1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅⑤

さて、いよいよ最終日だ。というより未明の東京に着いた時点でもう既に「見慣れた景色」であるため、旅先の「新鮮さ」は無い。計画では、この後東京近郊路線を「踏破」するため、普段行かれないような所をピックアップしてある。しかしながら旅の疲れか、皆「帰るモード」になっていた。若干18きっぷがもったいないが、仕方なく東海道線で折り返し茅ヶ崎方面へ向かった。


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計5日間の「部活」であったが、帰宅するとまた旅に出たくなった。この後「夏休み」には青春18がまた発売され、、今度は部活でなく、自主行動での旅となる。そして青春18が定着していき恒例化していく。学校の長期休暇の度に「18の旅」は進化していった。行程の方もロスなく無駄なく組めるようになってきた。そのような旅を続けていくうちに、やがてそれは「財産」となっていった。

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ある人は「人生の折り返し地点を迎えた」等と言う。「折り返し地点」とは何か?もし人生に「折り返し」があるとすれば、それはやがて「幼少時代」に戻っていくという事なのであろうか?私は「折り返し地点」など無いと思う。「振り返り」はするが折り返さない。私の旅は、乗り潰しの都合上「折り返し」がある。それは乗車駅に戻ってくることを指す。だから人生には当てはまらないと。
これからも私はおそらく鉄道にふれあい、そして電車、気動車に揺られ続けていくであろう。そしていつしか自身を再び振り返った時、今よりも多くの「財産」を抱えているに違いない。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅④

私たち御一行は、高松より731Dに乗り高知を目指した。この列車にはリクライニングシート車両が連結されている。中村で折り返し急行「あしずり」に変身するためだ。車両自体はグリーン車マークが入っているが、実際には急行に変身してもグリーン車としては運用されておらず、指定席としての運用だ。いわば「回送」の意味もあろう。しかし731Dはこの「指定席」の車両にも特別な料金設定をしておらず、普通に解放!これはお買い得であるが、皆考えることは同じ。この車両ばかり「満員御礼」である。

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未明の高知で731Dを乗り捨てる。もちろん我々が去った席は即座に埋まる。高知に着いたのは4時20分。ここで高松に折り返す。つまり夜行列車を「宿代わり」に使ったわけだ。折り返す列車は、なんと高知4時58分、始発のDLが牽引するPCだが、この時は旧型客車より置き換わった50系である。高松着が10時半頃の為、むしろこちらの方が「宿代わり」の役目をしたのか、寝ているメンバーの方が多い。途中、豊永で後発の急行「土佐」に抜かれるが、豊永で売店等は無く、高知で購入した食料品を各々頬張る。

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乗り換えなしで高松に行けるのはとても楽ではあるが、高松着が10時34分の為、約5時間乗りっ放しである。さすがに空腹を知らせる合図が下腹部から鳴り響く。ということは・・・改札口横に「讃岐うどん」の文字。香川と言えばこれだろう!私達は一目散にその文字の見える「空間」へと向かった。この時が「初」讃岐うどんであるが、ここから今度は連絡船に乗り換える。ちょうどうどんの店の横が連絡通路になっている。これは便利だ。食事を終了し宇高航路に乗り換え。実は青春18で「連絡船」も乗船可能であるため、もちろん別料金なしで本州入りできる。切符の機能をフルに使っての行程だ。
そして岡山にでて山陽本線の「普通列車」に乗り換え、いよいよ最終の行程に近付く。一気に大垣まで向かうのだが、ここで若干事件があった。メンバー全員が列車内にいないことに気が付いたのだ。「私たちグループ」はそのまま予定の行程通りで大垣に向かうことにした。同乗の教諭は、はぐれたメンバーを連れ戻しに岡山へ向かった。しかしながら「携帯電話」等無い時代。どのようにして探し出したのかは覚えていないが、途中、姫路かどこかの新幹線の停車駅で合流できたのだ!まぁ、お互いに言いたいことはあるが、とりあえず全員集合したところで事前に購入しておいた駅弁を食べる。

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こういう旅とは、やたら腹が減るものだ。列車に乗っていると、結局「食う」か「寝る」かの選択肢しかない。旅も終焉に近づき、もう帰るのみの行程にいささか疲労気味であるが、それより何より「風呂」に入りたい。そんなことを考えながらようやく大垣に着いた。とりあえず待ち時間がたっぷりあるので入場券を買いに行く。前記事でも紹介したが、なんと80円の入場券がこの大垣にはあった!私はこの「入場セール」に、惜しげもなく10枚以上購入。他の面々も各々入場券を購入していた。
そしていよいよ上り「大垣夜行」に乗り帰郷する。もちろん、座席確保はもう手慣れたものだ。165系の「東京行」は、疲れ果てた我々を乗せ深夜の東海道をすり抜けて行った。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅③

本日で3日目を迎えた。皆もそろそろ列車に乗って過ごす事に慣れてきたようで、逆に乗り物に乗っていないと落ち着かない体質に変化していった。我々を乗せた普通夜行列車「山陰」は、大山口付近で日の出を見た、というより我々が大山口付近で朝日を見た。大山口では列車交換の為少々停車時間がある。こういう時こそ見逃さない鉄道少年は、わずかな停車時間でも欠かさず「入場券」を購入しに出向く。もちろん皆で行くのではなく、グループ行動の特権である「代表」が皆の分も合わせて買ってくる。米子での停車時間で朝食を購入。すぐ食べる者もいればまだ食べない者もいる。私はこれから乗車予定の木次線で食べることにした。

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米子で大半の乗客が下車したが、もちろん乗車してくる乗客もいる。車内の混雑度はさほど変化なく、松江を過ぎやがて宍道に到着。ここで木次線に乗り換える。木次線の模様は「木次恋しぐれ」で詳細に紹介しているのでそちらを参考にしていただきたい。出雲坂根などの雄大な景色を堪能しつつ、備後落合に到着。芸備線に乗り換えて新見へ。そして伯備線で岡山に向かう。伯備線はこの時電化直前で、キハ80の「やくも」の通過シーン(停車シーンだったかな?)を、確か備中高梁で拝んでいる。顧問の教諭が「写真撮っとけよ」と皆にアドバイス。「言われなくても撮るに決まってるじゃん!」。岡山から宇野に向かい「宇高航路」でいよいよ四国に上陸。この時点で20時57分。約21時である。次の列車は、日付が変わり0時49分発中村行きの夜行列車である。

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ハッキリ言って高松での待ち時間は、何をしていたかハッキリと覚えていないが、席を確保するため交代で代表が並んだ。この待ち時間も実は教諭の横槍案であるが、よくもまぁ、ここまで先を読んで計画を立案させたものだ。さすがは数学の教諭であるが、若干24歳で大学出の新米教諭がここまで「計算」するとは、今考えるとさすがであると感心する。
しかし2時間以上も待ち時間があると、何をしていいのかわからない。店も営業時間外となり、何もすることない中、得意の「入場券」を買いに行った時のエピソード。入場券にハサミを入れるよう、駅員に申し出ると、改札口の駅員は私にパンチ(切符にハサミを入れる道具)を渡し「好きな所に入れな」と笑顔で応対してくれた!なんて素晴らしい駅員さんなのか!鉄道ファンの気持ちを十二分に理解していらっしゃる、というより自身も「ファン」なのではないか・・・国鉄職員の接客態度は全国各地で話題となっていたが、中にはこういう駅員さんもいるんです!と声を大にして言いたい。というより、一部の怠慢な鉄道員の為に他の鉄道員まで嫌なイメージが植えつけられてしまうのは、全く持って心外であろう。

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2時間半待ちは肉体的にも精神的にも参ってしまったが、とリあえずおかげで座席を確保できた。乗った夜行列車はキハ58の「731D」である。これで高知まで乗車予定だ。次の章で若干解説するが、快適な「リクライニングシート」に座り、高松で買った入場券をしばらく眺めていた。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅②

さて、我々御一行は「大垣夜行」にて一路「名古屋」を目指す。もちろん「初」の為、皆の衆は興奮の雨・霰で一睡もできない。一体何をしていたのかはハッキリ覚えていないが、とにかく起きていたのはハッキリ覚えている。そして東京を出てから約6時間半オーバーで名古屋着。ここで関西本線に乗り換え亀山に向かう。私たちが乗ったのはDLが牽引する旧型客車だ!現在では考えられないが、関西本線の名古屋~亀山はこのころ電化直前で、もうすぐこういう光景が無くなる事も重々承知の上。じっくりと堪能させていただいた。

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途中、富田浜で列車交換があり3~4分位停車時間があったため最後尾から一枚。その最後尾から蒸気が噴き出しているのが若干気になったが、それより我々は、これも初の「旧型客車」で興奮状態だ。
亀山に着くと今度は柘植に抜け草津線で貴生川に。そして信楽線(当時)に乗る。現在は「信楽高原鉄道」となり活躍しているが、転換されてから「事故」を起こして問題となった。現在はその原因となるものが改良されて安全に運行されている。乗客の安全を守り、これからも是非活躍していただきたい。

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さて、信楽と言えば「焼き物」で有名であると思われるが「鉄道少年」にはそのようなものに全く興味を示さず、いい旅チャレンジ20000kmの証明写真撮影に夢中になる。
貴生川に戻り草津線経由で京都へ出る。そして今度は奈良線に乗り換え奈良へ向かう。現在の奈良駅は高架化されスッキリしているが、当時の地上時代は側線が多数あり賑わっていた。しかしここでの乗り換え時間は6分。桜井線で高田に向かう。ここで事故が発生。鉄道の事故ではなく、参加メンバーの「部長」所有のカメラが故障してしまったのだ!どう考えても我々素人の技術では修正できない。仕方なく高田で下車し駅前のカメラ店(よくあったと思う)でカメラを購入。フィルムを絞るように下で巻く、なかなか渋いカメラだ。当時8000円の出費はいたいと思うが「証明写真」の為に仕方ないであろう。もちろん「証明写真」の為だけではないが・・・

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高田では1時間半くらいの待ち時間があるため「駅前食堂」で腹ごしらえ。部長のカメラも順調で、軽やかに時が過ぎてゆく。高田より和歌山線で和歌山へ向かう。途中、五条でDCに乗り換え。五条~和歌山は当時非電化であったため、確かキハ30と記憶しているが「相模線!」と思った車両に乗車した。
和歌山より阪和線と大阪環状線で大阪へ出た。内回りか外回りか忘れたが、この乗車で大阪環状線の「半周」を踏破。そして京都へ向かい、約1時間半のインターバルの後、山陰本線の夜行普通列車「山陰」で宍道に向かうの行程だ。

山陰本線の夜行列車「山陰」はDLが牽引する旧型客車であるが、寝台車も連結されている。もちろん「18」では別料金が発生するため座席での出向となるが、座席確保の為のインターバルは時間が長く感じる。
「山陰」に乗り込むと、さすがの私も熟睡体制に入った。前日の疲れと夜行列車に慣れたので安心したのであろう。列車は深夜の丹波路をすり抜けながら、安栖里と立木の間で日付が変わった。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅①

1982年の春、新しいフリー切符が発売された。その名も「青春18のびのびきっぷ」だ。現在は「のびのび」が無くなり「青春18きっぷ」としてお馴染みとなっている。普通・快速列車と一部区間は特急列車に乗車でき、JR線各社の路線で乗降り自由。登場初期は8000円で一日有効が3枚と二日間有効が1枚の計4枚で合計5日間有効であった。最後の二日間有効の一枚の意味は不明であるが、一日有効と同じ一枚2000円であるのが特徴である。その後いろいろ変更され、現在は5日間有効で11500円。学生の長期休暇に合わせて発売される。

私は登場したシーズンに「初」18きっぷを使用して旅に出た。常に先述している「鉄道研究クラブ」という学校のクラブ活動の一環として「春休み」を利用しての出陣だ。
「鉄道研究クラブ」と名乗っているが、別に「朝練」などは無く(朝から何を練習するのか?)、所属選手はそれなりにいたが、いつも決まったメンバーが出席している、所謂「帰宅部」と化していると言っても過言ではない。というより、授業が終わった放課後などに何を活動すれば?という、テーマもなく専用の部屋もない状態で果たして活動できるのか・・・写真部と顧問が同じの為、若干写真部とグルで活動していた時期も。時には理科室、時には放送室と「居場所」の固定が無いまま細々と活動していた。しかし休日になると東京方面などに繰り出し「撮り」に出向。その時は「お前、いたの?」という所属選手まで参戦してくるという、何とも特殊な部活であった。

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さて、前置きが長くなってしまったが、鉄道研究クラブの「部活」で旅に出ることになったメンバーは私を含め5人である。プラス顧問の教諭を入れ合計6人での旅になった。行程は、私が計画したのは「木次恋しぐれ」で先述したが、この時「いい旅チャレンジ20000km」の真っ最中であり「踏破」こそ乗車の「証」でもあった。乗り潰しも含め計画していったが、今その行程を見てみると、なかなか無駄が多く「初めて」が見え隠れしている。ここをこう乗れば制覇(当時のいい旅チャレンジ20000kmでは踏破と表現)できるのになぁ~みたいな部分が多々あるが、何しろ「初」の為、時刻表を駆使しながらの計画立案であった。ようやく教諭からOKがでたのでいよいよ実行である。私の出発駅はもちろん「西寒川」だ!

相模線・西寒川より19時15分発の最終列車に乗る。もちろん、西寒川から旅に出るメンバーは私一人。他のメンバーは「寒川」より乗車することになっている。教諭は確か茅ヶ崎からだったと思った。そして東海道線上りに乗り東京へ。東京で約3時間程待って「大垣行き」の夜行列車で西へ向かう行程だ。
いよいよ出発の時が来た!東京発23時25分の大垣行き。3時間待たないと座れない・・・全員のメンバーが着席して、我々の乗った165系は大垣目指して西へ向かう・・・

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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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