熊に逢ったらどうするか・アゲイン ふるさと銀河線③ 陸別
2022-05-21

「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」第20段にも登場する陸別であるが、現在は周知の通り道の駅として第二の人生を送っている。更に観光用ながら鉄道が健在であるのがいい。
ライダーハウスとして宿泊施設もありライダーはもちろん、最終バスを下車して翌日に始発のバスに乗るという太川、蛭子コンビが実践したパターンも可能である。
私自身、陸別に関しては足寄や置戸などに比べ印象は薄かったのだが、訪れてみて「あぁ~っ、やっぱり大きな駅だね」というくらいの風格が伝わってきた。国鉄時代から陸別~置戸間がもっとも乗客僅少であり、特に先述の川上などは利用者ゼロ的な数値の羅列をよく見かけたものだ。その中で乗降客数の三桁は言わば大都会的な印象であろう。
そしてお馴染みの運転体験は廃止された路線の一部を使用し陸別より分線辺りまで走っていると既に百恋の章でも紹介している。廃止されて尚、ここ陸別の鼓動は止まっていないのだ。



「太川&蛭子コンビ」が森尾由美を向えて放送された某旅番組では旧・ふるさと銀河線の旅が実現した。帯広のバス案内所で教えてもらった最終バスの終点「陸別道の駅」にあるオーロラハウスに宿泊する事になるのだが、もし国鉄時代にもオーロラハウスがあったら私も活用していたに違いない!



ど~ですか、お客さん!隣の道の駅・足寄の「千春」にも引けを取らない「りくべつ鉄道」のアピール。ここ陸別では廃止されたはずのふるさと銀河線が、激しい鼓動を響かせながら我々を迎えてくれる!









もちろん若干の変更はあるものの、往年の風景が蘇る。現役時代では訓子府や足寄に比べ利用者は多くないものの、運営上の要衝としても活躍した。







とりあえず出し惜しみなく紹介しておこう。ご覧の通り、雪国ならではの駅設備が目を引く。その設備を見るだけでも何となくアバンチュールな気持ちになりそうであるが、太川&蛭子タッグはこの風景に気づいていたであろうか・・・

なぜか陸別にあった駅名標。であるが、ある意味ここまでの延伸を当時は考えていたので、無言のアピールだったのかも知れない。

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熊に逢ったらどうするか・アゲイン ふるさと銀河線② 百恋「駅」
2022-05-14
ふるさと銀河線の中で最も新しい駅が「カネラン」とここ「百恋」であろう。とは言え、ご存知のようにふるさと銀河線が廃止されてから設置された駅であり・・・って「廃止されてから」と但し書きをする事自体が不自然であるが、もちろんこれは観光用の「りくべつ鉄道」により設置された駅で、池北線時代には無かった、ある意味架空の駅である。後に紹介する陸別と分線との間に設置された駅であるが、ホームの長さは車両一両分にも満たない、車両ドアひとつ分よりやや大きいくらいに過ぎない。ただ、こうしてりくべつ鉄道の手によって現在も池北線が活かされている事は、我々にとっては非常にありがたい事である。
今回の訪問でカネランと分線は寄らなかったが、分線は将来的にホームが設置されて観光用として「復活」するらしい。そしてカネランは体験運転用の目標物となる模擬駅で、プラットホームは無く駅名標のみが存在する。かつて留萌本線にあった「浜中海水浴場」に近いイメージであるが、浜中海水浴場は駅名標も無かったので、こちらの方がワンランク上である!ただ、浜中海水浴場とは違い乗降ができないため、ある意味フィフティ・フィフティなのであろうか・・・


こちらが池北線で最も若い駅である百恋(ひゃっこい)駅。既に現役引退路線からのデビューであるが、ふるさと銀河線の未来がかかっているといっても過言では無い!

百恋から分線方面に目を向けると、ご覧の通り現役時代を彷彿させるような景色になっていた。訪問当時は将来的に百恋から分線まで区間を延伸する計画があったので、レール周りが手入れされている。いや、これはまだまだ営業してるでしょ?とさえ感じる光景だ。


百恋から見る陸別側はモロ現役!保線もしっかり、本当にこれが廃止路線?とでも言いたくなるような風景である。そして右手に見えるは「プラットホーム」であるのだが、車両のドアひとつ分対応の仮乗降場的風景であった。

百恋のホーム横には第三種踏切があり、その脇にはご覧の通りの但し書きが。私の訪問時はご覧の時間内に該当したが、列車がやってくる雰囲気はほぼ皆無であった。我が地元の相模線・西寒川もこうした保存の仕方を選択していたら現在の風景もまた違ったイメージが広がっていたであろう。

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今回の訪問でカネランと分線は寄らなかったが、分線は将来的にホームが設置されて観光用として「復活」するらしい。そしてカネランは体験運転用の目標物となる模擬駅で、プラットホームは無く駅名標のみが存在する。かつて留萌本線にあった「浜中海水浴場」に近いイメージであるが、浜中海水浴場は駅名標も無かったので、こちらの方がワンランク上である!ただ、浜中海水浴場とは違い乗降ができないため、ある意味フィフティ・フィフティなのであろうか・・・


こちらが池北線で最も若い駅である百恋(ひゃっこい)駅。既に現役引退路線からのデビューであるが、ふるさと銀河線の未来がかかっているといっても過言では無い!

百恋から分線方面に目を向けると、ご覧の通り現役時代を彷彿させるような景色になっていた。訪問当時は将来的に百恋から分線まで区間を延伸する計画があったので、レール周りが手入れされている。いや、これはまだまだ営業してるでしょ?とさえ感じる光景だ。


百恋から見る陸別側はモロ現役!保線もしっかり、本当にこれが廃止路線?とでも言いたくなるような風景である。そして右手に見えるは「プラットホーム」であるのだが、車両のドアひとつ分対応の仮乗降場的風景であった。

百恋のホーム横には第三種踏切があり、その脇にはご覧の通りの但し書きが。私の訪問時はご覧の時間内に該当したが、列車がやってくる雰囲気はほぼ皆無であった。我が地元の相模線・西寒川もこうした保存の仕方を選択していたら現在の風景もまた違ったイメージが広がっていたであろう。

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熊に逢ったらどうするか・アゲイン ふるさと銀河線① 川上
2022-05-07

麻衣子、哲治と聞いて世代が分かれるであろう川上であるが、ふるさと銀河線になる前の国鉄時代からかなり秘境度が高い地味な駅としてマニアの間では有名であった。ただ、某秘境駅訪問家のお陰で一気にメジャーに昇進したイメージであったが、勢い虚しく力尽きてしまったのが2004年であった。



国道沿いに駅はあった。とても旅客駅としては銭儲けできないような風景であるが、ご覧の通り、かつては何かがあったとレールファンではなくてもわかるような風景が広がっていた。
既に国鉄時代から周囲は旅客輸送に向いている風景ではなかったので路線ごとの廃止がささやかれていたが、地元の皆様のお陰で第三セクターとして暫く生き延びてきた。しかしながら、年間二億円以上の赤字は第三セクター経営であるがゆえ地元自治体にはかなり負担がかかり、経営を断念せざるを得なかった関係首脳陣の英断に勇気を見たイメージであった。
現在は特に道の駅として活躍する陸別や足寄などが有名であるが、既に紹介している小利別や訓子府など銀河線は遺構が多く残されている。だが、時間の経過と共に失われていくものも少なくなく、もし気になる存在があるならば即座の行動が良いのであろうが、まずはコロナや海外の情勢が落ち着かなければならないであろう。


ホームに出てみた。ホームの下にある轍はもちろんかつてレールがあった証である。思っていたよりも保存状態が良く、ちゃんと草刈すればかなりの姿でかつての勇姿が顔を出しそうだ。
さて川上であるが、国道沿いに駅があった。かつては朽ち果てた木造ベンチのある木造駅舎を某秘境駅訪問家が紹介していたが、私が訪問した時点では既に解体されホームのみが残る状態であった。そのホームもいつかは自然に返ってしまいそうな雰囲気でもあったが、そこに代替えバスのバス停かあるかぎり、唯一の目印になってくれるであろう。しかしながら秘境駅訪問家が訪問しているという事は、その周囲には民家が無い、つまり旅客を主体とする鉄道運営にはほぼ限りなく向いていないという事になろう。という事は、そのバス停もいつ無くなるかわからないという事だ

私の訪問時には既に木造駅舎は撤去された後であった。ご覧のとおり駅名標も取り外されており、鉄道の歴史を語るのは草に埋もれたホームのみとなってしまった。
既に駅が、そして鉄道が失われた現在、そこにある記憶と記録を知る生き承認もやがて年齢を重ね世代が新陳代謝されると、写真などの記録が非常に貴重なものとなってくる。幸い、現在はデジタル化が進みそうした記録物も劣化が最小限に抑えられ次の世代に継承できるイメージである。もちろん「一子相伝」ではないので広く不特定多数の方々に継承出来る事であろう。

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チャンピオンカーニバル番外編 熊に逢ったらどうするか⑮ 訓子府
2018-06-10
国鉄時代は「池北線」であったふるさと銀河線の訓子府は、ふるさと銀河線の中間駅の中では最も利用者が多かったと思われる。事実、北見~訓子府間は廃止せずに残そうという案もあったと聞く。実際に訓子府を訪れるとその事を納得してしまう街並みであった。そして訓子府駅はその街の中心部に位置し、文字通り「中心」として機能していたであろうが、利用者は学生がほぼ8~9割くらいを占めていたであろう。
その中心たる駅も、現在は周知の通りの事情により列車はやって来ない。ただ、駅建物自体は現在も残っており、農業交流センター「くる・ネップ」が引き続き利用している。相対式ホーム2面2線であったが、駅舎側のホームのみ残存しており保存状態も良い。私の訪問時はリニューアル工事の真っ最中で、かつての鉄道設備であった場所は、将来的に公園として再出発するようであった。印象的なとんがり屋根の駅舎は、今後も引き続き将来に渡って長く引き継がれて欲しいものである。


道道50号線から入る訓子府駅はとんがり屋根が印象的。町のシンボルとして今も活躍する。

駅に併設されていた「農業交流センター」は今も引き続き業務をしている。もう少し遅い時間帯に来れば飲食店なども営業していた事であろう。


ふるさと銀河線廃止後は当然代替えバスが運転されている事であろうが、そのバス停は現在も「駅」を名乗っている。






そしてホームへ。レールの無い空間は、何やら妙な空気が漂う。だが、一応現在もホームは健在で、その気になれば北見まで復活!も可能であろう。

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その中心たる駅も、現在は周知の通りの事情により列車はやって来ない。ただ、駅建物自体は現在も残っており、農業交流センター「くる・ネップ」が引き続き利用している。相対式ホーム2面2線であったが、駅舎側のホームのみ残存しており保存状態も良い。私の訪問時はリニューアル工事の真っ最中で、かつての鉄道設備であった場所は、将来的に公園として再出発するようであった。印象的なとんがり屋根の駅舎は、今後も引き続き将来に渡って長く引き継がれて欲しいものである。


道道50号線から入る訓子府駅はとんがり屋根が印象的。町のシンボルとして今も活躍する。

駅に併設されていた「農業交流センター」は今も引き続き業務をしている。もう少し遅い時間帯に来れば飲食店なども営業していた事であろう。


ふるさと銀河線廃止後は当然代替えバスが運転されている事であろうが、そのバス停は現在も「駅」を名乗っている。






そしてホームへ。レールの無い空間は、何やら妙な空気が漂う。だが、一応現在もホームは健在で、その気になれば北見まで復活!も可能であろう。

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熊に逢ったらどうするか⑪ 川上
2014-09-12

国鉄時代の言い方で表現すると「池北線」にあったこの駅は、某秘境駅訪問家も熱心に記事を寄せている。特に「極寒体験」などは完全に彼の個性的感性で、レールファンの感性からは完全に外れ「別世界」であろう。旧・川上駅というと素敵な木造駅舎があるのは周知の事実であった。しかし・・・私の訪問した2014年6月には事情が変わっていた。なんと、旧・川上駅は完全に更地となっていたのだ!あの素敵な木造駅舎は完全に「伝説」となってしまった。
私は訪問前からの事前調査で国道沿いにある事は知っていた。そのため並走する道路からは駅舎をイメージしてれば比較的見つけやすいであろうと考えていた。どころが・・・危うく通りすぎてしまうところであった。 私の場合は「野生の勘」が働いて何とか気づいたが、なかなか見つけるのは困難な状況であった。
私の場合、代行して走る路線バスの停留所を確認しながら運転していたため「川上」のバス停をみつけた時に絶対に付近に旧・鉄道駅があると確信。そして確認に結びついたわけだが・・・肝心の駅舎が存在しなかった。
周囲は完全に人の気配は無い。時折、高速道路建設関係と思われるダンプが横切るが、はっきり言って車の通りがほとんど無い。国鉄時代から乗降客は多いとは言えなかったが、晩年は完全にゼロに近い状態を維持していたのであろう。
とは言え、現在は陸別駅の「りくべつ鉄道」が好評であり、ここ川上まで延長計画があると聞いた。そうすると、つまり「復活」ということになる!これは実に素晴らしい。という事は隣の「分線」も復活か?と思われるが、分線は見つけることができなかった。後のリサーチだと既にホームなどは撤去されているとの事。バス停は存在したが、付近を散策していると農業関係の方がずっとこちらを警戒していたような感じであった。特に悪いことをしていた訳ではないのだが、やはり私のような行動をする人物は「要注意」となってしまったのか・・・結局草木に覆われたレール跡はかつての勇姿を見せてくれなかった。が、しかし!付近には「りくべつ鉄道」の駅「百恋駅」なる乗降場が姿を現した。全く予備知識の無かった私は非常に驚いたが、イベントなども行われ僅かな区間ながら池北線が復活しているようだ。


国道の上下線に設置された川上停留所。そして旧・ふるさと銀河線もこの辺りにあったはずであるが・・・

と思ったら何やら更地に入っていく道路が!ここが旧・川上駅であったと確信。周辺は全く人の気配無し・・・


もう完璧にここが旧・川上駅であろう。あの木造駅舎を確認してみたかったが、残念ながらご覧の通り。


かつてのホームは自然の一部になろうとしていたが、微かに現役時代を確認できる。レールは既に撤去済であったが「りくべつ鉄道」の延伸があるとかつて聞いた事がある。果たして・・・


かつての駅名標はご覧の通り。そして待合室?と思われる小屋が存在感際立つ。



そして分線駅があったと思われる場所に移動した。ハッキリ言って全くその場所が確認できなかったが、多分この辺りであったろう。国道沿いにある看板付近を歩いていたら、農業関係者が私の方を遠方からずっと眺めていて警戒されてしまった。どうやら私のような「よそ者」は不審者に映るのであろうか・・・


しかしながら、やはり痛々しい姿になっている。「りくべつ鉄道」は川上までの延伸は期待できないのか?




分線を後にし、更に進むと「百恋駅」が待っていた。訪問時には全く予備知識が無かったため正直たまげた。川上寄り(一番下の写真)は更に北に向かいレールが伸びていたが・・・
この後私は旧・陸別駅に向った。こちらの方は予備知識が豊富であるため事情も知っている。正直言って現役時代よりも活気があるように思えたが、それより何より川上駅の駅舎がなくなっていたのは寂しい。というより、現役時代に訪問してみたかったという気持ちが今更になって湧いてきてしまった。しかしこうして廃線跡を辿っていると、現役時代はさぞかし地元の方々に愛されていたのだなという確認が出来た。とは言え、やはり自然豊かな沿線風景を眺めていると、とても鉄道としての「銭儲け」とは程遠い、遥か彼方の風景であろう。勿論、それは現在の「代行バス」にも言える事であるが、最近、内閣の人事も変わり総理は「地方の活性化」を訴えているが、総理はこの川上駅を見てなんと言うであろうか?

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