廃止路線を訪ねて⑪(矢部線)

思わず宝塚系の「瞳」を思い出してしまいそうな矢部線は、かつて九州は鹿児島本線・羽犬塚から黒木を結んでいた「特定地方交通線」であった。私から見ると、同じ九州にある、あの「筑豊地区」の網の目のように張り巡らされた炭鉱路線である「添田線」や「漆生線」等よりもかなり地味な存在であった。というより、敷設目的が違うから当然であろうか、石炭とは「無縁(無煙?)」の世界でもあったのか?一応計画では宮原線とドッキングして機能させる大胆な予定であったらしいが、もしそうなっていたとしたら・・・

私は1983年4月1日に訪問している。この時の九州上陸は、なんと「青春18」のみで上陸している。つまり東京より「18」で乗れる列車のみで九州にたどり着いたのだ!これについては後日旅日記にて紹介しようと思うが、全く持って「若さゆえの」行動であったのであろう。

鹿児島交通廃止の噂を聞きつけ訪れた後、急行「かいもん」を八代から鳥栖まで乗車。「かいもん」は夜行急行列車であるが、青春18では乗れず「別料金」。普通夜行列車が無かったためである。甘木線(当時)を制覇の後、いよいよ矢部線に突入する。羽犬塚に7時32分に到着。8時ジャスト発の矢部線に乗換え黒木へ向かう。

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沿線風景としては典型的な「ローカル線」と同じであった。しかしながら若干「生活」の匂いを感じ取ることもできた。それは九州最大の都市近郊にあるからかも知れないが、それなりに乗客の姿もあり活気に満ちていたと思われたが、やはりその「絶対数」が足りないのであろうと思われる。「それなり」では「経営」の立場で考えると「あなたならどうする?」と問われるはずだ。
途中、筑後福島では若干の乗り降りがあった。しかしながらこの時は「春休み」である。通常なら学生諸君が多数利用するらしい、という私も当時は学生であった。事情はよく承知している。

さて、列車は程なく黒木の到着したが、乗ってきた列車で折り返し羽犬塚へ向かう。停車時間は5分。何もできないまま折り返していった。
制覇自体が「地味」に終わってしまった。当時は制覇するのに必死であったため、この後「佐賀線」にも訪問しているが、印象は薄い。
この九州の旅とは別に「ワイド」で九州一周を計画していたが「お蔵入り」となった。北海道一周と同じく計画未達成であった。九州ワイドでは、あの網の目のような「炭鉱路線」を一気に制覇する予定であった。残念ながら「一生」制覇できなくなってしまった。あの「室木線」や「添田線」など、今考えたら魅力たっぷりの路線が沢山あった。僅かに残った路線は、特に筑豊本線や篠栗線などは「生活路線」として大きく脱皮した。
そう考えると、この矢部線の体験は本当に「地味」ではあったが、逆にその「地味」さ加減を体験できた事が貴重なのかもしれない。黒木駅の写真を眺めながら薄っすらとかつての記憶が甦ってきた。

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廃止路線を訪ねて② 東武鉄道・熊谷線

1983年5月に営業を終えた東武鉄道の非電化路線「熊谷線」は異色であった。「非電化」というところがまず気になる。起点の熊谷は秩父鉄道ホームを共用していた。営業係数が500を超えていたとの噂も聞いたことがある。しかしながら「率」では大きいが「額」ではそれほどの損益ではなかったのでは?と思っていたが、年間2億円位の赤字があったらしい。計画では同じ東武鉄道の小泉線と繋がる予定であったが、戦時中の資金難で頓挫したらしい。

まぁ、数値的な事は数学不得手の私にとっても、中学生時代の私にとっても理解の範囲に達しない。それより首都圏でキハ2000が拝見できるのに廃止されてしまう事の方がとても重要であった。

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(秩父鉄道と共用する東武熊谷線ホーム。現在は東武熊谷線であったところも秩父鉄道で使用され、熊谷駅で列車交換ができるようになった。)

なんとなく以前に流行の「80系」に似ているが、若干小ぶりな趣きである。既に隣には「新幹線」が開通し、新潟までの交通手段が格段に進歩した時代に、このDCが健在とは!なかなか愛らしいではないか。

さて、私はこの熊谷線を廃止前に乗ろうと神奈川県よりはるばるやってきた。廃止された日が1983年5月なので、直前に行った記憶はないが恐らく4月だと思う。というのは、妻沼駅にての写真で判断した。私は全く季節感が無いのは先述しているが、桜の花がバックに見える。

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(妻沼駅全景。若干構内が広いのは貨物輸送的な事を将来的に見越してか、それとももともと線路がたくさんあって撤去されたのかは不明。)

熊谷駅において、秩父鉄道のホームを共用していたのは先述したが、それが制約となり「交換設備」が設置できなかったのが秩父鉄道の悩みでもあった。
そのホームより出発する列車では、私のような「通常客」ではない乗客がちらほらみられ、写真を撮るのに忙しい。肩身の狭い思いをしていそうな表情にも見えたDCは、廃止が決まりなんだかホッとした表情にも見て取れた。そんな私を乗せた列車は、東京近郊にしては「生活」があまり感じられないような景色にみえた。もともと生活路線として敷設されたわけでもないので、走るルートも「その様な」景色に見えるのであろう。意外に宅地化が進んでおらず、これも熊谷線の成績が伸び悩んだ原因であると思われる。

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(ご覧の通りの中間駅。かなり「昔」の印象が強い佇まい。)

上熊谷まで秩父鉄道と並走するが、その先は北に向かいカーブすると田園の中を走っていた印象だ。上熊谷を過ぎ次の大幡に着く頃にはつくづくそう感じた。もちろん住宅は点在するのだが・・・
そしてわずか数分で終点・妻沼に到着。棒線化されたホームは私のような「同業者」たち以外の乗客は僅少に近い。早速入場券を求めに行ったり設備の撮影に行ったりと、なかなか作業に追われるのも我々の運命だ。駅舎を撮影しようと駅前に出ると「熊谷線廃止反対」の看板が目に飛び込んできたが、その文字はなぜか弱々しい印象であった。

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(妻沼駅の駅舎。「廃止反対」の文字がむなしく映るが、駅前に停車中の一台の車が「昭和」を感じさせる。)

妻沼駅は棒線化されている事は先述しているが、意外と構内は広く、将来に向けての「スペース」なのか、それとも撤去されたのか、若干広い印象だ。もし小泉まで線路がつながっていれば「パレオエクスプレス」が妻沼を経由していたかもしれない。そう考えるとなんだかワクワクしてくるが、それより熊谷地区の「構図」も今とは随分と違っていただろう。
僅か10キロほどの短い盲腸線であったが、それでもしっかりと歴史がある。私は当時「歴史」等を考えずにただ「廃止」と聞くと反応していた。しかし、どんな短く小さな鉄道でも「歴史」を考えると先人の「思い」が伝わってくるような気がする。例えそれが最初は「軍事目的」であっても、平和な世の中になって人々の生活に「平和的に」利用されれば先人が敷設した意味も違った意味で活かされる。

現在、熊谷線の跡は30年経過した今でもまだまだ確認できるらしい。当時とは違った視点で「再訪」してみるのも価値がありそうだ。

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(終点の妻沼駅。隣の大幡と雰囲気的に全く同じ印象。右側の隣のスペースに駅名が記載される事はとうとう無かった。)

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200系よ、永遠に・・・

中学校時代以来、久々の「撮り」を敢行した。「撮り」のみを目的とした行動は実に約30年振りであった。上野と東京の各駅に参戦したが、特に上野の変貌ぶりには驚いた。30年、全く行かなかったわけではないが、特に「立ち食い」の飲食店が大変貌を遂げいささか複雑な思いでもあった。
今回は東北・上越新幹線で活躍した200系を中心に「東」の新幹線を紹介しよう。

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2013年3月のダイヤ改正で消えてゆく200系の最後の勇姿である。すべて東京駅で撮影。「Max」等の共演は最終を迎えた。新幹線の「歴史」を感じる一枚となってゆくが「国鉄」と「JR」の共演も最終となる。



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200系が話題の世の中、最後はこんなものを紹介しよう。東北新幹線開業時の「旅と鉄道」。



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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅⑤

さて、いよいよ最終日だ。というより未明の東京に着いた時点でもう既に「見慣れた景色」であるため、旅先の「新鮮さ」は無い。計画では、この後東京近郊路線を「踏破」するため、普段行かれないような所をピックアップしてある。しかしながら旅の疲れか、皆「帰るモード」になっていた。若干18きっぷがもったいないが、仕方なく東海道線で折り返し茅ヶ崎方面へ向かった。


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計5日間の「部活」であったが、帰宅するとまた旅に出たくなった。この後「夏休み」には青春18がまた発売され、、今度は部活でなく、自主行動での旅となる。そして青春18が定着していき恒例化していく。学校の長期休暇の度に「18の旅」は進化していった。行程の方もロスなく無駄なく組めるようになってきた。そのような旅を続けていくうちに、やがてそれは「財産」となっていった。

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ある人は「人生の折り返し地点を迎えた」等と言う。「折り返し地点」とは何か?もし人生に「折り返し」があるとすれば、それはやがて「幼少時代」に戻っていくという事なのであろうか?私は「折り返し地点」など無いと思う。「振り返り」はするが折り返さない。私の旅は、乗り潰しの都合上「折り返し」がある。それは乗車駅に戻ってくることを指す。だから人生には当てはまらないと。
これからも私はおそらく鉄道にふれあい、そして電車、気動車に揺られ続けていくであろう。そしていつしか自身を再び振り返った時、今よりも多くの「財産」を抱えているに違いない。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅④

私たち御一行は、高松より731Dに乗り高知を目指した。この列車にはリクライニングシート車両が連結されている。中村で折り返し急行「あしずり」に変身するためだ。車両自体はグリーン車マークが入っているが、実際には急行に変身してもグリーン車としては運用されておらず、指定席としての運用だ。いわば「回送」の意味もあろう。しかし731Dはこの「指定席」の車両にも特別な料金設定をしておらず、普通に解放!これはお買い得であるが、皆考えることは同じ。この車両ばかり「満員御礼」である。

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未明の高知で731Dを乗り捨てる。もちろん我々が去った席は即座に埋まる。高知に着いたのは4時20分。ここで高松に折り返す。つまり夜行列車を「宿代わり」に使ったわけだ。折り返す列車は、なんと高知4時58分、始発のDLが牽引するPCだが、この時は旧型客車より置き換わった50系である。高松着が10時半頃の為、むしろこちらの方が「宿代わり」の役目をしたのか、寝ているメンバーの方が多い。途中、豊永で後発の急行「土佐」に抜かれるが、豊永で売店等は無く、高知で購入した食料品を各々頬張る。

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乗り換えなしで高松に行けるのはとても楽ではあるが、高松着が10時34分の為、約5時間乗りっ放しである。さすがに空腹を知らせる合図が下腹部から鳴り響く。ということは・・・改札口横に「讃岐うどん」の文字。香川と言えばこれだろう!私達は一目散にその文字の見える「空間」へと向かった。この時が「初」讃岐うどんであるが、ここから今度は連絡船に乗り換える。ちょうどうどんの店の横が連絡通路になっている。これは便利だ。食事を終了し宇高航路に乗り換え。実は青春18で「連絡船」も乗船可能であるため、もちろん別料金なしで本州入りできる。切符の機能をフルに使っての行程だ。
そして岡山にでて山陽本線の「普通列車」に乗り換え、いよいよ最終の行程に近付く。一気に大垣まで向かうのだが、ここで若干事件があった。メンバー全員が列車内にいないことに気が付いたのだ。「私たちグループ」はそのまま予定の行程通りで大垣に向かうことにした。同乗の教諭は、はぐれたメンバーを連れ戻しに岡山へ向かった。しかしながら「携帯電話」等無い時代。どのようにして探し出したのかは覚えていないが、途中、姫路かどこかの新幹線の停車駅で合流できたのだ!まぁ、お互いに言いたいことはあるが、とりあえず全員集合したところで事前に購入しておいた駅弁を食べる。

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こういう旅とは、やたら腹が減るものだ。列車に乗っていると、結局「食う」か「寝る」かの選択肢しかない。旅も終焉に近づき、もう帰るのみの行程にいささか疲労気味であるが、それより何より「風呂」に入りたい。そんなことを考えながらようやく大垣に着いた。とりあえず待ち時間がたっぷりあるので入場券を買いに行く。前記事でも紹介したが、なんと80円の入場券がこの大垣にはあった!私はこの「入場セール」に、惜しげもなく10枚以上購入。他の面々も各々入場券を購入していた。
そしていよいよ上り「大垣夜行」に乗り帰郷する。もちろん、座席確保はもう手慣れたものだ。165系の「東京行」は、疲れ果てた我々を乗せ深夜の東海道をすり抜けて行った。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅③

本日で3日目を迎えた。皆もそろそろ列車に乗って過ごす事に慣れてきたようで、逆に乗り物に乗っていないと落ち着かない体質に変化していった。我々を乗せた普通夜行列車「山陰」は、大山口付近で日の出を見た、というより我々が大山口付近で朝日を見た。大山口では列車交換の為少々停車時間がある。こういう時こそ見逃さない鉄道少年は、わずかな停車時間でも欠かさず「入場券」を購入しに出向く。もちろん皆で行くのではなく、グループ行動の特権である「代表」が皆の分も合わせて買ってくる。米子での停車時間で朝食を購入。すぐ食べる者もいればまだ食べない者もいる。私はこれから乗車予定の木次線で食べることにした。

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米子で大半の乗客が下車したが、もちろん乗車してくる乗客もいる。車内の混雑度はさほど変化なく、松江を過ぎやがて宍道に到着。ここで木次線に乗り換える。木次線の模様は「木次恋しぐれ」で詳細に紹介しているのでそちらを参考にしていただきたい。出雲坂根などの雄大な景色を堪能しつつ、備後落合に到着。芸備線に乗り換えて新見へ。そして伯備線で岡山に向かう。伯備線はこの時電化直前で、キハ80の「やくも」の通過シーン(停車シーンだったかな?)を、確か備中高梁で拝んでいる。顧問の教諭が「写真撮っとけよ」と皆にアドバイス。「言われなくても撮るに決まってるじゃん!」。岡山から宇野に向かい「宇高航路」でいよいよ四国に上陸。この時点で20時57分。約21時である。次の列車は、日付が変わり0時49分発中村行きの夜行列車である。

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ハッキリ言って高松での待ち時間は、何をしていたかハッキリと覚えていないが、席を確保するため交代で代表が並んだ。この待ち時間も実は教諭の横槍案であるが、よくもまぁ、ここまで先を読んで計画を立案させたものだ。さすがは数学の教諭であるが、若干24歳で大学出の新米教諭がここまで「計算」するとは、今考えるとさすがであると感心する。
しかし2時間以上も待ち時間があると、何をしていいのかわからない。店も営業時間外となり、何もすることない中、得意の「入場券」を買いに行った時のエピソード。入場券にハサミを入れるよう、駅員に申し出ると、改札口の駅員は私にパンチ(切符にハサミを入れる道具)を渡し「好きな所に入れな」と笑顔で応対してくれた!なんて素晴らしい駅員さんなのか!鉄道ファンの気持ちを十二分に理解していらっしゃる、というより自身も「ファン」なのではないか・・・国鉄職員の接客態度は全国各地で話題となっていたが、中にはこういう駅員さんもいるんです!と声を大にして言いたい。というより、一部の怠慢な鉄道員の為に他の鉄道員まで嫌なイメージが植えつけられてしまうのは、全く持って心外であろう。

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2時間半待ちは肉体的にも精神的にも参ってしまったが、とリあえずおかげで座席を確保できた。乗った夜行列車はキハ58の「731D」である。これで高知まで乗車予定だ。次の章で若干解説するが、快適な「リクライニングシート」に座り、高松で買った入場券をしばらく眺めていた。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅②

さて、我々御一行は「大垣夜行」にて一路「名古屋」を目指す。もちろん「初」の為、皆の衆は興奮の雨・霰で一睡もできない。一体何をしていたのかはハッキリ覚えていないが、とにかく起きていたのはハッキリ覚えている。そして東京を出てから約6時間半オーバーで名古屋着。ここで関西本線に乗り換え亀山に向かう。私たちが乗ったのはDLが牽引する旧型客車だ!現在では考えられないが、関西本線の名古屋~亀山はこのころ電化直前で、もうすぐこういう光景が無くなる事も重々承知の上。じっくりと堪能させていただいた。

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途中、富田浜で列車交換があり3~4分位停車時間があったため最後尾から一枚。その最後尾から蒸気が噴き出しているのが若干気になったが、それより我々は、これも初の「旧型客車」で興奮状態だ。
亀山に着くと今度は柘植に抜け草津線で貴生川に。そして信楽線(当時)に乗る。現在は「信楽高原鉄道」となり活躍しているが、転換されてから「事故」を起こして問題となった。現在はその原因となるものが改良されて安全に運行されている。乗客の安全を守り、これからも是非活躍していただきたい。

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さて、信楽と言えば「焼き物」で有名であると思われるが「鉄道少年」にはそのようなものに全く興味を示さず、いい旅チャレンジ20000kmの証明写真撮影に夢中になる。
貴生川に戻り草津線経由で京都へ出る。そして今度は奈良線に乗り換え奈良へ向かう。現在の奈良駅は高架化されスッキリしているが、当時の地上時代は側線が多数あり賑わっていた。しかしここでの乗り換え時間は6分。桜井線で高田に向かう。ここで事故が発生。鉄道の事故ではなく、参加メンバーの「部長」所有のカメラが故障してしまったのだ!どう考えても我々素人の技術では修正できない。仕方なく高田で下車し駅前のカメラ店(よくあったと思う)でカメラを購入。フィルムを絞るように下で巻く、なかなか渋いカメラだ。当時8000円の出費はいたいと思うが「証明写真」の為に仕方ないであろう。もちろん「証明写真」の為だけではないが・・・

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高田では1時間半くらいの待ち時間があるため「駅前食堂」で腹ごしらえ。部長のカメラも順調で、軽やかに時が過ぎてゆく。高田より和歌山線で和歌山へ向かう。途中、五条でDCに乗り換え。五条~和歌山は当時非電化であったため、確かキハ30と記憶しているが「相模線!」と思った車両に乗車した。
和歌山より阪和線と大阪環状線で大阪へ出た。内回りか外回りか忘れたが、この乗車で大阪環状線の「半周」を踏破。そして京都へ向かい、約1時間半のインターバルの後、山陰本線の夜行普通列車「山陰」で宍道に向かうの行程だ。

山陰本線の夜行列車「山陰」はDLが牽引する旧型客車であるが、寝台車も連結されている。もちろん「18」では別料金が発生するため座席での出向となるが、座席確保の為のインターバルは時間が長く感じる。
「山陰」に乗り込むと、さすがの私も熟睡体制に入った。前日の疲れと夜行列車に慣れたので安心したのであろう。列車は深夜の丹波路をすり抜けながら、安栖里と立木の間で日付が変わった。

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1982年「青春18のびのびきっぷ」の旅①

1982年の春、新しいフリー切符が発売された。その名も「青春18のびのびきっぷ」だ。現在は「のびのび」が無くなり「青春18きっぷ」としてお馴染みとなっている。普通・快速列車と一部区間は特急列車に乗車でき、JR線各社の路線で乗降り自由。登場初期は8000円で一日有効が3枚と二日間有効が1枚の計4枚で合計5日間有効であった。最後の二日間有効の一枚の意味は不明であるが、一日有効と同じ一枚2000円であるのが特徴である。その後いろいろ変更され、現在は5日間有効で11500円。学生の長期休暇に合わせて発売される。

私は登場したシーズンに「初」18きっぷを使用して旅に出た。常に先述している「鉄道研究クラブ」という学校のクラブ活動の一環として「春休み」を利用しての出陣だ。
「鉄道研究クラブ」と名乗っているが、別に「朝練」などは無く(朝から何を練習するのか?)、所属選手はそれなりにいたが、いつも決まったメンバーが出席している、所謂「帰宅部」と化していると言っても過言ではない。というより、授業が終わった放課後などに何を活動すれば?という、テーマもなく専用の部屋もない状態で果たして活動できるのか・・・写真部と顧問が同じの為、若干写真部とグルで活動していた時期も。時には理科室、時には放送室と「居場所」の固定が無いまま細々と活動していた。しかし休日になると東京方面などに繰り出し「撮り」に出向。その時は「お前、いたの?」という所属選手まで参戦してくるという、何とも特殊な部活であった。

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さて、前置きが長くなってしまったが、鉄道研究クラブの「部活」で旅に出ることになったメンバーは私を含め5人である。プラス顧問の教諭を入れ合計6人での旅になった。行程は、私が計画したのは「木次恋しぐれ」で先述したが、この時「いい旅チャレンジ20000km」の真っ最中であり「踏破」こそ乗車の「証」でもあった。乗り潰しも含め計画していったが、今その行程を見てみると、なかなか無駄が多く「初めて」が見え隠れしている。ここをこう乗れば制覇(当時のいい旅チャレンジ20000kmでは踏破と表現)できるのになぁ~みたいな部分が多々あるが、何しろ「初」の為、時刻表を駆使しながらの計画立案であった。ようやく教諭からOKがでたのでいよいよ実行である。私の出発駅はもちろん「西寒川」だ!

相模線・西寒川より19時15分発の最終列車に乗る。もちろん、西寒川から旅に出るメンバーは私一人。他のメンバーは「寒川」より乗車することになっている。教諭は確か茅ヶ崎からだったと思った。そして東海道線上りに乗り東京へ。東京で約3時間程待って「大垣行き」の夜行列車で西へ向かう行程だ。
いよいよ出発の時が来た!東京発23時25分の大垣行き。3時間待たないと座れない・・・全員のメンバーが着席して、我々の乗った165系は大垣目指して西へ向かう・・・

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きっぷコレクション⑤(車内販売乗車券)

スペースの都合上「横」でアップした。若干見にくいがご了承いただきたい。



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清水港線制覇の際に購入。清水から三保まで140円だったのかと、今思った。



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鹿児島交通の一枚。伊集院までの一駅購入の為、別に乗車券を購入していたものと思われるが、現在手元にないのが残念。



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少々わかりづらいが石勝線の乗車券。一応楓~新夕張を購入している。もちろん「ワイド周遊券」を持っていたため重複するが、現在は貴重な切符となってしまった。



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最後は日中線の切符。ここも「ワイド」を持っていたため重複しているが、やはりこうしてみてみると、その時、その場で買ったり撮ったりしておくものだとつくづく思う。後年になって価値が出てくるものだ。



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きっぷコレクション④(入場券・特殊バージョン)

入場券ではあるが、今回は「普通じゃない」物を蔵出ししてみた。



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何の変哲もない小田原駅の入場券ではあるが、日付を見ていただきたい。平成7年・7月・7日である。



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北海道限定(かも知れない)「観光旅行記念」。お値段は普通の入場券と同じ120円。私は普通の入場券と両方購入しているが、特に釧路の入場券は「色つき」で印象的であった。



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郡山駅の入場券。なぜか赤い文字であるが「北」とは「東北本線」の意味か?確か新幹線の切符売場で買った記憶がある。



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鳥栖の「入場券」は、在庫が無かったのか手を抜かれたのか、できれば硬券が欲しかった。と思いきや若干価値があるものに変化したかもしれない。



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きっぷコレクション③

再び、入場券を蔵出し。しかしながら、今回は価値あるものを公開してみた。見てお気づきと思われるが、やたら「大垣駅」が登場する。80円とは先述の通りであるが、当時は安いからと確か10枚以上買った記憶がある。あまり気にせずに「他の」入場券をご覧いただきたい。



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「出水駅」は現在、在来線はJRではないのは周知の通り(とは言うものの、新幹線はJRのため、もしかしてあるかも)。「木次駅」もなかなかの価値(大垣は無視してほしい)。



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「三保」「野村」は現在は無い(というより野村は改称されているため)。「備後落合」も「むじんくん」の為入場券は購入できない(大垣は無視)。



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「相浦駅」は松浦線(当時)、「鍛冶屋駅」は廃止され、こちらも価値大。



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きっぷではないが、上越・東北の両新幹線開通時の時刻表。若干文字が記入されているものもあるが、あまり気にしないでほしい。



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最後は「18きっぷ」のピンクバージョン。赤バージョンとでも呼べばいいのか。茅ヶ崎駅で買ったのかと今になって思った。しかしながら、日付を入れたのは、確か相模線・香川駅であった。


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きっぷコレクション②(入場券)

硬券入場券をランダムに紹介してみた。昭和57年と58年で10円の差があるのに注目してもらいたい。当時の国鉄特有である「料金改正」が見え隠れしている。現在も硬券て販売しているのであろうか?私の経験では津軽鉄道や一畑電車などで購入できたが、果たしてJRは?



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色々と「硬券」を並べてみたが、特に注目していただきたいのが「大垣駅」で、当時なんと80円!私は「ハサミ」にはあまりこだわらなかったが、皆様はどちら派?



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きっぷコレクション①

古いアルバムより、昔集めていた「きっぷ」を蔵出ししてみた。懐かしいのもあるが、当時の旅の情景を思い出す。




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寝台急行「銀河」。B寝台券であるが、残念ながらこれはいただきものである。昭和56年(1981年)ものでL型マルス。



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青春18「のびのび」きっぷ。現在も大人気の定番切符であるが、これは新発売当時の「初」18きっぷである。バックの柄が青だが、もう一つ、アップしていないが「ピンク」のバージョンがある。この「常備券」は現在は限られた駅でしか購入できないらしい。



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「銀河51号」は14系座席急行であった。神戸で開かれた「ポートピア」へ向かうために乗車。当時はわざわざ平塚の交通公社まできっぷを買いに行っていた。N型マルスで発券。



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私がやたらとアピールしている1983年8月の「東北乗り潰しの旅」の際の「東北ワイド周遊券」である。10日間の有効期間は、今考えると羨ましい。しかもしっかり「学割」が効いている。




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こちらは「初」北海道上陸の際の「北海道ワイド周遊券」。20日間有効をなんと4日間で使用!なんて贅沢な使い方であろうか。この切符で「白糠線」の制覇に挑んだ。ちなみに31500円であるが、旅に出た日は10月であったため「季節割」があった。プラス「学割」を適用したため、かなりの割引であった。



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きっぷではないが、青函連絡船の「旅客名簿」。これは上記の北海道に行った時の物であるが、もちろん現在は「トンネル」があるため列車のみにて北海道に上陸できる。




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かしわ台にて

相鉄「かしわ台」へ再訪した。前回若干「チョイ出し」したが、今回は惜しげもなく出してみよう。余計なコメントも添付しないのでじっくり堪能していただきたい。



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昔の本

昔、というより小学生時代に読んでいた本を紹介する。皆様がご存じの書籍もあろうと思うが、今見てみるとかなり懐かしい、というより貴重な写真も多々連載されている。こういう本を、小学生の私は熱心に読んでいたらしい。こういうお値段なら今すぐにでも買いに行くのだが・・・





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一番最後は書籍ではなく「カード式」となっており一枚一枚切り離して見る。裏には解説が細かく記載されており、撮影地まで案内されているのでかなり参考になる。「今」訪れるのも悪くないかも。



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チョイ出し・相鉄

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先日「かしわ台」に行ってきた。かしわ台には相鉄の「車庫」があるのは周知の通りだが、その倉庫、いや車庫にかなりの「掘り出し物」がいた!今すぐにでもアップしたいのだが、念願のカメラを新規購入し次の日に即使用したため画素数の調整ができておらず最大の素数となってしまった。そのため縮小するのに若干手間暇かかるため改めて後日に訪問しようと思う。

この写真はその際に拵えた1枚であるが、1枚縮小するのに10分以上かかってしまった。

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木次恋しぐれ

1982年3月「青春18のびのびきっぷ」が誕生した。現在の「青春18きっぷ」であるが、発売から数えてもう30年以上が経過した。正直「そんなに経つの?」といった感じだが、発売当初より「普通列車限定(一部区間は例外あり)」は変わらない。私は当時中学1年から2年へステップアップする春休みであった。当時所属していたクラブ活動「鉄道研究クラブ」の事については先述しているが、このクラブ活動の一環として「18きっぷの旅」が敢行された。行程は私が計画したが、ハッキリ言ってホテルなどの宿泊代をかけるなんてとんでもない!ということで、夜は全て夜行列車で過ごす行程となった。顧問の教諭はなかなかの強者で、「あの列車に乗れ」とか「あれはリクライニングがあるぞ」とかいろいろアドバイスを受けたが、結果的に風呂も入らず、服も着替えず・・・の5日間の行程となった!今考えたらよくこんな行程で旅に出かけたものだと感心してしまうくらいだが、教諭もちょっとそういう部分を指摘しろよ!と突っ込みたくなるような心境だ。旅の行程については当ブログの「私の旅の制覇記録」というリンクを開くと出てくるのでご参考までに。

さて、今回のテーマは「木次線」である。既にこの旅の計画段階で木次線を組み込む辺りに、普通の「鉄道少年」からかけ離れた才能を持っていたに違いない(と勝手に思っているだけだが)。京都からの夜行普通列車「山陰」で一夜を過ごし宍道に降り立ったのが9時24分であった。そして木次線の時刻が9時42分発、なかなかの接続具合である。私が乗車したのはキハ20とキハ58の混結(混血?)である。木次線では車内で優雅なひと時を迎えた。確か遅い朝食を皆で食べたり持参した菓子を食べたりと、和やかなひと時が過ぎて行ったが、さすがに中学生であったため「酎ハイ」等の嗜好品は無縁の世界であった・・・

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若干中学生でありながら、この先の「出雲坂根」が密かな楽しみであったが、まだまだ先は長い。途中、木次で約20分位の停車時間があった。列車交換のためであるが、この「停車時間」こそ、貴重な「入場券購入」のチャンス時間なのである。当時はまだ「硬券」が主流であったため、窓口に申し出れば気軽に販売してくれた。ただ、中学生であったため「大人料金」を支払うのにすごく抵抗があったのだが・・・当時の料金は120円。現在も恐らく同じと思われるが、そもそも現在「入場券」て販売されているのであろうか?もちろん「券売機」で購入可能と思われるが、私はまだ試したことが無い。

さて、「世界の車窓から」ではないが「木次線の車窓から」は大自然風景のみが映し出され「人間臭さ」みたいなものはない。それは、進めば進むほど深く「進化」し「深化」してゆく。唯一、人間の匂いを感じた街は「出雲横田」であった。乗車していた列車の終点であり、ここから先、備後落合に行くには乗り換えなければならない。しかしながら備後落合行は約1時間半待ちである。だが、ちょうど昼飯時に当たったためこの時間は手頃と判断してよいであろう。おそらく駅前の食堂で何かを食べた記憶があるが、久々の「ちゃんとした食事」だったため「サイコー」だった。ただ残念であったのは、隣の「亀嵩」に訪問できなかった事である。「エキナカ」には出雲そばの店が軒を構えているのは大変有名で、一般の旅行誌等にも取り上げられている。そばながら腰があるのが特徴らしいが、残念ながら私はまだ「未体験ゾーン」である。現在は2代目が受け継いでいるらしいが、必ず訪問してみたい駅の一つである事には変わらない。

さて出雲横田は神殿造りの駅舎が印象的であったが、隣のWCもなんと「神殿造り」であった。その神殿造りの駅舎には職員がいる。つまり「有人駅」の為「改札」がある。備後落合へ向かう列車は先ほど乗ってきた列車のうちの「一両」だ。私の好きな「キハ20」である。出発の合図とともに単行は山道へと向かい、いよいよ出雲坂根に到着した。駅に着いたらまず「延命の水」を汲みに行く。ところが停車時間が3分位しかないため5~6人ゾロゾロ行くと「順番待ち」が発生!なんとこの「順番待ち」だけで停車時間が過ぎてしまったではないか・・・結局駅設備や駅名表も撮影できず・・・水を汲みにわざわざ島根県方面へ行ったのか・・・しかしながら、おかげで1年分くらいは「延命」できた気持ちが。
さっき汲みあげた水を飲みながら、某ロックアーティストの「Z」のように勾配を上っていく、所謂「3段式スイッチバック」へ挑む。途中の折り返し点では「小屋」のような屋根が設置されており、ガレージに入ったような気分になる。そして3段目に登り切った時、視界が一気に開け、今までいた「下界」を見下ろすダイナミックな景色が目に飛び込んできた。私はその雄大なスケールに目を奪われるばかりであったが、更に「単行」はエンジンを唸らせ上層部へ。三井野原に到着すると、そろそろ旅の終焉へ近づいた気持ちになったが、若干「スキー場」をアピール。しかしながら列車に揺られてスキーにやってくる「物好き」はそう多くないであろう。

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そうこうしているうちに備後落合に到着。若干「憧れ」を抱いた駅でもあった。私はこの備後落合で、芸備線の乗り換えが5分の列車に乗る計画を立てたが、列車に乗っている途中で、1時間半後に来る列車に乗っても後の行程に変化がない事が判明。この駅で1時間半を過ごす決意をした(なんの決意だ?)。
備後落合では、我々を見つけた駅員が「あの丘に行けば駅の全景が撮れるよ」と教えてくれたので早速丘の上に出向。しかし写真が見つからず、ここに紹介できないのは残念であるが、鉄道少年プラス・ワン(教諭)たちは自慢のカメラを駅設備に向けていた。ホームに戻ってくると「おでんそば」なる奇妙な看板が目に飛び込んでくる。営業はしていなかったと思うが、ここの名物らしい。ものすごい山間部の分岐駅ながら若干、鉄道の要衝駅の活気があった。

私は2010年8月に備後落合に再訪した。芸備線の乗り換えで26分位の待ち合わせ時間があったため駅を散策。しかしながら、そこはかつての面影が無い「空間」に変化していた。もちろん外見的のそれではない。駅員は既に去り「おでんそば」の看板も見当たらない。つまり「ぬくもり」とでも言おうか、私が中学生の時に訪れた時の人間臭さが感じられなかった。ちょうど観光シーズンでもあったため「乗り換え客」で意外と活気づいてはいたが、何か物足りない。だが、駅設備は昔のまま残されており、当時に戻った気分にもなったのは事実である。何か複雑な気持ちにはなったが、再び木次線を訪れることはできるのであろうか?「道路整備」が完成されたと思われる現在「ヤマタノオロチループ橋」を列車の車窓から眺める立場でありたいと思うのは私だけであろうか?

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アンパンマン・コレクション

JR四国が眩しい!
鉄道愛好家ならご存知であろう「アンパンマン列車」。四国内を駆け巡る特急列車の一部にカラフルなラッピングで人々を楽しませている。四国に寄った際はぜひお試しいただきたい。

ちなみに鉄道とは全く関係ない話であるが、松山に寄った際には是非古川屋台ソウヅ」をおすすめする。なかなか個性的な居酒屋で、某ロックアーティストがお出迎えするぞ!今の季節は「おでん」がお勧めらしい。何度かTVにも紹介されているのでぜひ!


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高徳線の「メロンパン」。「サンライズ」から降り立った際の高松にて。2両編成が愛らしい。


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多分窪川にて。土佐久礼から窪川に向かう際に乗ったが、自由席の為アンパンマンシートには座れなかった。



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高架化直前の高知にての「アンパンマン」。こちらも自由席の為「シート」には座れず。高知駅は当時2面3線であったが、現在は2面4線となった。大きな屋根が印象的である。



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宇和島に停車中の「バイキン」。宇和島はこの時点で再訪。これも「シート」には対面ならず・・・



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そして宇和島に再々訪時の「クリームパンダ」。2012年1月に念願かなって「シート」に着席!若干紹介してみよう。



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いざ、一号車の指定席へ!



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ホームより撮影。シートはこんな感じ。



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何と壁にもアンパンマン!



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広告スペースにもアンパンマン!私はこの後「道後温泉」へ向かい優雅なひと時を過ごした。



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懐かしの盟友たち⑦

もう無いであろうと思っていたら意外とあった「懐かしの盟友」。近年までいたものも含め紹介してみたい。




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地上時代の札幌にての「北斗」。「ノーザンライト」とは、どこかで聞いたような・・・「HASE」と「AKIRA」で有名であるが・・・(わかる人にはわかるが、全く鉄道とは関係ないね!)名前は現在も引き継がれている。


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伯備線電化直後の「やくも」。確か新見駅にて。キハ80時代の写真も電化前に撮っていたはずだが、現在紛失中。



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1983年8月、盛岡に停車中の「たざわ」。暗い時間帯に撮影するとヘッドマークも際立つ。



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確か酒田か坂町と思われる「いなほ」。羽越本線と新幹線を連絡する重要な役割をしている。



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全く記憶にないこの写真。列車の塗装から判断して交流電車と思われ、おそらく鹿児島本線と思う。景色から判断するとたぶん出水辺りと思われるが、ご存じの方いらっしゃればお教え願います!



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三岐鉄道、と思っていたら上信電鉄らしい(キネ様、情報ありがとうございました)。近年の撮影だが、これって現役なのであろうか?



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こちらも近年の撮影であるが、わたらせ渓谷鉄道・足尾駅でのひとコマ。リニューアルして使えばよろしいのに・・・



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全くどこで撮影したか不明のDD16。望遠レンズを使用しているので1982年以降と思う。



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あかべこカラーの485系は会津若松にて。この後、入れ替わりで583系の快速「あいづライナー」が入線した。



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東海道線の車内から撮影した「近江鉄道」。米原~彦根間で1983年頃である。乗りたかった~



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最後は80系。中央線辰野駅に停車中の飯田線で1982年8月だ。隣に停車中のスカ色115系は私が乗って来た長野発新宿行夜行普通列車。



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しらかみをリゾートする

2011年、私は五能線を再訪した。理由は「リゾートしらかみ」に乗車するためである。1983年8月に訪問の時は、DLに牽引される旧型客車であった。弘前を8時10分に出発し約4時間くらいの優雅な旅であった。時代は変わり「リゾートしらかみ」なる列車が登場。念願のボックス席を確保しまたまた優雅な旅を堪能した。しかし当日は吹雪!既に30分以上遅れているダイヤで果たして堪能できるのか?

今回は「ダイジェスト版」でお送りしよう。


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乗車前日に見た「リゾートしらかみ」の別バージョン。確か先述の津軽鉄道「ストーブ列車」乗車前であったと思う。




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念願の「ボックス席」。583系のように手前に引きだして「寝台」に変更することもできる。もちろん「変更」して東能代へ向かった。



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これが私の乗った「しらかみ」。雪がへばりついている。




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「木造」では吹雪の中駅員がお出迎え。民営化後ならではの光景。



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東能代に停車中の「しらかみ」。雪が若干収まっているが、この時点で確か45分位の遅れだ。この後帰郷予定であったため、角館から乗る新幹線を乗車変更して1本遅らせた





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今流行の「ハイブリッド」。「プリ〇ス」のように燃費は良いのか?



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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