恋の列車はナカミナト発④ 那珂湊
2015-10-02

那珂湊は「ひたちなか海浜鉄道」の中心的存在である。本社や車庫もあり構内は広く、たくさんの側線が張り巡らされ列車も多く留置されている。中でも昭和の雰囲気が漂う車両各種が豊富で、かつての国鉄を思わせる。そして那珂湊は古くから漁業で栄え、現在でも「那珂湊おさかな市場」は連日の盛況ぶりである。現在は勝田市と合併して「ひたちなか市」となったが、かつての面影そのままだ。2015年に訪問した今回紹介している旅では、那珂湊駅の訪問は日曜日であった。普通、日曜日は市場は休みであるのだが那珂湊は違った。いわゆる「場外」的な店舗が、それこそ築地並みの大盛況であった。私はマイカーでの訪問であったが、それこそ那珂湊駅前付近から既に市場までの渋滞が完成されていた!
途中、私は裏道を駆使し裏駐車場への留置に成功したが、実際の現場は見事な盛況であった。小雨の降る中、お食事処は時間になると列を作り順番待ちの記名をするほどに。私はその直前に入店したためセーフであったが、あらためて那珂湊おさかな市場のスゴさと魅力、そして威力をまざまざと見せつけられた感じだ。実はこのおさかな市場、今回の訪問が初めてではない。2005年頃に訪問している。そのときはレールファンから離れた時期でもあったが、この那珂湊おさかな市場の訪問は実に印象的であった記憶である。猫ではないが、特に魚好きには非常に興味深い物件であろう那珂湊。懐かしのDCも併せて「昭和」を充分に楽しんでみては?と、お勧めしたくなる駅、そして街である。

こちらは「ひたちなか」時代よりの駅名標。既に茨城交通ではなく、ひたちなか海浜鉄道としてしっかりと第二の人生を送っている印象。

そしてこちらが駅舎風景。2015年訪問時であるが、この時、駅舎内の待合室では地元の方かも知れない人がギター片手に弾き語りを披露していた。技術的な事は別として・・・

早速ホームに入ってみる。もちろん入場券を買って。やはり構内は広いし「中心」という名が相応しい。








やはり昔の印象から変わらずの佇まい。こういった風景が「平成」の方にも受け入れられているのが嬉しい。というより、こういった風景は、特に重要文化財にでも登録してもらって後世に受け継がれていって欲しいものだ。

そして・・・精算所の前にいる女性であるが、この駅の職員である!しかも「平成生まれ」であろう雰囲気を醸し出すではないか。こういった職員がおられると、こちらも実に清々しい気持ちになるのは気のせいか?







そして、構内にいた各車両達。レールファンにはもうお馴染みであろう。特に最初の3枚くらいは、笑点的に言うと「桂歌丸」「林家木久扇」「三遊亭円楽」的存在であろう。全く関係ない話であるが、三遊亭円楽(かつての楽太郎)は故・ジャイアント馬場とは麻雀仲間だったらしい。



そして足を伸ばし「那珂湊おさかな市場」へ。ご覧の盛況ぶりにあらためて思い知らされた。今回私が訪問したのは2015年8月。特に市場では「岩牡蠣」が一押しアイテムであった。普通「牡蠣(カキ)」と言えば冬場に旬を迎え「鍋」や「フライ」などに重宝するが、実は岩牡蠣の旬は夏である。店の前には大きなポリバケツが殻捨て場となっていて、店で購入した牡蠣をその場で食べられる素晴らしさ。たまたま食べていた方に許可を頂き撮影に協力してもらったが、実に豪快!

そして最後は2008年訪問時。この時も夏であったが市場には出向かなかった。次回訪問の際には是非こちらの車両に乗車してみたい。

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恋の列車はナカミナト発③ 阿字ヶ浦
2015-09-28

2008年4月に第三セクターに移管され現在に至る、ひたちなか海浜鉄道湊線の終点・阿字ヶ浦。付近には茨木県民にとっては定番かつおなじみであろう海水浴場があり、シーズンになると列車での訪問客も少なくない。とは言え、普段はひっそりとしており、それこそレールファンにとって好まれる部類の駅といえよう。私が最初に訪問したのは2008年7月、まさに移管直後であるが、まだまだ茨城交通のカラーが全面に出ていたので、ある意味レトロ調な雰囲気がとても印象深かった。そして2015年の8月にマイカーにての再訪を果たしたが、2008年訪問時に側線に留置してあったDCが既に撤去されていた。駅前はとても庶民的な雰囲気が漂い生活感が溢れる景色であるが、やはり地元民の生活に溶け込んでこそ、本来の鉄道シーンが存在する事になる。地元からの支援も厚いと聞いているが、まさにその期待に応えるように現在も頑張って走り続ける湊線は、ある意味理想的な鉄道会社かも知れない。これからも地元の人に愛され続けてほしい。私も陰ながらであるが、末永く応援していきたい。

2008年7月に訪問した時の駅名標。まだまだ「茨城交通」のままであったが、なんとなく昭和の国鉄的な部分を醸し出しているのがいい。



上1枚が2008年で下2枚が2015年の訪問時。ややリニューアルされているものの、基本的に変化はなかった。



2008年訪問時の様子であるが・・・スッキリ感、大!シンプルで実に良い。真ん中の写真など、この先にまだレールが繋がっているのでは?と思わせる。

そして同じく2008年訪問時であるが・・・先程から述べているのがこれ。阿字ヶ浦と言えばこれであろう。ご覧のとおり「茨城交通」である。残念であるが現在は撤去済み。


そして2015年の姿。上の写真と比較して頂ければわかるが、色々な安全対策が施され視界が狭くなった印象。だが、地元の方が利用しやすい姿が一番である。







2015年訪問時の阿字ヶ浦をあらためて。つまり現在の姿であるが、鉄柵が付き、乗降場自体がやや後退した印象。というより、必要な部分以外は旧ホームが残る。そのため那珂湊寄りのホームには入れないようになっている。
という形で旅は進行していった。2015年のマイカー訪問の際の最初の訪問駅であったが、久々の訪問に懐かしさを感じたのはもちろんであるが、阿字ヶ浦の街を鉄道以外の角度からかなり広い範囲で探索できたのは実に収穫であった。特にこのあと訪問した「ジョイフル本田」は茨木県民にとってなくてはならないホームセンターであろう。その規模には実に驚かされるが、逆に地元にすっかり溶け込んでいる印象でもあった。鉄道旅なのに鉄道以外の手段での訪問でしかできない発見もある。ナビの案内も的確であったが、マイカーで阿字ヶ浦駅周辺の町並みを見たことによって、なんとなく阿字ヶ浦駅の「素顔」に触れた感じの印象でもあった。

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恋の列車はナカミナト発②
2015-09-24
そして沿線最大の利用者があると思われる那珂湊は、車両基地や本社もあり、会社にとっても中心的な存在だ。2005年か2006年頃にこの那珂湊から徒歩10~15分位の場所にある「那珂湊おさかな市場」へ訪問した事がある。その時こそ9月であったのでまさに2015年に訪問した今回の旅と同時期になるのであるが、とにかく魚介類が豊富で安い!鮮度抜群である事は私が保証する。と偉そうな事を言ってしまったが、そう言ってしまいたくなるくらい実に活気に満ちた市場である。是非皆様にも訪問をおすすめしたい。

(那珂湊おさかな市場では新鮮な魚介類が豊富に並んでいた。もちろん場内には「グルメ処」も多数ひしめく。那珂湊駅からは徒歩10~15分くらいで到着出来るであろう。)
そして前章でも僅かに紹介した終点の阿字ヶ浦であるが、2008年訪問時には茨城交通時代の車両が停泊していた。2015年訪問時では残念ながら無くなっていた。そして海水浴場へのアクセス拠点としての役割は・・・恐らくかつてよりは薄らいでいるであろう。であるが、今でもその役割をしっかりと、まだまだ果たしていると私は思う。完全にマイカー主流になった現代社会において、あえて湊線で海水浴へ出向くのもまたひと味違った夏が楽しめるのではないであろうか。

(そして終点の阿字ヶ浦に到着。現在と比べてややスッキリとした印象である。第三セクターに移管されてまだ日が浅かったせいか、まだまだ茨城交通のままの印象が強かった。次章では現在の阿字ヶ浦と併せて紹介してみたい。)
私は「湘南の民」であるが、私の地元には江ノ電がある。しかし海水浴で利用した事が無い。そのため、海水浴をテーマに江ノ電を使うと、またひと味違った楽しみ方が出来るであろう。また、湘南と言うと「江ノ電」と思いがちであるが、実は小田急も江ノ島まで直通している。私は小田急での海水浴・江ノ島訪問を高校時代に実現している事を今思い出した。そう、私自身の生活シーンにおいて、例え鉄道ファンを休業していても常に鉄道が身近な存在であった事に改めて気付かされた、と、この記事を記していて思わず感じてしまった。今回紹介の2008年訪問の湊線の旅は、そんなかつての思い出を甦らせてくれる湊線の旅でもあった。

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(那珂湊おさかな市場では新鮮な魚介類が豊富に並んでいた。もちろん場内には「グルメ処」も多数ひしめく。那珂湊駅からは徒歩10~15分くらいで到着出来るであろう。)
そして前章でも僅かに紹介した終点の阿字ヶ浦であるが、2008年訪問時には茨城交通時代の車両が停泊していた。2015年訪問時では残念ながら無くなっていた。そして海水浴場へのアクセス拠点としての役割は・・・恐らくかつてよりは薄らいでいるであろう。であるが、今でもその役割をしっかりと、まだまだ果たしていると私は思う。完全にマイカー主流になった現代社会において、あえて湊線で海水浴へ出向くのもまたひと味違った夏が楽しめるのではないであろうか。

(そして終点の阿字ヶ浦に到着。現在と比べてややスッキリとした印象である。第三セクターに移管されてまだ日が浅かったせいか、まだまだ茨城交通のままの印象が強かった。次章では現在の阿字ヶ浦と併せて紹介してみたい。)
私は「湘南の民」であるが、私の地元には江ノ電がある。しかし海水浴で利用した事が無い。そのため、海水浴をテーマに江ノ電を使うと、またひと味違った楽しみ方が出来るであろう。また、湘南と言うと「江ノ電」と思いがちであるが、実は小田急も江ノ島まで直通している。私は小田急での海水浴・江ノ島訪問を高校時代に実現している事を今思い出した。そう、私自身の生活シーンにおいて、例え鉄道ファンを休業していても常に鉄道が身近な存在であった事に改めて気付かされた、と、この記事を記していて思わず感じてしまった。今回紹介の2008年訪問の湊線の旅は、そんなかつての思い出を甦らせてくれる湊線の旅でもあった。

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恋の列車はナカミナト発①
2015-09-20
全く関係ない話であるしプロレスファン以外には全く興味が湧かない話であろうが、私は三沢光晴のファンであった。三沢光晴は2代目タイガーマスクとして1980年代に活躍したが、初代と比較されさぞかし苦悩した事であろう。というより、本人はタイガーマスクとしてでなく、三沢光晴として世間に認めてもらいたかった思いが強かったらしい。そんな三沢も月日が流れ、マスクを脱ぎトップレスラーの仲間入りを果たそうとしていた。

(常磐線の勝田とは改札が別であるが隣接しているので乗り換えに便利なひたちなか海浜鉄道の勝田駅。茨城交通時代とは車両が違い最初はやや戸惑ったが、これも時代の変化かと、既に心の中が対応できていた。)
そしてついには1991年9月4日に三沢はあの「怪物」ジャンボ鶴田からなんとギブアップを奪ってしまうほどに成長。その技が「フェイスロック」である。1990年代前半ではこのフェイスロックを武器に対スーパーヘビー級と張り合ってきたが、時が経つにつれ痛め技になっていってしまっていったのは残念であった。であるが、この地味な技の功績は実に大きい。それこそ三沢の代表的な技のようであるが、実は渕正信との共同開発であった。そして1991年5月17日の後楽園ホールで、その共同開発者であった渕正信から三沢はそのフェイスロックでギブアップを奪ってしまった。渕も、自身が開発した技でギブアップとは複雑であったろう。以降、フェイスロックは三沢の技として定着していったが・・・ちなみに私は5月も9月も会場にいた。

(途中、那珂湊ではこんな車両と擦れ違った。もちろんこちらに乗車したかったのは言うまでもない。であるが、こうした風景がまだまだ健在であったのがやたら嬉しく、妙な安心感があった。)
私は毎年夏が来るとそんな事を思い出してしまう。私がひたちなか海浜鉄道を初めて訪問したのが2008年夏。かつては茨城交通と称していたが、経営の悪化から第三セクターに移管されたのは周知の通りである。残念ながら茨城交通時代には訪問できなかったが、ひたちなか海浜鉄道に移管されてからでも充分に茨城交通を堪能出来た印象であった。
水戸から更にひとつ先に進み勝田に出ると、その勝田からひたちなか海浜鉄道、いわゆるかつての茨城交通の出発地点になる。そしてここから夏になると海水浴場として冬眠から覚めたかのように活躍する阿字ヶ浦までを結ぶ華奢な鉄道路線である。私は勝田からレールバス的な列車に揺られ阿字ヶ浦を目指した。まだレールファンを復活して1年くらいしか経っておらず、知識的にも25年くらい前の感覚で訪問したため既に「茨城交通」ではない湊線にいささか違和感を感じた。しかしながら、廃止されずにまだまだ健在であったのが実に嬉しい印象でもあった。

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(常磐線の勝田とは改札が別であるが隣接しているので乗り換えに便利なひたちなか海浜鉄道の勝田駅。茨城交通時代とは車両が違い最初はやや戸惑ったが、これも時代の変化かと、既に心の中が対応できていた。)
そしてついには1991年9月4日に三沢はあの「怪物」ジャンボ鶴田からなんとギブアップを奪ってしまうほどに成長。その技が「フェイスロック」である。1990年代前半ではこのフェイスロックを武器に対スーパーヘビー級と張り合ってきたが、時が経つにつれ痛め技になっていってしまっていったのは残念であった。であるが、この地味な技の功績は実に大きい。それこそ三沢の代表的な技のようであるが、実は渕正信との共同開発であった。そして1991年5月17日の後楽園ホールで、その共同開発者であった渕正信から三沢はそのフェイスロックでギブアップを奪ってしまった。渕も、自身が開発した技でギブアップとは複雑であったろう。以降、フェイスロックは三沢の技として定着していったが・・・ちなみに私は5月も9月も会場にいた。

(途中、那珂湊ではこんな車両と擦れ違った。もちろんこちらに乗車したかったのは言うまでもない。であるが、こうした風景がまだまだ健在であったのがやたら嬉しく、妙な安心感があった。)
私は毎年夏が来るとそんな事を思い出してしまう。私がひたちなか海浜鉄道を初めて訪問したのが2008年夏。かつては茨城交通と称していたが、経営の悪化から第三セクターに移管されたのは周知の通りである。残念ながら茨城交通時代には訪問できなかったが、ひたちなか海浜鉄道に移管されてからでも充分に茨城交通を堪能出来た印象であった。
水戸から更にひとつ先に進み勝田に出ると、その勝田からひたちなか海浜鉄道、いわゆるかつての茨城交通の出発地点になる。そしてここから夏になると海水浴場として冬眠から覚めたかのように活躍する阿字ヶ浦までを結ぶ華奢な鉄道路線である。私は勝田からレールバス的な列車に揺られ阿字ヶ浦を目指した。まだレールファンを復活して1年くらいしか経っておらず、知識的にも25年くらい前の感覚で訪問したため既に「茨城交通」ではない湊線にいささか違和感を感じた。しかしながら、廃止されずにまだまだ健在であったのが実に嬉しい印象でもあった。

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恋の列車はナカミナト発(プロローグ)
2015-09-16
「暑さ寒さも彼岸まで」と昔から言われているが、今年の夏はその謂れ通りに本当に彼岸過ぎたら涼しくなってしまった。「涼しくなってしまった」とあえて表現してみたが、実は私、この時期が一番嫌いな季節である。というのも、既にこのブログのどこかの記事でも触れているが、私は夏が一番好きな季節であるからだ。つまり秋が訪れると、夏が来るまで1年待たなければならない。それが嫌いなのだ。スーパーなどにはさんまや松茸、栗などが並び、世間では「食欲」「読書」などと騒ぎ出すと、もういけません・・・

(阿字ヶ浦は、以前の訪問時にあった車両が撤去されていた。しかしながらかつての雰囲気がいまだ健在。)
そんな時期に私は会社から夏期休暇をいただいた。であるが、なにせ今年は新車購入のため経済事情がよろしくない。そのせいもあり、なかなか以前のような旅ができない今日この頃であるが・・・的な事情から、今回はマイカーで行動できる範囲での「鉄道旅」をしてみた。と言っても既に「マイカーで」と述べたように、今回は一切鉄道を使用しない鉄道旅となった。2014年に北海道へ旅した時と同じような、言ってみれば「熊に逢ったら」の第2弾となったわけだ。しかしながら前回と決定的に違うのは、今回は「マイカー」である事。前回は「レンタカー」であったので現地までは交通機関を使用したが、今回は「ドア・トゥ・ドア」という部分が非常に大きい。つまり玄関先から乗り換えなしで現地まで訪問できるという素晴らしさだ。だが・・・欠点は自身が運転する事・・・つまり寝る事や「一杯」が許されない状況である事だ!これは非常に残念である。しかしながら時間を気にせずに行動できる部分が大きい。

(大洗は鹿島臨海鉄道の中間駅で最大の利用者がいる事であろう。そしてここに本社や車両基地などもあり、中心的存在である。)
そんな訳で、今回は「ひたちなか海浜鉄道」「鹿島臨海鉄道」「銚子電鉄」「いすみ鉄道」「小湊鉄道」を訪問した。また「鹿島鉄道」の遺構も散策したが、やや下調べが不足していたため不発に終わったしまったのが残念であったが、出来る範囲で紹介してみたいと思う。今回の旅に合わせてカーナビも購入したが、むしろ私の方がカーナビよりも優秀な場面もあり、まだまだ私の「野生の勘」的な部分が衰えていない事も認識できた。

(こんな場所にも行ってみた。であるが、ある意味「秘境駅」的な存在であるかも知れない。ナビにはとんでもない道を案内されてしまった。)
ところで今回紹介する茨城・千葉の鉄道会社各社は、当然ながら鉄道では全線制覇済みであるが、マイカーで訪問するとやはり違った雰囲気を感じるのは当然であろう。かなり広い範囲での駅周辺・沿線周辺の散策ができたのも収穫であった。その事は既に北海道でも経験済みであったが、今回は思ったよりも行動できず、やや時間的に余裕がなかったのが残念であったが、それでも行きたい場所は大体訪問してみせた。という事で、次章から「恋の列車は~」シリーズとして先程紹介した5社を、鉄道制覇時と併せて紹介してみたいと思う。

(恐らく「東京から一番近い」秘境駅であろうと思われる場所にも訪問した。この先に駅があると思えるか?)

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(阿字ヶ浦は、以前の訪問時にあった車両が撤去されていた。しかしながらかつての雰囲気がいまだ健在。)
そんな時期に私は会社から夏期休暇をいただいた。であるが、なにせ今年は新車購入のため経済事情がよろしくない。そのせいもあり、なかなか以前のような旅ができない今日この頃であるが・・・的な事情から、今回はマイカーで行動できる範囲での「鉄道旅」をしてみた。と言っても既に「マイカーで」と述べたように、今回は一切鉄道を使用しない鉄道旅となった。2014年に北海道へ旅した時と同じような、言ってみれば「熊に逢ったら」の第2弾となったわけだ。しかしながら前回と決定的に違うのは、今回は「マイカー」である事。前回は「レンタカー」であったので現地までは交通機関を使用したが、今回は「ドア・トゥ・ドア」という部分が非常に大きい。つまり玄関先から乗り換えなしで現地まで訪問できるという素晴らしさだ。だが・・・欠点は自身が運転する事・・・つまり寝る事や「一杯」が許されない状況である事だ!これは非常に残念である。しかしながら時間を気にせずに行動できる部分が大きい。

(大洗は鹿島臨海鉄道の中間駅で最大の利用者がいる事であろう。そしてここに本社や車両基地などもあり、中心的存在である。)
そんな訳で、今回は「ひたちなか海浜鉄道」「鹿島臨海鉄道」「銚子電鉄」「いすみ鉄道」「小湊鉄道」を訪問した。また「鹿島鉄道」の遺構も散策したが、やや下調べが不足していたため不発に終わったしまったのが残念であったが、出来る範囲で紹介してみたいと思う。今回の旅に合わせてカーナビも購入したが、むしろ私の方がカーナビよりも優秀な場面もあり、まだまだ私の「野生の勘」的な部分が衰えていない事も認識できた。

(こんな場所にも行ってみた。であるが、ある意味「秘境駅」的な存在であるかも知れない。ナビにはとんでもない道を案内されてしまった。)
ところで今回紹介する茨城・千葉の鉄道会社各社は、当然ながら鉄道では全線制覇済みであるが、マイカーで訪問するとやはり違った雰囲気を感じるのは当然であろう。かなり広い範囲での駅周辺・沿線周辺の散策ができたのも収穫であった。その事は既に北海道でも経験済みであったが、今回は思ったよりも行動できず、やや時間的に余裕がなかったのが残念であったが、それでも行きたい場所は大体訪問してみせた。という事で、次章から「恋の列車は~」シリーズとして先程紹介した5社を、鉄道制覇時と併せて紹介してみたいと思う。

(恐らく「東京から一番近い」秘境駅であろうと思われる場所にも訪問した。この先に駅があると思えるか?)

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