姿なき挑戦者⑰ カシオペア(後編)

さて、計画段階から函館より上りのカシオペアに乗車することが決定していて計画段階から札幌より乗りたかった自分を納得させるよう、函館ではカシオペアに乗車する前に湯の川温泉でひとっ風呂浴びる予定を組んだ。カシオペアではシャワーしかないため湯の川を選んだわけであるが、というより、私が1978年に初めて「富士」に乗車したときは、寝台特急でシャワーを浴びるなんてこと夢のまた夢であった時代だったため、この「シャワー」そものもが素敵に感じてしまうが、やはり湯船に沈み癒されたい。というより、確か青函連絡船にもシャワーや風呂の設備も確かあった記憶であるが、やはり列車も船も「揺れ」が最大の特徴であろうから、やはり日本有数の温泉街で・・・というわがままが自然と生まれてしまうのはある意味罪作りか・・・

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(私が乗車した室内は「カシオペアツイン」である。被写体の中に妻であろう人物が若干写っているが、正直、あまり自慢できるものではないので、ご覧のみなさまは気にぜずに車内の雰囲気を感じてくれればいいと思う。というより、前述通りやや写真に赤みを帯びる結果になってしまった事を予めご了承いただきたい。)

というより、申し訳ないが同伴の妻は「月のもの」の最中であって温泉に入れないため、近くに有る無料の足湯で湯の川を堪能。私のみの温泉入浴となってしまった。なんて綴ってしまったら各方面からご意見頂いてしまうかも知れないが・・・湯の川の温泉街はほとんどの旅館などで日帰り入浴可のため、ブログをご覧の皆様も是非!!
って、私は湯の川温泉の観光大使でもなんでもないのだが、いずれにしても私の中では高い評価であるので内容についても保証付きである。

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(これは私が撮影。ご覧の通りサロンカーであるが、ど~ですか、この貸切感。早朝のサロンカーはなぜか心地よい。この感覚、経験できたのはある意味私の財産か・・・)

さて、温泉を経て函館に戻ってきた私はカシオペアの出発時間まで待合室でその時を待つ。キオスクやお土産屋さんなどがどんどんシャッターを下ろす中、何もすることが無かったので私はワンセグで「水戸黄門」を見ていた。格さん(助さん?)が印籠を掲げる頃にちょうどカシオペアが入線する時刻となろう。予定通り、悪代官を成敗する頃にカシオペア入線のアナウンス。私ははやる気持ちを抑えながらホームへと足を弾ませた。
DD51のディーゼルエンジンの音がホーム一面に響き渡る中、銀色の車体が私を迎えてくれる。寝台特急=ブルートレインの概念がまざまざと打ち破られる斬新な車体。ワンランク上の寝台特急的なイメージになってしまう私は完全に「ブルトレ少年」なのであろうか。

Cassiopeia_sleeping_car_at_ueno_station.jpg
(こちらはウィキペディアより。カシオペアの車体は過去の寝台特急とは全く違う感性の持ち主である事は一目瞭然であるが、ある意味昭和的感覚の進化系を味わえる列車でもある。)

気がついたら、といか、私がレールファンに復帰してから個室が当たり前の時代に変化していた寝台列車であるが、既にその件は北斗星のロイヤルで経験しているにも関わらず、カシオペアの車内はまたひと味違う。カシオペアツインとはいえ、個室であるというのが、昭和的寝台特急の感覚を持つ私としては実に新鮮。水揚げされた魚をその場で刺身にして食べている感覚だ。
気が付けばトンネル内を走る独特の「ゴーッ」という騒がしい音声が窓の外から響き渡ってくる。そう、青函トンネルだ。
考えてみたら、1983年に私は青函連絡船で北海道に初上陸した。その帰りも当然ながら連絡船を利用したが、その時は函館発0時40分発の夜行便であった。青森に4時半に到着するのだからハッキリ言って寝る暇がない。というか、落ちつかずに睡眠が取れないであろう。と思っていたが、当時はしっかりと睡眠を確保していた。なんて事をふと思い出してしまうカシオペア車内は実に充実。気が付けば外は明るくなっており、既にJR東、つまり青函トンネルを抜け本州に入っている事が無言のお告げで感じられた。

JRE_PC26_Cassiopeia_20070916_001.jpg
(こちらもウィキペディアより。ペイントこそ「ナウい」ものの、ご覧の交直両用機関車は実に昭和的風景。つい最近まで昭和が活躍していたという事に私的には価値を感じる。)

サロンカーへ行ってみた。ハッキリ言って貸切である。北斗星の時とはまた違い、素敵な空間。なんとなく「オトギノクニ」にでもいるような感じであった。ただ、カシオベアは「オール個室」のため、かえってサロンカーは無用の長物的であろう雰囲気であった。であるが、サロンカーのドアは自動で開閉され、昭和の私にとっては画期的な事件であった。最近は寝台特急がなくなり、こうして列車内で朝を迎えるという事が経験できるチャンスがめっきり減ってしまった。確かに豪華列車みたいなのが次々とデビューして、またデビューする予定で、一般には期待が膨らむ風景である。であるが、このカシオペアは、車体こそ新しいものの、味わえる風景は全く昭和的感覚そのもの。寝台も「オール個室」であるものの、基本的に味わえる感覚というものは2段ハネ時代とは変わらないが、個室であるから「朝の一杯」「睡眠前の晩酌」は周りを気にせずに味わえる。これは昭和の寝台特急との比較で決定的に違うもの。今に時代に是非この感覚を今の世代の方にも味わっていただきたいのだが・・・時代がそれを許さないのか。「七つ星」とかは豪華であるし私も経験してみたい。であるが「2段ハネ」に象徴されるような寝台特急、その延長線上に有るカシオペアの存在が実に眩しく素敵である。
上野駅の到着ホームは13番線ではなかったが、朝の時間帯の上野駅は、私を「いなかっぺ大将」的な昭和の感覚にしてくれる何かがなぜか心地良い。やはり私は古い人間なのか・・・そんな思いをカシオペアで感じてしまう私は、まだまだ「ブルトレ少年」なのであろうか・・・


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姿なき挑戦者⑰ 寝台特急カシオペア (中編)

前章でも触れたが、今回紹介する「カシオペア」の乗車は函館からである。上りの寝台特急に乗るという経験は皆様お有りであろうか?というか、首都圏在住の私にとっては実に贅沢なひと時であるという感覚だ。旅行最終日の朝に東京に着く。実質自宅には午前中か昼間には到着するという事だ。これすなわち翌日の仕事に備えての心構えの時間が充分すぎるくらいにある・・・写真の整理もできるし、いいね、これ!みたいな感覚で乗れる夜行列車、しかも寝台特急というのが嬉しい。しかも今回は「カシオペア」だ。だが、残念ながら、私が発注していた「メゾネットスイート」が納品されず、結果、通常のカシオペアツインになってしまった。が、それでもかなりの贅沢。20年以上レールから離れていた私にとって、この寝台特急に乗車するという事は実に意味がある。

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(この章ではウィキペディアより画像を拝借してみた。先述したが、私がカシオペア乗車当時所有していたカメラのコンディションが良くなかったため画像に少々赤みが出ている。私の撮影した画像は次章で紹介してみようと思う。)

私が過去に乗車した寝台特急は「富士」「ゆうづる」「はくつる」「サンライズ」「北陸」「あけぼの」「北斗星」くらいか。しかも北斗星では初めて「ロイヤル」を体験した。その模様についてはこちらからご覧になっていただくとして、今回紹介しているカシオペアは私にとってはまったくもって新しいタイプの寝台特急であり衝撃的な列車でもあった。そう、カシオペアでは「北斗星」と同じような「スイート」がある事でこの列車の価値が倍増してくる。だが、当然のことながら「プラチナ」であるため私のような凡人ではとてもゲットする事は出来ないであろう。

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(改めてウィキペディアより。函館駅でのひとコマである。連絡船が廃止され駅構内の配線は大きく変更されたが、弧を描く独特のホーム風景は昔も今も変わらない。)

ただ、実は「カシオペア」の晩年付近で私は旅行会社に毎日発注で「スイート」をお願いしていた。つまり、運転日にスイートが空いている日があったら抑えるという事を旅行会社にお願いしていたわけである。が、結果的には玉砕してしまったが、ある意味いい経験になった。というか、一般的に最後尾のスイートを憧れであろうが、私は「メゾネットタイプ」の方が好みであるのはいささか変わりものであろうか?なんて言ってはいるが、結局今回紹介するカシオペアの乗車が最初で最後であった。だが、経験できただけでも人生において輝かしい名誉と足跡を残したであろう・・・

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(こちらもウィキペディアより。北海道に入ると非電化区間が連続するためご覧の機関車に変更される。機関車の重連はレールファンにとってみたら最高の「おもてなし」となるが、ご覧の機関車は国鉄時代のものであるのも感慨深いものがある。)

そんな思いもあり、私の寝台特急に対する思い入れはかなり深い。だから乗車する時は、それこそスーツビシッと決めて最上級の気持ちでその時を迎える・・・みたいな気分になる。
などと気取った台詞を記載してしまったが、紹介しているカシオペアの旅は、先述したが函館からの乗車となった。当時、江差線の制覇と函館市内の路面電車の制覇に1日取り、帰郷にカシオペアを使うという何とも贅沢な工程を組んだ。が、当然スイートなどはキャンセル待ちを含め取れず、結局予定通り「カシオペアツイン」の利用になった。それでもこうしてカシオペアの経験が出来ただけでも将来的に価値があろう。そんな寝台特急に最初で最後の乗車のため、路面電車を制覇した私は函館駅へと「はるばる」向かう。


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姿なき挑戦者⑰ 寝台特急カシオペア (前編)

「カシオペア」が時刻表上から消えてから久しいが、という事は、客車による寝台特急という概念が消えてからも久しい事になる。といというより寝台列車が大変に貴重なものとなってしまった現在、周知の通り「サンライズ」が唯一となってしまった。各都市にはリーズナブルなビジネスホテルなどが増え便利になり、更に夜行便に関しては列車がフェードアウトしていくのと反比例してバスが台頭してきて、特に若い世代からの評価が高い。夜の移動はバスが「常識」となった現在、違った意味で「バス」の番組もキャストが入れ替わり新たな旅が始まった。

北海道 2 229
(今回の記事の写真は、カメラのコンデションによりかなりお見苦しい画像を紹介してしまう事を予めご了承頂こう。こちらは上野駅で撮影した「カシオペア」であるが、「EF81」という機関車の形式からして実に昭和チックなイメージが良い!)

「カシオペア」と言えば私は「向谷実」を即座に浮かべるが、若い世代ではこの向谷氏は「鉄道好きの人の良いおじさま」的な感覚であろう。だが実は、周知の通り日本においての「フュージョン」という音楽のジャンルで人気の「カシオペア」の元メンバーであった。現在でもバンド自体は第一線で活躍するが、向谷氏は現在脱退している。しかしながらボーカルが無く、音楽の演奏のみでの勝負は、その質とセンスが問われるであろう。というか、この「カシオペア」という列車名を付ける際、実はJR東が向谷氏に打診したらしい。もちろん向谷氏は快諾、晴れてデビューとなったわけだ。

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(ウィキペディアからの向谷氏。若い世代のレールファンからは「人の良いおじさま」的イメージであろうが、実はものすごいミュージシャンなのだ!)

私の場合、初めて乗車した寝台特急が「富士」であった。その模様はこちらで紹介しているが、当然ながらカシオペアのような豪華さは無く、開放B2段ハネと現在でいうシングルデラックスの2パターンしか無かった。食堂車も連結していたが、とてもとても小学生の私にとっては高嶺の花であったし、しかも当時この列車を東京から西鹿児島(当時)まで24時間25分かけてフル乗車した列車でもあったので食堂車ばかりも利用できないよねっ!みたいな列車であったから、このカシオペアは格段の進化であるとともに、当時「夢の寝台特急」として各メディアでも度々取り上げられてきた「個室寝台」が実現した形であった。もちろん先発の「北斗星」でその夢は実現していたが、カシオペアでは「オール個室」というのが魅力的であった。だがしかし・・・難点をひとつ挙げるとしたら、ひとり旅では利用しにくい事である。

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(こちらは晩年の寝台特急「富士」。入線時に東京駅にて撮影した。私が小学生当時、まさか東京発の寝台特急が次々と廃止になるとは当時夢にも思わなかった。現在の頼みの綱は「サンライズ」のみとなってしまったが、車両寿命的にそろそろ局面を迎えている事であろう。)

そんな寝台特急「カシオペア」に最初で最後の乗車になったのが2009年の3月であった。ただ、全線制覇の都合上、函館からの乗車になってしまったのがやや残念であったが、終点の上野までじっくりと個室寝台を堪能。「北斗星」とはまた違った旅を味わえた。そんな旅の記憶を少しづつたどりながら紹介してみよう。


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姿なき挑戦者⑯ 寝台特急「北陸」(後編)

結局、富山あたりまでは目がガンガンに冴えていて寝台の役割を最大限に発揮できずにいる自分がいたが、高岡付近にきて眠気が襲ってきたのも皮肉な話だ。仕方ない、起きていよう・・・という具合な形で迎えた初めての北陸地方の旅であった。「国境」辺りでは銀世界であった景色も、ここ北陸の地に着く頃には完全に銀世界ではなくなっており、むしろ4月・5月を思わせる景色であった。そして高架化された金沢駅のホームが新鮮に感じる。私は地上駅時代しか知らなかったので、なんというか「都会」みたいな雰囲気が漂ってきた感じであった。訪問は初めてであったが、雑誌などでは当時の金沢駅の事情は知っていた。であるが、この新しい金沢駅も実に清々しくて良い。私が中学の頃にはなかった「ソロ」「デュエット」などをホームから眺め「いつかは!」とテンションをあげながら「初」北陸のスタートを切った。

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(今回紹介の旅では「のとじま水族館」にも参戦した。その際に、偶然ながら旅番組の収録があるとの事。そしてイルカのショーではあの川津祐介氏に遭遇した。イルカのショーでは散々イルカと遊んだりした風景が収録されていたが、オンエアでは全てカットされ、ペンギンが園内を歩くシーンとイルカのショーがほんの一瞬のみ放送されていた・・・)

私は冒頭で「ブルートレインの似合う男になりたい!」と言った。あらためて、一体「ブルートレインの似合う」とはどんな男であろうか?であるが、時代の流れとともにブルートレインが無くなってしまうとは何とも皮肉な話だ。夜行列車は「時間の有効活用」という点で非常に長けている。であるが、現在ではビジネスホテルなどの宿泊施設が全国の主要都市に充実し、新幹線や飛行機などの交通網が進化して便利になった。交通網だけではない。通信に関しても「携帯電話」なるものがバブル期に登場して以来、年々進化していき、遂には「スマホ」なる通信手段が登場してしまった。「フェイスブック(フェイスロックではない!)」や「ツイッター」など新しい単語が登場し、ますます複雑かつ便利かつ楽しくなってきた。バブル期以前では携帯電話はそれほど一般的では無かったし、それこそ彼女に電話する時は固定電話しかなかった時代なので「お父さんとかでないかな・・・」など無駄な心配をしてしまったものだ。

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(ダイナミック✩トナカイ提供の富山駅であろう583系「雷鳥」。1984年頃と推測。私が今回の旅で訪問したのは2月。出発前にはご覧のような景色を思い浮かべていたが、いざ現地に着くと雪という雪が全くない通常の北陸地方の景色であった。そんな北陸地方も現在は新幹線が開通し大きく環境が変化した。)

2015年現在、この「ブルートレイン」という列車はほぼ皆無に等しい。であるが、2006年に「北陸」に乗車した時はレールファン休業中であったが実に充実した時間であった。なんというか「古き良き」ではないが、そんな簡単な言葉では片付けられない「ガラスの」10代の時の記憶や感覚が無意識に蘇ってきた。多分であるが、それはレールファン復活の「プロローグ」であったのだろう。寝台特急「北陸」は、そんな事を私に教えてくれた素晴らしい列車であった。



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姿なき挑戦者⑯ 寝台特急「北陸」(中編)

さて、旅行会社に行ってみると面白い事がわかった。それは「ジャパン・トラベル・ビューロー」、いわゆる「JTB」の国内旅行フリープランに寝台特急が交通手段の選択肢にある事がわかったのだ。これは使わぬ手は無い!と思い早速JTBへ。そして約28年ぶりに客車による開放B寝台に乗車する事になったのだ。そして・・・久々に立った13番線ホームは実に懐かしかった。もちろん上野駅の事である。中学生までは特急列車などを撮影にわざわざ相模線の始発に乗りやってきたものだ。レールファンを、当時は「卒業」していたはずなのに・・・なんだろう、この胸騒ぎ。なんとなく童心に帰った感じがして止まなかった。

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(ダイナミック✩トナカイ提供の「あけぼの」である。「北陸」とともに近年まで活躍した「純正」「正統派」の寝台特急であった。)

やがて「国鉄」とは違う現代風のタイフォンが鳴り止み、カクーンと揺れを催しながら幾多のジョイント音を響かせ、複雑なレールの波に身を揺らせていく。久々の感覚。車窓には「赤羽」「浦和」などの駅名標が掠めていくが、窓の向こうの通勤帰宅客には申し訳ないくらいにリラックスした体制でアルコールなどを頬張っていた。とは言え、私も4時間くらい前までは仕事をしていた身。仕事終了直後の寝台特急はなんとなくいつもよりアルコールの回りが早い感じであった。

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(画像はウィキペディアより。「北陸」とペアで活躍した急行「能登」。かつては旧型客車の夜行急行列車であった記憶であるが、同じく夜行列車の「越前」などと共に、1980年代は北陸方面への夜行列車はかなり充実していた印象であった。)

冬場のせいか、やたらと静電気が染みるカーテンを開けると窓の外は既に銀世界であった。既に「国境」は超えていたようで、どうやらいつの間にか夢の中へと誘われていたようだ。気がついてから約30分くらい走ったであろうか、深夜のプラットホームに滑り込んだ。照明は、深夜だというのにやたらとギラギラ輝いていた。レールファンは休業していてもこの深夜の運転停車は事情を察している。そう、長岡駅である。そして駅名標なども見当たらないのに長岡とすぐにわかってしまう。既に頭の中はレールファンモードになっていたのかも知れない。しばらくすると隣のホームには、なんとあの「トワイライト」が入線してくるではないか!レールファン休業中でも事情は知っている。静電気が気になるカーテンをつかみながら「トワイライト」の方向幕がやたら新鮮に映るのが実に良かったが、仕事の疲れが翌朝に響かないかという思いから「寝なければ!」と焦ってしまう。しかしながらその「トワイライト」の興奮が抑えきれなかった。



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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