鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART1>①

ハッキリ言って、私のブログの傾向として、どうも北方面に偏りがちな気がした。いやいや、私は沖縄ゆいレールを除いて全線制覇した身(北陸新幹線開通後は長野~金沢が新たに未制覇区間に加わるが)。北方面ばかりが能じゃない。南方面も魅力たっぷりな鉄道路線が多く存在するではないか・・・
そんな訳で、今回は九州の旅を紹介しようかと思う。だが、九州の鉄道路線制覇の道のりは実に長かった。そのため数回のカテゴリーに分けて紹介してみよう。

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(1978年訪問時の宮崎駅にて。ここで機関車交換し、西鹿児島まで目指す寝台特急「富士」を牽引するDF50は非常に思い出深い。)

九州の初上陸は1978年の寝台特急「富士」から始まる。当時私は小学4年生であった。既に紹介しているが、当時、東京~西鹿児島まで24時間25分運転されていた列車に私は始発から終点まで乗車した。そして583系のL特急「有明」に乗って熊本で下車、天草を抜け長崎へ。そして博多から新幹線で帰郷というスケジュールであった。
第2弾は1983年に鹿児島交通廃止の情報を受け「青春18」にて一路九州を目指した。

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(時代も変わったものだ・・・新幹線と言えば0系のイメージが強い私であるが、こういった車両が開発されたことによって九州方面への到達時間が短くなった。今回の旅は新横浜より乗車。)

そして第3弾は今回紹介する旅となったわけである。が、今回紹介する旅においては2回目の訪問から25年か経過しており(当時)、果たしてどんな変化が私を待っているのであろうかと、期待と不安の門出であった。それを象徴するように、既に出発時の新幹線から早速車両が違う。この旅の出発は新横浜より新幹線で九州を目指す行程であった現在の新横浜はこの駅を通る全て新幹線が停車する。かつての「こだま」のみが停車する地味なイメージは無い。神奈川県民にとってみればわざわざ東京まで出る必要がなくなり大変便利になった。そう、新横浜から「のぞみ」に乗ること自体が実に新鮮。鮮度抜群の700系で一気に博多を目指すのは実に気分が良い。というより、新幹線で九州入りする概念が一般にあるかどうか・・・だから尚更自身の行動は実にいい選択肢を持っていると自身に表彰したいくらいの気持ちであった。

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(JR化後は私の知らない車両が多くなった。しかし、利用者にとってみれば実に利用しやすい造りになっている。)

てなわけで、博多で新幹線を乗り捨てると早速「乗り潰し」が始まる。まず篠栗線と筑豊本線を経由して折尾に向かう。だが、この折尾駅で事件が起こる。果たしてその「事件」とは・・・



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長期連載覚悟!関西私鉄制覇の時⑩

私の関西私鉄の最終地が「谷上」とは意外であると思われたであろう。実はこれには訳があった。そう、帰路に着くのに必要なアイテム・・・新幹線を使うためだ!現在の新神戸は新幹線の全列車が停車する。私はこれを見逃さななかった。かつてはそれこそ「こだま」しか停車しなかった地味な駅がここまで飛躍した事を・・・って、駅自体は開業当時からほとんど変化がないであろうが、世間情勢の変化とともに「出世」した新神戸駅。私は最初から関西から去る玄関口をここ、新神戸に決めていたのだ。開業当時は地下鉄の駅は無かった。現在はこうして市街地とも地下鉄で結ばれ便利になった。

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(神戸の地下鉄も初体験。今回の旅は初体験づくしで実に新鮮であった。)

さて、私はこの時点で確か北陸の私鉄各種と北陸新幹線を残して全線制覇となった。と言っても、沖縄のゆいレールも残っている。だが、北陸方面に関しては翌年に制覇している。更に現在はゆいレールを残し全線制覇となったが・・・私は常に思う事がある。それは、私の崇拝する某ロックアーティストが口を酸っぱくして言っている事でもあるが、やはり人間は、やらなければならない事がある、やりたい事があるというのは実に幸せな事だ、という事。某ロックアーティストは「僕は神様にひとつもらった。」と言っていた。彼の言葉を私自身に置き換えるなら、それは「鉄道」であろう。私はやらなければならない事がある。それは日本の鉄道全線制覇だ。実は現時点で先述通り「沖縄」がまだ残っている。沖縄に関しては5年後に延伸があると聞いているのでその時点で訪問しようかと考えているが、実はあえて乗りに行かない、という部分もある。もし沖縄を制覇してしまったら全てが終わってしまいそうな感じがするからかも知れない。だが、いずれは訪問しなければならない。現在私は散々このブログでも紹介しているが「線」の旅から「点」の旅ができるようになり、自身の旅に視野が広がった。もし沖縄を制覇しても更なる旅が、そしてテーマが待っている事であろう。そう、私の「鉄道」は永遠のテーマかも知れない。今になって感じるが、全線制覇した後でもテーマは星の数ほどありそうだ。

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(関西私鉄制覇の最終地、谷上。神戸電鉄と北伸急行の接続駅であるが、現在は日中のみ同一ホームで乗り換えができる。)

定年を迎え会社を退職した方が、今後の自身の身の振りがわからず、途方にくれたり痴呆に傾く傾向のあると聞いた事がある。「仕事一筋」もいいが、仕事を含め「自身が一番夢中になれるもの」とは一体何であろう。私は鉄道ある。これは幸せな事だ。このブログをご覧の皆様は「夢中になれるもの」がお有りであろうか?このブログをご覧になっているという事は、少なくとも「鉄道」というカテゴリーが心の片隅に存在している証でもあろう。いや、別に鉄道でなくても良い。あなた自身の「夢中」というものがあるという事が大事なのだ。

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(同じく谷上より。「スルッとKANSAI」進出のおかげで中間改札がなくなり別会社でも乗り換えが同一ホームでできるようになった。利用者にとっては大変便利に。画像はウィキペディアより。)

私は「沖縄」を制覇しても(2015年には北陸新幹線も開通するが)、まだまだ鉄道に触れていたい。先述した某ロックアーティストは言っている。「ローリングストーンズのミック・ジャガーなんかいくつよ?彼は地位も名誉も手に入れた。なのに何故音楽やってんの?そう、彼は音楽が好きなんだよ!好きだからやりたい。やらなければならない。」と。私も同じだと思う。多分、この事は以前にこのブログで恐らく一度記事にしていると思うが、だとしたら「リフレイン」になってしまうのは申し訳ない。だが、あえて言いたい。私には「鉄道」がある。恐らくこの「鉄道」は一生涯続くであろう。確かに23年のブランクはあった。だが、家の本棚を見ると、そのブランク期間中の年でもしっかりと時刻表が毎年購入されていた。そう、形の上では鉄道から離れてはいたが、心の中では「鉄道」が活きていたのだ。これはたぶんこのブログで初めて明かす事であろう。

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(神戸電鉄は実に魅力があった。是非再訪してみたい物件であるが、特に粟生線の今後が気になる。)

もし、私が鉄道という名のカテゴリーとの接点が無かったら関西との文化と触れ合うタイミングもなかったかも知れない。もし、関西の文化と触れ合ったとしても違った感性からの感覚であったろう。
新神戸を出た新幹線はすぐにトンネルに入った。もちろん真っ暗で何も見えない車窓。だが、そんな暗い窓の向こう側には、六甲おろしに見守られた「文化」が、そして私が今まで歩んできた「道」がスクリーンのように映し出されたいた。



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長期連載覚悟!関西私鉄制覇の時⑨

JRの新快速で姫路に着いた私は早速山陽電気鉄道の乗り換える。が、JRの駅が近年高架化され若干駅が後退した。そのため山陽電気鉄道の乗り場に行くためにはやや徒歩を要する。まだまだ昔の駅舎や広場が印象を残す駅前であるが、いずれ再開発の対象になるであろう。だが、現在のままだと山陽電車には乗り換えが不便だ。いずれ何らかのアクションが起こされるであろうが、果たして・・・

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(全くの初体験である山陽電気鉄道。JR姫路駅は近年高架化されたため、山陽電気鉄道の姫路駅とは若干距離ができた。)

山陽電気鉄道は全くの初体験。未体験ゾーンは実に心が躍る。飾磨で乗り換え電鉄網干へ。押し返し飾磨に向かい再び本線に乗り換えるが・・・飾磨?かつては電鉄飾磨と称されていた。その理由は、かつて国鉄時代に播但線の飾磨港線という支線があった。この支線には飾磨という駅が存在したため、山陽電気鉄道では「電鉄」を頭に付けて区別したのだろう。現在はもちろんその国鉄路線は存在しないので「電鉄」を外したのであろうと思う。そして今では当たり前の風景として浸透しているが、私にしてみたら若干違和感があった。

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(画像はウィキペディアより。旧・国鉄飾磨駅は播但線にあった。とても都市近郊の駅とは思えぬ佇まい。現役時代はもちろん知っているが、列車本数の関係から私は訪問できなかった。現在も存在していたら即刻訪問していた事であろう。)

そんな飾磨を出た私は新開地で阪急の電車に乗り換える。三宮から地下鉄に乗るためであるが、飾磨から乗った列車は阪神直通のためそのまま乗っていても三宮まで行かれたが、阪急三宮の方が地下鉄に乗り換えるのに便利であったのであろう。わざわざ新開地で乗り換える理由がそこにあったのかもしれない。
三宮ではちょうど昼食時間のため、というよりそういう時間に三宮に来るよう計画していたため、花時計前駅までの乗り換え通路で飲食店に入る。三宮駅から花時計前駅までやや距離がある。しかしこの微妙な距離が実によく、三宮という街をじっくりと観察できるような気がした。とは言え、ほんのわずかの距離で、果たして三宮という街がわかるのか?というクレームが殺到しそうであるが・・・

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(和田岬というとJRを思い出すが、現在は地下鉄も駅を構える。JRの場合、朝夕の列車設定となっているが、地下鉄の場合は日中の運転も当然あるので大変便利に。)

そしていよいよ最終章となった。この神戸の地下鉄と北伸急行電鉄を制覇すればすべてが終了する。地下鉄では途中、和田岬を通るが、レールファンにはご存知、通称「和田岬線」なるJR路線が存在し、かつてはDLが牽引する旧型客車が活躍していた路線であった。現在は懐かしい国電の姿がお目にかかれるが、なにせ列車本数が少ないため乗り潰し泣かせの路線である。逆に言えば、こうした路線こそ苦労して制覇できた時の喜びは実に大きい。私は近年の制覇であるが、今でも実に趣きある路線として私の評価は高い部類に入る。
そんな和田岬を過ぎ地下鉄を制覇すると、本当に最後の行程となる。西神中央から谷上まで一気に向かった。そして谷上駅のホームに立った時、関西私鉄全線制覇の瞬間を迎えたのだが・・・谷上駅はかつて3面6線であった。だが、私の訪問時には何かが違った。そう、真ん中のホームが拡大され1線が廃止されていた。そして1線をなくすことで北伸と神戸電鉄との乗り換えを階段無しで乗り換えできるように改良されていたのだ。これはもちろん昼間の時間帯だけの対応なので前日に神戸電鉄に揺られ谷上を通った時には気付かなかったのだ。




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長期連材覚悟!関西私鉄制覇の時⑧

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(新開地で神戸電鉄に乗り換える。というか、実はホーム横にかつお風味の出汁的な気になる飲食店があったため1本でも列車を遅らせようかと思った。が、結果的に予定に忠実に・・・)

三宮から新開地に向かう。さて、どうすればいいか。JRに阪神、阪急など・・・オッと、JRは新開地に行かないか。だが色々な手段があるのでどう行こうか・・・しかも切符は「スルッと」だし。結局阪神で新開地に向かう事にした。そして神戸電鉄に乗り換える。いや、神戸電鉄は湊川からだ。なので正式には「神戸高速鉄道」との表現が正しいが、実際問題、これは正しい表現ではないであろう。やはり「実質」を取るとべきか、新開地より神戸電鉄に乗る。

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(なんとなく華奢に見えるのは気のせいか?大都市近郊にありながらなんとなくローカル色が強いイメージの神戸電鉄。)

まずは横川に向かいウッディタウンに向かう。そして折り返して有馬口より本日の宿、有馬温泉に向かう。有馬温泉といえば日本最古の温泉と言われる部類に入り、伝統や歴史のある温泉場である。とは言え、私にはこういった温泉場は似合わないであろう。が、こうして私が鉄道の旅に「観光」を取り入れるのは所帯を持ってからである。こうした「冒険」もまたひと味違った旅になるであろうと。だが、普通の一般的にはこうした温泉などを目的に旅をするのが普通であるが、私の場合はこの温泉が「サブメニュー」となってしまう。やはり主役は「鉄道」だ。

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(有馬温泉の宿泊先から有馬温泉駅を望む。山間にある駅のため周辺は坂が多い。昔からの温泉街的なイメージではあるが、若い女性グループもチラホラ。)

翌日、朝食を済ませ有馬温泉駅に向かったのが8時半過ぎ。私としては異例の出発時間だ。これだけ出発時間が遅いと若干不安を隠せないかも・・・(ってなんの不安だか・・・)などと考えながら鈴蘭台を目指す。ちょうど通勤通学時間帯の最中で乗客が大いが、改めてよく観察すると神戸電鉄とは実に雰囲気の良いローカルモード漂う鉄道路線ではないか!と感じた。さすがに鈴蘭台まで来ると「大都会」のように映るが、基本、神戸電鉄は風情漂う鉄道路線と私は認識している。そんな鈴蘭台で粟生線に乗り換える。ふたつとなりの西鈴蘭台は辺りも開けており乗客も多い。が・・・基本この先からローカルモードに突入する。粟生線と言えば、近年ではずっと赤字計上していて存続の危機に立っている。粟生線は実に風情がある路線であると思うのでなくなってしまうのは実にもったいない気がする。是非今後も継続してもらいたいが・・・

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(粟生駅ではJRとは別改札である。私的には1982年以来約30年振り(当時)の訪問であった。変わったのは、電化され車両が変わったのと北条線が第三セクターになった事。とは言え、雰囲気的には昔のままだ。)

粟生でJRに乗り換える事になっているが、なぜかJRにはこうしたローカルモードが似合っていると思ってしまうのは何故であろう。やはり「イメージ」なのであろうか。とは言え、現在の加古川線は電化され通勤電車が走る風景が見れるようになった。私が1983年4月に訪問した時は三木線・北条線・鍛冶屋線を分岐する路線でありDCが主役の路線であった。現在は粟生から分岐する北条線のみが残っているのもやはり時代の流れか・・・
私は「スルッと」のためJRは正規料金での参戦だ。しかしながらずっと私鉄路線に乗ってたせいか、JR車両が実に新鮮に見える。これもこの旅ならではの発見かも知れない。加古川から姫路へ山陽本線の「新快速」に乗るのも実に新鮮。姫路から最後のラストスパートに向け、なんとなくエネルギーを注入した感じとなったのは気のせいであろうか。「スルッと」の中のJRは、この旅の行程の中でダイヤモンドのように、実に素晴らしく煌めいていた。



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長期連載覚悟!関西私鉄制覇の時⑦

西宮北口から今津線で今津へ。そして武庫川に向かい武庫川団地へ向かった。さて・・・この武庫川駅は、ご存知、武庫川に架かる橋の上にある駅である。川の上に駅があるとは実にダイナミック!ホームを歩いていると、柵の向こう側には普通に橋を渡っている歩行者などがいるのが実に違和感。そんな歩行者と一緒の方向を進むと武庫川団地へ向かう列車の乗り場に着く。武庫川線は本線とは独立して十字クロスする形でホームがある。一応武庫川信号所から分岐する本線との連絡線と繋がっているが、運転上では武庫川と武庫川団地を往復する列車のみである。

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(武庫川駅の武庫川線ホームより。武庫川線ホームは武庫川の土手っ淵にある。そこには懐かしい阪神電車の姿が!)

武庫川団地といえばF原N香がかつて住んでいたところであると自叙伝で読んだことがある。私の記憶違いかも知れないが、N香がもし武庫川団地に住んでいたとしたら・・・なんとなく、ある意味ロマンティックかも知れない!
そんな武庫川団地の開業は意外と新しく1984年である。それまでの洲本からの延伸であるが、実に味がありに長閑な風景は阪神らしくない旅情あふれる路線だ。

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(同じく武庫川駅のホームから。「スピード」で評価の高い阪神電車も、武庫川線では長閑に映る。)

都会の中の「ローカル」に触れた私だが、早速次の行動に移す。魚崎で六甲アイランド線に乗り換える。全く都会的な「新交通」も制覇の対象のため「自動的に」乗る事になるが、さっきの「武庫川」とは全く異なる風景のため戸惑いを隠せない。というよりこのような急な変化に対応しなければならない自分がまた良い。という表現はおかしいかもしれないが、いろんな風景に対応するため旅が短調にならずに楽しい。そんな新交通で住吉に向かい折り返しマリンパークへ。更に折り返し再び魚崎に戻ってきた。「旅」とは言うものの、やっていることはなんとも説得薄い材料だ。

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(最近ではこうした「阪神電車」が出現。私にとっては全く未知なる部類だ。)

魚崎から再び阪神で三宮へ。そして再び新交通のポートアイランド線制覇に乗り出す。このポートアイランド線といえば、1981年に開催された「ポートアイランド博覧会」に併せて開業した新交通だ。私はいわゆるポートピアは1981年に参戦している。当時は、急行「銀河51号」で東京より向かったものだ。東京初のオール座席客車急行は、現在の概念では考えられない列車だろう。私のとっては実に懐かしい列車であるが、当時は中学1年生。友達同士て行った初めての宿泊遠征であった。

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(ポートライナーの最前列に座ってみた神戸空港。空港までのアクセスとして大変便利であるが、私はただ「行っただけ」に過ぎなかった・・・)

そんな思い出の地に、約31年振り(当時)に足を踏み入れた。もちろん博覧会は開催されていないが、なんというか、ポートライナーは実に懐かしい。私の知らぬ間に神戸空港までの延伸がされており、今でも頑張っている新交通の姿が実に微笑ましかった。そんな新交通を折り返し、三宮から今夜の宿に向けて更に細かい乗り換えを繰り返す・・・本当に終わりは来るのか・・・


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川西国鉄前

「能勢電鉄」と聞き、皆様はどういう印象をお持ちであろうか?特に若く新しいレールファンなら迷わず「阪急」のイメージであろうと思われる。ほとんど「阪急能勢線」と言っても過言ではないくらいに阪急カラーに染められた能勢電鉄であるが、私の場合は「川西国鉄前」のイメージが非常に大きい。小学校時代などに「私鉄全線全駅」等の書籍を通じてこの「川西国鉄前」のイメージが完全に植えつけられ、いつしか訪問してみたい気分であった。だが私が中学に入学すると廃止の噂が流れ、とうとう「その時」を迎えてしまった。

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(画像ウィキぺディアより、川西国鉄前駅に停車中の能勢電鉄車両。営業最終日の様子らしいが、バックには橋上駅舎化された川西池田駅が見える。まさにここは「国鉄前」。)

そんな川西国鉄前は、実は妙見線の起点であった。しかしながら私の知る能勢電鉄は川西国鉄前~川西能勢口間を単行が往復するイメージであった。そして日生線が開通したものの「開発途上(と言うよりは衰退途上か?)」のイメージがかなりのウェートを占めていた。2012年7月、私は関西私鉄全線制覇を果たすために能勢電鉄の地に降り立った。事前にはわかっていたものの、かつてのイメージは全くない。まず川西能勢口であるが、完全に高架化されイメージを一新。川西国鉄前までの路線の廃止跡を使い西側に改札を設けた時期もあったが、現在は高架下に改札が移されスッキリした感がある。そして何より阪急と相互乗り入れが頻繁に行われ大阪方面へのアクセスが飛躍した事が最大の変化であろう。しかしながら近年は若干利用者が減少気味なのが気になる所だ。

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(能勢電鉄で、川西能勢口を除くともっとも利用者が多い日生中央にて。私の場合、阪急の車両だとかなりイメージが狂うが日中は閑散とした雰囲気。)

そして能勢電鉄の「生命線」は日生線であろう。終点の「日生中央」はおそらく能勢電鉄で一番利用者がある駅である。1978年に開業した日生線は、こちらが「本線」と思うほど立派な設備となってる。それこそ「日本生命」が中心になり開発したこのニュータウンは「日生エクスプレス」がラッシュ時に運転されている事に象徴されている様に「生活」が常に営まれている印象であり、日生中央~川西能勢口は複線化されている。
そして隣の山下で妙見線と日生線が分岐するが、ここ山下にはCTCセンターがあり、全駅のポイントなどを遠隔操作している。

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(能勢電鉄の運用的な中心駅、山下。3面4線のホームがあり、日生線と妙見線は川西能勢口方面でホームに入る手前で分岐する。)

と、ここまではかなりな都会的華やかなイメージであるが・・・山下から本来の「本線」である妙見線の末端区間になると景色が一転する。確かに山下付近まではだんだんと「それらしい」景色になるが、山下より先は単線になりそれこそ「箱根登山鉄道」とは言わないが、私たちのような「その道の人」の好むような景色に変身する。日生中央とは全く違う異次元の空間・・・古館伊知郎的に言えば「四次元」のような空間的匂いを醸し出す。その証拠に終点の妙見口の駅舎はおそらく開業当時とほぼ同じと思われるような空間は何とも素晴らしいではないか!阪急カラーの車両が全くマッチしていないように思えるのは私だけであろうか?

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(昔の能勢電鉄のイメージを保つ妙見口。休日ともなればハイカーが多く訪問してきそうであるが・・・)

歴史を繙いてもかなりの変遷がある能勢電鉄。結果的に今回の訪問では川西池田まで足を伸ばしての廃線跡訪問はできなかったが、私のイメージは「川西国鉄前」に停泊するあの古めかしい車両がいる砂利が盛り上げられたホームが今でも頭の中に投影される。もちろん妙見線なども知っていたが、それよりも興味を引いた川西国鉄前駅。あの独特の雰囲気は、もし現在まで健在であったら「川西JR前」とでも改称されていたのであろうか?そして川西池田駅前にあの阪急車両が現れたのであろうか?私の能勢電鉄は今も変わらず活き続けている。



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鈍行列車、再発見!

先日、父が他界した事については既に報告しているが、その父に関する記事を過去にアップしているので、全く私事で申し訳ないが再度アップしてみた。記事の中でも触れているが、私も当時の父と同じくらいの年齢になり、なんというか父の言いたかった事がわかるようになってきた。レールとは全く無縁の父の感性だと、寝台特急も「鈍行」になってしまったようだ。という感性が非常に印象的なので再び紹介してみよう。


鈍行列車・・・そもそもこの「鈍行列車」とはどんな列車なのであろうか?また誰が付けた「名称」なのであろうか。例えば時刻表などを開いてみても「鈍行列車」の文字は無い。また、我々が日常利用している鉄道各線で「鈍行列車がまいります」とアナウンスする駅には出会ったことが無い。普通、私たちがイメージする鈍行列車とは「普通列車」や「各駅停車」が思い浮かぶ。それでは「鈍行列車」と「普通列車」の違いは?と問われて、あなたならどう答えるであろうか?恐らく同じ列車とわかってはいるものの、即座に明確な答えは出ないのではなかろうか。つまり特急や急行では無い、通過駅がほとんどなくスピードもあまり出なくて到達時間が比較的長い列車という概念であろうか。つまり「普通列車」や「各駅停車」の事を指すのであろう。

例えば「フルネルソンスープレックス」は、藤波辰巳(現・辰爾)が使うと「ドラゴンスープレックス」と呼ばれ、「ラリアット」は使い手によって「リキ」「剛腕」「ウエスタン」「フライング」などの「サブタイトル」が付く。また「DDT(デインジャラス・ドライバー・テンリュー)」は「DDO(デインジャラス・ドライバー・オオニタ)」「スパイビー・スパイク」などの呼び方がある。
つまり使い手により表現が変わるが、やっている事はほぼ同じ事である。まぁ、ごく一部に「指一本分、角度が違う」等と言っているが、実はマネをしているだけみたいな事例もあるが、要するに鈍行列車とは「普通列車」を表現を変えて言っているような事と判断できるのではなかろうか?

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(大井川鐡道は「鈍行列車」と呼ぶにふさわしいかもしれない。)

ただ、普通列車と各駅停車は同じかというと、一概に「YES」とは言えない部分がある。例えばJR北海道などは普通列車でさえ停車しない駅が多々あるし、北海道以外の地域でも終電近くや朝一番の列車等は一部の駅を通過するものもある。また、例えば小田急線の各駅停車に朝7時半くらいから新百合ヶ丘などから乗車する場合と、1983年頃、奥羽本線の旧型客車編成の普通列車に揺られ板谷、峠付近を訪問する場合とでは、気持ちの構えが違うであろう。同じ普通列車であるが、前者の「新百合ヶ丘」の件、それを果たして「鈍行列車」呼んでいいのか?という疑問も少なからずある。

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(これは特急列車→鈍行列車に格下げされてしまったが、往年の姿がよみがえる。)

私は過去に寝台特急「富士」に家族で乗車した模様をこのブログで紹介したが、その旅行後、父が親戚や知人にブルートレインに乗車した時の事を話しているときに妙な事を言った。「あれって途中から鈍行になっちゃうんだよなぁ」。なるほど、寝台特急が「鈍行列車」に?と思った。もちろんあるわけが無く、正確に言うと間違えである。ではなぜ父がこのような事を言ったのか。それは「ヒルネ」の事を言っているのであろう。東京発九州へ向かう寝台特急は、北九州に着くころには朝8時位を迎えている。この「富士」も大分付近ではちょうど昼時であり、この区間は「ヒルネ」と言われる、昼間の特急を補完する意味で寝台特急を「寝台」で使用せず「座席」として利用し、地元の便宜を図ろうというもの。更に確か宮崎辺りから全席自由席となり、更に地元の人がぞろぞろと私の席に乱入してきた。

というより東京~西鹿児島まで乗る乗客は私たちだけであったろうがため、逆に我々の方が地元の方の邪魔をしていたのであろうか?それはともかく「指定席」のつもりで乗車していた私たちは途中から「自由席」になったにも関わらず「指定席」のつもりでいたから「鈍行」ととらえたのであろう。鉄道の知識など無いに等しい父からは、寝台特急でさえも「鈍行列車」に映ってしまったようだ。子供のころは「おかしい」と思っていたが、私も当時の父と同じくらいの年になり、父の言っていた事が何気なくわかるようになってきた。つまり特急であろうが普通列車であろうが、その人が鈍行列車と感じたならば、その瞬間からその列車は「鈍行列車」なのである。
先ほど私は「普通列車を表現を変えて」と言ったが、それはそもそも間違えであろう。

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(東京近郊の「鈍行列車」。やや車両がお疲れの様子。いずれ車両の交代もあろうが「鈍行列車」には変わらない。)

ところであなたは「鈍行列車」に乗った事がありますか?私はというと・・・自信を持って「ある」と断言できる。タイミングが合えばいずれ紹介してみたいと思う。
鈍行列車についていろいろ考えてみたが、ハッキリとした結論は出たのであろうか?ここに記した記事は私なりの「鈍行列車」の見解である。
ひとつ伺ってみよう。あなたの「鈍行列車」の定義とは?

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鉄道全線完全制覇の旅

長期連載覚悟!関西私鉄全線制覇の時⑥

再び阪急に乗り出す私は、というより、能勢電鉄も現在はほとんど阪急の支線のような雰囲気だ。私の能勢電鉄のイメージとしては、あの「川西国鉄前」である。現在は全く川西能勢口には面影を感じることができないが、その昔、川西能勢口から更に国鉄の川西池田まで線路が伸びていた。その駅は「川西国鉄前」と称し、砂利を積み上げたような簡素なホームが1本ある地味な駅であった。当時は川西能勢口を境に運転系統が別れていたが、実際は川西国鉄前までが本線であった。そんな路線も時代とともに消えてゆき、そして現在の姿となっているが・・・能勢電鉄については別途記事を寄せたいと思うのでここではあえて触れないでおこう。

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(石橋から箕面線をやっつけて川西能勢口へ。そして能勢電鉄を制覇して更に阪急で宝塚へ・・・短い区間の乗り換えを重ねるので乗り換えに忙しい。)

などと偉そうな事を言ってしまったが、能勢電鉄制覇後、阪急で宝塚へ。以前に福知山線で訪問した時は「いずれ向こう(阪急)にも来るんだろうな」などと考えていたが、とうとうその時がやって来た感じだ。
ところで宝塚といえば・・・とあえて言わなくてもお分かりであろう。そう、「宝塚」である。その「宝塚」である宝塚歌劇団は、ご存知の通り、阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道創始者の小林一三が立ち上げた団体である。その存在や活躍は今私はこの場で述べるまでもないであろう程世間に浸透している存在だ。ただ、意外であったのが「黒木瞳」だった。私は宝塚歌劇団出身ということをつい4~5年前に知ったのでなんとなくの違和感。とは言え天海祐希や真矢みきなど、私などには到底手が届かない程の美形女優が現在も多く活躍しているのは素晴らしい。是非、この歌劇団という文化が後世にずっと受け継がれて貰いたいものだ。

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(西宮北口に到着。かつて1本で結ばれていた今津線はこの駅で分断された。しかしながら構内は広く、当時の面影もちらほら。)

などと私がコメントする事でもないが、そんな宝塚から今津線で西宮北口に着いた。西宮北口といえば・・・先述の通り、レールファンならお馴染みの、あの光景があった場所だ。私はとうとうライブで見る事ができなかったが、その存在は鉄道雑誌や単行本などで散々見てきたのでいつかは行ってみたいとの思いはあった。だが・・・結果的に現在の形での訪問となってしまった。しかしながら広い構内はかつてのあの雰囲気が伝わってきそうな感じであった。あの平面交差は実に関西特有のダイナミックな感性であろう。

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(画像はウィキペディアより。西宮北口の配線図。もちろん上が改良前でしたが改良後。ダイナミックな配線がなくなってしまったのは残念であるが、安全面を考えればこれで正解なのかも。一時期は立体交差による直通も考えられたが、現在はほぼ実現不可能であろう。)

そんな分断された今津線を西宮北口で乗り換えて一旦塚口に出て伊丹線を処理。更に夙川に出て甲陽線を処理し西宮北口に戻ってくる。そして更に今津線に乗る・・・乗り潰しならではの実に細かい作業を淡々とこなす私でであったが、ただ乗るのではなく、やはりこういった場所でもしっかりと「旅情」を探す作業をする。と言っても一体どう言う「旅情」なのか・・・その旅情探しのために、更に旅は続く・・・

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(かつてのイメージでは考えられないが、阪急の駅名標に阪神の文字が・・・もちろん今は「仲間」である。)


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長期連載覚悟!関西私鉄全線制覇の時⑤

さて、この旅の行程について旅の途中で予定変更したとの事は先述した。その理由であるが・・・ここで種明かしをしよう。それは「中之島」にあった。私の宿泊している阿波座から中之島まではかなりの至近距離にある事が判明した。ハッキリ言って関西の地理や私鉄については完全に不得手の私はこういった事を発見する事だけでもかなりの進歩であった。時刻表の地図上ではハッキリ言ってこんな事柄はわからない。しかしながら現在は文明の利器。インターネットなどでこのような事はクリックひとつでわかる時代だ。素晴らしい。という事で、翌日私は阿波座の宿泊先から徒歩で中之島駅に向かった。

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(京阪中之島駅は地下鉄阿波座駅にほど近い。徒歩で4~5分程の距離か。中之島から先の延伸はあるのか?というより、中之島まで開通させたという事はそれなりの理由があるのであろう。)

京阪の中之島駅は最近開業した新しい駅であることは周知の通りであるが、最初の行程では「折り返す」だった。だが計画を変更し、この駅から乗車する・・・という事で朝のビジネス街はなんとも旅情あふれる風景であった。もちろん私の感覚ではあるが。そんな駅からの出発は非常に清々しい。その清々しさは次に乗り換える門真市までであるが・・・そしてここでモノレール制覇に乗り出す。モノレールに乗るのは実に新鮮。なんというか、昨日まで、いや、さっきまで地下をさまよいモグラにでもなった気分であったが、ここで一気に高い位置から景色を見下ろす風景になった。

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(若干派手ではあるが、こういったラッピングは一般にも人気が高い。事実、私の職場でも最近大阪への旅をした同僚が、このモノレールに乗ったことを私に報告してきた。)

そしてモノレール最大の目玉は「万博記念公園」であろう。その昔、この大阪万博開催の際に、当時開業してからまだ初々しさの残る東海道新幹線が輸送能力をフルに発揮し、その威力を世界に知らしめた時でもあった。モノレールの窓から見える「岡本太郎」が実に象徴的に眩しかった。そんな岡本太郎を角度を変えて見つめながら彩都西へ向かい折り返す。再び万博記念公園から大阪空港目指し西へ向かった。「チキンラーメン」などのド派手なラッピング兼広告が実に印象的な車両は、レールファンでなくても見ていて楽しい。大きな荷物を持つ乗客が少なくない大阪空港駅を、さらにモノレールに乗り折り返す乗客は私のような者だけであろう。傍から見ると実にアホらしく映る光景であるが、これが私の運命・・・って、そんな運命は次の蛍池で阪急に乗り換える事で更に第2章、3章が始まる。一旦梅田に行き、折り返す・・・

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(モノレールからはこんな景色が!我らが誇る「世界の岡本」が実にブレていない。私よりも先輩の方ならばこれをみてすぐに「万博」とイメージすることであろう。)

しかし、考えてみたら、関西とはやたら野球チームに縁がある土地だ。阪急・阪神・南海・近鉄・・・現在、野球チームを所有している鉄道会社は西武・阪神くらいか。その昔は「国鉄」や「西鉄」も所有していた。と言っても、私は野球というジャンルにはそれほど興味があるわけでもないが、やはりかつては鉄道の「時代」であったのか・・・そんな阪急というフレーズを聞くと私は「山田久志投手」を思い出す。って、特に思い入れがあるわけでもないが、私のような関東育ちの場合、基本的に「読売」しか贔屓しない文化となっている。だが、何かのきっかけで見たのであろう。山田投手のあの独特なアンダースローのフォームから放たれるボールは非常に衝撃的であった。そして山田とともに思いだされるのが「盗塁王」福本の存在であろう。とは言うものの、先述通り、私は関東在住のため基本「読売」なのだが・・・

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(大阪にはこんな名物も。写真は阪神梅田駅にあるお店だ。こういったものを見つけると女性には嬉しい発見であろう。{店主の許可を得て撮影})

そんな野球チームをかつて所有していたとは思えぬ独特なカラーの車体からは、なんとなく関西独自の「主張」をしているような雰囲気を醸し出す阪急に再び乗り出す。石橋から箕面線をやっつけて川西能勢口から能勢電鉄をやっつける。実に細かい乗り換えと折り返しが続くが、私にしてみれば関西の私鉄はやはり新鮮な部類に入るので実に楽しい。だが、地元の人にしてみれば、こんな都会の電車にカメラ片手の「中年小僧」がホームをウロウロしていると目障りであろう。増して「犯罪者」とも間違えられそうなシチュエーションである。だが、ここは開き直って・・・私は旅、他の乗客は「生活」である。だから私はトコトン「旅」を楽しむ事にした!



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長期連載覚悟!関西私鉄全線制覇の時④

せっかく「近鉄週末フリー切符」で改札を抜けたのだから近鉄奈良線で大阪難波に向かう。そして・・・千日前線で南巽へ向かった。さて、この南巽・・・素敵な駅名と思うのは私だけであろうか?何度か大阪へ訪れた際、地下鉄に乗ると「南巽」の行き先表示をよく見かけたが、なんて読むのか分からなかった。それからこの駅に興味を持つようになり、いまや好きな駅の一角を占めるようになった。好きな駅・・・南巽。私って少し変わりものであろうか?

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(私の好きな駅である南巽。なぜに好きなのか分からないが、なんとなく愛着がある。次回は是非下車してみたい。)

折り返して今里まで戻り今里筋線で井高野まで行き更に太子橋今市まで戻る・・・そして谷町線で大日まで行き、折り返して八尾南へ・・・って、もう完全に機械的に乗りつぶしモードだ。完全に私はモグラにでもなった気分になってしまった。そして谷町6丁目まで戻り今度は長堀鶴見緑地線で門真南まで行く。全国の鉄道路線を乗り潰すとは、こういった試練を乗り越えなければ達成できない・・・至難の業だ。折り返して一気に大正まで向かった。大正といえばJR大阪環状線と乗り換えができるが・・・私は「スルッと」のためここでもまた折り返す。西長堀から野田阪神に向かい阪神に乗り換え大物へ。ようやく地下鉄から開放され日の目を見た、と思ったのも束の間、既に夕方5時半を過ぎていた。7月とは言え、もう辺りは完全に薄暗くなっており、これじゃ地下鉄とあまり変わらないじゃん?などと言いながら大物から新しくできた阪神なんば線で大阪難波に向かう。

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(大物も私の好きな駅のひとつ。決して「オオモノ」ではないが、こうした地味な駅は私が最も得意とする。)

そういえば、私の好きな駅を紹介するのを忘れていた。そう、大物である。関西私鉄に詳しい方と地元の方ならお分かりであろう。この駅は「ダイモツ」と読む。決して「オオモノ」ではない。私は以前から述べている事でもあるが、こういった地味な駅が好きだ。とは言え、3面4線で阪神なんば線を分岐する。と言っても、基本的に運転上の分岐は隣の尼崎で行われる。尼崎まで複々線の状態が続き、大物は地図上では分岐駅であるが、実質中間駅のようなものだ。優等列車も止まらない。しかし乗り換えには非常に便利な構造となっていて、真ん中の島式ホームが大きな役割をしている。
地味に素敵・・・大物はそんな言葉がよく似合う、私好みの駅だ。とりわけ私はそれほど派手好きではない。なんというか、「2番目」的な位置が非常に心地よい。例えば「ゴレンジャー」で言うなら「青レンジャー」が好きだし、仮面ライダーで言うなら「ライダーマン」といった感じか。水戸黄門で言うなら「風車の弥七」が一番好きだ。要するに主人公よりも、それを引き立てる脇役的存在の位置が非常に居場所がいいし一番好きなポジションである。なんとなく大物もそんな存在に思えて、個人的に愛しく感じる。私の感覚って異色であろうか?

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(「阪神電車」の文字が眩しい野田。JR的には地味な存在であるが、その役割は実に大きく思う。)

そんな事を考えながら阪神で難波入りした私は、妻が最も楽しみにしていた大阪グルメを堪能しに「自由軒」に向かう。かつて私がしていたひとり旅ではこういう発想は無いに等しい部分があったが、妻を同伴するようになり「観光」という名のカテゴリーが増えた。そして鉄道に関する全ての事殻から開放された私は人並みに「観光」という文化に染まっていった。

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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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