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鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

姿なき挑戦者⑦上越夜行733M(前編)

「ムーンライトえちご」と言えばご存じか、上越線を走る「夜行列車」だ。いわゆる快速夜行列車で新宿~新潟間で運転され「青春18シーズン」になると登場する。私が中学生の頃、この上越夜行は「各駅停車」であった。当然「ムーンライト」等の愛称は無い。私がこの上越夜行と初遭遇したのが1982年8月であるが、当時は既に上りが廃止されていて、運転されているのは上野発長岡行の下りのみであった。現在の「ムーンライトえちご」の原型となった列車であるが「ムーンライト~」は上下運転されていて「18派」には大変重宝するであろう。

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(高崎に停車中の「ムーンライトえちご」。かつて、高崎での停車時間に「北陸」と「能登」に抜かれていた。)

今回は「ムーンライトえちご」の全身である「733M」を紹介してみたい。私は、先述した1982年8月と1984年3月に乗車している。当時の運用車両は、なんと115系!普通に「通勤電車」なのだ。もちろん全席自由席で、セミクロスシートのため、クロスシートが確保できない場合はドア付近の、あの「短いロングシート」にお世話にならなければならない・・・それもダメだった場合は「吊革」に掴まり長岡まで行かなければならないという、何ともスリル満点の夜行列車であった。
1984年に乗車の際は、あの廃止路線「赤谷線」の晩年を見届けるべく立ち上がったのだが、1982年乗車の際はただ新潟駅に行ったに過ぎず、行程さえ上手く組めば弥彦線の東三条~越後長沢間や、魚沼線もセットで訪問できたであろう。やはりまだ「甘ちゃん」であったのか、結局新潟まで行き越後線に乗り換えるという、今考えたら「予定を組み替えてもう一度行きたい」思いが溢れ、自分で自分にラリアットでも一発叩き込みたい気分であった。

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(733Mのイメージ。と言っても普通に115系であるが、これが夜行列車に使われるとは!2008年に高崎駅で撮影。)

と、まぁ前置きが長くなったが、1984年の乗車時を中心に1982年の乗車時の体験も交えながら紹介してみよう。
1984年の乗車の際は、先述した赤谷線の訪問の際のアプローチにお世話に。この赤谷線訪問の企画は、我所属の中学校のクラブ活動「鉄道研究クラブ」であるが、私は既に「卒業生」としての待遇だ。と言ってもまだ高校生になっておらず、4月からの初登校を前に「春休み」を利用しての参加である。つまり私は「ゲスト」としての参戦であった。赤谷線訪問の章でも触れたが、後輩たちと共に「ゲスト教諭」も参戦しており、確か10人位の「大所帯」での移動であった。しかしながら、私はともかく後輩たちはそれほど旅慣れておらず、後々「事件」を起こすことになるのだが・・・

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(ウィキぺディアから転用させていただいた「ムーンライトえちご」。私にしてみれば、快速列車が485系とは!時代も変わったものだ・・・)

いつものように、夜行列車乗車時のセオリーとして「待つ」に徹するため、発車時間より2時間以上前に上野駅に到着。代表者1名を列に残し、その他大勢は思い思いに他のホームで列車を撮影していた。今回は顧問の教諭の他にゲスト教諭も参加しているため「大人2人」がいて何かと治安が良い。
いよいよ出発の時間が近づいた。上野駅のどのホームに入線したか記憶に無かったので昔の時刻表を引っ張り出して調べてみた。すると「9番線」であることが判明。つまり地上ホームの「13番線」とかでではなく、普通に「通勤電車」と同じ感覚の扱いである!長岡行きですぞ、国鉄さん!!


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姿なき挑戦者⑥ 普通夜行列車「山陰」

1982年3月、私は中学1年から2年へのステップアップの春休みに登場した「青春18」。普通列車限定のこの切符は、国鉄全線全駅にこの切符で辿り着けることができ、「18」の登場がものすごく斬新な出来事であった。そしてこの切符が私に「普通夜行列車」「旧型客車列車」の存在を教えてくれた。1980年より始まった「いい旅チャレンジ20000km」の人気に、さらに拍車をかけたのがこの青春18であるが、当時「ブルトレ少年」であった私は、自身の所属している学校のクラブ活動「鉄道研究クラブ」の活動の一環として青春18を駆使し西日本方面へ旅に出るとは、予想もしなかった。なぜそうなったかは覚えていないが、おそらく顧問の教諭が働きかけたのであろう。時刻表を「愛読書」とする私に「工程作り」の白羽の矢が立ったのである。

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(PHOTO:1980JNR.com)

そして私が旅の行程を決定するという、実に責任重大な作業に取り掛かる事となったわけだが、最終的に「顧問」があれやこれやと口を出し、決定したのが「私の旅の乗車記録」にも紹介されている1982年3月の旅である。そして6日間の行程の中で「宿代わり」としてお世話になったのが「山陰」であった。当時、山陰本線と言えば、というより全国的に一部の幹線と言えば電気機関車やディーゼル機関車に牽引される客車列車が主流であり、山陰本線も例外ではなかった。そして夜になると大阪発の夜行急行「だいせん」と共に、普通夜行列車「山陰」が京都発で設定されていた。初「18」シーズンとあってか、軒並み普通夜行列車は満員御礼で、座席を確保するのに始発駅で1~2時間待ちは当然の覚悟であり、私も例外なくセオリー通りに予定を組んだ。

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(PHOTO:1980JNR.com)

普通列車ながら愛称があるのは寝台車が連結されているからで、当時は10系寝台車が1両連結されていたが、私は当然「18」のため寝台料金はおろか運賃まで別料金となってしまうため乗車できなかった・・・のは残念である。
さて、私たちは「鉄道研究クラブ」なる中学校のクラブ活動の一環として青春18を握りしめ、京都に着いたのが20時半。22時4分発の夜行列車「山陰」に乗車の為ホームに順番待ちの代表1名を残し、他の5人は駅を撮影したり入場券を買いに行ったり、はたまた食料を買い込んだりと、思い思いの時間を過ごしていた。もちろん順番待ちは交代制である。

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(PHOTO:1980JNR.com)

順番待ちの作戦も実り、全員が着席することができたのを確認すると一安心。早速今夜の「宿」で体を休める体制に入る、と言っても中学生。この旧型客車の価値みたいなのが分かっているのかいないのか、只管菓子に手を突っ込んでいたが、流石に睡魔が襲ったか、無意識のうちに園部や福知山など過ぎていた。
安栖里と立木の間で日付が変わったものの、そんな事一切気づくはずもなく、気が付けば鳥取付近にいた。「餘部鉄橋」等、まだ朝靄に濡れ美しさがあふれていたろうが、全くその景色を共有することができず、我ひとり「ゴーイング・マイウェイ」であった。
鳥取でかなり下車客があり座席に余裕ができた。もちろん乗車組もおられるが、下車客と乗車客の足し算引き算をすると空席の数が多いという事だ。恐らく普段とは違うこの列車の「乗車率」は地元の方にとっては通常の風景ではなかったはずだ。要するに「青春18現象」とでも言おうか、通常でない乗客が乗車率の跳ね上げに貢献しているのが分かる。

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(PHOTO:1980JNR.com)

倉吉を過ぎ大山口付近では、一行は完全に「活動体勢」となっており、全員が「水を得た魚」状態であった記憶であるが、その大山口では、列車交換のわずかな時間でも入場券を買いに情熱を燃やす青年たちであった。米子でかなり乗客が下車し、鳥取よりも座席に余裕ができてひとりワンボックスでも良いくらいにまで成長した。やはり下車した「その道の人」は境線や伯備線へと散って行ったのであろう「いい旅チャレンジ20000km」連中であったに間違いない。と言っても私も「いい旅~」の一部を構成しており、他人の事は言えた義理ではないが、その私は、というより私たち御一行は宍道で下車した。ということはここから木次線に乗り換えるという事である。

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(PHOTO:1980JNR.com)

普通夜行列車「山陰」は出雲市まで行くが私たちは宍道での下車は前述の通り。私が訪問した時は伯備線の電化直前で、嵩上げされた真新しいホームが米子や松江で見受けられた。もちろん下車した宍道でも。で、私はその電化直後の1982年7月にもこの地を訪れている。今度は上り「山陰」に乗るためだ。当時、山陰本線に機関車が牽引する客車と一緒に電車化された普通列車が共存している姿は非常に複雑な風景に映った。普段私が見ていた「東海道線」がここ、山陰本線にも登場したのだ。115系の編成は短いが、既に「時代の流れ」の変化のプロローグでもあった。

現在は電車の方が当たり前の風景となったが、「サンライズ」で降り立って見る「それ」とは違う。京都から旧型客車に揺られ遥々やって来た見知らぬ土地で迎える朝はひと際新鮮だ。宍道のホームでとりあえず両手を上げ伸びのポーズを決めると、別のホームに来る木次線の車両に気持ちが逸る。これは、普通列車でしか味わえない、別の意味での「サンライズ」なのであろうか?


今回の山陰の記事の写真については、すべて「1980年代国鉄撮影日記」の管理人でいらっしゃる「mgpc64」様にご協力いただきました。大変感謝しておりますと同時に、この場を借りてお礼申し上げます。


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姿なき挑戦者③ 中央本線441M・442M

いわゆる中央東線にかつて普通夜行列車が走っていた。おや?と思われる方もいらっしゃるであろう。「ムーンライト信州」が快速列車で臨時ながら現存しているが、その原型と言えるかわからないが普通列車で夜行が存在した。いや、「ムーンライト信州」の原型は急行「アルプス」の夜行バージョンかもしれない。そう、中央線の夜行列車は普通列車と急行列車の2本立てであった。ムーンライトの行先を考えたら「アルプス」の方が原型かもしれないが、私はいわゆる「中央夜行」に拘った。その昔、この中央夜行は旧型客車で運転されていたが、青春18が登場して私が全国を巡るようになってからは既にスカ色の115系に置き換わっていた。もちろん運用の関係であろうが、まず新宿に旧型客車が入線していたのが信じられない。そして置き換わった夜行列車が115系の運用とは!現在は全く考えられない事実である。普通に「近郊型」の車両をあたかも「夜行」に充てるとは・・・セミクロスシートであるため当然「ボックス」を選ぶのは自然であろう。そして当時は全席自由席の為座席の確保の大変である。新宿~長野を運転しているが、当然新宿発は座席の確保に発車2時間前くらいから並ばなければ難しいであろう。しかし上り列車は松本から乗車しても全然空席が目立ち、楽々睡眠がとれる。
私は上り442Mを長野~新宿の全線、下り441Mを新宿~小淵沢まで利用したことがあるが、今回は上り442Mに乗車した時の思い出を紹介しよう。

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(現在においての中央線夜行列車「ムーンライト信州」。臨時ながら大いに活用できる。)

1982年、春に登場した「青春18」が大反響で好評であったためか、夏にも登場。早速予定を組んだ。この旅では上越線の普通夜行、中央夜行、紀勢本線夜行「はやたま」、普通夜行「山陰」と、現在では全く「姿なき」豪華メンバーに乗車しており、自身でも過去の自分をうらやましく思うほどである。
信越本線で長野入りしたのが16時22分である。18時半の発車まで2時間近くあるが、これは座席の確保の為わざわざ時間を作った「作戦」であった。だが、この作戦が見事に外れ、出発時間になっても座席の埋まり具合は3割程度で、2時間待つのがもったいないくらいであった。しかしながらこの余裕での乗車はとてもゆったりした気持ちで東京入りできるので、落ち着いて睡眠がとれる。
松本までは篠ノ井線を経由するが、途中「姨捨」では日本三大車窓のひとつになっており、夜には文字通り「夜景」が堪能できる。というより、当時はスイッチバックの方が気になる存在であったため、その工程ひとつひとつの確認作業に忙しい。とても景色など観ている暇などない、イチ鉄道少年であった。
松本ではきっかり1時間停車。新宿到着までの時間調整を行う。降りて駅そばでも食べたい気分であったが「席を取られたらどうしよう」という観点から、ただ只管姿勢よく座席に座るのみであった。この時点で約21時である。

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(辰野に停車中の80系電車。隣のスカ色115系が私の乗車した中央夜行。)


そしていよいよ中央線を経由して新宿に向かうわけであるが途中、辰野では飯田線の80系湘南色が中央線の乗り換え客を待っていた。僅かにインターバルがあったので記念の一枚。鉄道少年の為、観光やグルメなどに全く興味を示さず、一目散にこういうことを行っていた。
やがて意識が無くなると、気が付けば八王子を過ぎていた。新宿到着は朝の4時23分。ちょっと早すぎないかい?と思うが、更に東京に出れば東海道線の始発に間に合うという特典もついてくる。その列車は静岡行きで8時53分着の為、そこで足りない分の睡眠時間を確保できるという優れものだ。この旅の経験から得た教訓は「上り夜行は空いている」であった。次回の計画に速攻役立てよう!そう心に誓った出来事は、一部の列車に当てはまらなかったものの、この教訓が後に大変効果が出たのは言うまでもなかった。


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鉄道全線完全制覇の旅

鈍行夜行をマークせよ!(リメイク版)

1980年より「いい旅チャレンジ20000km」がスタートし、「青春18きっぷ」が発売されたのが1982年の春である。発売当初は8000円で5日間有効で、1日有効の3枚と2日有効が1枚の、計4枚綴りであった。現在は1日有効が5枚綴りで11500円である。青春18きっぷとは、ご承知のとおり、JR(当時は国鉄)全線、フリーパスである。普通列車と快速列車限定ではあるが、1日当たり2300円で日本全国どこへでも何度でも乗り降り自由である。乗り潰し派には、この上ない最高峰のきっぷである。青春18きっぷが発売されるシーズンには、冬眠から目覚めたかのように全国から「乗り鉄トラベラー」が沸いて出てくる。青春18きっぷが新発売された当初、全国に「鈍行夜行」が数多く走っていた。東海道線の「大垣夜行」をはじめ、門司港~長崎・佐世保間の「ながさき」、京都~出雲市間の「山陰」、亀山~天王寺間の紀勢本線経由「はやたま」など、愛称の付いている列車は寝台車を連結している。

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しかし、寝台車は青春18きっぷでは乗車できず、別に寝台券と乗車券が必用なため、普通車の利用となる。愛称の無い列車は片道のみの上野~長岡間の上越線経由普通列車や、函館~札幌間の混合列車、高松~中村間の気動車(731D)があった。これらの夜行列車を駆使すれば、宿代はかからず、経済的に余裕の無い学生諸君には持って来いであった。実際に私もこれらの列車を駆使して全国を駆け巡ったわけだが、当時は旧型客車が多く、決して安眠が約束されるわけではない。それでも寝ている間に移動してくれるのだから、こんなに便利な列車は他に無い!制覇のルートはリンクページを参照していただくとして、私はかなりお世話になった。

近年、鉄道乗り潰しを復活させた私は、久々に「ムーンライトながら」に乗車した。20何年前とは違い、車両もJRになってから新造され、リクライニングシートになった。かつてを知る私にとってはかなり斬新で、大きな衝撃を受けた。だが、マナーを知らない若者が、周囲のことなど気にせず「自分の世界」となり騒ぎ立てていた。出来ればこういうシーンに出くわしたくなかったが、車掌が注意を促しても一行に納まる気配が無い。カリソメにも「深夜」である。もしこの文章を読んで思い当たる節のある人は、是非今後、改善していただきたい。夜行列車の価値が落ちるではないか!しかし、時代と共に夜行列車の廃止が相次ぎ、2009年3月には、あの「ムーンライトながら」がついに臨時列車に格下げされてしまった。青春18きっぷ発売期間は運転されるので、残ってくれただけでもありがたいが、それでも伝統ある列車が不定期になったり廃止されていくのは非常に寂しいものである。限られた期間しか乗車できないが、それでも夜行の旅が楽しめる。チャンスは少なくなったものの、時刻表を眺めていると、まだまだ夢は膨らむばかりである。

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ダイヤモンド✡トナカイ

Author:ダイヤモンド✡トナカイ
✩2022年4月より毎週土曜日更新になります✩


昭和・国鉄の話題を中心に紹介しています。


2013年に長野新幹線の長野駅にて「いい旅チャレンジ20000km」よりスタートした国鉄時代の制覇を含めJR全線制覇を、そしてゆいレール以外の鉄道全線制覇を達成いたしました。


以降、北陸新幹線と北海道新幹線などの開業によりタイトルは返上しています。

JR以外の私鉄を含む鉄道未制覇路線は北陸新幹線(長野~金沢)・北海道新幹線・仙台地下鉄東西線・仙石東北ライン・富山地方鉄道延伸部分・ゆいレール・相鉄直通線(相鉄新横浜線)、そして新規開業の西九州新幹線や宇都宮に開業したライトレールも新たに加わりますます未制覇路線が増えてしまいました・・・

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