鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

1982年・何も言えなくて・・・夏⑥

前回乗車した下りの「山陰」は満員御礼であったが、今回の上り「山陰」は若干空席があった。ひとり・ふたりなら余裕で途中駅から乗車可能であったろう。と教訓を得たが、実は翌年の3月に「18」で九州を訪問した帰りに利用した「山陰」では途中、豊岡からの乗車であった。もちろん教訓を生かしたはずであったが・・・結果は「デッキで寝る」事になってしまった。青春18が浸透してきて普通夜行列車が軒並み満員御礼となり、上りの夜行普通列車にもこうした現象が徐々に起こりはじめていた。恐らくこれは「山陰」に限っての事なのかそれとも・・・

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(以前に紹介したが、当時大垣駅で購入した入場券。80円とは何とも廉価であるが、同駅に乗り入れている近鉄(当時)に合わせた料金だという。)

昼夜逆転の生活も、この時の「山陰」ではすっかり元の「生活」に戻っており、京都付近まで熟睡。京都から4分の乗り換えで東海道線で大垣に向かう。そう、東海道支線と樽見線を制覇するためだ。ずっと本線ばかりで、いわゆる枝線の制覇を行ってこなかった。今回の旅ではここ、大垣から出る支線各種の制覇が初めてであろう。樽見線と言えば現在も「樽見鉄道」として第三セクターで運営されている。しかも神海~樽見が延伸され、私の訪問時より姿が変わった。当時は「美濃神海」として樽見線の終点であった棒線の神海駅も、現在は交換可能駅として生まれ変わった。

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(国鉄時代は終点であった現在の神海駅。当時は棒線化されていたが、当然島式ホームに備えた空間が準備されていた。しかし、まさか本当に延伸されるとは思いもしなかった。)

あえ無く樽見線、そして東海道支線を制覇した。そしてこの支線を乗り終えたら後は東海道で湘南地区に向かうのみだ。大垣からは117系快速で一気に浜松まで来た。そして湘南目指して・・・

今回の旅は先ほどから述べていたが「上り夜行は空いている」という教訓を得た事であった。長野、亀山で2時間以上の待ち時間はハッキリ言って無駄な時間であったが、とても貴重な体験をした時間でもあった。「山陰」を含め私の乗車したこれらの夜行列車は現在運転されていない。そして「18」を使用しながら「大垣夜行」を利用しない唯一の「長旅」でもあった。

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(尾鷲と同じく唯一の訪問経験の新宮。現在は東海と西日本の境界駅として活躍するが、実際問題「電化」「非電化」の境界駅でもあり同じ紀勢本線でも新宮を境に全くカラーが異なる。)

湘南地区に住んでいると、必ず「大垣夜行」を利用して西に向かう事になる。今回は珍しく北に向かう事になったが、実はこの時の計画段階では「東北」「北海道」等も視野に入れていた。しかし「北」に向かうにはどうしても「駅寝」を組み込まなければならない関係から外れた。
この旅の計画や実際の乗車記録を振り返ると絶対に「もったいない箇所」が無数にあった。今の私が当時の時刻表で計画を組んでみたらもっと違う計画が絶対にできたはずだ。「魚沼線」や「蒲原鉄道」、弥彦線の東三条~越後長沢など・・・

全く関係無い話であるが、2013年にプロレスラー・小橋建太が引退した。プロレスに興味ない方はわからないかも知れないが、私は勿論デビュー当時の若手時代より知っている。ちょうどバブル期くらいに台頭してきて1990年代後半にはトップレスラーの仲間入りを果たすが、怪我が多く晩年は試合数が激減していた。真っ直ぐなファイトスタイルは多くのファンを魅了してきたが、とうとう「引退」という言葉を報告する時間がやってきてしまった。
引退セレモニーの中で彼は「プロレスとはなんですか?」との問いに「青春でした」と答えた。「青春の握り拳」なる名フレーズもある小橋のこの言葉に私は若干ウルッと来てしまった。そしてその時フッと思った。私は鉄道に「青春」を求めているのではないかと。特に私は小橋ファンというわけではないが(というより三沢光晴のファンであるが)、この引退セレモニーを観て小橋という人間が一段と好きになった。小橋は素晴らしいレスラーであった。

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(まさか私のブログにレスラーが登場するとは思わなかったが・・・これがプロレスラー・小橋建太。もしかしたら我々は「18きっぷ」に、彼のような「青春」を求めているのかもしれない。画像はウィキペディアより。)

数多くの「トクトクきっぷ」が発売される中、この青春18きっぷは誕生してから今も人気が高い。そしてシーズンになると夜行普通列車が臨時ながら復活する。
普通列車限定のこのきっぷに私たちは一体何を求めているのであろうか。ハッキリ言って私は普通列車の座席より「グランクラス」の方が快適と思う。できれば普通列車の移動は避けたい。こんな事を考えるようになったのは最近であるが、やはり年をとったのか・・・とは言え「18」を使って旅に出る事もやはり好きだ。何だか発言が矛盾しているが、やはりあの普通列車に揺られて景色を眺めるとかつての自分に巡り会えるような気がする。
多分私はこういった「青春」を求めて「18」を使い旅に出るのだと最近になって気づいた。「誰もが」とは言わないが、やはり皆「青春」を求めて旅に出るのではなかろうか?だから今でも人気が高い「青春18」の存在があるのではと思わされる。勿論「リーズナブル」ということも否定できないが・・・
しかし、現在運転されてない「夜行列車」の数々も経験できた事は大きい。大きいが、完全に歩留まり悪い計画をしたこの旅に同行した同級生には大変に申し訳ない事をした感じだ。一言謝っておきたいが・・・何も言えなくて・・・夏。


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1982年・何も言えなくて・・・夏⑤

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(既に3万回くらい紹介している写真であるが、関西本線名古屋~亀山間電化直前の富田浜駅にて。電化直前までこうした旧型客車が普通列車の主役であった。)

東海道線で名古屋まで来た私は全く記憶にない。もちろん乗換時にはちゃんと目が覚めて乗り換えをしている。不思議な体質であるが、同伴の友人をちゃんと起こして次の列車に乗り換える辺り、既に「チャレンジ」の体質に染まってしまったか・・・
しかし当時は何とも思わなかったが、現在「18」で東海道のこの区間を昼間に利用するとかなりの苦痛を感じるのは私だけであろうか。現在では「18」が世間一般にかなり浸透しており、シーズンになると東海道線の車内は軒並み満席。中には立ち席での移動も強いられる場合もある。皆乗り換え駅での座席確保に必死だ。

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(さて・・・亀山では約3時間の待ち時間を設定した。当時は座席確保に必要な時間との考えからであったが、当時、事実上の「上り列車」では混雑度関係無し!同じ上り列車では当時の「大垣夜行」以外は始発駅からであれば待ち時間無しでも座席を確保出来た。あくまで私の経験上からではあるが・・・)

そんな東海道をすり抜け、名古屋に着くと関西本線に乗り換える。亀山から「はやたま」に乗るためだ。この時の関西本線は名古屋~亀山まで電化されたばかり。私はこの年の春に「電化直前」にも訪問している。「直前」「直後」と立て続けに訪問しているが、おかげで「はやたま」が「天王寺~名古屋」が「天王寺~亀山」に短縮されてしまった。亀山14時6分に着いた私は17時21分発の「はやたま」まで何と3時間近く待つことになった。先述しているが、やはり「大垣夜行」のイメージからか「並んで席を確保」の頭からこういう予定を組んでしまった。結果的には既に述べたとおり、バッチリ待った甲斐あってそれほど(と言うより全く)混雑してない列車の座席を確保できた。

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(既に夜の時間帯となっていた尾鷲。私が唯一紀勢本線を訪問したのが今紹介している旅であるが、あれからどのように変わったのか、近い将来訪問してみたい。)

さて、3時間もの待ち時間、いったい何をしていたのであろう・・・と思うほど列車はのんびりと紀勢本線を進行していく。旧型客車のみの編成は、新宮から寝台車を連結して初めて「はやたま」となるが、新宮までは完全に「ローカル」だ。しかも学生諸君は夏休みの為帰宅組の学生は僅少。とは言え亀山~一身田~津辺りは学生君がそれなににいた。と言っても私も当時は学生であったが・・・
尾鷲に着くころには完全に辺りは暗く、既に最終列車の役割をしていた。先述の通り新宮で寝台を連結したあと「はやたま」に変身。そして和歌山には未明の3時台に到着。そんな「921列車」は天王寺に5時ちょうどに到着。そして大阪環状線で大阪まで出る。更に東海道線と山陽本線で岡山まで一気に辿り着いた。ここから伯備線に乗り換えるのだが、この伯備線もちょうど電化されたばかりであった。同じ年の春に登場した「青春18」で電化前の伯備線を備中神代~岡山まで乗車している。その時は新見でキハ80の「やくも」を拝んだが、今回の旅では371系振子式の「やくも」のお披露目であった。もちろん私は「18」のためカメラに収める事しかできず・・・

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この旅では伯備線が電化直後であった。新見で収めた「やくも」は、同じ年の3月に訪問した時のキハ80からご覧の車両にグレードアップ。陰陽連絡の機能が一段と高まった。)

伯備線で北上し山陰方面に出るが、ちょうどこの時期は伯備線と併せて山陰本線の伯耆大山~知井宮(現・西出雲)までの電化が開業し、11月に開業予定である上越新幹線開業に合わせて弥彦線と越後線が電化されるなど「苦しい事情」の国鉄であった中、かなりの高速化が図られた。特に山陰本線の一部電化区間はそれなりの都市が連なるため乗客も少なくない。実際、2013年に再訪の際も米子~松江辺りは立席客が出るほどの盛況ぶり。しっかりと「鉄道」としての役割を果たしていた。やはり電化せねばならない事情であろう。
そんな電化区間を新鋭の115系で米子に到着した。境線を制覇してから再び米子に戻ってくる。するともう16時16分、つまり夕方になっている。上り列車の夜行は始発時間が早い。出雲市を19時23分に出発する。米子からもちろん乗車できるが、まだ時間に余裕があるため出雲市に向かう事になっている。当時、山陰本線の普通列車の主役は「旧型客車」だ。DLに牽引されながら、途中で伯備線の115系と列車交換する。ちょうど新旧交代の時期でもあったが、今考えるとすごく不思議な光景だ。

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(電化直後の出雲市駅。まだ地上時代で構内には側線も多くあった。実はこの駅では小さな思い出があり、旧型客車で出雲市駅に到着したのだが、いち早く「山陰」に乗車したいため列車が止まるのを待てずに若干止まる直前にホームに足を預けた。すると思ったよりもスピードがあり私はホームで「ひとり一本背負い」を敢行。2回転半くらいはしたか・・・相方に「なにやってんの?」と言われたのは述べるまでもないが、私にとってみれば衝撃でカメラも若干やられてしまい悲しい一撃であった。ちなみに私は小学校時代に柔道をやっていた関係から受身には自身があったが・・・皆様、列車を下車する際には列車が完全に停車してからにしましょう!)

出雲市から夜行普通列車「山陰」に乗り換えるが待ち時間が1時間。私の中ではこの「1時間」が足りないくらいに感じたが、今回の旅に使用している夜行列車は上越を除き全て「上り」である。普通夜行列車のイメージとして「大垣夜行」を最初に経験したせいか、2~3時間待たないと座れないというのがあった。しかしこの「山陰」もそうだが、上りに関してはそれほどまで神経質にならなくてもちゃんと座席を確保できる事を気付かされた。それは始発時間が早いため地元の方の「ローカル列車」の役割もある。そのため短距離客が多いため、必ずどこかの座席が空くというものだ。
先ほどまでいた米子を通り過ぎ、列車は京都目指して更にのんびりと加速していった。



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1982年・何も言えなくて・・・夏④

18時30分に長野を出た「中央夜行」は、ほぼ「空気輸送90%」状態で新宿目指したが、松本でなんと1時間の小休止。松本に来る途中「姨捨」では「100万ドルの夜景」を拝められた。松本での1時間待ちは、普通なら「駅そば」でも堪能しようが、どうしても「座席」が気になり席を離れることが出来なかった。事前に長野で買ったパンなどを頬張りながら夜を過ごすのだが、現在であれば普通に「酎」などを片手にしている事であろう。しかし中学生の私にしてみたらとてもそんな事思いつく事ではない。

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(長野駅で列車を待っているとこんな列車がやってきた。当時、全線電化区間を走るDC急行で有名であった「赤倉」は急行列車としてはかなり風格があった。)

松本を出ると、すぐに塩尻に到着。この時の塩尻はちょうど駅が移転した直後で真新しいホームが迎えてくれた。以前の塩尻は名古屋方面からくる特急列車等(しなの、ちくま等)は松本方面に向かうのにここ塩尻でスイッチバックの形をとっていた。この不便さを解消しようと駅を移転、寝ていた「人」を起こした「人」の形になり「名」より「実」を取った形となった。現在、JR中央線の境界駅となっている事もあるが、国鉄時代からも「東線」と「西線」の旅客直通列車は皆無に等しく、もしそのような運転がある場合4番線を介せば対応できる配線となり実に機能的な駅に変身した。

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(「かけめぐる青春」でも紹介した2014年訪問時の塩尻。1982年8月のこの旅でも訪問しているが、そのときは現在の塩尻駅に切り替わった直後の訪問であった。その時から既に30年以上経過しているが、現在も当時と同じ形でしっかり機能している。)

さて、塩尻を出た中央夜行の上り列車はようやく「夜行」の雰囲気になってきたが、確か日野春辺りで事件が起こった。列車が急停車したのだ。車掌が慌ただしく動き回る中、車内放送などによる案内は無かったが、列車の外で何やら警察とか保線みたいな人がやってきたりと大騒ぎになっていた。どうやら「人身事故」があったらしい。詳しい状況は分からなかったが、車掌が行き来している中他の乗客が車掌に問い合わせていたのだ。その話を私は後からその乗客にお伺い立てた。そして窓を開け外を再び確認。はっきり言って蚊が入ってくるが、それより作業をしているのがちょうど私たちが座っている付近の真下のため非常に変な気分であった。

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(2009年訪問時の「ムーンライト信州」は白馬駅にて。かつての「アルプス」からの流れでの夜行列車であることは周知の通りであるが、1982年当時はこういう車両が快速夜行列車などに使用される事などは全く持って考えられなかった。「18」でも乗車できるとは、時代も変わったものだ。)

無事作業が終わったらしく、車掌のアナウンスが入り出発。定刻より40分~1時間位の遅れでようやく出発した。車内放送などで長時間停車していた説明があるかと思ったが、結局何も音沙汰の無いまま列車は新宿に向けて走り出した。そんな事があったが新宿には定刻の4時23分に到着。恐らく途中の甲府や他の主要駅などの停車時間を考えたら1時間くらいになるため新宿には定刻で到着できる頭が車掌はじめ運転手達にはあったのであろう。
しかしこの中央夜行、通称「山男列車」は下り列車はかなりの乗車率であるが上りは本当にお客様にとってみれば「心地よい」乗車率。現在においての「ムーンライト」も下りしか設定がないのが肯ける。文字通り「山男」は帰りも夜行で帰郷するとは考えにくい。そう考えてみるとなかなか特徴ある列車であると今になって感じる。
そんな夜行列車は何事もなかったかのように時は過ぎて行った。中央夜行ではあまり寝れなかったが、東京から東海道線で今度は名古屋を目指す列車では完全に「爆睡」であった。完全に体質が昼夜逆転してしまったようだ。



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1982年・何も言えなくて・・・夏③

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(新幹線開業直前の新潟駅。と言っても駅名表の為非常に伝わりにくいのが残念であるが・・・ここから越後線で柏崎に抜ける。)

柏崎より来迎寺に抜けて魚沼線でも乗ればよかったのだが、乗り潰し初心者の私は全くのノーマークで直江津方面へ向かう。途中、情緒ある「青海川」や「鯨波」を通る。通るというより下車してみたかったのは言うまでもないが、ちょうど夏休みで海水浴シーズン。鯨波で海水浴客と思われる面々が挙って下車した。中には既に列車の中で膨らませたであろう、浮き輪を片手にホームを歩く乗客もいる。

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(レールファンには有名処である。海水浴場にも近く、私の訪問時も沢山の海水浴客が下車した。)

そんな北陸本線、いや信越本線の普通列車はのどかな時間が進行する。直江津に着いたら今度は信越本線で長野に向かう、というか今まで乗って来たもの信越本線の列車だ。だが、運転系統的に長野方面は「支線」的な感覚を否定できない感がある。実は柏崎で2時間半近くも待ち合わせがあったが、ここ直江津でも2時間半近く待つ!なんというこの歩留り悪い計画であろうか・・・現在であれば「喫茶店」「居酒屋」等の選択肢があるであろうが、当時はまだ中学生。さすがに「居酒屋」という選択肢は脱落するが、現在の私でも「喫茶店」は、多分似合わないであろう。

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(2013年に訪問した時の二本木駅。現在は信越本線で唯一のスイッチバック駅となってしまった。)

そんな直江津でただただ「ウェイティングサークル」で出番を待つような感じである私であったが、ようやく「信越本線」の列車がやって来た。高田経由で長野に向かい「中央夜行」を捕まえる。途中「関山」「二本木」はスイッチバックであるが、現在もスイッチバックが残っているのは二本木だけである。つい最近も再訪しているが、昔と全く変わらない佇まいのまま健在。しかしスイッチバックする「列車」の方は既に「電車」となり昔の「勾配に弱いSL」に比べたら面倒臭い作業は無く、運転手もわざわざ先頭車両に向かう事も無いままスイッチバックしていく。レールファン的にも旅情的にも味気ないかもしれないが、経営する側からすれば実に効率の良い作業であろう。

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(既に何度か紹介しているが、この旅の時に撮影したものである。80系は辰野駅であるが、隣のスカ色115系が私の乗った「中央夜行」である。)

そんな事を考える中学生を乗せた列車は長野に16時22分に到着した。長野からは18時30分発中央夜行で新宿に向かう。が、何と2時間以上も待ち時間がある。これは「並ばなければ席を確保できない」と言う宿命から事前に計画した事柄であった。2時間もあれば「善光寺」などの観光もできたであろうし「りんご」や「みそ」等の名物も堪能できたであろう。しかし中学生の私はそんな事に一切興味を示さず、ただ只管「いい旅」を「チャレンジ」する事のにみ従事していた。だが、列を作っているのは私たちのみ・・・列車入線時刻近くになっても全然「中央夜行」を待つ面々の姿すら見当たらない。列車が到着しても余裕で座席を確保。
「この2時間待ちはなんだったのか・・・」と思うほどあっけなく座席を確保できた。これは旅が終わってからわかった事であるが、中央夜行や後にアップする記事で登場する「はやたま」等の上り列車は、基本的に始発時間が非常に早い。先述した私の乗る長野発新宿行きの中央夜行は18時30分発、後述する紀勢本線の夜行「はやたま」は亀山をなんと17時21分発である!と言う事を考えると、途中までは「ローカル列車」の機能を果たすわけであるため、たとえ満席であっても必ず座席が空くであろうと推測できるのだ。そんな事、当時の中学生が分かるはずもなく、ただただ座席の確保のために貴重な時間を待ち時間に使ってしまったのだ。だが、こういう経験をしてこそ次に活かせる!と確信。と言う風に物事の考え方を切り替えなければ後悔ばかりが残る事になるではないか!ひとり10ボックス位確保できそうな「混雑度」の列車に揺られながら新宿目指した。



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1982年・何も言えなくて・・・夏②

上越夜行で長岡に着いた私は早速新潟行きに乗り換える。同じく115系湘南色であるが乗客は僅少。もっと夜行列車から乗り換え客があると思っていたが、意外にも余裕で座席を確保できた。ひとりで4ボックス位占領できるくらいであった、とはオーバーかも知れないが、もしかしたら魚沼線方面へ抜ける乗客の割合が多かったのかもしれない。まぁ、今考えたらちょっともったいない事をしたかもしれないが・・・

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(ストロボバージョンとストロボ無バージョンを収めてみた。と言っても別に新前橋に拘りあるわけでもなかったが・・・当時はこんなバカな事もしていた。)

既に日が昇り明るい「米どころ」であるが、途中の東三条では弥彦線と接続する。当時は越後長沢方面が既に廃止の情報があり私も制覇しておきたかったのだがどうしても当時は予定が組み込めずに断念した。もちろん、今考えたら余裕で、と言うよりちょっと頭を使えばはめ込む事が出来たのに・・・との思いもある。が、やはり当時の自分ではまだ経験が浅いので仕方がない。更に途中の加茂では蒲原鉄道が接続していたが、私鉄路線には興味があったものの「制覇対象」には入ってなかったためスライドしてしまった。もったいない事をしていたなと、だれもがそう思うであろう。

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(かなり地味な駅にカテゴリーされるが、こういう派手ではない駅は私好みだ。)

そして新津を過ぎ、沼垂辺りで大きなヤードを掠めると新潟に着いた。私のこの訪問時は上越新幹線開業直前であった。が、在来線のホームは既に綺麗に整備されており、降りた瞬間「新しい!」と感じた。新幹線ホームの高架駅もほぼ完成しており、いつ列車がやってきてもいいくらいの雰囲気であった。そして越後線に乗り換えるが、こちらも新幹線開業と同時に電化される予定であった。既に架線は張られており、いつ電車が来てもおかしくない状況であったが、私の乗った列車の列車番号は「130D」。つまり気動車である。電化直前の越後線・・・「花は越後の~」などと言うと私は「古い人間」の部類に隔離されてしまいそうであるが、基本的に吉田~新潟間はそれなりに乗客が多い。しかし私は列車番号こそ「上り」であるが、実質「下り」の朝の時間帯。立席が出るほどではない。

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(駅名表が私の「制覇の証」の為、この手の部類の写真ばかりで申し訳ないが、この旅での一枚でもあるため掲載させていただいた。が、意外と味がある駅名表だ。)

楽しみにしていたのは「吉田」である。弥彦線と、地図上では十字にクロスする形をとるが、いったいどういう構造になっているのか前から気になっていた。結果的に確認したアンサーは弥彦線と越後線は平面交差であったのだ。もっと立体交差が凄い事になっていると若干期待していたのだが・・・しかし弥彦線も新幹線開通と同時に電化予定であった。特に弥彦線は「燕三条」たる新駅ができて新幹線との連絡機能を果たすため、輸送量も増加するであろう。そんな期待を込めての電化であった。そんな弥彦線には乗れず、只管「花は越後の~」に乗りながら柏崎に抜けた。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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