鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

青葉城の恋唄②

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(面白山高原駅では、冬季にはスキー場がお出迎え。訪問手段が鉄道のみと言う立地条件であるが、冬季以外では他の交通手段でも訪問可能。)

かなり吹雪いてきた印象の中、お隣「面白山高原」に到着する。かつては「面白山」と称し、仮乗降場であった。私の前回訪問時では臨時駅に昇格していたが「毎日営業の臨時駅」的な存在で常設駅同様に毎日列車が発着していたので、既に「臨時」の印象は無かった。現在の形になったのはJR化後であろう。そしてここはなんといってもシーズンには「東北のガーラ湯沢」と言われていいほどの印象を持つ(かも知れない)「面白山スノーパーク」が駅前にある。駅前がゲレンデでリフト乗り場がすぐそこにあり「広瀬香美」的な気分になる。このスキー場は車だと道路が冬季閉鎖されるため鉄道でしか訪問する手段は無い。または「徒歩」でも可能であろうが若干「ラッセル走行」をしなければならず、ゲレンデに到着する頃にはもうスキーをする体力は残っていないであろう。何だかスキー場版「尾盛」や「小和田」的な存在かも知れない。

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(奥新川も前回訪問時の写真<1983年・下>が残っていた。山深い駅であり、若干秘境気味ている印象だ。)

「面白山」の名前の由来が何だか納得しそうな印象だが、隣の奥新川駅との間には「面白山信号場」があり列車交換が行われる。そして奥新川を過ぎると最大のハイライト「八ツ森」を通過する。現在の公式記録は「休止中」となっているが、2002年以来停車する列車は存在していないと聞く。某秘境駅訪問家が絶賛していたが、訪問時にはかなりの苦労があったようだ。そんな八ツ森も私の訪問時にはあっけなく2~3秒ほどで通過してしまいじっくりと観察できなかったが、駅名表と雪の積もったホームを確認。まだまだ取り壊されずに健在であった。

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(八ツ森はこれが精一杯の撮影であった。だがメンテナスもしっかりと施され、とても休止中とは思えぬ雰囲気。)

仙山線は全国でも異色の路線で愛子を境に全く別の顔を見せる。山形側は「観光」、仙台側は「生活」となるが、特に県境付近では山越えとなるため秋口の紅葉の時期は見どころであろう。だが、枯葉や落ち葉によるスリップも発生し保線屋泣かせな面もある。しかしながら面白山付近では冬季以外は登山客の姿も目立ち、仙台と山形を結ぶ重要な路線であるとともに沿線各地の輸送にも役立っている。
作並駅では作並温泉の玄関口であるとともに「こけし」がお出迎えしてくれるが、鉄道以外の交通手段においても利便性はかつてより格段に進歩しているため鉄道での訪問客は限られる事であろう。
実は先ほど「交流電化」について触れたが、交流電化される前には作並~山寺は既に直流電化されており、交流電化の実験が行われる際に日本初の「デッドセクション」が設けられた駅でもある事は意外に知られていないかも知れない。有名処では「黒磯」「門司」等が思い浮かぶが、まさか作並が初とは私も知った当時は驚いた。仙山線での交流実験データはやがて新幹線などに活かされる事になるが、そんな歴史的に偉大な駅も普段はひっそりとしている。

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(作並駅ではこけしがお出迎え。しかし作並温泉までは3キロ程離れており、駅からのアクセスはバスやタクシーが便利であろう。)

愛子から「別の顔を見せる」と述べたが、作並を出たころから若干住宅がチラホラ見えだしてくる。仙台に近付くにつれ生活色が濃くなっていく風景であるが、意外にも時間の経つのが早く感じて乗っていても飽きないのが仙山線の特徴であろう。31年振りに見る風景は、31年前より当然進化しているが、この山形~作並辺りまでの区間は進化の進行具合が若干緩やかな印象であった。



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青葉城の恋唄①

1983年以来の訪問となった仙山線だがもう「31年振り」というフレーズは何度も使用した。当時中学生であった私が2014年1月に31年振りに訪問とは、足算をされると世代がばれてしまいそうだ。そんなことはどうでも良いのだが、前回の訪問は夏。今回は冬と両極端な時期の訪問に、違った仙山線の「顔」を見せてくれる事であろうと期待を込めわざわざ予定に組み込んだ。
前回の訪問はなんと電気機関車が牽引する旧型客車であった。新しいレールファンには信じられないかもしれないが、30年前の仙山線にはそんな列車が走っていたのだ。もちろん私の乗った当時は電車も走っていたのでわざわざ「選んで」乗車したものだが、旧客で揺られる仙山線は格別であった。

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(山形で出発を待つ仙山線電車。前回の訪問時は電気機関車牽引の旧型客車であったので新鮮な感じだ。)

さて、今回の訪問は先述したとおり2014年1月の訪問となった。宿泊先の新庄から山形までやってくるのにかなりの積雪があったが、山形市内に入る頃には若干積雪が少なくなっていた。羽前千歳と北山形を訪問した後、山形より仙山線に乗る計画だ。山形では約30分以上のインターバルがあったので久々に訪問する山形駅をじっくり観察。前回の訪問では何かと「お世話に」なったが、当時とは全く印象が違う別の駅に生まれ変わっていた。何せ「新幹線」がやってくる時代。私が「始発まで待たせてもらった」待合室が既に面影が無く、と言うよりその待合室自体が無く、側線などもかなり撤去されて若干コンパクトになった印象だ。

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(山寺に近付くと幻想的な風景になる。立石寺も仙山線の車窓から拝め、思わず合掌・・・)

11時32分、仙山線の列車に揺られ仙台を目指した。私の知らない部類に入る車両であるからJR化後に誕生した車輛であろう。そして仙山線は「交流電化・発祥の地」であるから当然乗っている電車は交流に間違いない。
羽前千歳を出ると右に大きく弧を描き積雪が多くなってくる。そして若干の吹雪を催す景色となり山深くなってくると文字通り「山寺」に到着する。その名の通り、駅前の山には「山寺」の存在がはっきりとわかる。その名も「立石寺」と呼ばれ、お寺から見る「山寺駅」の風景も美しい。この立石寺と言えば「松尾芭蕉」が立ち寄った事で大変有名なお寺であり、しばしばそちら方面のマニアが多く訪問するのは納得いく材料だ。

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(山寺駅の訪問は1983年<下>以来である。当時は駅員無配置であったが、現在は業務委託駅である。)

そんな山寺を過ぎると更に雪深く、そして山深くなっていく。景色を眺めていると、やはり「難工事」であったかも知れないような場所を選びながら線路を敷いている先人の苦労が見え隠れして来るが、こうして悪天候の中でも定刻通りに仙台目指してくれる事は非常にありがたい。そして何事も無いように列車に揺られている自分が実にありがたい気持ちになる。そんな事を考えながら久々に乗る仙山線は、もうすぐ仙山線の「ハイライト」に近付いていく。



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奥津軽いくなら今でしょう!(津軽今別編)

前回に引き続き「奥津軽」を紹介しよう。今回は「津軽今別」である。先述の通り津軽二股駅と隣接しているが、津軽今別の方は築堤上にホームがあり海峡線の駅として活躍している。しかしながら停車する列車は上下合わせて1日4本という、超閑散ダイヤ。列車での訪問はお隣の津軽二股との組み合わせでなければほぼ不可能であろう。隣接していながらにして駅名が違うのは、津軽二股がJR東日本、津軽今別がJR北海道という戸籍上の問題もあろうかと思うが、実際問題はおそらく津軽線の蟹田~三厩を将来的に廃止してその区間の代替駅として津軽今別を「あてがう予定であった」と思われる。が、現在は周知の通り津軽線は全線健在でありこうして不思議な形として今もなお活躍している。
津軽今別は先述通り、将来的に新幹線の駅に生まれ変わり、仮称「奥津軽」として工事をしてきたが、地元民は「奥津軽いまべつ」という駅名を要望しているようだ。どちらにしても新幹線の駅として、また道の駅として地元の観光施設としても今後活躍していく事であろうが、若干秘境気味たところもあり利用者の確保が最大の課題となるであろう。間違いなく速達列車は通過になるであろうから停車する列車が限られ利用するにも難しい場面が予想される。が、是非とも竜飛崎方面への玄関口として活躍してほしいものである。

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津軽二股駅ホームから見えるJR北海道側駅の「アピール」は大々的。しかし停車列車は1日上下合わせて4本と寂しい。


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津軽二股駅に隣接する「奥津軽」の工事中駅舎。思ったよりもコンパクトに仕上がりそう。


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津軽二股駅の構内踏切を渡り津軽今別駅のホームに繋がる通路へ向かう。一応スノーシェルターが対応している。


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通路の中はこんな感じ。若干吹雪いていたためこのシェルターは非常に助かった。


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通路を登り切ると案内板が出現する。この駅の停車する列車は全て特急列車だ。


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青森方面側のホームに向かってみると、通路の途中で函館方面側のホームが拝める。現在の津軽今別駅はほとんどすべてにおいて工事中仕様。


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近い将来に新幹線が通るが、青森方面へ行く通路はなんと構内踏切を渡る!このまま新幹線に引き継がれるとは思わないが、想像しただけでなんだか危険な香が・・・


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構内踏切の突き当りに青森方面側ホームの待合室がある。が、もちろん工事中仕様でプレハブ造り。しかしながらこの時期においては「我身」を犠牲にしてまでも乗客を守ってくれる唯一の設備だ。


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中はこんな感じ。青森方面行きの時刻表は1日2本で始発がなんと昼間の12時台!私はこの「始発」で後ほど青森に向かう予定だ。


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待合室の中からは立派な架線柱が見れる。新幹線の通る日もそう遠くないようだ。


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列車がやってくる時間が近づいたのでホームに出てみた。若干吹雪いていたが、ここは忍耐!


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これからやってくる列車に乗車する乗客が出現!と言うより私たちが「ウェイティング・サークル」として利用していた待合室にやって来た「利用者」は私達を含め4組7名!


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意外にも多くの利用者が待つ中、青森方面へと向かう列車がやって来た。蟹田までは特急券無しで自由席に乗車できる。なんだか得した気分でもあるが私は蟹田の先、青森に向かった。



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奥津軽いくなら今でしょう!(津軽二股編)

2014年1月6日、渦中の「あけぼの」に乗り青森駅にやって来た。どこかで聴いた歌のように青森駅は「雪の中」であったが「北へ帰る人の群れ」は「あけぼの」を収めるのに忙しく、私みたいに津軽線に乗り換える乗客はほぼ皆無であった。乗り換える津軽線の車両は「あけぼの」が到着した同じホームの反対側で乗り換えには跨線橋を使わずに済んだ。
津軽線に揺られるのは実に31年振り。最近の私の記事ではこの「31年振り」というフレーズが良く出てくるが、本当に1980年代以来に訪問する箇所が多く、非常に懐かしい。と言うよりJRになってからリニューアルされている駅がほとんどで、以前に訪問した時とは印象が違うため初めて来た錯覚に陥る。
津軽線は特にそれを感じる事になるが、特に青森~蟹田は「電化」されているため普通列車も電車が走る。約30年前に訪問した時には考えられない事であるが、津軽線もずいぶん「出世」したものだとの印象であった。それを象徴するかのように、隣の油川までは立席客が出るとは言わないが、それなりに利用があった。だが油川を出ると「ローカルらしい」風景になる。そしてこの日の目的地でもある津軽二股へ。蟹田から先は以前と同じディーゼルカーがお出迎え。津軽線「らしい」雰囲気となった。
と言う事でやって来た津軽二股は、ご存じ津軽今別と併設されており、近い将来新幹線の駅として生まれ変わる事が決定している。道の駅も併設されているが、私の訪問時は「冬季休業」となっており、滞在時間はいささか不便を感じてしまったが、桜の花が咲くころには道の駅も営業を再開し増々便利になる事であろう。

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津軽線に揺られ津軽二股に近付くころに新幹線の立派な高架が見えてくる。もういつ開業してもおかしくないくらいの状況であった。

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私が本日「初」の下車客であろうと錯覚するほどホームには雪が積もり「足跡」が無かった。


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下車客は私を含め5~6名。私たちと「同業者」と思われる1名以外は道の駅方面から銀色のアスファルトに散って行った


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青森方を眺めてみる。こんなに雪深いのに定刻通りの運転であった。


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一見「駅舎」のようにも見えるが、これぞ「道の駅」。私の訪問時は冬季休業中であった・・・寒さを防ぐのには絶好の施設であるが、営業していないのはかなりつらい。


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三厩方を眺めてみる。新幹線開通後も列車が走ってくれるのであろうか・・・


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雪の中に見え隠れする「入口」。道の駅へはホームと直接つながっておらず、ここを通って道の駅の入口へ。


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画像はウィキペディアより。津軽二股と津軽今別の関係が良くわかる。ハッキリ言って同一の駅だ。


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次回のアップではお隣「津軽今別」を紹介しよう。



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廃止路線を訪ねて⑬ 佐賀線

全く地味すぎて、古いレールファンでも殆ど記憶に無い人が多いであろう。「佐賀線」はその名の通り九州の佐賀から南下し瀬高に至る路線で、鹿児島本線と長崎本線を、鳥栖を介さずに近道出来る不思議な路線であった。この佐賀線も1980年代に例外なく「83線区」に名を連ね消えていったが、九州のローカル線の中では「添田線」や「室木線」等に比べたらかなり地味な存在であったろう。いや、こういう言い方はおかしいかもしれないが、むしろ添田線などの方が一般的には地味かもしれない。

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(筑後柳川駅。列車交換もできる。意外に重厚な造りだ。)

それはさておき、この佐賀線で最もたる特徴として「筑後川信号場」付近にある「可動橋」がある事だ。私が制覇したのが1983年4月であるが、当時の写真が全く残っていない。しかし、私のブログで相互リンクさせていただいてる「プラットホームの旅」の管理人でいらっしゃる「massil様」がきめ細かい記録をなさっていた!今回の記事を公開するにあたってお写真を提供していただき全面協力していただいた。と言う事で、この記事の写真は全て「massil様」提供です。ご協力、心より感謝いたします。

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(筑後大川駅。典型的な地方交通線の佇まいである。)

私は1983年4月1日に訪問している。なぜこんなに細かく覚えているかと言うと「鹿児島交通」が3月31日に廃止「モドキ」であったため拍子抜け。その翌日の訪問であったためよく覚えているのだ。佐賀線は、佐賀から瀬高までの路線であったが、ウィキペディアを開いてみると「改正鉄道敷設法別表第113号に規定する予定線<佐賀縣(県)佐賀ヨリ福岡縣矢部川、熊本縣隈府ヲ經テ肥後大津ニ至ル鐡道及隈府ヨリ分岐シテ大分縣森付近ニ至ル鐡道>の一部である。矢部川は現在の瀬高、隈府は菊池市であり、さらに豊肥本線の肥後大津へ、隈府からは分岐線が久大本線の豊後森に至るという壮大な計画であった。矢部川からは東肥鉄道(後に九州肥筑鉄道と改称)が熊本県南関までを開業、分岐線も1937年(昭和12年)に国鉄宮原線として豊後森 - 肥後小国間が一部開業したが、いずれも廃止されている。」と記されている。ここに登場する「宮原線」は超懐かしいが、こちらも佐賀線に負けないくらい「地味」な存在であったろう。ちなみに「みやのはるせん」と読む。

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(筑後川信号場=可動橋である。当時は清水港線などと共に全国的にも珍しい存在であった。)

しかし上記を見る限り、それこそ「壮大な」計画であった事に気付かされたが、まさか豊後森までの予定とは・・・しかし現役当時はその「計画」を象徴するかのように矢部線と佐賀線の「連係プレー」はなかなかのものであった。現に私の訪問時には矢部線の到着に合わせて羽犬塚発瀬高行のDC普通列車があった。もちろん私はそれに乗車。だがこの設定、非常におかしいと思わんか?鹿児島本線の、しかもこんな短い区間に電化区間でありながらわざわざDCを、しかも矢部線と接続が良く、さらにこれから乗ろうとする佐賀線にもバッチリのタイミングでの接続であった。
もうお判りであろう。実は羽犬塚発佐賀行の佐賀線直通DCであったのだ。羽犬塚~瀬高は時刻表上のマジック。ちゃんと「壮大な計画」に則っているかのようにしっかりと矢部線と佐賀線は、まるでひとつの路線であるかのように運転していたのである。

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(筑後若津駅は駅舎がとっても魅力的だ。隣にある電話ボックスも印象的。)

1980年代に次々と廃止された「特定地方交通線」の数々。北海道の美幸線や標津線、九州では先述した添田線や室木線など・・・私が訪問できなかった数多くの廃止路線と共に、地味ながらこんな魅力のあるローカル線も「伝説」となってしまった。特に美幸線などは「日本一の赤字路線」として世に売り込んだ。その甲斐あって一時期「日本一」ではなくなった時があったのは素晴らしいと思う。確かに「日本一赤字」ではあったが、それは「率」であって「額」ではないはずだ。当時の国鉄は「収支係数」という数値で判断された。つまり100円の利益をあげるのにいくら経費が掛かったかと言う事だ。添田線なども一時期3000くらいの数値を弾き出し「日本一」を名乗った事がある。つまり100円の儲けに対し3000円の経費が掛かっている事になるのだが、この数値を見る限り「凄い」と確かに思う。しかし、例えば「赤字率」ではなく「赤字額」を考えた場合、当時の「東海道線」と比べたら全然桁が違うのである。

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(筑後若津を過ぎるとすぐに可動橋がある。と言うより見える。とてもローカル線とは思えないロケーションだ。)

「特定地方交通線83線区」を廃止すれば本当に国鉄の赤字が解消されると本気で国鉄は考えていたのであろうか?もちろんそうは考えていなかったであろう。周りからとやかく言われるので、仕方なく「苦肉の策」だったのか、また責任逃れや問題先送りであったのか。この「83線区」を廃止したところで国鉄の赤字額の約1割しか解消されないと聞いた事もある。では残りの9割の対策はどうするの?と言う事になる。それこそ東海道線を廃止すれば問題は解決するのではないか・・・くらいの「レベル」であろう。やはり数値のマジックを前面に出し「ここは赤字だ」等と変なレッテルを貼り次々と魅力的なローカル線を廃止した国鉄の体質そのものを変えていかない限り、いくらローカル線を廃止したところで黒字にはならないであろう。
私は「いい旅チャレンジ20000km」で1980年代に日本全国をかけめくっていた。その時は「消化試合」であった数多くのローカル線も、現在は廃止され記憶が薄いながらも貴重な体験になってしまったものも少なくない。佐賀線もそのひとつであったが、こうして記事を書いていると当時の記憶が段々甦ってきた。

かつては急行「ちくご」が佐賀線を経由していた時代もあったが、私の訪問時は既に普通列車のみが走る「ローカル線」であった。もし、この佐賀線が現存していたならば、私は今からでも逢いに行ったであろう。再びそこにある「何か」を求めて・・・


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伊豆急行各駅巡り⑥ 伊豆大川

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伊豆半島は基本的に山の地形をしていて平地が少なく一面田畑のような場所が少ない。そのため坂が多く、少ない平地を利用して駅などが作られるがこの伊豆大川駅は完全に「山の中」にあり、いわゆる「駅前広場」「ロータリー」などは皆無に等しい。そのため駅前は実に簡素なもので、それこそ「秘境駅」と間違えそうだ。しかしながら「大川温泉」を控え、特急こそ停車しないものの、休日ともなると観光客の姿も少なくない。しかし駅前から「大型バス」等の乗場は無く、せいぜいタクシーがやっと入って来れそうな狭い山道が駅に伝っている程度だ。バス停は駅前には無く、徒歩8分位の場所まで移動しなければならず少々便が良くない。一日平均の乗降客数は400人程度で、普段はひっそりとしている感じだ。
駅前には足湯があり観光客を楽しませてくれる。また和菓子屋と観光案内所が駅前にあり、それなりに「観光」を打ち出しているが、立地や大川温泉の知名度を考えると「その道の人」以外の利用はほとんど無いに等しいかもしれない。
伊豆大川はハッキリ言ってほとんどノーマークであったが、秘境駅のような雰囲気もありはするが駅前には民家や和菓子屋があったり、観光駅かと思えば温泉までは距離があったりと、駅の機能としては中途半端なところが私にしてみたら「お気に入り」の材料となった。こういう中途半端で地味な駅こそもっとクローズアップされても良かろうと思うのは私だけであろうか?



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伊豆大川駅舎。駅前は一応ロータリーになっているが、地形的に大型バスが入って来れないのが難点である。予めタクシーを待たせておくのがベターであろう。



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駅前には観光案内所と小さな和菓子屋さんがある。写真右の坂を登ると農家と喫茶店があるみたいだが、時間の制約で確認できなかった。



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駅前には足湯がある。若干の濁り湯であるが効能はありそう。



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足湯の前には観光地らしい風景が。


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駅舎には小さな待合室と小さなお土産やさんがある。小さな駅舎ながらしっかりと駅としての役割をしている。


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山の斜面に無理やりスペースを作ったような駅は、駅舎に伝う通路も階段で移動する。


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駅舎に伝う通路をホーム側から撮影。一応「スイカで~」もある。


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駅ホームのすぐ脇に一般道の坂道がある。この辺りは全て「坂」がキーワードとなりそうだ。


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2面2線の対向式ホームは一線スルー化されており、列車交換が無い時は2番線を主に利用する。


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ホームに「リゾート」が入線!と思ったが、私が乗る列車とは方向が違った・・・残念!


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次の駅にはこちらで・・・



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単線並列を楽しむ②(北山形)

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単線並列では羽前千歳を紹介したが、今回紹介する北山形も非常に興味深い。2014年1月の東北の旅はここ山形と秋田の単線並列と北海道新幹線「奥津軽」を確認するために予定を組んだようなものだ。と言う事でわずか20分程の滞在時間であったが、この北山形をじっくりと確認させていただいた。山形~羽前千歳は先に紹介した通り、狭軌と標準軌が平行する区間である。そしてここ北山形は狭軌から左沢線を分岐する。狭軌のみの時代は奥羽本線を2面3線、左沢線を2面2線の計5番線まであった。が、新幹線を新庄に延長した際に仙山線のホームを1本増やし、5面6線となった。つまり奥羽本線、仙山線、左沢線の全ての路線で列車の交換ができるようになった。奥羽本線・仙山線と左沢線のホーム群は秋田寄りで若干ホームが離れている。つまり上から見ると「Y字」の形をしている。
奥羽本線で北山形~山形間の列車本数が一番多いであろうがために沿線住民は実に便利であると思う。が、山形で新幹線と接続させるため若干偏りがあるが、この区間に限ればかなり利用しやすいであろう。

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北山形駅の駅舎。昔からほとんど変わらずの佇まいであろう。奥羽本線上りホームと接する。


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1番線から見渡す風景。北山形駅構内はかなり広い。分岐駅として立派に活躍している。


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3番線から新設された4番線を眺めてみる。やはり新しさが伝わるホームは仙山線が使用する。


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長い跨線橋はこの駅構内の広さを象徴する。一番端の1番線より一番端の左沢線6番ホームに来てみた。短い時間で動きまわていたため若干息切れか・・・


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こちらは左沢線の6番線に接する「西口」の駅舎。本線側の駅舎より若干コンパクトに仕上がっているが駅員はいなかった。


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左沢線のホームに列車がやって来た。単行かと思ったが意外な2両編成であった。途中の寒河江まではそれなりに利用者が多く、鉄道としての機能を充分に発揮していると思われる。


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跨線橋から構内を眺めてみた。複雑に線路が入り乱れているが、辿ってみると思っていたよりも意外にシンプルである。だがこの駅の果たす役割は大きい。


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仙山線の列車がやって来た。基本的に3番線を使用するが、列車の交換がある時のみ4番線を使用するみたいだ。

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画像はウィキペディアより。北山形駅構内図であるが、新庄まで新幹線が延伸された時に4番線が増設された。昔の面影を残しつつ、進化してきた北山形駅は乗客も増えて「現在進行形」だ。



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単線並列を楽しむ!①(羽前千歳)

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(かつては構内踏切を伝って駅舎があった羽前千歳駅。現在はご覧の通りの姿に。)

単線並列と言うとすぐさま佐古~徳島を思い出す私は古い人間か・・・現在では山形~羽前千歳と秋田~大曲が含まれる。そう「新幹線」が含まれるからだ。時刻表の地図を見ると山形から羽前千歳間は北山形で左沢線を、羽前千歳では仙山線を分岐するが、山形新幹線を軸に上下に在来線を放出するという事は必ずどこかで「交点」があるはずだ。と考えると、必然と「羽前千歳」が浮かんでくる。そう考えると居ても立ってもいられなくなってしまい去年の秋頃から「現場」に行って確認したくなっている自分がいた。

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(羽前千歳駅のホーム。狭軌複線時代の時とは「基本的に」変わってないであろう。ここより秋田側は単線となる。)

「此処で会ったが100年目」ではないが、思い立ったら即行動。2014年1月、私は東北方面の旅を決意した。しかし、考えてみたらこの「東北」と言う地の、特に秋田や山形に訪問するのは実に31年振り。このブログで散々紹介してきた1983東北乗り潰し以来の旅となる。言いかえれば「再確認の旅」とでも言おうか、前回訪問との比較の旅となるであろう。そんな思いを胸に抱き、いざ上野より「あけぼの」で旅立った。

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(山形は内陸であるが雪はそれほどでもなかった。しかし新庄からここに来るまではかなりの積雪があった。)

山形~羽前千歳を訪れるのは今回企画した旅の最終日であった。先ほど「時刻表の地図」と言う話をしたが、在来線が上下に分かれるという事は在来線と新幹線の位置が入れ替わる「場所」が必ずあると言う事。それは羽前千歳にあると思い、事前にウィキペディアで確認してみた。すると意外にも単純に処理されている事が判明した。狭軌複線時代とほぼ変わらずの面影を残した、いわゆる「平面交差」によって入れ替わりを処理していたのだ。私はどこかで立体交差するのかと思っていたが、それだとやはり「経費」の問題が絡んでくるであろう、と言うのが普通の考え方だ。

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(島式ホーム1本の構造で1番線が奥羽本線、2番線が仙山線で使用。かつてはおそらく上下で使い分けていたろうが、現在は路線別で使い分け。)

奥羽本線の羽前中山~山形~羽前千歳は複線区間であったが、新幹線が新庄まで延長開業された時に山形~羽前千歳は単線並列化された。狭軌と標準軌が仲良く平行する姿はおそらく奥羽本線だけであろう。だが平行する中でふたつの線路を管理するのは相当の労力が必要と思う。我々はただ乗っているだけでいいのだが・・・

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(これが狭軌と標準軌との「交点」。見事なクロスで巧みに処理しているのが分かる。)

さて肝心の交点であるが、ご覧の通り羽前千歳の山形寄りでのクロスが「象徴」している。そう、ここで在来線と新幹線の位置が入れ替わるのだ。そして入れ替わったふたつの路線は羽前千歳を出ると仙山線が右手に大きくカーブを描いていく。羽前千歳と言うと、傍から見ても「生活」のイメージが強い駅であるが、こうしてわざわざ訪問する私みたいな人間は「特殊」であろうか?地方にある何気ない「生活」の駅も、こうしてみてみると非常に眩しい・・・

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(仙山線が入線する羽前千歳駅。女性車掌は乗務員室に2名乗車しており、おそらくひとりは研修中であったのだろう。)

羽前千歳を後にした私は北山形に向かう。羽前千歳~山形間は仙山線と左沢線が合流してくるため列車本数が多い。それらを駆使すれば意外に待ち時間無くこの区間の駅を訪問できるのだ。特に北山形~山形は左沢線が加わり列車本数に厚みが出てくる。そのため北山形は新庄まで新幹線が延長された時にホームが1本増設された。この山形付近は新幹線が「革命」を起こしてくれたようだ。

1月の冬の空は東北の人たちにとっては「いつもの風景」であろう。しかし私のような関東人にしてみたら「非日常の風景」に映る。東京方面は1センチくらいの雪が積もる程度で「大事件」になってしまうが、東北方面は東京よりは何十倍もの積雪を記録しているにも関わらず列車を定刻に動かしているJR東日本のスタッフ達は素晴らしいと思う。そんな列車に乗りながら旅ができる「素晴らしさ」を再確認させてくれた今回の旅であった。





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永遠のひとかけら・アゲイン(プラス1)

前回の記事で紹介しきれなかった岩泉駅の「現在」を惜しみなく披露しよう。2014年1月8日現在の姿であるが、丁度この日の朝に岩泉線の進退の報道を耳にした。1983年以来の訪問であったが、本当に懐かしく31年前の記憶がよみがえる。もう列車がやって来ない駅に明日の未来は無い。


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初っ端から「WC」とは申し訳ないが、男子用は完全に外界からのプライバシーは無いに等しい。が、しっかりとメンテナンスされており、JRとしての「施設」として活躍。



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小本までの延長は夢に終わってしまった。繋がっていたらどうなっていただろうか・・・



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ホーム側から駅舎を見る+駅舎側からホームを見る。閉ざされたドアの向うには「商工会議所」的な会合が行われており「歓迎」の文字がむなしく映る・・・



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ホームに繋がる階段を横から見た。意外になだらかに設計されており、人にやさしい。



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小本まで繋がっていたら島式ホームの中間駅になる予定であったのだろう。レールの敷く空間が準備されているが、レールが敷かれないまま未来に向かって時間が進行していく事であろう。



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岩泉駅ホームから見た2014年(上)と1983年の訪問時の比較。ほぼ同じ角度から撮影してみた。ご覧の通りほとんど変わっていない事がお分かりいただけたであろう。


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31年前の記憶がハッキリと甦ってきたこの岩泉駅に、もう訪問する事は無いであろう。しかと見届け岩泉駅を後にした。


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伊豆急行各駅巡り⑤ 伊豆高原

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伊豆高原駅は本社と車庫があり、文字通り中心的存在である。かつては駅舎が2つあったが、現在は橋上駅舎に生まれ変わり統合された。伊豆急の拠点らしくしっかりとした佇まいで、駅にはお土産屋さんや飲食店が入居した駅ビル「やまもプラザ」が誕生、観光駅として堂々としている。普通列車などはこの駅で分割・連結される場合が多く、レールファンにはたまらない駅であろう。普段はこちらに100系も眠っていると思われるが、私の訪問時には確認できなかった。その理由は後ほど判明する事になるが、やはり私の中では100系が「伊豆急の顔」というイメージだ。

伊豆と言えば、箱根と共に神奈川県民にとっては「聖地」となっている。と言うのも、われわれ神奈川県民はバイクや自動車の運転免許を取得するとほぼ9割くらいが自分の「腕試し」に伊豆・箱根方面に出向くのが定番だ。そして若干二十歳前ながら、カップルなどは伊豆高原などのペンションで宿泊したりと、何かとお世話になっているはずだ。もちろん私も例外となる事なくこの「文化」に染まったひとりである。とはいうものの、私は下田に親戚がいるのは散々述べているため「ミミタコ」であろうが、幼少時より頻繁に訪問しているため「観光」よりも「生活」のイメージが強い。そんな中、この伊豆高原の変貌振りにはやはり「観光地」と言う事を改めて確認させられた。やはり伊豆高原は鉄道と共に観光としても「東伊豆の拠点」である印象だ。


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「やまもプラザ」が同居する伊豆高原駅舎。観光地の駅として堂々とした佇まいに変身した。



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跨線橋側からの改札風景。やはり「生活」よりも「観光」のカラーが強い。この日は日曜とあってかなりの観光客で犇めき合っていた。



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「やまもプラザ」側から見た改札口。「スイカでタ~ッチ!」も取り付けられているが、意外にも観光客の「タ~ッチ」がかなりあった。



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解放感ある「やまもプラザ」はとても駅とは思えぬ佇まい。



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一応プラザ内から見ると「伊豆高原駅」の表示があり、駅という事を再確認させられる。随分立派になった。



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跨線橋からみた駅構内。車庫には8000系が「これでもか!」と勢揃いする。が、100系の姿は無い・・・



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なかなか「ふさわしい」ホーム群だ。観光客が圧倒的多数。特に若い女性が目立って多い。



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付近には観光名所が多数。観光地を象徴するかのよう。若者向けのペンションも多く点在。



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次の駅には8000系で向かう。なかなか「リゾート」とは巡り合えない。できれば100系だと嬉しいが、時代はもう平成。その時代・時代の「カラー」がある。



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永遠のひとかけら・アゲイン(後編)

前回に引き続き岩泉線を紹介しよう。今回は岩泉駅に焦点をあててみた。1983年以来実に31年振りの訪問は、当時と殆ど変らずの風景が懐かしかった。ただ違ったのは列車がやって来ない事である。しかしながらメンテナンスはしっかりと施されており、いつ列車がやってきてもおかしくないくらいであった。


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ローカル線の駅舎にしては立派な建物は開業当時と変わらない。と言うか、若干持て余し気味の感もあった。


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駅前はロータリーと駐車場になっていて、さながら地域の拠点となっているようだ。駅前には宿泊施設も。


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駅前から代行バス乗り場があるが、時刻表は無かった。離れた場所に別のバス乗り場があり、そちらは時刻掲載。意外に本数があり地元の足となっているようだ。


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では、早速駅舎に潜入する。そういえば31年前の訪問時もこの写真を収めている。現在も所有しているが全く変わって無かったのが嬉しかった。


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立派な切符売り場が健在!と言いたいが既に無人化されており人の気配はない。切符売り場の前は切り取られた樹木の数々が放置されていた。更に逆側はあえて写真を収めてないが、地元の方と思われる初老の紳士が数名「会合」をしていた。岩泉駅舎の2階は商工会議所と観光協会が使用しているが、この1階も既にJRの施設とは思えぬ雰囲気であった。


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駅スタンプも健在!スタンプ押すなら今のうちだ。


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久々にホームに立つ。全くと言っていいほど31年前とほとんど変わっていなかった。懐かしさがこみ上げてきたのは言うまでもない。


1983年の訪問時には北山崎展望台から国鉄バスでやって来た。ちょうどお昼時で1時間以上の待ち合わせ時間があったので駅を散策したのを覚えている。当時から確か駅員は不在であった記憶だが、龍泉洞のパンフレットなどが置いてあり、観光の拠点にしていたのがわかる。しかしながら、当然岩泉線を利用して駅前からバスに乗り龍泉洞に訪問する観光客は、年間通してひとりいるかいないかであったろう。そして現在までこの姿が残っていた事は、ハッキリ言って奇跡に近い。
岩泉の駅舎は恐らく商工会議所など施設として今後も残っていくであろう。廃止されていないのに既に列車がやって来ない姿は、いったいいくつの夜を数えた事か。とうとう列車がやって来ないまま廃止が決定してしまった岩泉線。残念ながらこの事実をしかと受け止めなくてはならないが「国鉄の赤字ローカル線」を本当の意味で現在のこの時代に我々に教えてくれた唯一の路線と言っても過言ではないであろう。



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永遠のひとかけら・アゲイン(前編)

2014年1月、私は東北方面に旅立った。その旅の途中で「正式発表」が各メディアで報じられた「岩泉線」。私は今回の旅であらかじめ岩泉線訪問の行程を組んでいたが、まさかこれから訪問する朝にテレビで岩泉線の「進退」を確認するとは因果なものだ。正確に言うと、某宿泊先で朝食を食べていた最中に若干席を外して戻って来た時に妻から「岩泉線が廃止になるってTVでやっていた」と聞いた。「それ、今から行く所だよ」と、なんだか魔法にでもかけられたような感じがした。
予め手配してあったレンタカーで参戦する事になっていた岩泉線は、盛岡から実に80kmほど離れている・・・雪の山道は危険であるが、往復160km以上ある距離は片道1時間半を要した。そんな岩泉線の「今」を早速紹介してみたい。


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「接骨院」に訪問した翌日、盛岡駅前よりレンタカーで岩泉に向かう。国道455号で1本で行ける事をカーナビで確認すると、いよいよ出発だ。


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ものすごい雪道。これが国道455号線である!現在は2車線あり、対向車との擦れ違いで気を使う事は無いが、恐らくかつては1車線の部分も存在したであろう。ちなみに455線の途中に大志田駅への入り口がある。あえて写真は撮らなかったが、完全に雪に埋もれており除雪されていなかった。そのため大志田駅に向かうのは不可能であった。


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暫くすると龍泉洞への分かれ道があるのでそちらに折れる。すると岩泉線が顔を出す。列車が来なくなって久しいが、メンテナンスはしっかりと施されているようだ。


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暫く走ると二升石駅が登場する。意外に付近には民家があった。


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更に5分位走るとようやく岩泉駅に到着。雪は意外に少なくなっていたが、やはり東北のこの時期は寒さが突き刺さる。岩泉駅の詳細は次回にじっくり紹介しよう。



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さすらおう、この世界中を・・・

2014年1月、妻の肩の具合が良くないため、盛岡市内にある「某接骨院」に訪問した。完全予約制で、と言う事は事前に連絡が無いと治療していただけないためもちろん事前に予約しての訪問だ。気さくな主(あるじ)と逢うのは、香川県小豆島時代を含めこれで3回目。「写真バチバチ撮らせていただきますが」との問いかけに「どうぞ~」と気軽に許可をいただいた。「何回か来てますよね。奥さんの印象はあまりないけど、同じ奥さんですよね?」「前回と同じですよ~」みたいな会話からスタートした。自身の持前である柔道から私と共通の趣味である「プロレス」の話で終始盛り上がりながら治療が進行した。と言うより、妻のリラクゼーションよりもそちらの方がメインになってしまうのは毎回の事。主よりいろいろな話も伺う事が出来た。

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盛岡駅に下車するのは実に31年振り。今回の旅では宿泊地として活躍してくれたが、その前に「リラクゼーション」に向かった。


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イオン系列のスーパーの近くにあるためわかりやすい。私たちが訪問した時既に「詣」に来ていた方が数名いたが、私たちは「詣」に来たのではなく「治療」に来たので早速中へ入った。


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主の「御手製」看板。なかなか味がある。


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玄関では主の「お馴染み」がお出迎え。中には「元・市議会議員」の姿も。


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「初代タイガーの登場は衝撃的でした!」と語っていた。私も同感だ。しかし「元・市議会議員」についてはかなり体がボロボロになっているらしい事を伺った。もちろん主と元・市議会議員はお知り合いの仲。


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主と橋本真也とは同級生、武藤敬司に関しては3級先輩らしい。ともに柔道仲間と聞いた。特に橋本真也とは仲が良かったらしく「飲み仲間」だったらしい。


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「その道の人」ならわかる会話を延々としていたらあっという間に30分経過してしまった。この日は30分コースであったのでここで終了。2千円札と千円札を出して500円のお釣りをもらい「次回訪問」の約束をした。


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入口の自販機が少々気になるが「腕」はなかなかのモノだ。「その道」系を含め、多方面に顔が広い。私はこの後、今夜の宿に向かった。



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姿なき挑戦者⑩ 急行・八甲田

私がレールファン最盛期であった1970~1980年代は個性豊かな夜行列車が多く存在した。特に「上野発の夜行列車」は群を抜いており、東北方面を始め信越方面や上越方面へ、実にバラエティに富んだ。1983年の「東北一周の旅」はこのブログで散々紹介してきたが、やはりこの旅は私にとって最大の思い出であり、ある意味自身の集大成でもあった。ちょうど東北・上越新幹線が開業して1年が経つ頃で、この新幹線開業を軸に優等列車の運転網が一気に整備された時期でもあった。特に田沢湖線の電化や特急・急行列車の廃止や統合など、数多くの変遷が見られた。

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(画像は「日本の旅・鉄道見聞録」より。EF58牽引の急行・八甲田。12系客車あるが、機関車のすぐ後ろに貨物車が1両連結されている。)

そんな中、この1983年に東北の旅を終えた後、北海道の白糠線の廃止の情報を受け北の大地に向かった時に乗車したのが「急行・八甲田」であった。当時、北海道へは「ワイド周遊券」を使用したが、周遊区間までのアプローチは急行列車は別料金なしで乗車できた。とは言うものの新幹線開業で急行列車の多くが廃止され、国鉄の動きも急行列車自体を特急に格上げし統合、つまり急行列車の廃止に傾いていた。数少ない急行列車であったが東北方面はまだまだ在来線で特急・急行が活躍していた。

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(白糠線・北進駅にて。1983年10月、廃止の一報を受けて上野より一路「八甲田」にのり北の大地目指した。)

2014年現在、今となっては考えられなかった事であるが、夜行の急行列車でも「寝台急行」と「夜行急行」があった。単純に「オール寝台」か「寝台を連結している座席急行・またはオール座席」かの違いでもあるが、「八甲田」は確か寝台を連結していない座席急行であった。
昔の本を開いてみると、なんと「EF57」が荷物車を一緒に連結しながら走行する八甲田が映し出されているではないか!私が乗車した当時は確かEF58が12系客車を牽引する姿だった。

上野を19時10分に上野を出発すると青森に翌朝6時15分に到着する。しかし青函連絡船は7時30分まで接続が無いので少々不便でもあったが、北の大地へのアプローチは「風情」たっぷりだ。全て東北本線を経由するが、姉妹版で常磐線経由の急行「十和田」、奥羽本線経由の急行「津軽」の存在もあった。これらを駆使すれば東北方面の制覇は「安泰」の時代でもあった。実際に私は東北の旅の際に「宿代わり」として上下の八甲田を利用した。青森から八戸に行く際にやった事だが、上り八甲田は青森をなんと0時2分の発車!これに乗り盛岡に2時49分着。下りの八甲田は3時18分発だ。これに乗り八戸着が4時52分着。八戸線の始発の5時17分に十分に間に合うと言う事だ。

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(1993年、583系寝台特急「ゆうづる」と共に急行・八甲田は「臨時列車」に格下げされてしまった。写真は1979年青森駅にて。)

この時の深夜未明の盛岡駅は現在でもしっかりと記憶が甦ってくる。とても印象深いが、この八甲田の待ち時間はかなり長く感じた。たった30分位であったが、駅構内の店などはもちろん閉店しており、新幹線開通で真新しくなった盛岡駅の入り口にある風鈴の音だけが響き渡るあの風景は今でも忘れない。それ以上にこの旅で得たものも多く、現在その経験が非常に活きている。これは私の財産でもある。

2014年1月7日、私は約30年ぶりに盛岡の駅に下車した。散々「通過」などはしていたが、実際に下車するのは久々だ。そして盛岡の街を散策するのは初めての事。なんだか新鮮な感じだ。実は盛岡で宿泊もしたが、TVで有名なあの「BDの接骨院」にも訪問。その模様は後日に報告するが、なかなか訪問し甲斐があったものだ。
そんな盛岡駅も30年経てば変化もしており、1番線は「青い森鉄道」に譲り改札も2階に移動。若干戸惑ったが滞在できた喜びは大きい。中学時代に訪問した時とは全く違う顔を見せていた。

しかし考えてみたら、こんな事を中学生が平気でやっていたとは、親もよくこんな旅に行くのに軍資金を提供してくれたものだし送り出してくれたものだ。もしあなたの子供が「東北に10日間ひとりで行くのでヨロシク!」と言って来たらあなたはどう対応するであろうか?私は子供がいないので想像つかないが、おそらくもし私に子供がいたら二つ返事で「行って来い」と言うであろう。もちろん人に迷惑かけない範囲でとか「大人の台詞」をいろいろと言うであろうが・・・


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伊豆急行各駅巡り④ 城ヶ崎海岸

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伊豆急が開通した1961年には無かった駅で、伊豆急では一番新しい駅。1972年の開業であるが、1991年にはログハウス風に改装され面目を一新した。1991年と言えば、ちょうどバブル絶頂期。私も20代を迎え、時代はまさに「リゾート」であった。
駅名にある城ヶ崎海岸と言えば「吊り橋」が大変有名で、この断崖絶壁の場所は度々ドラマのロケ地として使用されている。更に地味に有名なのが「夏の風物詩」である。この記事のアップ時期とはかなり温度差があるが、この城ヶ崎海岸をバックにした、いわゆる「心霊写真」系の番組や書籍にもしばしば顔を出す。
私も何度か車で訪問しているが、吊り橋を渡るとやはり「気配」がするようなしないような・・・たぶん気のせいであろうが、私は霊感は無いものの、写真には度々「影響」することがある・・・あっ、若干「テーマ」から逸れてしまいそうなので話を戻そう。
駅舎には喫茶店が併設されているが、駅前にもペンションや喫茶店が沢山あり、まさに「リゾート」そのものであるが、やはり「全盛期」からはかなり寂しくなった気もする。
駅舎では、階段を登ると展望台があり、観光客を楽しませてくれる。片面ホーム1面1線の構造で利用客は1日平均1000人を切っているが、恐らく休日と平日の差がかなりあると思われ、完全に「観光駅」と考えて良さそうだ。また、なんといってもこの駅の名物は、伊豆高原寄りにある「ぽっぽの湯」であろう。ホームの脇に湧く「足湯」は、列車の待ち時間などに重宝する。これも全駅下車という企画をしなければ気付かなかった事だ。今回の訪問ではこうした「発見」が多く、かなり充実した内容となった。


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ログハウス風に改装された駅舎。と言うより、普通に「ペンション」等と間違えてしまいそうだ。


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駅舎内もお洒落に変身。若者向けの雰囲気が漂う。実際に若い女性が多数駅舎で列車を待っていた。



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ホーム側から見た「ログハウス」。ちょっとわかり辛いが、駅舎まではスロープも設置され「体にやさしい」駅でもある。



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駅舎横にある展望台への階段。私の訪問時は滞在時間が短かったため展望台には行けず・・・



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ホーム脇にある「ぽっぽの湯」。透き通ったお湯に足を浸して列車を眺める・・・ウゥ~ン、なかなかの贅沢だ。



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棒線ホームは交換不可能の駅。開業後にできた駅は全て棒線駅であるが、こちらもそのひとつだ。



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次の駅に向かう列車がやって来た。なんと「リゾート21」の黒船だ!臨時ながら「踊り子」として東京まで乗り入れる時もあるが、この日は普通列車で解放。



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伊豆急行各駅巡り③ 富戸

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富戸駅は伊豆急にしてはかなりローカル色が濃い駅だ。跨線橋は無く、対向式ホームを結ぶ通路は城ヶ崎海岸駅寄りにある構内踏切で渡る。駅舎は1番線側にあり、通過列車があるときはこちらが待避側となる。そのため通過列車によって上りと下りの各列車が1番線から発着する事となり、利用するときは事前に確認が必要だ。駅前は狭い一般道が横切り、駅舎はおそらく開業当時のものと思われる華奢な建屋である。一見「喫茶店」のような建物は、とても「鉄道」を思わせる雰囲気ではない。付近には漁港や小学校などがあり、どちらかと言うと「生活」を醸し出している。もちろん、こういう「地味系」は私好みである。


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富戸駅の駅舎。一見「喫茶店」のような佇まいは、とても鉄道の「施設」とは思えないくらい華奢な建物だ。



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近付いてみて初めて「駅」とわかる。地元の利用ががほとんどであるが、休日ともなれば観光客の姿もそれなりに見かける。



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この駅には跨線橋が無い。城ヶ崎海岸駅寄りにある構内踏切で2番線に移動する事が出来る。



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これで伝わるか・・・富戸駅の雰囲気。2番線側が一線スルーとなっていて通過列車が利用する。生活感が溢れるローカル的存在の駅。「生活」が感じられる。



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ザ・待合室。と呼べるかどうかわからないが、写真だとわかり辛いが「長椅子」がある。その気になれば「駅寝」も可能だ。



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何と言う植物かわからないが、ひと駅ひと駅下車してみると、こういう「余裕」も出てくる。



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「157系バージョン」の踊り子が2番線側を通過。いつかは「80系バージョン」を拝んでみたい。



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富戸駅の滞在時間は充分にあった。次の駅には8000系で向かう・・・まだまだ「リゾート」とは出会えない。



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伊豆急行各駅巡り② 川奈

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川奈は伊東方面に近い事もあってか「生活」のイメージが強い。駅前は小さなロータリーがあり、駅舎は「東急ストア」が併設する。改札から駅前ロータリーに抜ける通路は若干アーケード気味になっていて明るい通路は解放感がある。対向式ホームの2面2線で、一線スルーによる通過列車は2番線側を通過する。観光的な要素もあり隣の南伊東よりは地味な印象が薄いが、伊豆急の駅としては「地味」なカテゴリーに入るであろう。


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川奈駅の駅舎。スーパーが隣接し、改札までの通路は明るく解放感がある。



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残念ながら開店前。朝10時を過ぎると店にも活気が現れる事であろう。



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築堤上のホームには地下道で結ばれている。通過列車の関係から上り・下りの各列車の乗場がしばしば変わる。



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対向式ホーム2面2線で特急列車は2番線を主に利用。東京から観光特急が乗り入れる関係で交換設備の有効長が長い。



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8000系で次の駅へ向かう。伊豆急は100系のイメージが強いせいか、どうしても8000系は違和感がある。




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伊豆急行各駅巡り① 南伊東

では早速、新春第1弾は、昨年末に予告した「伊豆急行各駅巡り」をお届けします。


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南伊東は、1961年の伊豆急行開通当時からある駅で、伊東市街の南の外れに位置する駅である。島式ホーム1面2線で乗降客は1日千人程度の「地元密着型」の駅だ。ホームは築堤上にあり、ホームと駅舎は地下通路で結ばれている。駅前はロータリーのようなものは無く、狭い道路が接している「昔ながら」の駅である。駅員が配置され一線スルー構造となっており、通過列車は1番線側を通る。伊豆急行線の中ではかなり地味な存在だ。しかしながら、私はこういう「地味な」駅が好きだ。流石のレールファンもこの駅を目指してやってくる「物好き」はそう多くないはずだ。
この南伊東を目的にやってくる乗客は、地元民がほぼ99%以上を占めると思われる。そんな南伊東にスポットを当ててみたら「南伊東駅君」はさぞかし眩しがるがる事であろう。


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開業当時からのものと思われる南伊東の駅舎。駅と説明しなければ「公民館」や「図書館」と間違えそうな感じだ。しかし「南伊東駅」ではなく「南伊東」との表示で、地元以外の人がこの建物を見て「駅」と判断する人が何人いるであろうか。



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島式ホーム1面2線のシンプルな構造。通過列車は1番線側を通る。「秘境駅」や「日本で一番〇〇の駅」のような「知名度」のある駅も良いが、私はこういう特徴の無い「地味」な駅が好きだ。


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ホーム下にある並木は、春先になると綺麗な桃色に染まる事であろう。



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次の駅には8000系で向かう。朝早い時間帯の為「リゾート」の運転は無い。と言うより通勤・通学時間帯に「リゾート」を運転してしまったら、かなり「ミスマッチ」的な絵になってしまうであろう。




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ブログに輝く鉄おとめ

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(画像はウィキペディアより。まさか新年早々この人が私のブログに登場するとは思わなかったが、ある意味「鉄子」の代表格かも知れない。)


新年、明けましておめでとうございます。

今年も「鉄道全線完全制覇の旅」をよろしくお願いいたします。

2014年1月1日 ダイヤモンド☆トナカイ


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(関連画像が見当たらないため「ダイナミック☆トナカイ」の画像をお楽しみください。これはおそらく1984年頃の相模線・茅ヶ崎駅であろう。新年にふさわしい列車かも。)

私がまだ「ガラスの」10代のころは女性の鉄道ファンと言うのが身近に存在しなかった。と言うより多分、それは私の周りだけの現象なのか、はたまたそういう概念が全国区だったのかは不明であるが、とにかく鉄道とは「男のロマン」というものと常々思っていた。
1984年以降、2007年まで私はレールファンを休業していたが、その間に「鉄子」なる言葉も登場し「女子鉄」などというカテゴリーも存在するようになった。某トラベルライターがブレイクしてこういった「造語」を世に知らしめた功績は大きいと思うが、基本、私は「〇〇鉄」と言う言葉にはどうも馴染めずにいるという、やはり「古い人間」なのであろうか。若い(とは限らないが)鉄道ファンは当たり前のように「〇〇鉄」と言う言葉を日常的に使っていると思われる。
これは私固有の「概念」であると思われるが、おそらくかつては「潜在的に」女性のレールファンは多く存在していたと思う。「銘柄的」にレールファンと言う事を隠しながら過ごしていた女性も少なくなかったのではないであろうか?と私が勝手に思っているだけかも知れないが・・・

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(関連画像が見当たらないので再び「ダイナミック☆トナカイ」の画像をお楽しみください。説明するまでも無く、根岸線・磯子駅。「根岸線」なのになぜか「横浜線」の案内は、1980年代においては地元民の感覚では普段の風景であるが、他方から見たら理解に苦しむ光景かも知れない。)

そんな常識を打ち破ったのは、おそらく「インターネット」の普及であると私は感じる。そして某トラベルライターの「著書」も相まって、潜在していた「鉄子」が一気に「開花」されたのであろうと。
例えば「サッカー」では、完全に「男の美学」であったはずであるが、周知の通り「なでしこジャパン」で一気にブレイク。現在では完全に国民的概念となってしまった。それまではおそらく肩身の狭い思いをされていたであろう「なでしこジャパン」。しかし彼女たちの「執念」が今では感動を呼び、こうして「一般化」された事は素晴らしい。こうして考えてみると、やはりどのジャンルにも「男女の差別化」は無いのである!

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(こちらも関連性が無いが、地上時代の仙石線・仙台駅にて。1980年代であろう。ダイナミック☆トナカイ提供。)

しかしながら、女性のレールファンは一体どういう感性をお持ちなのかと、2007年以降に復活劇を遂げた私にしてみたらとても興味津々であった。私のブログにも「鉄子」と呼ばれる方のリンクを貼らしていただいているが、どちら様も皆個性豊かな方々ばかりで、私も太刀打ちできないほどの素晴らしい内容の方々ばかりである!と言うより、「鉄道」への思い入れは人一倍強い姿勢。これは男女問わず共通事項だ。

例えば「mitsuka115JNRが語るひととき」では、管理人である「みっぴょん」様の「スーパーコンピューター」張りの知識と個性豊かな解説で圧倒。私はいつも「情報源」として利用させていただいている。

なんとなく鉄道びより」では、管理人の「でこすけ」様の感性あふれる素晴らしい内容で、いささか「昼下がりの気怠さ」的な記事がたまらなく愛おしい。管理人の人柄がダイレクトで伝わってくる素敵なブログだ。

「小春」様のブログ「流れ星を追いかけて・・・☆彡」は、JR東(ばかりではないが)に特化された個性あふれる内容で、特に彼女が語る「北斗星」のみならず、寝台特急の想いは果てしない。私は「ブルトレ世代」の為、非常にこの「寝台特急」という単語に興味があるのでたまらない。また、185系も高頻度で登場しており、彼女の想いが伝わってくる。

哀愁鉄子の物語」では、管理人である「aiko」様の、いささか「セレブな」イメージの鉄道感が魅力的だ。「こういう見方があるのか」と、私も勉強させられる一面が多々ある。潜在的な知識と感性はまだまだ私に「32文ロケット砲」を放ってくれる事であろう。

「乗り鉄系」では、ある意味こちらの「める鉄ブログ」は、完全に腕のサポーターを挙げ、ロープに振られる正当な「ウエスタンラリアット」をまともに食らった感じである。制覇の証でもある「スタンプ」は、恐らくその数は半端ではないであろう。かと思えば鉄道ばかりではなく、しっかりとその土地の「風景」等を披露してくれる。やはり「女性」ならではの感覚からくるものなのか、いつブログを開いても飽きさせない内容になっている。

img285.jpg
(またまたダイナミック☆トナカイ提供の奇怪な画像。東海道線・大船駅に停泊の「旧国」である。「大船駅まで特急わかしおが乗り入れてた時にわかしお号を撮影しに行ったついでに撮ったものですね。確かクモハ40だったかな。大船駅と大船電車区の間を職員輸送列車として 走ってたと思います」と本人の解説を原文のまま。)

と、偉そうに「鉄道ブログ評論家」みたいにコメントしてしまって申し訳なく思います。が、やはり感じることは「男も女も、老いも若きも」鉄道を愛する気持ちは変わらない!という印象である。本当に「鉄子さん」の台頭が、私にとっては非常に「常識破り」のカテゴリーであった感じで圧巻だ。しかし今では「一般化」され、全く違和感なく普通に浸透していると、不思議な現象であるなとの思いだ。

「男子の部」はもちろん、鉄子さん、これからも頑張って鉄道を愛してください。そして私たちに素敵な「贈り物」をブログを通して紹介していただけたら、大変嬉しく思います。今年も、そしてこれからもよろしくお願いいたします!



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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