「西寒川駅」に拘る! ③

西寒川駅の現役時代を集めてみた。過去の記事と重複する部分もあるが、ぜひこの「こだわり」を知っていただきたい。



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雪の中の西寒川「5連発」。銀世界の西寒川駅のフォトは、おそらく所有しているのは全国探しても私のみであると思う。関東地区でこれだけの降雪は一年に数回あるかないかである。


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駅の裏側から。つまり「私の住まい」の方角からである。駅前一等地の景色は「フェンス越しのノン・フィクション」。


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お馴染みの一枚。私の記事等によく登場する画像である。西寒川駅といえばこの景色が一番似合っている。


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現在の一之宮公園付近。畑が広がっているが、現在は完全住宅街に変身している。


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記事に出てきた一枚。自宅より至近距離にあるのに、なぜか私の「マイカー」が紛れ込んでいる。



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以前からちょっと気になる事があるので興味ある方は「続きを読む」を開いてください。ちなみに鉄道とは全く関係ない内容です。

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「西寒川駅」に拘る!①

以前に西寒川駅に関しては当ブログにて紹介しているが、もっとより多くの方に「西寒川駅」を知っていただきたく、数回に渡り記事をアップしてみようと思う。既に前回の記事や、私のホームページ「西寒川駅」と重複する部分もあろうかと思うが、改めて紹介してみたい。

相模線・寒川支線は寒川から分岐していた。寒川駅構内に側線の撤去跡があり、そこが寒川支線の名残と誤解を受けているような意見が多々見受けられるが、実際の寒川支線は本線と同じホームより発着していおり、側線撤去跡は砂利輸送時代の名残であり貨物用の側線が2~3本あったものを撤去したものだ。また、寒川支線廃止直前には寒川駅西側と駅舎のある東側を結ぶ跨線橋が完成、いわゆる「裏口」からの利用も便利になり、寒川駅も進化したものだと子供ながらに感じていた。また、駅舎が地上にあり、その駅舎側にレールのはがされた(いや、レールがあったと思われるが記憶が定かではない)一面一線のホームがあった。貨物ホームであったのか旧旅客ホームだったのかは不明であるが、現在は跨線橋の土台となりホームの痕跡は無い。その後、駅舎は跨線橋側に移り橋上駅舎に生まれ変わった。

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(1984年の、多分2月であったと思う。雪化粧の西寒川駅の写真を所有しているのは、日本全国探しても恐らく私だけであろう。ただ、写真中央に私の「マイカー」が写り込んでしまったのが少々計算外であったが・・・)


寒川より橋本方面に向かい、線路はすぐに「大山踏切」付近でいったん全て収束し、踏み切りを過ぎるとすぐに本線と寒川支線の分岐点があった。本線と暫く単線並列で並走するが、寒川神社の参道入り口付近で二股に別れ、寒川支線は南西に折れていく。すぐに寒川中学校と住宅街を進行方向左手に見るが、やがて左手に不自然な空地が現れた。現在は一之宮公園となっているが、当時は広大な空地となっていて、高い塀で囲まれており、通常は中に入れない仕組みになっていたが、子供たちにとって見れば格好の遊び場となり、私もよくお世話になった記憶がある。右側にも某工場のグラウンドがあり、そちらでも若干お世話になった感じである。その空地やグラウンドを過ぎると住宅街になるが、かつては畑であった。その住宅街付近から減速し踏切を通過すると西寒川に到着する。寒川~西寒川間1.5kmを約4分かかるという事は、表定速度は約20km/h強となるが、実際に全線通して20~30km/hの徐行運転である。

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(申し訳ないが、またまた私の「マイカー」が写り込んでしまっている。別に歩きでも来れる距離ではあるのだが・・・)

駅前は四之宮方面にむかう車道が一本あり商店などの建造物は無く、駅裏手が住宅街となっている。駅前には大きな壁が立ちふさがっているが、それこそかつての「昭和産業」であり、後の「日東タイヤ」であった。駅前の道路を右手に行くとかつての四之宮への線路跡の空間が容易に判別できるが、所々に住宅や工場などに変化している。そのまま進むとやがてロートのように広がりながら某工場の駐車場になる。こここそが旧「四之宮駅」であった場所だ。広さから想像するに2~3本の側線があったと推測できるが、真意は不明である。付近は工場しかなく、旅客営業をしたとしても朝夕のみの通勤路線となっていたであろう。旧四之宮付近には理髪店があったが現在は廃業している。西寒川駅より左手すぐにも理髪店があるが、そちらは現在も健在である。ちなみにどちらも女性の理髪師であった。西寒川駅を一般道で行くには、一之宮小学校横を通る県道より向うが、途中で信号の無いYの字交差点を左折する。しかし西寒川駅への案内表示は無く、初めて来る人には非情にわかりづらかった。後年に信号が設置されたが、それで西寒川駅の所在が分かりやすくなるという事でもなかった。しかし、当時「日東タイヤ」は抜群の知名度であったため、例えば茅ヶ崎からタクシーなどで西寒川駅に向うときに「日東タイヤ」の名前を出せばほぼ100%の確率で西寒川駅に辿り着く事が出来た事を付け加えておこう

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廃止路線を訪ねて② (相模線・寒川支線)(リメイク版)

かつて紹介した西寒川に関する記事であるが、個人的な思い入れもありバックナンバーを引っ張り出してみた。若いレールファンにも西寒川駅を知っていただくという意味もあるが、私の世代に近い方も懐かしい部分もあると思うので数回にわたり紹介してみようと思う。

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(お馴染みの写真である1984年2月に撮影の西寒川駅。中学卒業を控え、学校も1ヶ月くらい自由登校になりかなり優雅なひと時を過ごした。)

相模線は、東海道線の茅ヶ崎より北へ進み、横浜線の橋本に至る33.3キロの路線である。だが、かつては、途中の寒川より1.5キロの支線が延びていた。詳しい歴史については割愛するが、私はかつて、この支線の終点「西寒川」の駅前に住んでいた事がある。幼少時代~高校生までこの地で過ごしたため、この生活こそ私の鉄道人生の「原点」と言っても過言ではないであろう。茅ヶ崎の耳鼻科への通院に週に2~3回相模線を利用していた。おそらくこの経験が「鉄道」の目覚めのきっかけとなったであろうが、タイトルに「訪ねて」としたのは正確でないかも知れない。窓を開ければ駅は見えた訳だし、歩いて20秒もかからないので、あえて「訪ねる」までも無いであろう。

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駅は棒線の一面一線で駅員無配置である。車止めの先には過去の「四之宮」までの路線跡を辿ることができ、その先に、ちょうどロートのように広がる某工場の駐車場があり、そこが旧四之宮駅と推測される。廃止前は、1日4本の列車が設定されており、朝1本、夕方3本とやや偏りを見せていたが、昼間の列車は設定されていないため、相模線の利用の際には寒川駅まで出向かなければならない。鉄道制覇の際の門出には必ず西寒川からの出発に拘った。ホームは3両編成の列車ははみ出てしまうというのに、朝には4両編成の列車もやってくる。若干の雨よけ用の屋根の下にはラッチと呼べるかどうか分からないが改札があり、駅前一等地はいきなり工場の壁にぶち当たる。左へ向うと飲食店と理容店があり、右の四之宮方面にも理容店があったが、四之宮方は現在は廃業している。ちなみにこの理容店は女性が経営していたが、順番待ちの際には紅茶のサービスがあった。更に右には工場地帯に続く道があり、民家も疎らだ。そんな寒川支線も昭和59年3月に廃止されてしまった。それから暫くして私は西寒川の駅前の自宅を辞した。父の仕事の関係で同じ相模線の倉見駅付近に転居したのだ。

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現在、線路跡はほぼ緑道として残っているため、その痕跡を確認できる。また、西寒川駅に関しては「八角広場」となり、付近の住民の憩いの場となっている。また、付近には高速道路も建設され、景色がかなり変化してきた。現役当時は、私の知る限りだがキハ10の気動車が走る姿が最初である。それからキハ20、キハ35と変化していったが、私はキハ20が一番好きであった。キハ35はロングシートのため、乗ってて味気なく、車窓を見るのにも一苦労である。また、鉄道路線制覇の旅の出発の際、最初のスタートの駅が「西寒川」であった。西寒川は無人駅のため、車内で車掌からきっぷを購入する。
当時はまだ「ワンマン」という概念が鉄道には無かったため、車掌も忙しかったと思う。と言っても寒川~西寒川間は乗客も疎らであるため業務に多少なりとも余裕があったであろうが・・・そんな西寒川も、今は記憶の中の一部になってしまったが、目を閉じると、今もホームに「キハ20」が私を待ってる情景が鮮明に蘇る。

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(廃止当日の1984年3月31日のみ運転された寒川~西寒川間の区間運転列車。通常は全て茅ヶ崎発着であったので貴重な臨時列車であった。)

さて、西寒川駅に関しては、別途ホームページを用意したので、そちらも参照して頂ければ幸いである。

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相模線「ヘビー・ローテーション」⑩

相模線の昔の姿を再び紹介しよう。今回も寒川文書館御協力のもと「K.T」さんの所蔵写真と、一部「JAさがみ様」にも御協力いただいた。超・貴重画像をご覧あれ。(特に断りのない場合は「K.T様」所蔵)



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昭和35年の寒川駅。ホームの屋根は昭和56年頃まであったので、私もよく知っている。写真右側は、わかりづらいがスロープと構内踏切がある。かつては線路を横断して駅舎へ向かったのだ。



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寒川駅の列車交換風景。懐かしのタブレットを駅員に渡す。相模線の交換駅は現在も殆どの駅のポイントが「スプリング式」であるが、寒川駅は駅員がポイントを操作していた。



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信じられないが宮山駅。同じく昭和35年頃である。寒川神社の最寄り駅としてはあまり知られてなく、寒川や茅ヶ崎の駅構内では必死にアピールしていた。無人駅のため切符の回収や販売などは車掌の役目だ。



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続いて寒川町内にある相模線の駅である「倉見駅」。昭和35年頃の風景だが、昭和35年といえば東海道新幹線がまだ開通していない時代である!現在は駅の南側で新幹線と交差する相模線だが、随分前に「相模(仮称)」新駅が新幹線の駅として倉見駅付近に開業する話が出ていたが、恐らく「夢」のまま月日が流れていくであろう。



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最後は倉見駅の新・旧比較。昔も今も変わらずにがんばる倉見駅駅舎は大正15年に開設時に建てられた物だ(旧・倉見駅写真はJAさがみ様提供)。私の知っている昭和50年代は無人駅であったが、タブレット交換の職員はいた。現在は終日ではないが旅客扱いの駅員も配置されている。ちなみにカラー写真の倉見駅は私の撮影である。




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相模線「ヘビー・ローテーション」⑦

相模線の中でも群を抜けて個性的な「入谷駅」はローカル度抜群だ。しかし近年は開発の波が押し寄せ、昔の景色より若干変化している。しかし、まだまだ名残を残しており懐かしさ満点だ。特集してお送りしよう。



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ほぼ同じ位置から遠望。上が2013年で下が1979年の撮影。田んぼの真ん中にあるものの、若干付近に住宅などが増えている。また電化されたため、画像にスッキリ感が無い。



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同じく昭和50年代と現在を見比べてみる。駅の反対側からも利用できるよう、歩道橋が設置された。またホームもかさ上げされ電車化に対応。



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左側のスペースは、将来の複線化に向けての準備と思われる。上記、全て相模線を跨ぐ県道の陸橋より撮影(昭和の画像のみミックス・マテリアル様撮影)。



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まだまだ「昔ながら」の風景が残る。とは言うものの、2~3分も歩けば警察署をはじめスーパーマーケットや飲食店など、商業施設などがひしめき合う。何故か入谷駅の周りだけが時間が止まっているようだ。



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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