長期連載覚悟!関西私鉄制覇の時⑩

私の関西私鉄の最終地が「谷上」とは意外であると思われたであろう。実はこれには訳があった。そう、帰路に着くのに必要なアイテム・・・新幹線を使うためだ!現在の新神戸は新幹線の全列車が停車する。私はこれを見逃さななかった。かつてはそれこそ「こだま」しか停車しなかった地味な駅がここまで飛躍した事を・・・って、駅自体は開業当時からほとんど変化がないであろうが、世間情勢の変化とともに「出世」した新神戸駅。私は最初から関西から去る玄関口をここ、新神戸に決めていたのだ。開業当時は地下鉄の駅は無かった。現在はこうして市街地とも地下鉄で結ばれ便利になった。

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(神戸の地下鉄も初体験。今回の旅は初体験づくしで実に新鮮であった。)

さて、私はこの時点で確か北陸の私鉄各種と北陸新幹線を残して全線制覇となった。と言っても、沖縄のゆいレールも残っている。だが、北陸方面に関しては翌年に制覇している。更に現在はゆいレールを残し全線制覇となったが・・・私は常に思う事がある。それは、私の崇拝する某ロックアーティストが口を酸っぱくして言っている事でもあるが、やはり人間は、やらなければならない事がある、やりたい事があるというのは実に幸せな事だ、という事。某ロックアーティストは「僕は神様にひとつもらった。」と言っていた。彼の言葉を私自身に置き換えるなら、それは「鉄道」であろう。私はやらなければならない事がある。それは日本の鉄道全線制覇だ。実は現時点で先述通り「沖縄」がまだ残っている。沖縄に関しては5年後に延伸があると聞いているのでその時点で訪問しようかと考えているが、実はあえて乗りに行かない、という部分もある。もし沖縄を制覇してしまったら全てが終わってしまいそうな感じがするからかも知れない。だが、いずれは訪問しなければならない。現在私は散々このブログでも紹介しているが「線」の旅から「点」の旅ができるようになり、自身の旅に視野が広がった。もし沖縄を制覇しても更なる旅が、そしてテーマが待っている事であろう。そう、私の「鉄道」は永遠のテーマかも知れない。今になって感じるが、全線制覇した後でもテーマは星の数ほどありそうだ。

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(関西私鉄制覇の最終地、谷上。神戸電鉄と北伸急行の接続駅であるが、現在は日中のみ同一ホームで乗り換えができる。)

定年を迎え会社を退職した方が、今後の自身の身の振りがわからず、途方にくれたり痴呆に傾く傾向のあると聞いた事がある。「仕事一筋」もいいが、仕事を含め「自身が一番夢中になれるもの」とは一体何であろう。私は鉄道ある。これは幸せな事だ。このブログをご覧の皆様は「夢中になれるもの」がお有りであろうか?このブログをご覧になっているという事は、少なくとも「鉄道」というカテゴリーが心の片隅に存在している証でもあろう。いや、別に鉄道でなくても良い。あなた自身の「夢中」というものがあるという事が大事なのだ。

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(同じく谷上より。「スルッとKANSAI」進出のおかげで中間改札がなくなり別会社でも乗り換えが同一ホームでできるようになった。利用者にとっては大変便利に。画像はウィキペディアより。)

私は「沖縄」を制覇しても(2015年には北陸新幹線も開通するが)、まだまだ鉄道に触れていたい。先述した某ロックアーティストは言っている。「ローリングストーンズのミック・ジャガーなんかいくつよ?彼は地位も名誉も手に入れた。なのに何故音楽やってんの?そう、彼は音楽が好きなんだよ!好きだからやりたい。やらなければならない。」と。私も同じだと思う。多分、この事は以前にこのブログで恐らく一度記事にしていると思うが、だとしたら「リフレイン」になってしまうのは申し訳ない。だが、あえて言いたい。私には「鉄道」がある。恐らくこの「鉄道」は一生涯続くであろう。確かに23年のブランクはあった。だが、家の本棚を見ると、そのブランク期間中の年でもしっかりと時刻表が毎年購入されていた。そう、形の上では鉄道から離れてはいたが、心の中では「鉄道」が活きていたのだ。これはたぶんこのブログで初めて明かす事であろう。

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(神戸電鉄は実に魅力があった。是非再訪してみたい物件であるが、特に粟生線の今後が気になる。)

もし、私が鉄道という名のカテゴリーとの接点が無かったら関西との文化と触れ合うタイミングもなかったかも知れない。もし、関西の文化と触れ合ったとしても違った感性からの感覚であったろう。
新神戸を出た新幹線はすぐにトンネルに入った。もちろん真っ暗で何も見えない車窓。だが、そんな暗い窓の向こう側には、六甲おろしに見守られた「文化」が、そして私が今まで歩んできた「道」がスクリーンのように映し出されたいた。



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長期連載覚悟!関西私鉄制覇の時⑨

JRの新快速で姫路に着いた私は早速山陽電気鉄道の乗り換える。が、JRの駅が近年高架化され若干駅が後退した。そのため山陽電気鉄道の乗り場に行くためにはやや徒歩を要する。まだまだ昔の駅舎や広場が印象を残す駅前であるが、いずれ再開発の対象になるであろう。だが、現在のままだと山陽電車には乗り換えが不便だ。いずれ何らかのアクションが起こされるであろうが、果たして・・・

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(全くの初体験である山陽電気鉄道。JR姫路駅は近年高架化されたため、山陽電気鉄道の姫路駅とは若干距離ができた。)

山陽電気鉄道は全くの初体験。未体験ゾーンは実に心が躍る。飾磨で乗り換え電鉄網干へ。押し返し飾磨に向かい再び本線に乗り換えるが・・・飾磨?かつては電鉄飾磨と称されていた。その理由は、かつて国鉄時代に播但線の飾磨港線という支線があった。この支線には飾磨という駅が存在したため、山陽電気鉄道では「電鉄」を頭に付けて区別したのだろう。現在はもちろんその国鉄路線は存在しないので「電鉄」を外したのであろうと思う。そして今では当たり前の風景として浸透しているが、私にしてみたら若干違和感があった。

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(画像はウィキペディアより。旧・国鉄飾磨駅は播但線にあった。とても都市近郊の駅とは思えぬ佇まい。現役時代はもちろん知っているが、列車本数の関係から私は訪問できなかった。現在も存在していたら即刻訪問していた事であろう。)

そんな飾磨を出た私は新開地で阪急の電車に乗り換える。三宮から地下鉄に乗るためであるが、飾磨から乗った列車は阪神直通のためそのまま乗っていても三宮まで行かれたが、阪急三宮の方が地下鉄に乗り換えるのに便利であったのであろう。わざわざ新開地で乗り換える理由がそこにあったのかもしれない。
三宮ではちょうど昼食時間のため、というよりそういう時間に三宮に来るよう計画していたため、花時計前駅までの乗り換え通路で飲食店に入る。三宮駅から花時計前駅までやや距離がある。しかしこの微妙な距離が実によく、三宮という街をじっくりと観察できるような気がした。とは言え、ほんのわずかの距離で、果たして三宮という街がわかるのか?というクレームが殺到しそうであるが・・・

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(和田岬というとJRを思い出すが、現在は地下鉄も駅を構える。JRの場合、朝夕の列車設定となっているが、地下鉄の場合は日中の運転も当然あるので大変便利に。)

そしていよいよ最終章となった。この神戸の地下鉄と北伸急行電鉄を制覇すればすべてが終了する。地下鉄では途中、和田岬を通るが、レールファンにはご存知、通称「和田岬線」なるJR路線が存在し、かつてはDLが牽引する旧型客車が活躍していた路線であった。現在は懐かしい国電の姿がお目にかかれるが、なにせ列車本数が少ないため乗り潰し泣かせの路線である。逆に言えば、こうした路線こそ苦労して制覇できた時の喜びは実に大きい。私は近年の制覇であるが、今でも実に趣きある路線として私の評価は高い部類に入る。
そんな和田岬を過ぎ地下鉄を制覇すると、本当に最後の行程となる。西神中央から谷上まで一気に向かった。そして谷上駅のホームに立った時、関西私鉄全線制覇の瞬間を迎えたのだが・・・谷上駅はかつて3面6線であった。だが、私の訪問時には何かが違った。そう、真ん中のホームが拡大され1線が廃止されていた。そして1線をなくすことで北伸と神戸電鉄との乗り換えを階段無しで乗り換えできるように改良されていたのだ。これはもちろん昼間の時間帯だけの対応なので前日に神戸電鉄に揺られ谷上を通った時には気付かなかったのだ。




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長期連材覚悟!関西私鉄制覇の時⑧

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(新開地で神戸電鉄に乗り換える。というか、実はホーム横にかつお風味の出汁的な気になる飲食店があったため1本でも列車を遅らせようかと思った。が、結果的に予定に忠実に・・・)

三宮から新開地に向かう。さて、どうすればいいか。JRに阪神、阪急など・・・オッと、JRは新開地に行かないか。だが色々な手段があるのでどう行こうか・・・しかも切符は「スルッと」だし。結局阪神で新開地に向かう事にした。そして神戸電鉄に乗り換える。いや、神戸電鉄は湊川からだ。なので正式には「神戸高速鉄道」との表現が正しいが、実際問題、これは正しい表現ではないであろう。やはり「実質」を取るとべきか、新開地より神戸電鉄に乗る。

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(なんとなく華奢に見えるのは気のせいか?大都市近郊にありながらなんとなくローカル色が強いイメージの神戸電鉄。)

まずは横川に向かいウッディタウンに向かう。そして折り返して有馬口より本日の宿、有馬温泉に向かう。有馬温泉といえば日本最古の温泉と言われる部類に入り、伝統や歴史のある温泉場である。とは言え、私にはこういった温泉場は似合わないであろう。が、こうして私が鉄道の旅に「観光」を取り入れるのは所帯を持ってからである。こうした「冒険」もまたひと味違った旅になるであろうと。だが、普通の一般的にはこうした温泉などを目的に旅をするのが普通であるが、私の場合はこの温泉が「サブメニュー」となってしまう。やはり主役は「鉄道」だ。

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(有馬温泉の宿泊先から有馬温泉駅を望む。山間にある駅のため周辺は坂が多い。昔からの温泉街的なイメージではあるが、若い女性グループもチラホラ。)

翌日、朝食を済ませ有馬温泉駅に向かったのが8時半過ぎ。私としては異例の出発時間だ。これだけ出発時間が遅いと若干不安を隠せないかも・・・(ってなんの不安だか・・・)などと考えながら鈴蘭台を目指す。ちょうど通勤通学時間帯の最中で乗客が大いが、改めてよく観察すると神戸電鉄とは実に雰囲気の良いローカルモード漂う鉄道路線ではないか!と感じた。さすがに鈴蘭台まで来ると「大都会」のように映るが、基本、神戸電鉄は風情漂う鉄道路線と私は認識している。そんな鈴蘭台で粟生線に乗り換える。ふたつとなりの西鈴蘭台は辺りも開けており乗客も多い。が・・・基本この先からローカルモードに突入する。粟生線と言えば、近年ではずっと赤字計上していて存続の危機に立っている。粟生線は実に風情がある路線であると思うのでなくなってしまうのは実にもったいない気がする。是非今後も継続してもらいたいが・・・

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(粟生駅ではJRとは別改札である。私的には1982年以来約30年振り(当時)の訪問であった。変わったのは、電化され車両が変わったのと北条線が第三セクターになった事。とは言え、雰囲気的には昔のままだ。)

粟生でJRに乗り換える事になっているが、なぜかJRにはこうしたローカルモードが似合っていると思ってしまうのは何故であろう。やはり「イメージ」なのであろうか。とは言え、現在の加古川線は電化され通勤電車が走る風景が見れるようになった。私が1983年4月に訪問した時は三木線・北条線・鍛冶屋線を分岐する路線でありDCが主役の路線であった。現在は粟生から分岐する北条線のみが残っているのもやはり時代の流れか・・・
私は「スルッと」のためJRは正規料金での参戦だ。しかしながらずっと私鉄路線に乗ってたせいか、JR車両が実に新鮮に見える。これもこの旅ならではの発見かも知れない。加古川から姫路へ山陽本線の「新快速」に乗るのも実に新鮮。姫路から最後のラストスパートに向け、なんとなくエネルギーを注入した感じとなったのは気のせいであろうか。「スルッと」の中のJRは、この旅の行程の中でダイヤモンドのように、実に素晴らしく煌めいていた。



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長期連載覚悟!関西私鉄制覇の時⑦

西宮北口から今津線で今津へ。そして武庫川に向かい武庫川団地へ向かった。さて・・・この武庫川駅は、ご存知、武庫川に架かる橋の上にある駅である。川の上に駅があるとは実にダイナミック!ホームを歩いていると、柵の向こう側には普通に橋を渡っている歩行者などがいるのが実に違和感。そんな歩行者と一緒の方向を進むと武庫川団地へ向かう列車の乗り場に着く。武庫川線は本線とは独立して十字クロスする形でホームがある。一応武庫川信号所から分岐する本線との連絡線と繋がっているが、運転上では武庫川と武庫川団地を往復する列車のみである。

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(武庫川駅の武庫川線ホームより。武庫川線ホームは武庫川の土手っ淵にある。そこには懐かしい阪神電車の姿が!)

武庫川団地といえばF原N香がかつて住んでいたところであると自叙伝で読んだことがある。私の記憶違いかも知れないが、N香がもし武庫川団地に住んでいたとしたら・・・なんとなく、ある意味ロマンティックかも知れない!
そんな武庫川団地の開業は意外と新しく1984年である。それまでの洲本からの延伸であるが、実に味がありに長閑な風景は阪神らしくない旅情あふれる路線だ。

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(同じく武庫川駅のホームから。「スピード」で評価の高い阪神電車も、武庫川線では長閑に映る。)

都会の中の「ローカル」に触れた私だが、早速次の行動に移す。魚崎で六甲アイランド線に乗り換える。全く都会的な「新交通」も制覇の対象のため「自動的に」乗る事になるが、さっきの「武庫川」とは全く異なる風景のため戸惑いを隠せない。というよりこのような急な変化に対応しなければならない自分がまた良い。という表現はおかしいかもしれないが、いろんな風景に対応するため旅が短調にならずに楽しい。そんな新交通で住吉に向かい折り返しマリンパークへ。更に折り返し再び魚崎に戻ってきた。「旅」とは言うものの、やっていることはなんとも説得薄い材料だ。

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(最近ではこうした「阪神電車」が出現。私にとっては全く未知なる部類だ。)

魚崎から再び阪神で三宮へ。そして再び新交通のポートアイランド線制覇に乗り出す。このポートアイランド線といえば、1981年に開催された「ポートアイランド博覧会」に併せて開業した新交通だ。私はいわゆるポートピアは1981年に参戦している。当時は、急行「銀河51号」で東京より向かったものだ。東京初のオール座席客車急行は、現在の概念では考えられない列車だろう。私のとっては実に懐かしい列車であるが、当時は中学1年生。友達同士て行った初めての宿泊遠征であった。

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(ポートライナーの最前列に座ってみた神戸空港。空港までのアクセスとして大変便利であるが、私はただ「行っただけ」に過ぎなかった・・・)

そんな思い出の地に、約31年振り(当時)に足を踏み入れた。もちろん博覧会は開催されていないが、なんというか、ポートライナーは実に懐かしい。私の知らぬ間に神戸空港までの延伸がされており、今でも頑張っている新交通の姿が実に微笑ましかった。そんな新交通を折り返し、三宮から今夜の宿に向けて更に細かい乗り換えを繰り返す・・・本当に終わりは来るのか・・・


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長期連載覚悟!関西私鉄全線制覇の時⑥

再び阪急に乗り出す私は、というより、能勢電鉄も現在はほとんど阪急の支線のような雰囲気だ。私の能勢電鉄のイメージとしては、あの「川西国鉄前」である。現在は全く川西能勢口には面影を感じることができないが、その昔、川西能勢口から更に国鉄の川西池田まで線路が伸びていた。その駅は「川西国鉄前」と称し、砂利を積み上げたような簡素なホームが1本ある地味な駅であった。当時は川西能勢口を境に運転系統が別れていたが、実際は川西国鉄前までが本線であった。そんな路線も時代とともに消えてゆき、そして現在の姿となっているが・・・能勢電鉄については別途記事を寄せたいと思うのでここではあえて触れないでおこう。

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(石橋から箕面線をやっつけて川西能勢口へ。そして能勢電鉄を制覇して更に阪急で宝塚へ・・・短い区間の乗り換えを重ねるので乗り換えに忙しい。)

などと偉そうな事を言ってしまったが、能勢電鉄制覇後、阪急で宝塚へ。以前に福知山線で訪問した時は「いずれ向こう(阪急)にも来るんだろうな」などと考えていたが、とうとうその時がやって来た感じだ。
ところで宝塚といえば・・・とあえて言わなくてもお分かりであろう。そう、「宝塚」である。その「宝塚」である宝塚歌劇団は、ご存知の通り、阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道創始者の小林一三が立ち上げた団体である。その存在や活躍は今私はこの場で述べるまでもないであろう程世間に浸透している存在だ。ただ、意外であったのが「黒木瞳」だった。私は宝塚歌劇団出身ということをつい4~5年前に知ったのでなんとなくの違和感。とは言え天海祐希や真矢みきなど、私などには到底手が届かない程の美形女優が現在も多く活躍しているのは素晴らしい。是非、この歌劇団という文化が後世にずっと受け継がれて貰いたいものだ。

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(西宮北口に到着。かつて1本で結ばれていた今津線はこの駅で分断された。しかしながら構内は広く、当時の面影もちらほら。)

などと私がコメントする事でもないが、そんな宝塚から今津線で西宮北口に着いた。西宮北口といえば・・・先述の通り、レールファンならお馴染みの、あの光景があった場所だ。私はとうとうライブで見る事ができなかったが、その存在は鉄道雑誌や単行本などで散々見てきたのでいつかは行ってみたいとの思いはあった。だが・・・結果的に現在の形での訪問となってしまった。しかしながら広い構内はかつてのあの雰囲気が伝わってきそうな感じであった。あの平面交差は実に関西特有のダイナミックな感性であろう。

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(画像はウィキペディアより。西宮北口の配線図。もちろん上が改良前でしたが改良後。ダイナミックな配線がなくなってしまったのは残念であるが、安全面を考えればこれで正解なのかも。一時期は立体交差による直通も考えられたが、現在はほぼ実現不可能であろう。)

そんな分断された今津線を西宮北口で乗り換えて一旦塚口に出て伊丹線を処理。更に夙川に出て甲陽線を処理し西宮北口に戻ってくる。そして更に今津線に乗る・・・乗り潰しならではの実に細かい作業を淡々とこなす私でであったが、ただ乗るのではなく、やはりこういった場所でもしっかりと「旅情」を探す作業をする。と言っても一体どう言う「旅情」なのか・・・その旅情探しのために、更に旅は続く・・・

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(かつてのイメージでは考えられないが、阪急の駅名標に阪神の文字が・・・もちろん今は「仲間」である。)


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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