1983年10月・「1536列車」で行く東北本線の旅(後編)

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(東北方面では主役であった電気機関車。現在も活躍中であるが・・・そろそろ見れなくなる時代もやってきているような感じだ。写真はダイナミック✩トナカイ提供。)

さて、乗客も疎らな・・・というより確か6両か8両くらいの編成のためやたらと空席が目立ち、乗客としては席を選べて実にいいが、現在では確か2両とか多くて3両のロングシートであるのが当たり前の時代では信じられない風景。私は出入り口のデッキに一番近いボックス席で過ごしていた。もちろんワンボックス占領してもまだまだ座席はいくらでもある。連絡船ではろくに寝れなかったため少し睡眠をとろう!と決意し若干ながら目を閉じていた。だが、意外にテンションが高く寝られないため「寝たふり」をした状態になってしまったが、完全に一人旅のため「ふり」をする必要もない。そんな中、通学途中の高校生が私に若干いたずらをしてきた。私が目を閉じている最中に列車の壁を「コンコン」と叩き私を起こそうとしたのだ。だが私は目を閉じているとは言え高校生が下車する気配を完全に察知していたため無表情のまま若干目を開けて確認し、再び目を閉じた反応しかしなかった。そのため少々高校生も拍子抜けした印象のまま花巻駅のホームに消えていったが・・・もうちょっと「ダチョウ倶楽部」張りにリアクションすれば良かったのかなぁ・・・と今になって思う。高校生に悪い事をしたか。当時私は中学生のため先輩だし・・・と無駄な心配をしてしまった。

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(以前に紹介したが旧型客車と気動車の共演。こんなタッグチームがあったら「世界最強」であろう!写真はダイナミック✩トナカイ提供。)

水沢までの主要駅では停車時間が2~3分であったが、一ノ関では何と25分の停車。恐らく乗務員交代でもあるのであろう。そして小牛田では28分の停車と、やたらインターバルが長い。昼間の時間帯に、例えば田尻から松山町へ移動する人はどうするのか・・・普通に15分弱での距離であるが、間に小牛田を挟むので40分くらいかかってしまう、と余計な心配をしてしまう旧型客車による旅は実に都会的ではない。
そんな事を思っていたら、気が付けば風景が都会的になってきた。新幹線が開通して新幹線の停車駅らしい風景に生まれ変わった仙台駅のホームに旧型客車の入線は「マッチ」しているとは到底思えない。とは言いながら、東北本線では当時黒磯以北では旧型客車の普通列車がまだまだ主役の時代であった。そういえば、東海道新幹線が開通した当時でも地方ではSLが活躍していた。東北と東海道・・・このよく似た風景は、ちょうど時代の移り変わりの狭間にあったのだ。

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(既に紹介しているが、1983年8月、私が東北一周の旅をした時の写真である。ご覧の通りの50系は、旧型客車の置換えとして登場したが・・・周知の通り、現在は客車時代の終焉を迎え出番が少ない印象であった。)

人はよく、新しいものを求め古いものを捨てていく・・・そんな風景をよく見かける。「ナウい」は死後であるが「ダサい」は現在でもよく使われている。このふたつの言葉は対義語を成しているが、流行った時期もほとんど同じ時代だ。もし私が今「ナウい」と言ったら私と同世代以上の方は懐かしさを感じるであろうが、そんな言葉を使う私を「ダサい」と思うであろう。しかし、もし今、現在の若者に「ナウい」という言葉をつかったら、もしかして新鮮に感じるかも知れない。そして、更に再ブレイクするかも知れない。

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(ダイナミック✩トナカイ提供の12系客車。撮影地は不明であるが、12系も現在は既に「旧客」の部類になってしまうのか・・・しかし、全国では観光列車用として改造され各地で活躍しているのは嬉しい。)

もし現在、定期列車でELの牽引する旧型客車の普通列車を運転させたらどうだろう。運転初日、というより復活初日は「ナウい」であろうがやがて「ダサい」に変化していくであろう。だが、我々レールファンは「ダサい」ものを求め、そして普段からそこにある事で安心している。私は消え行く列車の晩年に話題の中乗車するより、その列車の普段の風景を見るのが好きだ。つまり「ナウい」状態の時より「ダサい」状態の時の方が輝いて見える。私の乗車した旧型客車による東北本線の普通列車は、新幹線の新時代には「ダサい」部類であった。今思えばその「ダサい」時に経験出来た事が実に素晴らしく貴重なものと感じる。「ナウい」新幹線と「ダサい」旧型客車の共演。そんな時代を経験できた私はある意味幸せかも知れない。
仙台で乗換えた急行「まつしま」の車窓から遠ざかる旧型客車の普通列車は、普段の風景にも関わらず、私にやたらと「ナウい」輝きを放っていた。


今年も「鉄道全線完全制覇の旅」をご覧いただきありがとうございました。来年もご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

ダイヤモンド✩トナカイ




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1983年10月・「1536列車」で行く東北本線の旅(前編)

今年も後わずか・・・私は仕事上、この時期は一年で一番の書き入れ時であるが、皆様はどうお過ごしでしょうか。今年最後の記事は、1980年代に私が旅をしていた時に記憶に残る「旧型客車」による列車の旅を紹介しよう。

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(画像はウィキペディアより。このような列車が地方では主役の時代があった。私の小学生低学年時代頃までは急行列車としても上野駅とかでよく見かけたが、1980年代は普通列車としての活躍がほぼ全てであった。)

若干以前にも触れたが、私は1983年10月に北海道に初上陸した。テーマは「ニューフェイス(当時)」の石勝線と、廃止が決定していた白糠線制覇であった。そしてそのテーマを消化したあとの帰路で盛岡発仙台行の列車番号「1536」に乗車した。理由は単純で、青函連絡船(当時)の夜行便で青森着4時30分で東北本線の列車に乗り換える列車は嫌でも4時53分発「はつかり2号」しかなかった。当時、私の乗車券は「北海道ワイド周遊券」のためフリー区間以外は特急列車を利用すると別料金が発生する。中学生であった私はその「別料金」にやたらデリケートで、少しでも経費のかからない方法を導き出そうとしたがとても無理難題であった。東北新幹線開業からわずか1年くらいしか経っていなかったためまだまだ在来線には急行列車が健在であったが、夜行連絡船との接続列車は皆無であった。そのため盛岡までを「はつかり」で移動し、仙台までを普通列車で東京へアプローチをする・・・意外に選択肢が見つからなかった。

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(同じく画像はウィキペディアより。こんな塗装もあり、上記の写真と2本立てであった。現在も大井川鉄道などでその勇姿を確認する事ができる。)

そんなわけで乗車したのが盛岡発の普通列車1536であった。私の世代か先輩の方々なら1980年代当時の普通列車事情をご存知であろうと思われる。というのも、全国各地ではあちらこちらでDLやELが旧型客車を牽引する普通列車の姿を見られた。東北本線でも旧客による普通列車の運転は珍しくなく、出発時にはあの独特の「ガタガタガタッ」というリズムからの発車が印象的であった。そう、現在のように電車や気動車が主流の時代には無い、あの独特な出発時のリズム・・・先頭の機関車が動き出すと先頭から段々と引っ張られ動いていく・・・SLに牽引される場合などでも味わえるあの時間差的力学とでも言おうか、1車両ごと順番に動き出す間は首都圏では味わえない「異空間」でもあった。

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(更に同じく画像はウィキペディアより。車内はこんな感じで私にしてみれば懐かしい。特に独特のニス的な匂いがたまらなく素敵であった。)

583系の「はつかり」で盛岡に着いた私は約7分の乗換で1536列車に乗車した。朝7時22分発の普通列車は、都会の「通勤・通学」からかけ離れた長閑な風景がそこにはあった。というより「通勤」の乗客はほとんど見かけず、地方のローカル線に見る「通学」が主体となる典型的な景色だ。しかも世間的には平日だし通常の風景。逆に私のような者が平日の朝に大きなバッグを抱え普段着で列車の乗っていたら、普通に職務質問であろう。だが、この時私は「家出」ではなく「帰郷」なのでなんとか言い訳がつく、というわけでもないのだが・・・




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グランクラス・アゲイン

2014年1月に仙台から東京まで乗車したグランクラスであるが、同じく2014年11月に北海道からの帰郷の際に再びグランクラスに挑戦した。今回は新青森から東京という事で、2014年現在では東北新幹線全線をグランクラスで移動した事になった。しかも新青森駅を始発の「はやぶさ4号」での出陣である。始発の新幹線に乗車するのはもちろん初めての事。既にグランクラスの乗車記は紹介しているが、再度お付き合いいただければ幸いである。

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在来線から新幹線ホームへ。新幹線の始発なのにかなりの乗客が。もちろん「はまなす」から流れてきたであろう乗客も。


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既に列車は我々を待っていた。まだまだ「夜」の雰囲気満載であるが、既に朝6時を過ぎていた。11月の日の出は、特に北国のそれは関東方面とは若干の時間差を感じる。


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近い将来、この駅名標の下部左側には新しい駅名が記入される事であろう。いよいよ新幹線も北海道に到達する日もそう遠くない。


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そして今年2回目となるグランクラスへ。今回は3時間ほどの体験となり、前回と比べ倍の時間の利用となる。なのにグランクラス料金が1000円しか差額がないのは実に良い!


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前回同様、こちらがグランクラスの座席。読書灯が実に印象深い。


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前回のアップでは画像がイマイチであったので再び座席のテーブルを紹介してみよう。今回は画像的にかなり成功していると思う。そしてご覧のメニューで我々をもてなしてくれる。


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そして新青森を出て暫くすると軽食のサービスが。画像は「和食」。


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そしてこちらが「洋食」。写真の飲み物は前回と同じくシードルで、もちろん飲み放題。妻は前回同様ハーブティを注文。


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シードルの他にワインや日本酒とご覧の飲み物も選択できる。前回の乗車時は「ヱビス」であったが、今回は何と「プレミアム」!CMキャラクターの存在は実に大きい!!!


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そして3時間後、東京に到着。通勤時間帯から若干外れたせいもあり、やや混雑は薄い印象であった。そして私は新宿に向かった。そう「ロマンス」を求めて・・・



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千鳥ケ淵散策 2014

毎年私は暮れになると千鳥ケ淵へ散策に出かける。今年もその時がやってきたが、今回は小田急VSEで参戦してみた。2014年12月16日、VSEなら「サルーン」でも試そうかと思ったが、実は急遽仕事が午前中に入ってしまい時間的にギリギリであったためサルーンは見送り、通常の座席にてアプローチした。千鳥が淵に行く前に品川駅付近にある「品達」への訪問を挟んだが、今回はあいにくの空模様。足元の悪い中の行動はいつもより気を遣いいささか苦労が絶えない。しかしながら、ある意味いい経験をさせてもらったと前向きに物事を考え、散策を明るい材料にする事で今後に繋がればいいと思い、いつもよりハツラツに行動してみた。というより、こうして毎年散策できる自分をキープする事こそ大事なことであろうという大きな発見があった。

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いつものように本厚木駅よりの参戦となった。新宿行きを待っていたら反対ホームにLSEがやってきた。私が中学の頃、デビュー前に東海道線で試運転していたのを覚えている。あれからもう30年近く経っているが・・・よくこの状態を維持していると感心してしまう。


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かつて何かの本で見たが、新幹線を望遠レンズで写すと「イモムシ」のようになると記されていたが・・・


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急に画像が変わったが、これが千鳥が淵付近にそびえ立つ建物!前回のアップでも言っているが、格闘技系の興行では約1万6千人、コンサートなどのイベントでは大体1万人くらい収容できるスグレモノ。「大きな玉ねぎ」が印象的。


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駐車場にはご覧の通り。ナンバー的には「長崎」「鹿児島」「広島」「三重」・・・など、私が確認した限りでは「西」が多かった。


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今回は特別に・・・会場内はフルハウス!イベント最終日とあって皆さんエキサイトしていた!主催者は最後に「プレミアム」を勧めていた。「帰りにバッチリ美味いビール飲んでって!」と。



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音威子府駅に行ってみた!

前章でも紹介したように、私は宗谷本線で音威子府に訪れた。その最大の意味は「常盤軒」であった!!そう、ウン十年越しに実現したこの常盤軒の訪問は、まだまだ元気な主(あるじ)が健在であり、2時間半の滞在時間にじっくり観察させていただいた。一見クールな印象の主であるが、出てくる蕎麦には拘わりがありそう。蕎麦はお馴染みの真っ黒い物で風味が独特であった。そばつゆは、完全に東京方面の味付けであり、関西方面出身の人にとってはやや濃い印象であろう。とは言え風味は格別で、是非ご覧の皆様もお試しの価値「大」。もちろん経験済みの方も再訪、再再訪していただきたい物件だ。

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そして駅設備に関しては、1990年に駅舎が改装され若干印象が変わった。その時にホームにあった常盤軒も駅舎に移設されたが、それがかえってラッキーだったのか、列車を利用する人以外にも地元の方の利用を多く見かけた。特に若いバスの運転手と思われる人物が「2杯目」を一人で平らげ再び駅舎を出てバスに戻っていくシーンも見られ、なかなかの人気ぶりが伺えた。
駅舎以外はほぼ昔のままの状態と思われ、昭和の面影も感じられる。天北線がなくなった現在、全てのホームが列車で埋まる時間帯があるのであろうか。

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音威子府に到着!いよいよ念願叶う時が来た。駅は2面3線で、特に1番線は簡素な造り。駅舎へは階段を使わずに移動できる。


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ホームはまだまだ昭和が残る。いや、開業当時とあまり変化がないであろうと思われる。かつては天北線を分岐していたが、その天北線はかつての「宗谷本線」であった。その「宗谷本線」が天北線に変身し、そして廃止された経緯は複雑な思いである。


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立派な駅舎になった。村が出資して完成したと聞いているが、まさに村の玄関口に相応しい佇まい。


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駅前の風景はそれなりに生活を感じる事ができるが、人の気配を感じない建物も少なくない。


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駅前からのバスはこんな感じの時刻表。「あの」太川陽介が見たらどんなコメントを発するであろうか・・・だが、恐らく「高速バス」と思われ、太川氏御一行は利用できないかも。


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そして駅舎の中へ。宗谷バスの切符売り場や天北線資料室もあり、実に機能的である。


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そして・・・お待たせしました!いよいよ「常盤軒」の初体験!「夏・体験物語」ではないが「冬・常盤軒体験物語」の始まりだ!


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独特の蕎麦の色は、蕎麦の実はもちろん、蕎麦殻も混ざっているとか。つゆは実に「関東風味」の味で、私には丁度いい味付けであった。路線バスの運転手がひとりで2杯も食べていたのは納得いく。


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常盤軒の営業時間は16時までであるが、3時半頃から自身の身支度を始めていた。まだまだ現役の主には末永く現役であって欲しい。ちなみにCSの鉄道情報番組で拝見したところ「私の代でおしまい」との発言があった。つまり主が健在でなければこの常盤軒の味は楽しめない事になる!!是非「後継者」が欲しいところであるが・・・


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そして「はまなす」に乗車するため復活した「サロベツ」で札幌に向かう。宗谷本線に特急列車とは1980年代には考えられなかったが、当時より当然快適になった。色々な「話題」があるJR北海道であるが、今後も是非頑張っていただきたい。




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各駅停車で宗谷本線を旅してみた!③

美深はなかなかおしゃれな駅舎をしていた。列車が到着すると初老の紳士が2~3名下車。名寄本線の主要駅らしい機能をしている・・・と表現していいかわからないが、利用者がいるのは素晴らしい事だ。

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(紋穂内では貨車駅舎が登場。私に経済的余裕があったら是非塗り直したい気持ちでいっぱいであるが・・・)

そういえば、宗谷本線に限らず、北海道には国鉄時代に「仮乗降場」呼ばれる駅が多く存在した。いわゆる本社公認か地方管理局の判断での設置かの違いであるが、仮乗降場に関しては全国版時刻表には掲載されていない。そのためその存在をどう知るかというと、北海道内のみで販売されている「道内時刻表」でその存在を知る事ができるのだ。私は1982年に、いわゆる「通販」で初めて購入した道内時刻表を見て驚いた!その数は、何と数え切れないくらいに北海道全域に散りばめられていたのだ。

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(北海道では「~ナイ」と着く地名・駅名が多い。ちなみに「ナイ」とはアイヌ語で「川」を意味するらしい。「~ペツ」も同じくアイヌ語で「川」の意味らしいが、恐らくその大きさから呼び名が違うのであろう。)

レールファンならご存知であろう、枕木やベニヤ板のような簡素な素材でできたような短いホームの駅は、かつて仮乗降場であった場合が多い。例えば留萌本線の留萌~増毛間では「礼受」「舎熊」以外はかつて仮乗降場であった(瀬越は臨時駅)。訪問なされた方や留萌本線をよくご存知の方ならお分かりであろう。やはり礼受と箸別などを比べてみてもその差は一目瞭然であろう。道内時刻表でこれらの駅を見つけた時に、なんだか「隠れキャラ」を見つけたような喜びを感じていたのは私だけであろうか・・・

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(宗谷本線の普通列車は想像していた通り、実に長閑な時間が過ぎていった。)

そんな「隠れキャラ」的な存在であったのが天塩川温泉だ。今では堂々とした駅の風格を醸し出すが、かつては全国版時刻表に載らない「隠れキャラ」であった。駅名を表現しているような施設は駅前には見当たらなかったが、限りなく駅に近い場所にその存在が確認できる事であろう。日本で最北の温泉は同じく宗谷本線の豊富が最寄りである豊富温泉と言われているが、この天塩川温泉も位置的には最北の部類に入るであろう。

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(かつては仮乗降場であった天塩川温泉。駅に昇格してからなんとなく風格が出てきた感があるが、駅前にその姿を見る事ができなかったのは残念であった。)

やがてこの旅の最終目的地、音威子府(おといねっぷ)に到着した。この駅は私がレールファンになってからずっと訪問したいと思っていた駅であると同時に、どうしても試してみたい「名物」があった。11月という時期は、東京方面ではそろそろ本格的な寒さを迎え「重いコート」も蔵出し始めた頃と思う。しかしここ音威子府に着く頃には天塩川も完全に銀世界と化しており、我々が普段イメージしている「北海道」がそこにあった。

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(実にロマンチックな駅名である「咲来」。気が付いたら辺り一面は銀世界であった。)



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各駅停車で宗谷本線を旅してみた!②

名寄を出た列車は早速北海道の大自然をじっくり私に見せてくれた。とりあえず今回の旅は鹿や熊などの被害はなかったが、いつ出てもおかしくない風景が延々と続く。天塩川に寄り添うように、季節によっては車窓をバラエティーにさせてくれるのは周知の通りであるが、どちらかというと私は駅設備の方が気になる存在だが・・・

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(名寄駅に到着。稚内行きに乗り換えるが、その時間3分。しかも跨線橋を使わせるとは!ダッシュしたのは言うまでもない。)

最初にたどり着いたのは日進である。なんというか、宗谷本線の、いや北海道の哀愁漂う駅の基本形のような駅だ。絵に書いたような日進。決して「指扇の隣」では無く、純粋に北海道の匂いがした(当然であろうが)。続いて北星。レールファンお馴染みのあの駅舎?というか待合室がデーンと出現。相変わらず味がある建物は、いつしか下車してみたい衝動を醸し出す。よくこの辺りの駅が「秘境」として紹介されるが、私が思うにそのような秘境度はあまり感じられず、むしろ付近に民家、というより酪農業の施設がそれなりに存在した。これが駅の存在する理由であろう。

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(宗谷本線らしい駅舎、というか待合室が現れる。まずは日進。)

そして更に天塩川が諄いくらいにくっついてくる景色の中、常に進行方向左側に集中して現れる。智恵文では貨車駅舎が登場する。そして隣の智北や南美深は典型的な仮乗降場の姿をしていて「らしさ」を醸し出していた。やはりこの辺はレンタカーで「熊シリーズ第二弾」でもやらないといけない雰囲気になってきた。いずれタイミングができたら是非実行してみようと思う。

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(そして北星。もうこの駅はお馴染みであろうが、私の訪問は11月。なのにもう「北海道らしさ」が顔をのぞかせていた。)

さて、美深に到着すると私はある行動にでた。それはかつての「美幸線」の確認作業だ。とは言え2008年には「スーパー宗谷」で下車はしなかったが初訪したためその作業は若干ながらした。しかし僅かな停車時間と美幸線とは逆の席に座っていたためその作業はできずにいた。帰りのサロベツでも同じであったが、今回は普通列車。そのため若干余裕があった。しかしながらもう既に確認作業をするまでもなく面影すら感じられなかった・・・中学時代は何度も訪問計画を立てたが「計画」で終わってしまい現在に至る、そんな美幸線は是非現役時代に体験してみたかったものだ。

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(智恵文では下車客の姿が!つまりこれが駅の存在理由になるのだが・・・よくぞお元気で!このあとこの乗客は駅舎横に停めてあった自転車で駅を離れていった。)

しかしながら「日本一」に輝いたのは、理由はどうあれある意味素晴らしい。そういえば九州の添田線なども「日本一」になった。赤字赤字と言ってはいたが、つまり「赤字率」であって「赤字額」ではない。美幸線の赤字額は、当時の国鉄全体で考えた場合、それほど大きな「額」ではなかったと思う。確かに赤字ではあったが、東海道線のそれに比べたら天と地ほどの差があったろう。

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(美深では美幸線の存在が私にとっては実に大きかった。しかしながら訪問できずに現在を迎えてしまったのが残念でならないが、現在は旧・仁宇布駅でその勇姿を確認できる。)

と、若干昔話をしてしまったが、逆にいえばそんな宗谷本線ひとつ取っても北海道の鉄路には色々なかつての記憶がいたるところにたくさん凝縮されいるので訪問していても実に明るく・楽しく・激しい!って、どこかのプロレス団体のキャッチフレーズになってしまったが・・・



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各駅停車で宗谷本線を旅してみた!①

2014年11月、夜行急行列車「はまなす」への乗車記は既に紹介したが、その道中の過程で音威子府を訪問した。その理由は・・・「常盤軒」に訪問する事だ!!単純に、そして純粋に常盤軒の訪問のために旭川から快速列車+普通列車に乗り北を目指したが、やはり宗谷本線は稚内まで各駅停車で訪問して始めて「絵になる」と思う。スーパー宗谷やサロベツではやや旅情が薄れる気がするのは私だけであろうか・・・

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(私は初めて高架化された旭川から列車に乗った。長いホームから発する普通列車は少々ホームを持て余し気味。)

今回は音威子府までしか訪問できなかったが、やはり名寄以北は素晴らしい内容で「宗谷本線フリーク」「宗谷本線マニア」が日本全国に存在するのも頷ける。私のように首都圏に在住していると、北海道のような大自然の景色は癒しの材料になるという事は、私と同じ経験をしていらっしゃる方も少なくないと思われる。そんな宗谷本線の一部ではあるが、あらゆる鉄道情報誌などでも紹介されている中、私なりの感性でも紹介てみよう。

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(近年、利用者増加が著しい永山。全国的に乗客が減少していく駅が多い中、旭川のベットタウンとして着実に発展している。)

今回は「はまなす」に乗車するために北海道入りしたが、その発車時間までに充分すぎるくらい時間があるため札幌市内や旭山動物園などに観光でもしようか・・・とも思っていたが、やはり北海道ではひとつ心残りがあった。それは「常盤軒」である。北海道へ行くのに人並みに観光ではやはり面白くない。という事で私は旭川空港に降り立った。早速市内行きの路線バスに乗り換えるが、空港玄関前がそのバス乗り場で我々飛行機の下車客を待ち構えていた。

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(名寄本線の主要駅のひとつである士別。かつては2千人近くいた乗降客も現在は700人くらいに減ってしまったが、主要駅の風格を今でも保っている事には変わり無い。)

今年(2014年)6月以来の旭川駅訪問となるが、やはり高架化されたばかりですべてが新しい。そして何より富良野線と他の路線が統一されてスッキリスリムになった旭川駅は実に機能的だ。そして私はその真新しいホームから初めて旭川より鉄道を利用する。有効長の長いホームにいた快速列車はたった1両編成であった。
旭川を出発するとすぐに地上に降りて従来の景色となったが、予想通り永山で一気に乗客がいなくなった。「女学生」という言い方は古いかもしれないが、永山まではこの方たちが主だった乗客だった。旭川のベットタウンとしてかなりの乗客があるのは周知の通りであるが、駅舎などはほぼ昔のままの佇まい。このアンマッチさがじつに良い!

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(レールファンにはお馴染みの塩狩。私の乗車した快速列車は通過してしまった。少々勿体無い・・・)

そんな永山を過ぎると車内は実に落ち着いた光景を見せながら比布や士別、和寒やそして何と風連などにも停車して名寄に到着した。乗り換え時間は何と3分!しかも跨線橋を使わなければならないとは!!JR北海道様、この辺りをもう少し配慮していただくと利用者も助かると思われるのですが・・・というより乗換客より名寄での下車客の方が多いからか。ならば接続時間をもう少しとっていただくと私も息を切らさずに乗り換えができたのだが・・・と個人的な意見ばかりを述べてしまったが、いずれにしてもこれから先の「宗谷本線」が実にワクワクする。しかも宗谷本線「初」各駅停車の旅。そう、宗谷本線はじっくり時間をかけて訪問するべき路線だ。


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夜行急行列車「はまなす」大冒険 (番外編)

「はまなす」を紹介してきた中で、アップした写真が余ったのでこの場を借りて紹介しよう。と言っても腕前に関してはこの場で述べるまでも無いので予めご了承頂きたい。

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札幌にて。これって「北斗星」「カシオペア」にも当然使用していると思われるが、上りの札幌~函館間は寝台車のすぐ前に機関車が連結される。


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写真は自由席であるが、指定席を含め座席の乗車率はこんな感じ。ハッキリ言ってシーズン以外は座席車1両で指定席と自由席を半々で使えばいいと思う。


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そしてB寝台も連結している。意外にも利用者は少なくない。


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「のびのびカーペット」の小窓を覗くとこんな感じ。だが、深夜の時間帯を走るためハッキリ言って景色は真っ暗で途中何も見えない。


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この「三ツ星」ももう過去のものになってしまうのか・・・こういった光景がなくなっていくのは寂しい限り。


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青森に到着すると、5分もしないうちに機関車が切り離される。危うく写真に収めることができないところであった。


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「ドリームカー(指定席)」の一部にあるミニサロン的空間。もちろん禁煙であるが、こういった配慮もなかなか良かった。


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夜行急行列車「はまなす」大冒険 ③

苫小牧を過ぎた頃に減光されたが、室蘭本線のほとんどの区間を夢の中で過ごした。が、途中やたらと車内放送が入る。急行であるし座席車を連結しているから仕方ない所であるが、基本「夜行列車」であり寝台も連結している。そのため車内放送は青森到着まで控えたほうが良いと思うのは私だけであろうか?特に函館では必要以上のアナウンスが入る。機関車交換のため30分停車するのは仕方ないが、それを細かく説明する必要はあまりないと思う。どうしても放送を入れなければならないというのであるならば必要最低限のアナウンスで充分であろうというのが私の意見だ。大体、長万部では深夜1時過ぎ、函館に至っては3時台である。

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(深夜の函館で機関車交換のため小休止。とは言え売店などは営業していないので自販機のみが頼りになる。昔の静岡駅のように「ムーンライト」などが到着すると駅弁などを売りに来る光景がここ函館にも欲しい気がする。)

その函館では先述した機関車交換があるため、というよりアナウンスがうるさいくらいに流れたため眠い目をこすりながら少々ホームに出てみた。座席を利用している乗客はホームの自販機などで飲み物を購入したりしていたがほとんどの乗客は座席を動かずに睡眠まっしぐらであった。ミニサロンスペースも使用された形跡はないし、やはり皆睡眠に夢中の印象であった。
函館を出る前に私も睡眠体勢に入ったが、やはり「青函トンネルに入ったな」と確認する頃までは眠りに付けなかった。そして青森到着のアナウンスで目が覚めた。到着15分前であった。そう、こういう時はアナウンスが必要だ。他の駅は「どうでもいい」と言っては失礼であるが、やはり基本的に皆青森までの乗車であろうから変に必要以上のアナウンスは避けたほうが良いというのが私の結論であった。

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(DLからELへ交換する。が、青函トンネルを走るこういった「昭和型」もそろそろ終焉をむ迎えようとしている。)

青森に近づくと奥羽本線が右から寄り添ってきた。いよいよ「はまなす」の体験も終盤を迎えた。以前より憧れていた「はまなすカーペット」も体験できたし、今回の旅はまずまずの出来であった。帰郷の際には新青森から「はやぶさ」の「グランクラス」に乗る予定である。新青森の方は最近は何度も利用するようになったが、東京へ直結された事で以前より華やかさ、そして重要性が増したのは当然であろう。あの開業当時の棒線化されていた新青森駅のイメージは現在は全くない。それとは裏腹に既存の青森駅は随分と線路が減った気がした。いや、減った。

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(かつては快速「海峡」で活躍していた14系座席車が現在も「はまなす」で活躍していた!14系座席客車といえば、1980年代は急行「津軽」や「銀河(臨時便のオール座席バージョン)」などで活躍していたので懐かしい。)

1983年に私が訪れた青森駅とは全く違う、なんというか、ターミナルという「風格」みたいなものが全く感じられなくなった気がした。かつての青森駅は太平洋側からと日本海側からの「本線」と名の付く路線、そして将来「本線」の役割をするであろう津軽線を全て一気に束ねる役割をしていた青森駅は、青森駅のホームに着くまでやたらと線路がいっぱいある空間を延々と進んでようやくホームにたどり着いていた。「本州の最北拠点に着いたな」という「プロローグ」がホームに入線するまでに感じられた。だが、今の青森駅はかなりスリムになってしまいかつての面影がほとんど感じられない。確かにあの長い跨線橋やホームの屋根などは昔もままであるが、なんというか「上野発の夜行列車」を降りた時のあの独特な哀愁感を感じなくなっていた。この気持ち、なんだろう・・・

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(青森駅に到着した。隣には奥羽本線の普通列車弘前行きが出発を待っていた。跨線橋を使わずに乗り換えできるのがいい。)

遅かれ早かれこの「はまなす」の去就が近づいている事は確かであろう。車両に至っては14系客車がだいぶお疲れの様子であった。「はまなす」のために新車作成ということはありえないであろうが、せめて例えばキハ185系やキハ183系の改造とかで現在の編成を保って頂いて存続させるとかしていただくとありがたいが・・・
別の施設や建物に変化してしまったかつての線路跡を見つめながらそんな夢を窓の向こうに見ていたら、もうすぐ到着のアナウンスが聞こえてきた。しかしそのアナウンスは、さっきまでうるさいくらいであったのにこの時ばかりは妙に愛着を感じずにいられなかった。


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夜行急行列車「はまなす」大冒険 ②

さて、「はまなす」を体験する前に私は桑園駅前にあるスーパー銭湯に身を寄せた。もちろんこれはインターネットが発達した現在であるから可能である出来事であろう。今となっては当たり前のように日常に溶け込んでいるが、私が中学生の頃はそんな情報をどう収集していいかわからなかった。そのためある意味無駄な行動が多少たりともあったろう。しかし今は事前に色々な情報が収集できてある程度作戦が効率よく立てられるのがいい。そんな情報源から更に桑園駅前に大手スーパーが存在するのが判明。もちろんこちらで飲料や食料を購入。特に食料はタイミング的に半額などが陳列されている時間帯であったためそれを購入する事でエンゲル係数を下げる事に貢献させた。

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(私の利用した「のびのびカーペット」はとてもリーズナブルで大人気だ。もっと他の列車にもあっていいと思うのだが・・・)

桑園を後にした私は、札沼線の列車で札幌入り。札沼線は現在電化され、快速「エアポート」なども新千歳空港から直で乗り入れる事が可能になり札沼線の使い方にバリエーションが広がった。石狩当別発新千歳空港行きや江別行きなど、札沼線ではこれまで見なかった行き先を見ることができるようになりますます便利に。特に桑園では函館本線の列車もやってくるため隣の札幌との間の列車本数が格段に多くなった。

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(そして若い女性にも大人気!ドアの向こうには更衣室もあって女性客に優しい配慮をしている。)

急行「はまなす」は先述通り4番線からの発車で案内された。発車まで40分以上のインターバルがあったが、たくさんの列車がやってくる札幌駅では退屈せず「はまなす」の入線時間を迎えた。私の訪問は11月、シーズンでもないし廃止情報も受けておらず普段の「はまなす」を見る事ができた。
まず利用状況であるが、ハッキリ言って人気は「のびのびカーペット」だ。特に先述の通り上段に関しては年間通してフルハウスで、今回私が乗車した下段に関してもフルハウスであった。つまりカーペットカーは常に満席なのであろう。ついでB寝台も6割方下段は埋まっていた。指定席と自由席に関してはほとんど乗客が無いに等しく、完全にカーペットカーと寝台のみでも十分運転できる内容だ。座席に関しては自由席と指定席を1両にしてしまい、のびのびカーペットをもう2両でも連結すれば一気に利用率がアップするであろう。もちろん定員的な事や車両的な運用面の事もあろうが、シーズン以外の運用はこんな感じでも充分間に合う内容であった。まぁ、あくまでも理想論であるが。

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(意外に過ごしやすいので想定外だった。もちろん良い意味で。青森到着が翌朝の5時半頃なのでちょっと勿体無い気がする。どうせなら仙台とか上野まで乗り入れて欲しい!)

という事で札幌を定刻通りに・・・と言いたいところだが、稚内発の特急列車接続の関係から出発が6分遅れとなった。とは言うものの、考えたら函館で30分近くインターバルがあるし充分に遅れが解消される内容であろう。青森に着く頃は定刻到着はほぼ確定であった。
さて、私の利用した「のびのびカーペット」の乗り心地であるが・・・思っていたより全然悪くない!というより、40歳を超えてなおこういった事にチャレンジする自分に感謝したい!って表現はおかしなものだが、常に「新しい事」にチャレンジする事は素晴らしい事だ。と言っても「はまなす」は運転開始から既に20年以上経っているが・・・

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(ちなみに上段は完全に個室状態。これで料金が同じとは!次回は絶対にこちらを試したい・・)

「のびのびカーペット」の下段で過ごす私は全く乗り心地に問題ない事を確認し早速睡眠体勢に入った。もちろん酒類を事前に処理したのは言うまでもない。ほぼ「サンライズ」と同じような感じと思っていただいた方がいいと思うがひとつ難点があった。それは大きな荷物置き場が無い事だ。上段への階段がある脇の下段は階段部分が荷物置き場になっているが、そうでない箇所は無い。そのためコロコロバックなどの場合は若干苦労するであろう。私はリュックであったのでそのまま枕元で済んだが、この点がクリアできれば素晴らしい内容であろう。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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