうして立ち食いそば店にも姿を現すようになった。

さて肝心の駅であるが、在来線の横川~軽井沢間が廃止され補助機関車の付け替えが必要無くなった事から構内はスリムになった。そしてしなの鉄道となった在来線と新幹線は同じ高さの位置にホームがあり、私がイメージしていた「新幹線は高架」という概念が無く、なんとなくフランス辺りの鉄道風景的雰囲気なイメージになるのであろうか。もちろん、在来線と新幹線の乗り換えの際には中間改札があるのは当然の風景であるが、ただ軽井沢の場合の両者は経営母体が異なるため、中間改札では無く両者の独立した改札を通過しなければならないのでやや手間がかかりそうだ。
それより、私からしたら軽井沢が終端駅である事が不自然でならない。もちろん、現在のそれは当たり前であるのだが、横川~軽井沢間が廃止されたことで貨物列車の往来とかどうするのかみたいな単純な疑問も生まれてきてしまう。だが恐らく高速道路によるトラック輸送にシフトしているのと、他の路線を経由すれば、例えば東京からなら長野方面へは問題はなく、当然ながらその事を視野に入れての横川~軽井沢間の廃止という判断であったはずだ。もちろん新幹線開業後は在来線の旅客輸送が減るわけであるから名より実を取った形になった。

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こちらはコンコースを撮影してみた。ご覧の通り、実に広々としているが、しなの鉄道と新幹線との間には高低差がない。つまり私個人のイメージでは新幹線は常に高架上を走っている感覚であるが、ここ軽井沢ではしなの鉄道と新幹線が同じ高さの位置にホームがある事になる。

今回の旅において、伊香保温泉へのアプローチとして軽井沢方面への訪問は一種の通過点と考えていた。だがしかし、日本有数の避暑地には思いがけないドラマが隠れていた。「そこに鉄道を敷く!」という先人たちの熱き想いが2本のレールに込められていたのだ。その思いは次の熊ノ平やアーチ橋に向かい横川へ繋がっていく。私はその技術の高さに、そしてアーチ橋の高さにただただ敬服するのみであった。


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上田で荷物を忘れてしまいましたが ⑮

富士吉田を過ぎ、いよいよ終点の河口湖に着いた。その前に富士急ハイランド「駅」も通ったが、妻は何を勘違いしたか「寄りたい」と言い出した。普通の一般ならここへ来る目的としては目の前の遊園地になろうが、私の場合はその最寄り駅への訪問が目的となる。でも別に寄りたければ寄ればいい。どうせ河口湖で折り返し、また富士急ハイランド「駅」にやってくるのだから、その間だけでも遊べるぞ?的な思いであった。ただ、河口湖「駅」では何と1分乗り換えである!島式ホーム2面3線ということは事前に調査済みであるので恐らく同一ホームでの乗り換えであろうと予測がつく。つまりハイランドの滞在時間はおおよそ5分から10分程度であろう。もちろんハイランドでのお遊戯など無理難題のため妻は速攻諦めムードであった。

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今回の旅では写真が少ないため、申し訳ないがウィキペディアよりの引用が多くなってしまった。ご覧の通り、現在富士急で活躍している元・小田急ロマンスカーである。ご存知、このロマンスカーはJRへの乗り入れ用である「あさぎり」として使用されていた。だが・・・私は新宿~本厚木間でよく利用していたのである意味ラッキーであったが、いつしか小田原で見かけたこともあった記憶だ。

さて、河口湖駅であるが、やはり観光色豊かであり、駅前も華やかである。しかしながら鉄道だけに焦点を絞った場合ローカル色豊かな駅であり、構内の様子もじっくりと見てみたい駅であった。だが、私は先述通り1分乗り換えであるから駅舎にも出られず、ただひたすら隣に停まる列車に「フジサン特急」にダッシュするのみであった。もちろん、自身が乗車している車両も撮影する余地がない。なんとも慌ただしい富士急の制覇となってしまった。

乗り換えてすぐに「フジサン特急」が河口湖をでると、早速アテンダント風の職員が私の方に向け歩み寄ってきた。

「いま、向かいの列車からご乗車されましたよね?乗車券拝見します。」

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そしてこちらも「あさぎり」の運用で使用されていたロマンスカーであるが、正確にはご存知、JR東海の車両である371系であるため「ロマンスカー」とは言わないのか・・・いずれにしても、この車両も新宿~本厚木間でよく利用していた。だが、結局富士急行でのロマンスカー乗車が現在も実現していない。

それゃそうだよな。みんなは観光目的で河口湖などへ行くためにこの駅で下車するのに、ひとりだけ改札も出ず、いきなり列車に飛び込んで来たのだから普通に怪しい人物だよな、と私は妙に納得した。それは当然の事であるから私は丁寧に事情を説明し、フリー切符を見せた。確か特急券は大月で事前に購入していた記憶であるが、何しろ怪しいと思われては仕方がない。もちろん私は料金を誤魔化したりするのは嫌いだし、ちゃんとした正々堂々の料金で制覇したい。まぁ、アテンダント氏は料金を払ったか払わなかったかが重要な主題であるため安易に私が余計な事を長々と語ると嫌われそうだったので、言葉少なげに対応し、再び大月を目指した。


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上田で荷物を忘れてしまいましたが ⑭

というわけで、私は河口湖で観光するわけでもないのに河口湖を目指す。あくまで目的は河口湖「駅」だ。そういえば、以前にも鉄道全線を乗り潰そうという過程の中、ディズニーリゾートラインも制覇しなければならないため、私はディズニーランドで遊ぶ目的もなく、ディズニーランドへ行った事がある。その時は妻も同行していたが、どういう気持ちでディズニーリゾートラインを乗っていたのであろう。ミッキーマウスやスペースマウンテンなど、車窓から広がる風景はデートコースにもなろう幻想的な風景ばかりが描かれていたが、私はミッキーの形をしたドアの窓やつり革に興味を抱き、跨座式モノレールのポイント部をホーム先端より確認したりと、恐らくそのモノレールを利用していた乗客とは全く違うことをひとりで考えていたであろう。ATSなどはどうなっているのかとひと通り確認したくなるが、そちら方面はあまり詳しくないので、駅名標へカメラを向けていた私であった。

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大月で撮影した富士急行であるが・・・首都圏ではお馴染みの車両であった。もちろん私のような昭和世代であれば懐かしさ満載であるが、ここで第二の人生を送っているのは意外であった。

さて、私が河口湖まで「観光」する要素といえば途中駅を確認する事であるが、意外にも富士急は無人駅が多かった。私の見間違いかも知れないが、途中の都留市も駅員の気配が無い。現在の鉄道シーンにおいて、地方鉄道のワンマンや無人駅は当たり前のイメージであるが、まさかと思いウィキで確認したら、現在は業務委託駅となっていた。つまり、富士急の社員さんではなく、民間より募ったパートさんが駅業務を行ってる事になる!合理化の波もとうとうこのような場所まで押し寄せているとは、時代も変わったものだ。

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河口湖「駅」では1分乗り換えのためご覧の写真を撮るのが精一杯であった。発車後、即座に私のところに車掌が飛んできて「乗車券拝見」が行われた。駅舎に行かず、すぐさま上り列車に乗り換えるのだから、そりゃ怪しいよね。

観光要素のイメージが強い富士急であるが、その中で、やはり地域輸送がやや苦戦するのは厳しい材料である。それは富士吉田に着いても感じる事で、以前は大手スーパーが入居していた駅ビルも、現在は大手スーパーが撤退してしまい、以前のような華やかさが少なくなったイメージであった。
高速道路が河口湖まで開通して久しいが、既に鉄道が主役の時代は終わりを告げた現在、地域輸送を軸とした戦略も沿線人口の減少と共に、鉄道に限らず全国の公共交通機関が苦境に立たされている。そんな時代に活路を見いだす術は何処にあるのだろうか。IYカラーが消えた駅ビルを眺めながらついそんな事を考えてしまった。

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という訳で、ウィキペディアより富士吉田時代の「富士山駅」の写真を拝借した。かつてはIY系の商業施設が入居していたが、現在は撤退している。私は撤退前と撤退後の両方で訪問した事があるが、やはり富士吉田市の玄関口的イメージをかなりアピールしている。駅前からは富士山がものすごい大きさでそびえ立つ姿が拝める。

ただ、富士吉田の駅構内の配線は素晴らしく複雑で「ターミナル」という雰囲気が満載でありレールファンとしては嬉しい。富士急から分社化され、かつての「富士山麓電気鉄道」に社名が変更されての現在であるが、富士吉田のスイッチバックは今も健在である。駅名も「富士山」に変更され益々観光色が濃くなったイメージであるが、ぜひこれからもバッチリ活躍して欲しいと思う。


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上田で荷物を忘れてしまいましたが ⑪

いよいよ松本よりアルピコ交通初体験であるが、かつては周知の通り松本電鉄と名乗り島々までの路線であった。ただ、新島々~島々間で災害があり、復旧しないまま現在に至っているが、もともと同区間は不採算だったらしく、いずれ廃止になっていたであろうと思われる。私は松本電鉄時代を含め今回の訪問が初めてであるが、懐かしの「京王帝都」井の頭線が出てきたのでこれまた興味津々となる。
若い世代のヤングでナウなレールファンはこの「京王帝都」という単語に馴染みが薄いであろが、京王電鉄はかつて「京王帝都電鉄」と名のり「京王電鉄」と「帝都電鉄」という別会社の合併によりできた会社であった。帝都電鉄は小田原急行鉄道、つまり現在の小田急に合併され、更にその後東京横浜電鉄に合併されて、いわゆる「大東急」となった。一方、旧・京王電鉄もいわゆる「大東急」に合併されたが、再び分社化され「京王帝都電鉄」が発足したわけである。ちなみに小田急電鉄の下北沢は、現在小田急が地下化され井の頭線との乗り換えは中間改札が入るが、地下化前の地上時代は京王とは中間改札無しで乗り換えができた。それこそ「大東急」「小田原急行鉄道」の名残であり、小田急電鉄も京王電鉄もかつてはいわゆる「大東急」であり同じ会社だったのだ。ただ、地下化されたのは近年であるため、小田急が地上時代の下北沢の風景をご存じの方も少なくないであろう。
そして「五島」と聞いてピンときた方は東急を知り尽くしたレールファンか東急の関係者であろうと思われるが、既に歴史上の人物であり、その功績は計り知れないほど素晴らしい事を、私はアルピコの車両を見た瞬間に思い出してしまった。。

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松本より現在の社名であるアルピコ交通で新島々へ行く。私のような昭和の人間には「松本電鉄」の方が通り名であろう。首都圏に在住の方なら、この車両をひと目見て懐かしい~と感じる方も多々おられると思うが、こうして第二の人生を送っている姿を見ると、何だか嬉しくなってくる。

さて、アルピコ交通のホームはJRの敷地内にあり駅舎とホームを共用しているので、相互の乗り換えはスムーズである。ただ、私は上高地方面に用事があるわけでなく、単純作業としてアルピコ交通に制覇の証を刻むために往復するに過ぎない。ある意味上高地に対して失礼な乗客かもしれないが、一応アルピコ交通には貢献させていただいたのでご了承いただきたい。

松本を出発するとしばらくJRと並走するが、やがて右手にJRに別れを告げ己の道を貫く。JRと比較すると若干ながら華奢に感じる上高地線であるが、多くの地方私鉄路線が廃止されてきた中で、今でも生き残っている上高地線に力強さを感じる。もちろん、経営的には決して楽ではないであろうが、地方私鉄独特の懐かしいカラーをここ上高地線でも感じることが出来るので、例え用事がなく往復しようとも来た甲斐はある。

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新島々は何となく駅名標が立派に見える。さすが上高地の玄関口である。昭和ほどの賑わいを感じる場面はそう多く感じられないが、それでも駅前はバス乗り場などのターミナル機能がしっかりと役目を果たしている。

ところで松本電鉄であるが、昭和の時代には上高地へのベースとして活躍した。終点の島々ではバスターミナルが併設され盛栄したが、利用者の増加によりターミナルを拡張しなければならなくなった。しかし島々駅前付近ではそのスペースが少なく、その機能を新島々に移し現在に至っている。だがその影響もあってか、新島々~島々間の利用者が急激に減少したため、そのまま復旧する事無く廃止されてしまった経緯がある。私の小学生時代にはコロタン文庫の「私鉄全百科」にはちゃんと島々までの路線が記されていたので松本電鉄イコール松本~島々としての馴染みがある。
この書物に記されているが、既にこの時期にCTC、いわゆる集中制御が完成されており、地元の足として、更に観光の足として昭和の時期の潤いがはっきりと感じることができる。ちなみにこの書物を見ると、現在の江ノ電は、旧社名である「江ノ島鎌倉観光」となっていた。

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新島々のホーム先端より伸びるレールは、ご存知島々へと通じる鉄路である。ご覧の通り、まだまだ現役っぽい姿を見せているのだが、途中で崖崩れによりレールが寸断されているのであろう。すでに島々の駅は面影を感じる場面が少ないようだ。

昭和の名残を探していると、終点の新島々に着いた。リニューアルしているのであろう、私のイメージしていた新島々とはやや違った雰囲気であったが、今でも島々まで繋がっているかのような2本のレールがかつての「松本電鉄」を無言で語り掛けていた。本当はこの先にある島々の残骸を確認したかったのだが、時間の制約もあり、いずれの将来に確認してみようと心に誓った。


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上田で荷物を忘れてしまいましたが ⑨

「木綿のハンカチーフ」ばりにようやくこの章のタイトルの意味が登場したが「東へと向かう列車」ではなく、小諸より西へ向かう列車に乗りやって来た上田で別所温泉まで上田電鉄で向かう。かつては「上田交通」と名乗り、懐かしい、というより私の知らない古典的な電車の数々が運転されていたが、現在は分社化され「上田電鉄」となり、首都圏在住の私にしてみたら昔から馴染みのある東急系の前近代的な車両が顔を揃えていた。だが、そんな懐かしいノスタルジックな気持ちをよそに、別所温泉に着くとまたまた事件は起こってしまった。

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上田電鉄は「上田交通」らしい駅名標が続く。かつては上田市を中心に多くの路線網を誇っていたが、現在は別所線のみが営業している。下之郷からはかつて西丸子線を分岐していたが、私が生まれる前に廃止されてしまったので私自身も全くわからないのは残念だ。

既に暦は師走であり、信州信濃の夜は首都圏よりもコートの襟を立てる場面が多くなる。別所温泉駅は終点、始発駅のためワンマン運転の列車もここではドア全開放となるため、更に夜という事もあり、背中を丸めながらうずくまるように妻はロングシートにひとり座っていた。駅に着いたらとりあえず写真を撮りたかったので妻を車内に残し私は車両を出た。上田電鉄では一応フリー切符だったため、私は駅舎を撮影したり駅名標を撮影したりしてから車内に戻った。すると妻と運転手が何やらやり取りをしていた。

「大丈夫ですか?、何かありましたか?」

そりゃそうだ。終点の駅に着いたにもかかわらず、しかも古くからある有名な温泉街に大きな荷物を持っているのだから明らかに地元の利用者とは思えない。なのに列車から降りようともせずにひとり車内でうずくまっているのだから、当然ながら声かけられるわな、的なシチュエーションである。

「これこれこうで、主人を待っているんですよ」

みたいな説明をしていたが、切符は私が2人分持っていたので大丈夫かなと思った。だが、どうやら運転手は旦那様が「その道の人」と察したようで、その場から離れた。有名な温泉街には目もくれず、来た列車でそのまま上田に折り返すなど、一般から見れば非常に変わった乗客であろう。まぁ、レールファンを何十年とやっていると色々な事があるが、一般的にはかけ離れている。
上田電鉄の関係者の皆様、その節はご迷惑おかけしました事、この場を借りまして深くお詫び申し上げます。

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画像はウィキペディアより引用させてもらった別所温泉の駅舎は数々の旅番組や映画などに登場し、その風景をご覧になった方も少なくないであろう。

ちなみに別所温泉駅は映画「男はつらいよ」にも登場するが、その時代とほぼ変わらない風景が今も残っているのだから素晴らしい。ただ私の訪問した時間帯は夜だったため既に風景は暗闇の中にあるため確認が困難であったのが残念な材料であった。
そんな事件も列車が上田に向けて走り出したらいつしか消え去り、再び上田に到着した。初めて来た上田電鉄なのに高架式で新幹線の下に潜り込むのはやはり「上田交通」ではなく「上田電鉄」なのかと違和感を感じてしまうのはなぜだろう。電光掲示板の行先案内を見ると、やはり上田交通らしくないイメージが頭をよぎる。

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残念ながら、夜遅くなってしまったため駅舎の撮影はできなかったが、ホームの雰囲気はなんとか撮影に成功した。あえて残しているのであろう昭和の風景は実に嬉しい。ただ、私がこうして撮影してる最中、車内にいる妻は運転手と意味深なやり取りをしているとは・・・

いよいよ今夜の宿泊地、松本に向かう。小諸に寄り道をした関係上、松本に着く時間がかなり遅れる事になるので宿泊先に一報を入れる。近年に急成長をしているビジネスホテルのためいろいろ融通がきく。清潔感もあり、リーズナブル。私が国鉄時代に全国を駆け巡っていた頃とは全く違う時代になったと染々感じてしまった。
明日は松本電鉄改めアルピコ交通を体験することになるが、この素敵なビジネスホテルの空間で一夜を過ごしたら、居心地よくて予定の列車にも乗り遅れてしまうのではないか…のような不安がよぎってしまう。
夜行列車が当たり前のかつての乗りつぶし時代とはかなり変化した私の旅は、これから先もまだまだ続きそうだ。


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ダイヤモンド✡トナカイ

Author:ダイヤモンド✡トナカイ
✩2022年4月より毎週土曜日更新になります✩


昭和・国鉄の話題を中心に紹介しています。


2013年に長野新幹線の長野駅にて「いい旅チャレンジ20000km」よりスタートした国鉄時代の制覇を含めJR全線制覇を、そしてゆいレール以外の鉄道全線制覇を達成いたしました。


以降、北陸新幹線と北海道新幹線などの開業によりタイトルは返上しています。

JR以外の私鉄を含む鉄道未制覇路線は北陸新幹線(長野~金沢)・北海道新幹線・仙台地下鉄東西線・仙石東北ライン・富山地方鉄道延伸部分・ゆいレール・相鉄直通線(相鉄新横浜線)、そして新規開業の西九州新幹線や宇都宮に開業したライトレールも新たに加わりますます未制覇路線が増えてしまいました・・・

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