廃止路線を訪ねて① 白糠線・アゲイン

1983年10月、北海道ワイド周遊券で北海道初上陸を果たした。その時のテーマであった「白糠線訪問」が実現したが、訪問してから2週間くらいして姿を消していった・・・
既に「廃止路線を訪ねて① 白糠線」で紹介しているが、紹介した他に現在私が所有している駅名表と数枚の写真の在庫があったため、一応この場を借りて公開してみよう。

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急行「まりも」で白糠に到着した。以前にも紹介した写真であるが「まりも」は14系客車であった。


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白糠駅で撮影のキハ58サボ。白糠線始発の列車は釧路発であったが、既に多くの乗客がいた。私は白糠から乗車。サボは上り、つまり帰りの表示だ。


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各駅名表。上白糠と茶路の間には全国版時刻表に載ってない「共栄」があった。いわゆる仮乗降場である。


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こちらも以前に紹介した北進駅全景。ご覧の通り、付近には「文明」と呼べるのはほぼ皆無に近い。よくこのような場所に鉄路を引っ張ったものだと感心してしまう。

後で調べてわかった事だが、上の写真の車両は根室本線の釧路~根室に運転されている急行「ノサップ」の合い間の運用だったらしい。つまり白糠線に「ノサップ」が乗り入れている事になる・・・とはちょっとオーバーな表現であるが、2両編成の運転では普段はいささか持て余し気味であったろう。もちろん私の乗車時には「その道の人」が多く訪問していたため開業以来の乗車率であっただろうが・・・
かつては「政治路線」とも騒がれたりもしたが、一応「敷設法」の構想では足寄への延伸があったのは先述した。だがそのほかに「阿寒線構想」と言うのがあったらしい。足寄へ向かう途中の「螺湾(仮称)」と言う駅から阿寒湖を抜けて北見相生(当時の相生線)へと到達する予定であった。もし足寄への路線と共にこちらの北見相生まで繋がっていたとしたら、とても夢が膨らむが利用者はそう多くないであろう。であるが、私はいつも、この「未成線」がもし開通したらと想像するととても楽しくなる。もちろん白糠線の他にも多くの未成線が日本全国に多く存在している。だがその未成線の構想とは裏腹に多くの路線が廃止されていった。上茶路~北進を延伸した際に約16億円(当時)の経費が掛かったと聞く。
「83線区」の先陣を切って廃止されていった白糠線は、東海道新幹線が開通した年と同じ年に開通。しかし上茶路~北進が延伸されてからなんと11年でその使命を終えてしまった。当時から白糠線を知っている鉄道愛好家の中での「評価」はいろいろであろうが、私にとっての白糠線の印象はとても大きい。特に「初」北海道であったのと、夏休みなどの長期休暇以外での訪問であったから尚更だ。当時中学生の私が既にこれだけの想いを秘めながら北海道に「参戦」したのは、今になって考えたらやはり「特殊」だったのであろうか?いや、例え「特殊」であっても白糠線と共に時間を共有した思い出は計り知れない。



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廃止路線を訪ねて①(白糠線)(リメイク版)

国鉄末期に、いわゆる「赤字ローカル線」が国鉄再建法によって、次々と切り捨てられていった。そんな中でも「特定地方交通線」として、先陣を切って廃止されたのが「白糠線」であった。白糠線は、北海道は根室本線の白糠より北へ進み、文字通り「北進」へと向う33.1キロの盲腸線であった。営業係数(100円の利益を上げるのに係る経費の指数)ワーストの常連であったのを象徴するかのように1日3本の列車設定だ。当時中学生の私は、白糠線の廃止情報を聞き、衝撃を受けた。何とか廃止前に乗車したい・・・そんな募る思いの中、必然か偶然か、突然そのときはやって来た。学校の行事の都合とカレンダー上の連休が重なり、なんと4連休となった。私は早速きっぷの手配に取り掛かった。何と「北海道ワイド周遊券」を使うことにした。北海道ワイド周遊券は北海道の国鉄(当時)全線に乗車できて20日間有効であった。このきっぷを、なんと4日間で使用するという、何とも贅沢な企画となった。しかも季節割引があり、プラス、学割が適用されたため、何と4割近くの割引となった!現在ではもう夢のまた夢であるが、格安にての北海道「初」体験であった。

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(白糠線制覇後に降り立ったと記憶している白糠駅にて。当然ながら「同業者」が多数。とは言え10月の平日であるが・・・私は中学生だったからいいとして、その他のギャラリーは一体どういうシチェーションなのであろうか・・・)

早速、北海道に行くため乗った列車は、急行「八甲田」である。ワイド周遊券は、フリー区間までの経路の急行利用は別料金が不要になるため、当然急行でのアプローチとなる。細かい乗車記録はリンク「私の旅の乗車記録」より参照していただくとして、私を乗せた列車は青森に6時15分に到着した。当時、青函トンネルは開通しておらず、青函連絡船での北海道入りだ。青森駅から連絡船へ向う通路は旅情たっぷり、旅心をくすぐる。桟橋を離れ「逆巻く波」を乗り越えていよいよ函館の桟橋が見えてきた時「初」の北の大地に期待が大きく膨らむ。函館で特急に乗り換え夕張線制覇のため苫小牧に向ったが、初めて見る北の大地の大自然は私の期待を裏切らなかった!大沼公園や羊蹄山など「北海道らしさ」を十分に見せ付けられながら、更に廃止予定の白糠線を目指し、夜行急行「まりも」で白糠へ向った。翌朝、白糠には私だけでなく「同業者」が多数降り立ち、1時間の待ち合わせの後ついに白糠線への旅になった。

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(終点の北進にて。なんというか、文明と呼べるものは鉄道施設意外にあるのであろうか・・・)

もともと白糠線は、根室本線のバイパスを役割るべく白糠から足寄を経由して新得へ抜ける路線として計画されたが、石炭事業の衰退と共に中絶してしまった。それでも昭和39年には上茶路まで、昭和47年には北進まで開通した。沿線にこれといった観光資源も無く、せいぜい上茶路付近の炭坑への物資輸送くらいである。それでも開通させた裏には、どうやら政治的な匂いも無くは無いと考えざるをえないが、真相は・・・そんなことより、こういう超ローカルモードたっぷりの「特定地方交通線」こそ喜んで乗りにやってくるイチ鉄道少年であった。そんな私を乗せた列車は、乗客のほぼ9割9部8厘が「同業者」である事をお構いなしに白糠を走り出した。早速、遠ざかる根室本線を左に見ながら「秘境モード」に突入した。「鉄道の意味」を考えさせられる程の大自然の中をひたすら北へ進む。途中、白糠線唯一の仮乗降場「共栄」を過ぎ、景色の変化が無いまま「上茶路」に到着した。かつて付近に炭坑があって、その物資輸送があった事を象徴するかのように構内は広く、錆付いて使われなくなった側線が何本もあった。少なからず白糠線が盛隆した時期もあった事をうかがわせる・・・そして北進に到着した。「駅前一等地」には住宅は愚か、商店やその他、文明を示す物は鉄道意外にほぼ皆無に近い・・・それでも列車の着いた時、一時の賑わいを見せたが勿論、地元の利用者など皆無に近く、ほぼ全ての乗客が列車に向けシャッターを切っていた。そして再び乗ってきた列車で折り返してゆく・・・勿論私もその中の一人として白糠へ引き返したのだが・・・本来の鉄道としての使命を完全に果たせないまま、その役目を終えてしまう白糠線に対して「お疲れ様」と言うのは、なぜか「?」であると感じた。

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(北進の駅名標。現在の北進駅跡は何もないそうであるが、約30年前には鉄道の歴史があった事を私が証明する。そのためにわざわざ北海道まで行ったのだから。)

それから2週間後、特定地方交通線の先陣を切って白糠線は廃止されてしまった。白糠線廃止後、次々と特定地方交通線が廃止され、気がついたら北海道の鉄道路線網に空白地帯が増え、抜け殻のようになってしまった・・・かつて、北海道の開拓時代には、鉄道にかける思いもかなりのものであったであろう。しかし時代は変わり、現在生き残った鉄道路線の沿線でさえ少子化と共に過疎化,更にモータリゼーションが進み、かつての「特定地方交通線」、またはそれ以下になっている路線も少なくない。これらの消え行く路線をただ指をくわえて見てる事しか出来ない自分が、ただただ歯がゆい思いでいた・・・


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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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