ウルトラ作戦第一号⑦

大江に降り立った私は築港線の制圧に乗り出した。しかしここを予定に組み入れるのにはある程度の計画と計算が必要だ。というのは朝晩しか列車設定が無いからだ。しかしこの線は名古屋臨海鉄道東築線から東港線を経由し、JR東海の東海道本線へ接続され、また東名古屋港駅から西に名古屋港大江ふ頭への引き込み線が伸びているため、旅客も然ることながら、車両や資材の運搬等に使われ、地元の産業路線としても活躍している。また名古屋臨海鉄道東築線との交点はほぼ90度の平面交差となっており、阪急の西宮北口の平面交差が無くなった今、伊予鉄道と共に大変貴重な存在である。そんな築港線をいとも簡単に「制覇」の為に往復するのはもったいないが、とりあえず往復することにした。東名古屋港までの車内は私を含め「ローカル線」の風景であった。これも楽勝と高をくくっていたらとんでもないことが起こった。東名古屋港駅は、まるでコンサートなどの興行が終了し観客が家路につく九段下駅のごとくホームには人の山であった!私は「制覇の証」すら収める余裕もなく列車はいきなり200%くらいの乗車率に変身。これぞ築港線の「底力」を見せつけられた思いであった。

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(神宮前から金山までは複々線が1990年に完成。赤い電車が犇めき合う。)

築港線制覇後、再び神宮前に戻る。神宮前と言えば「北アルプス」を思い出す。かつて国鉄(当時)直通で神宮前~飛騨古川までの特急列車が運転されていたが、運用が無くなり鵜沼付近の短絡線も撤去されてしまい完全に過去のものとなってしまった。小学生であった当時、この「神宮前」などの駅名は、国鉄フリークの私にとってすごく斬新な駅名であった。そんな列車もJR時代の車両は現在、会津鉄道で活躍、第二の人生を送っている。

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(長い名鉄の旅も終了した。しかしまだまだ乗り足りない気もする。)

さて、神宮前を出た私は名鉄名古屋に着いた。この日の行程は終了し、駅構内の味噌煮込みうどん店で今回の旅を振り返った。気がつけば名鉄全線を制覇。しかしもう一日、明日は地下鉄制覇が待っていた。めでたく2日間で名鉄を制覇したのだ!しかし以前にあった岐阜市内線や揖斐線などが現存したとしてそれを含めると、恐らく2日間では制覇できなかったであろう。2日間全線フリーの切符は確かに2日間で全線乗ることができた。しかしただ「乗る」のみの場合が多く、降りてみたい駅などの訪問はごく一部に限られてしまった。もしこの切符を使って名鉄を乗ると決めたとしたら、当たり前だが「使い方次第」であろう。しかし切符1枚で夢を与えてくれる「名鉄電車2deyフリーきっぷ」は、場合によっては正規料金より高く付くかもしれない。ならば尚更あなたの「こだわり」に挑戦してみても良いかもしれない。あなたなりの「ウルトラ作戦」で・・・


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ウルトラ作戦第一号⑥

赤池に着いたが、豊田線と地下鉄は相互乗り入れしており豊田市まで直通運転の為、一気に豊田市に来た。再び三河線制覇の為猿投方面に向かう。路線図上では梅坪で乗り換える方が一見便利そうだが、豊田市で運転系統が起点となっており乗り換えに都合がいい。それと、ちょうど時計は「腹ごしらえしろよ」という時間を指しており一旦改札を出てのインターバルとなった。

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(豊田市で発車を待つ名鉄の赤い車両。二日連続赤い車両に乗りっ放しの為ノイローゼになりそうだ!)

駅前には大手商業施設が聳え立ち、向かいには旧・岡多線、新豊田駅がある。ちょっとした「大都会」的雰囲気を味わえる。さすが世界の「トヨタ」だ。
約45分のインターバルの後、早速梅坪方面に向かい、猿投より得意の折り返しで知立まで行き三河線を制覇した後、特急で神宮前に向かった。
そしてこれから海外旅行に行くわけでもなく「セントレア」に向かう。ちなみに「セントレア」とは「セントラル」と「エア」を連結させた造語で、なかなかオシャレである。似たような造語では、わが地元・相鉄の「ジョイナス」が古くからある。私が中学時代に英語の教諭がしきりに説明していたが「ジョイント」と「アス(US)」を組み合わせた造語である。

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(セントレアに到着。一体何しに来たのかと問われても困惑するが、とりあえず「制覇の証」の撮影の為、としか答えが見つからない。)

そんな国際的な駅を私はいとも簡単に折り返してゆく。恐らくこのような乗客はこの日は私意外に皆無であろう・・・
太田川まで来ると今度は急行で内海に向かう。富貴から知多新線と路線名が変わるが、内海と河和のどちらも直通運転がある。どちらから攻めても良かったが、たまたま乗った直通列車に身を任せる。
2面4線のホームは高架化され立派な設備の内海であるが、とても静寂な空気に包まれている。付近に海水浴場がありシーズン中はにぎわいを見せるらしいが、1月のホームには襟を立てる乗客の数は数えるほどだ。しかし私はこういう雰囲気がたまらなく好きだ。静かなホームに暮れてゆく陽の明かりが気怠さを誘う。このまま折り返してしまうのは後ろ髪をひかれる思いである・・・もう少し滞在しようか、いや、いっその事住んでしまおうか?と思わせるほど和やかな空間である。

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(内海駅は2面4線の高架駅。設備は立派であるが、一日平均約1600人位の乗降客であるが特急もやってくる。)

内海とはお別れしたくなかったが、私には神に与えられた「使命」がある。富貴まで折り返し、河和に向かう。こちらは櫛形ホームの2面4線で終着駅の風格だ。と言っても普段使用しているホームは限られていると思われるが、内海よりは格段に利用者が多い。
得意の折り返しで神宮前方面に向かうが、先ほどの富貴で乗り換える。急行列車に乗り換えて大江に行くのだ。

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(富貴駅舎はなかなか「ローカル」な趣きがある。とても名古屋近郊とは思えないくらいの風格だ。)

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ウルトラ作戦第一号⑤

二日目の朝、東横〇ンの豪華な朝食を平らげた後、早速駅に向かった。若干雲があるものの、広く晴れ渡り清々しい。今回の旅は地下鉄制覇も含まれているため、宿泊先の丸の内駅から中村区役所駅まで桜通線の一部を制覇した後、名古屋より名鉄制覇のスタートとなった。まずは羽島に向かうため岐阜方面の列車に乗る。国府宮で普通列車に乗り換え笠松より竹鼻羽島線に乗る行程である。ところが、新名古屋、いや、名鉄名古屋からの地下区間より地上に出て驚いた。それは一面銀世界の街並みであり、街が白く染められていた。しかも吹雪いているではないか!朝TVで確認した段階では雪の一文字も出てこなかったのであるが、丸の内付近と中村付近では天候がこうも違うのか?と自身の目を疑った。列車に運休が出なければいいが・・・
やがて笠松に着いた。乗り換えの為ホームで待とうとするが・・・ますます雪の降りが激しくなり、吹雪がダイレクトに頬を叩く。とてもではないが列車など待ってられない・・・

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(笠松駅で列車を待つ。ほんの数十分でこんなにも景色が変わるものか・・・)

仕方なく私は跨線橋の陰に隠れて身の安全を確保する。やはり列車に遅れは出ているものの、運休はなさそうなので一安心。だがやはり寒い・・・
やがて羽島行きの列車がやって来たので足早に乗り込む。新羽島で速攻折り返し、直通列車で一気に名鉄岐阜に向かうが、途中の江吉良より大須方面への分岐があったが、現在は既に無い。その分岐点は現在も面影あるが、江吉良自体は棒線化されていて非常にシンプルだ。しかし接続駅だったとしては物足りない印象である。

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(新羽島駅も雪の中。開業は比較的新しく、1982年だ。)

名鉄岐阜までは直通列車で一気に来た。ここで各務ヶ原線に乗り換えるのであるが、岐阜ではかつて市内線の存在があった。名鉄も20年、30年前に比べたらかなり減量した印象である。「2dey切符」ではとても全て収める事が出来なかったであろう。それくらいの網の目状態の印象が強かった名鉄であるのだが・・・

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(新羽島でも雪が叩きつける。この先大丈夫であろうか?)

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(名鉄岐阜にて。何か洗面器などで雪を叩きつけられた感じの印象だ・・・)

さて、各務ヶ原線で犬山へ向かうが、途中「犬山公園」というなんとも微笑ましい駅があるが、近年まではここから動物園までモンキーパークモノレールが接続していた。「犬山」なのになぜ「モンキー」なのか詳細は不明であるが、私が訪問する直前くらいに(正確には約1年前に)廃止になってしまった。かなり派手なペイントで私達を楽しませてくれたが、やはり時代の流れか・・・
犬山は名鉄の駅ではかなり「大きい」部類の駅であろう。この大きい駅より小牧線で名古屋の中心部を目指す。

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(犬山駅。構内は広く、四方から路線が集結するが、若干構内工事中の構内も銀世界に包まれた。)

小牧線は急行などの設定が無く各駅停車での訪問となるが、かつては上飯田で線路が途切れ、何とも使い勝手の悪い路線であった。なぜこのような現象が起こったかは歴史が語る。その昔、上飯田でいわゆる「路面電車」が接続していたが、時代の波と共に路面電車が廃止となり上飯田駅が孤立してしまった。このような状態では当然利用者が増える訳もなく完全に「ローカル風景」と化していたが、2003年に平安通まで地下鉄が開通し相互乗り入れを開始すると利用者が飛躍的に向上。小牧線が復活したのだ!普通列車しか設定がないのが残念であるが、平安通で地下鉄に乗り換えられるのが非常に便利で使い勝手が良い。せっかくなので別料金で地下鉄を使い、その便利度合いを確かめながら赤池に向かった。


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ウルトラ作戦第一号④

さて、蒲郡より更に名鉄を乗りつぶす計画を進めていくわけだが、このまま蒲郡線を折り返しては若干時間がかかる。そこで私は奥の手を惜しげもなく披露した。それは「青春18」を使い「新快速」に乗る事だ。なぜ青春18?そう、ムーンライトで名古屋入りしたわけだが、まだ日付が変わっておらず、まだ「有効」なのである!もちろん計算されての事であるが、名鉄の乗り潰しに「青春18」をここで使うとは・・・三沢で言うタイガースープレックス’85のような使い方か?(何のこっちゃ?)

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(名鉄名古屋駅は島式ホーム一本と両側に対向式ホームがあり、3面2線の構造である。乗車ホームと降車ホームが分かれている。)

名鉄が主役なのにJRの新快速に乗り刈谷に到着。ここより再び名鉄の旅を始める事になる。まず三河線で碧南に行く。先述した吉良吉田に行けないのは辛いところであるが、碧南より折り返し知立で本線の快急に乗り換え名鉄名古屋で急行に乗り換える。本線は優等列車が運転され移動には便利であるが、各々の駅が楽しめないのが若干残念である。
名鉄名古屋では快急から急行に乗り換えるのであるが、乗車ホームと降車ホームが分かれているため階段を仕様しなければならない・・・乗降客も、中心駅の為かなり多い中、この階段の登り降りにはかなり気が重い・・・

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(新可児まで一気に移動。フリー切符ならではの乗り潰し方だが、南から北へ忙しい。)

そして広見線を制覇するため一気に御嵩まで行きたいのだが新可児で乗り換えが必要だ。新可児ではスイッチバック式になっており、全列車が停車する。広見線はここで分断される事になるが、新可児を直通するには2番線を使う以外に方法はない。直通する列車は無く1番線が御嵩方面専用ホーム、2・3番線は犬山方面となり、このホームの行き来にはまたまた登場する「中間改札」がある。やはり末端部分は苦しいのか・・・
さて、御嵩を折り返し広見線を制覇した私は新可児でまたもや奥の手を再び披露。今度は「タイガードライバー’91」張りの荒技のように「18きっぷ」を握りしめ、いざJR可児へ向かった。両者は至近距離にあるとはいえ、なんと5分で太多線に乗り換えてみせた!JR側に到着したらすぐに列車が来ると思ったが、若干待ち時間が感じられ余裕のひと時でもあった乗換であった。

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(御嵩のひとつ手前の「御嵩口」。ふたつ手前の明智からは八百津線が2001年まで分岐していた。)

JRと愛知環状鉄道を駆使しいよいよ本日最終の瀬戸線を制覇する。瀬戸線と言えば、かつて「あるもの」が有名であった。瀬戸市より徒歩を要し名鉄乗場である新瀬戸より名鉄を再開。尾張瀬戸で末端区間を折り返し「あるもの」の方向へ向かった。その「あるもの」とは・・・ガントレットである。ガントレットとは、いわゆる複線同士を重ねた区間で、ポイントなどで線路はひとつにならずに重なり合う区間をいう。私の物心ついた時には名鉄瀬戸線の本町駅付近に日本で唯一あった区間である。もちろん私の訪問時には廃止されていたので見ることはできなかったが、新線区間の終点・栄町でこの日の行程を終了。この後宿泊先に向かう前に、事前に調査しておいた名物「味噌カツ」を食するため、栄町駅付近の飲食店に駆け込んだ。

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(赤・赤・赤!赤一色の列車たちは、一般の人には見わけがつかないだろう。)

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ウルトラ作戦第一号③

参拝するわけでもなく豊川稲荷「駅」に来た私は更に名鉄路線を制覇するべく本線に向かって折り返す。国府で乗り換えなしで直通する快急で新安城へ向かった。しかしこの列車に乗る前に気付いたのだが、実は計画よりも一本列車がずれているのだ。つまり一本後の列車の乗っている事になる。どうやら計画の段階で一列時刻表を見間違えてしまったようだ。それと、今回は「かさばる」という理由から時刻表を持参しなかった。というより「私鉄時刻表西日本版」しか名鉄の時刻を知る術が無く、その時刻表も改正前の物であったため役立たない。現地で「名鉄時刻表」なるものがあれば購入するつもりであった。しかし駅員やカレチ氏にお伺い立てても駅単位の時刻表しか提供していただけず、私のイメージしている「時刻表」とは違った。近鉄や小田急などは「時刻表」が市販されているので名鉄もあるかと思いきや、答えは「ノー」であった。

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(豊川稲荷にて。この辺から私も名鉄に馴染んできた。)

しかし現代の世の中、インターネット時代。携帯電話を駆使し名鉄サイトから時刻表検索で旅を進めて行った。こんなことは初の体験であったが、私なりにも若干の計算があった。それは、どうせ「大手私鉄」であるのだから列車は頻繁に運転されているであろう、そして各枝線にも接続が良いであろう。そして乗車ルートをあらかじめ決めておけば、かかる時間は同じなのだから計画の列車に乗らなくても計画コースを辿れば到着時間は違えど、ちゃんと最終的にゴールするのではないか?そんな今回の名鉄乗り潰しは、私にとっては全く初の試みだ。この考えが逆に「計画通り」に事が進み、時刻は違えど順調にコース通りに制覇していった。これも所謂「ウルトラ作戦」のひとつであるのだ!

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(知立で特急列車を見送る。次回訪問の際には是非乗車しなければいけない車両だ。)

さて、新安城より西尾線に乗り換えて吉良吉田に到着。ここで蒲郡線に乗り換えて蒲郡に向かう。この吉良吉田であるが、周知の通り、かつては碧南まで三河線のレールがつながっていたが2004年に廃止された。駅は蒲郡線と西尾線がYの字に交わるような形をしており、乗り換えの際には中間改札がある。蒲郡線がワンマン運転のための措置と思われるが、考え方としてはJR鶴見線の鶴見駅の中間改札のようなイメージであろう。だが、路線図上で見れば一本なのに吉良吉田で中間改札があり乗り換える手間がある。またそれぞれの路線で2面2線のホームがあるため維持経費もばかにならないであろう。余計な心配かもしれないが、どちらかに統一してしまった方がスッキリすると思うのは素人の考えであろうか?

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(吉良吉田駅ホームから旧・三河線方を望む。途切れたレールが痛々しい・・・)

蒲郡に着くと、真新しいホームが迎えてくれた。2008年に名鉄の高架化が完了して島式ホーム1本となったが、JRも2005年に高架化され以前の面影はなく、駅前もすっきりした感がある。蒲郡で若干時間を作り昼食をいただくことにした。私の列車の旅は、ずっと列車に乗りっ放しの状態が続く計画ばかりであったが、このように途中の駅で小休止するのも悪くない。こういう発想ができるようになったのも年齢を重ねたせいか?コースのみ決めておいて計画した時刻にはこだわらない。これもひとつの「ウルトラ作戦」であったのだ。

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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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