鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

熊に逢ったらどうするか⑯ 糠平(後編)

前章でも予告していたが、今回は資料館内を紹介してみよう。かなり貴重な写真も展示されており、特に私自身懐かしさを感じる写真もあった。昭和の時代、数多くの「ローカル線」が存在したが、士幌線は異色中の異色的存在でありいつかは行ってみたいと思っていたが現役時代にそれは果たせなかった。資料館の中に入ったら尚更現役時代に来てみたかったが、当時私は中学生くらいであったので多分今ほどその異色さがわからなかったと思う。それでも当時を振り返ると異色だと思っていたわけだから相当な異色的ローカル線であったろう。

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案内は「糠平駅」ではなく、ご覧の表示であった。当たり前と言えば当たり前であるが、ひと目で「糠平駅」とわかる空間でもあった。


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そして現在、糠平駅跡に建立された資料館。貴重な資料が豊富にあり、その道の人にはたまらない物件である。


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時刻表は恐らく中間駅であった頃のものであろうと思われる。十勝三股までの列車が6本設定されていた事に時代を感じるのは私だけか・・・


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実際にタウシュベツアーチなどに行ってみようと思ったが、国道から逸れた大自然の中に存在するため、初夏の北海道ではかなりきつい。実際にクマとか出没しそうであったし・・・


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流石にSL時代は知らないが、湖底に沈んだ糠平駅も知らない。私も知らない貴重な写真が多く寄せられている。


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現役時代の写真は私も知っている部類であるので懐かしい。特に帯広は1983年10月に訪問しているためその頃の写真として大変貴重であると感じる。現在は高架化され4番線まであるのは周知の通りであるが、当時は5番線まであり側線も何本かあった。士幌線は何と駅舎に接する1番線からの発着であった。




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よろしく哀愁。よろしく九州⑰ 蔵宿

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今回紹介するこの蔵宿は、この旅の訪問計画には全く予定すら入っておらず、当然予備知識もなかった。しかも伊万里方面への訪問は当日の朝に宿泊先の嬉野温泉から訪問する事を決めたため、この蔵宿は本当に駅前を通った時に訪問を決めたのであった。ところがいざ駅舎に向かおうには国道から線路を渡り反対側の裏道から伝っていくという、何とも地元密着の駅であった。もちろんその詳細は国道から充分確認できたためその訪問を決めた訳である。いわゆる「衝動買い」ではないが「衝動訪問」とでも言おうか、それを瞬時に決めてしまうほど一気にこの駅に引き込まれてしまった。

結論から言うと、いわゆる木造駅舎がそこにあり、昔ながらの雰囲気を醸し出していたためであるが、なんというか、かつて私はここを「松浦線」として通っているはずである。しかも筑肥線で伊万里までやってきて制覇のために有田まで往復している。つまりこの駅は2回通り過ぎているはずであるのだが全く記憶に無かった。それもそのはず、この松浦線(現・松浦鉄道)を訪れるのは実に33年振りであったからだ。そんな記憶もこの蔵宿に到着したらなんとなく懐かしく感じた。まるでタイムマシンにでも乗ってやって来たかのような雰囲気に包まれる感じであった。現在の伊万里駅は分断されてしまいかつての面影がほとんど無くなってしまったが、伊万里以外ではこうして昔のまま残っていてくれているのが実に嬉しい。

忘れかけていた遠い記憶を蘇らせてくれる・・・そんな松浦鉄道の蔵宿に一時佇んでいたら、松浦鉄道のみの各駅訪問をしてみたくなってきた。


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急遽訪問が決まった有田。この駅の訪問は実に33年振りであった。「焼き物」で有名な街であるが、駅前は実にひっそりしていた。とは言え、私が訪問した時間帯は朝8時半くらいであったから駅前は「生活」の色が濃かった。


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そしてこちらが蔵宿駅。国道沿いにある駅であるが、駅舎に来るには踏切を渡り生活道路に入らなければならない。


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こんな駅舎に惹かれてしまった。全く訪問予定が無かったというより、この駅の存在すら知らなかったのに(とはオーバーであるが)、駅前に立った途端、なんとなく懐かしさを感じずにはいられなかった。


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と思っていたら、何と、駅舎に喫茶店が併設されていた!とは言え、人の気配が感じなかった。私の訪問したのは1月中旬。遅い正月休みだったのか、それとも・・・


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既に8時半を過ぎ通学時間帯を逸れていたが、訪問時は完全に蔵宿駅を独占していた。


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突然の訪問も快く受け入れてくれた蔵宿に感謝である。生活感あふれる中にも重厚な趣きがある素敵な空間であった。



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よろしく哀愁。よろしく九州⑭ 五郎丸

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一躍「時の人」となった某ラグビー選手であるが、その波に乗ってこちらも「時の駅」となってしまった。その名も五郎丸。駅自体は秘境駅や「日本一○○な駅」などの分類が難しいくらいごく普通の駅であった。というより、ほとんど一般には顔を出さない、いわゆる私好みの「地味駅」であったのだ。国道から一本ドテップチの脇道に逸れるが、そこは閑静な住宅街。であるが、駅前の道は意外と交通量が多い。日中は無人になり全く静かな駅であるが、朝晩の通勤時にはかなり賑わうであろうごく一般的な生活駅である。ところが、ある日を境に一躍脚光を浴び、この駅もメジャーに昇進。そして最も旬な駅となってしまった。とは言え、もう既にピークは過ぎているであろうが、そんな旬な情報は抜きにして、普通にレールファンの目で駅として見た場合とても魅力ある事がわかる。とにかく駅に入るには超狭い歩道を伝わなければならない。もちろん駅前広場など無い。そして車で来ようには止める場所が無い。本当に生活感溢れている地元密着の駅である。

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この駅は福岡県は西日本鉄道の駅である。しかも本線ではなく、本線から枝分かれする支線にあるかなり地味な存在だ。


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住宅街の中にある生活感溢れる駅である。かなり華奢な印象で、ある意味都電の停留所と間違えそうな感じだ。


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駅舎、というより切符売場と言ったほうが正解か。狭いスペースに無理やり作ったような印象である。


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どうやら日中は駅員不在らしい。朝晩は駅員がいる旨が記されていたが、その他に増収を図ろうとする案内も。もちろん「久留米」とはJRではなく西鉄の事であろう。


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これが駅全貌。普通に普通の駅であるが、やや華奢な印象は、西鉄の列車がやってくると、列車がはみ出してしまいそうな印象であった。


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近くに神社があろうとは知らなかった。その神社へ向かうにも、なんだか迷路のような通路を通らなければならない。


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よろしく哀愁。よろしく九州⑬ 植木

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さて、この植木駅をご存知の方がどれくらいいるのであろうか。地元利用者と「私、駅名と同じ苗字なんです」という方以外、その存在を知る者は、恐らく「秘境駅」として名高い小幌駅の乗降客数より少ないかも知れない。そしてこの植木自体、秘境駅とか「日本一○○な駅」のような特徴があるわけでも無く、いわゆる地味な駅である。映画「男はつらいよ」的に言うと「谷よしの」的な感じか。だが、この例えをわかる方は相当な寅さんフリークであろう。

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話が逸れたが、逆に言うと、こうした地味な駅が私が好む駅の真骨頂。「秘境駅訪問家」ではないが、私も「地味駅訪問家」とでも名乗ってしまおうかと思うくらいこうした駅が好きだ。私的には伊豆急の「南伊東」がその威力を発揮する駅としてNo.1に近いと評価しているが、皆様でもし「こんな地味な駅を知っているよ~」という方がおられたら私に報告して欲しい。

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(昭和的駅舎がとても良い。もちろん開業当時のものではなさそうであるが、ペイントも何度か変更されている事であろう。)

と、また話がそれてしまったが、この植木は鹿児島本線にある駅で、言わば地味な中間駅である。そして私の訪問理由は意外と単純で「会社の同僚に駅名と同じ苗字の人がいるから」という理由からだ。だが、理由は単純でも訪問してみると内容的には素晴らしかった。それは、列車でやって来る場合ではわからない環境とでも言おうか。
国道からこの駅にやってくるのには少々生活道路に入るが、途中でかなり狭い坂道を下っていく。するとようやく線路際に出るが、そこから線路沿いに行くと植木駅がある。当然ながら観光的な名所等は無く、完全に生活ムード満載の駅である事がわかる。秘境駅ではないが、熊本から15分とかからない距離のため意外にも利用者は多い。が、当然朝晩に集中している事であろう。私が訪問した日中は「独占」であった。そして、何といってもこの駅が無人化されたのが2015年3月であるからつい最近の出来事である。

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ちょうど私の訪問時に列車がやって来たが・・・列車が到着しても完全に私のみがこの駅を独占していた。上り線はかなりのカントがあるようであるが、ご覧の「トイレ」で事件は起こってしまった・・・

駅は2面3線構造でいわゆる本線型の基本形であるが、この駅からは何と、かつて山鹿温泉鉄道が分岐されていたのだ。と言ってもピンと来る方は私よりもかなりの大先輩であろう方々と思われる。その存在が歴史の1ページとなってしまったのは昭和30年代であるから私はまだ生まれていない。だが、そんな山鹿温泉鉄道の面影をこの駅で見つけるのは非常に難しかった。山鹿温泉鉄道の線路跡はサイクリングロードになっていると聞いているので、次回訪問の際は是非とも確認してみたい。

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駅前にある激安駐車場。この駐車場辺りにかつての「山鹿温泉鉄道」があったと思われるが・・・その存在自体が伝説であるため、私もあまりピンと来なかった。

ところで、そんな植木でひとつ残念な事が起こってしまった。それは・・・植木駅のWCで用を足していた時に財布を落としてしまったのだ!そして運悪く汚水で浸されていた部分に落ちてしまった。私はすかさずすぐそばの手洗い兼掃除用の洗面台のような場所に財布を置いたが、更にその下に置いてあった掃除用具用のバケツの中に落ちてしまった!中には水が入っていたので更に財布はずぶ濡れになってしまった・・・
踏んだり蹴ったりの状態のまま結局帰郷までその財布を使用せざるを得なかったが・・・もちろん現在、その財布はしっかりと葬られている。なんて後味悪い訪問となってしまったが、駅舎ほか、設備等は昭和的な面影がありとても訪問し甲斐がある物件であった。


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よろしく哀愁。よろしく九州⑨ 加津佐

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(2016年、つまり今回の訪問時である旧・加津佐駅。下記には2008年訪問時も掲載したが、その当時とほとんど変化がないのがおわかりいただけるであろう。)

島原鉄道の終点であり、そして海水浴場にほどなく近い加津佐であるが、その海水浴客も晩年は列車を利用して訪れる客はそう多くなかったであろう。私がここに初めて訪れたのは先述通り2008年1月で廃止直前であった。学生諸君の利用も多いはずであろうと思っていたが、意外にも並行する路線バスの方が格段に多かったのには驚いた。というのも、2008年訪問時は加津佐から路線バスで小浜温泉を抜け諫早に出るという事であったので、私も地元の人に混ざってバスの乗客のひとりとなったのだ。だが、驚いたのは学生諸君が私を見つけるなり座席を譲ってくれた事。と言っても決して席を譲っていただくほどの年齢には達していない自信はあったが(当時)、一目見て「地元民ではない」と判断されたのであろう。キャスター付きのバックを抱えなれない仕草で路線バスに乗り込んできたのだから当然と言えば当然であるが、なんというか、そういった配慮をしてくれる学生たちは実に清々しく思えた。その好意にあえて遠慮なく甘えさせていただいたが、実に心打たれる学生たちであった。

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(2008年訪問時の加津佐駅舎。営業はしているが既に駅員無配置となり、なんとなく廃止を待つだけの状態になっていた印象であった。)

そんな学生たちが暮らす島原半島も、現在では列車がやってこなくなってしまった区間が出来てしまった。そしてここ加津佐も終点でありながら列車はやってこなくなってしまった。そういえば、この並行するバスは、私たちが席を譲っていただくほど満員御礼の乗車率であった。あの普賢岳の災害以来列車での通学は避けられてしまったのであろうか。加津佐までやって来た私が乗った列車は加津佐に着く頃にはハッキリ言ってほぼ貸切状態であった。だがバスは満員御礼。この時点で明暗が分かれていたのであろうか。

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(2008年訪問時のホームの様子。当時、列車から降りた乗客は私たち御一行のみであった。)

そんな列車で加津佐に到着すると、ちょっと理解の範囲を超えた出来事が起こった。私は島鉄のフリーきっぷを下車時に運転手に見せたが、その運転手は「整理券は?」と聞いてきた。「?」私は一瞬状況が読み込めなかった。「いや、フリーきっぷだから整理券は取ってないですよ。」と告げると「次回からは取ってくださいね」と注意されてしまった。「そうか、島鉄ではフリーきっぷでも整理券を取らなければいけないのか・・・」という状況、私は全国各地で色々な鉄道旅をしてきたが、このような経験は初めてであった。そしてその「次回」に訪れたが、訪問したのはレンタカーであったため整理券は取れなかった。

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(そして今回訪問時。廃止されて8年経ったとは思えないくらいの状態である。やはり「もったいない」的な言葉が浮かんでくる。)

そんな状況の加津佐であったが、今回訪問時もやはり他の駅同様、しっかりと遺構が確認された。もちろんレールは無いが、駅舎やプラットホームに至るまでほぼ廃止前の状況そのままであった。そして私が写真を撮影していると、島鉄バスが駅前まで入ってきた。「回送」と表示されていたが、バスはわざわざ加津佐駅前まで入ってくるみたいだ。加津佐の駅前は主要道路から分岐し入江のような状態になっている。そのためわずかながら「駅前広場」が存在する。だが、基本的に路線バスのバス停は主要道路側にある。であるが、ごくまれに駅前まで入ってくるバスもあると聞いていた。まさにその場面に偶然遭遇したわけであるが、やはり列車にはもっと活躍して欲しかったというところが正直な印象であった。

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(ホームに接する線路の他に2本の側線があった。廃止駅とはわかっているものの、なんとなく他の廃止駅より荒れている印象ではなかろうか。詳しい歴史等は確認していないが、加津佐から先の延伸計画は存在したのであろうか。もしあったとしたら、それこそ島原半島一周的な感じであろう。)

今回の島鉄廃止区間、いわゆる「南目線」を廃止後に訪問するという一大プロジェクトを敢行したが・・・やはり先述通りもったいないという印象がとても強かった。というより、役目を終える時期が早すぎたとでも言おうか。特に安徳などにそれが象徴されている。北海道の廃止路線とは違った雰囲気であるのは、沿線各地にしっかりと生活が営まれている点であろう。北海道の場合、その多くが石炭と強い結びつきがあるため、炭鉱閉山などと共に沿線人口が減少し、中には過疎化どころか大自然になってしまった場所も少なくない。

今回の島原訪問はその決定的な違いを私に教えてくれた。もちろんモータリゼーション的な理由もあろう。全国的に衰退していく鉄道路線であるが、かつては地域の発展に限りなく貢献したはずだ。恐らくであるが、首都圏に住む私と、こうした地方に住まわれる方では鉄道に対する感覚が違うであろう。事実、かつての職場では四国出身の新入社員がいた。その新入社員は予土線沿線が地元である。そして社会人として首都圏に配属になり、最初に15両編成の東海道線普通列車を見た時に驚いたという。考えてみたら予土線は普通に考えて1両編成の列車しかやって来ない。そう、1両編成の列車が彼にとってみたら常識であったのだ。基本的に鉄道の最大のメリットは「大量輸送」である。であるが、地方などではその機能を持て余すべく1両でも過剰な場合がほとんどだ。
そんな鉄道に私は何を求めているのであろうか。その答え探しにこうしてまた旅に出るのかも知れない。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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