1983年3月、松浦鉄道ではなく国鉄松浦線を体験した時の事を記してみた(前編)

松浦鉄道・・・かつては国鉄松浦線であったのは周知の通りである。だが、全く私事であるが、松浦鉄道の経験が私には無い。私の松浦鉄道は「松浦線」での制覇である。1983年と言えば、私のブログで散々登場する「東北」があるが、それは8月。同じ年の3月にはこれから紹介する松浦線を含め九州への訪問を実現させ、鹿児島交通制覇を最大のテーマとした旅でもあった。

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(伊万里では、松浦線はスイッチバックの形をとる。現在は筑肥線と分断されてしまったが、国鉄時代は博多から松浦方面に直通する列車も設定されていた。)

さて、今回の松浦線の旅であるが、既に鹿児島交通の制覇を終え筑肥線で伊万里についたのが午後5時頃であった。一旦有田へ行き「いい旅チャレンジ20000km」の証明写真を撮影し再び伊万里に戻ってきた。そういえばこの2つの地区は「焼き物」で大変有名な全国区であるが、当時中学生の私には「そんなの関係無えー!」と、某芸人のギャグに相当する感性であった。ただひとつ言えることは「素敵なローカル線」である事。これは万人の共通事項であろう。

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(日本最西端の駅として名高い平戸口。現在は「たびら」を冠するが、現在と両隣の駅名が違っている。また、平戸島は「男はつらいよ」のロケ地としても有名である。)

さて、先述した通り現・松浦鉄道は私の制覇時は国鉄松浦線であった。当時からほぼ全ての列車が伊万里で運転系統が分断されていて、有田~伊万里間と伊万里~佐世保間での運転がほとんどであった。そして私の乗った列車は伊万里発佐世保行きの最終列車であった。途中の松浦まではまだこのあとも列車が設定されているが、伊万里を19時1分に出る私の乗った列車が佐世保行きの最終とは・・・若干「店じまい」が早いと感じてしまう。

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(後に「事件」が発生した松浦。列車交換のため少々の停車時間があったが・・・あれっ、この列車って急行仕様ではないか?って思ってしまった。自分が乗った車両ってこれだったっけ?と当時の記憶を辿っていった。)

 その松浦であるが、漁港の町として知られ、東京方面ではよく「長崎産」として近海魚が出回ているのは周知の通りであろう。「あじ」「さば」などな年間通してスーパーなどでも見られ、私たちの身近な存在としておなじみである、などといっているが、私は「さかなクン」ではないのでそれほどの知識は無いのでご了承の程・・・
そして現在のたびら平戸口、当時の平戸口ではお馴染みの「日本最西端の駅」としても知られ、松浦線では松浦とともに中心的存在でもある。そしてなんといっても平戸島は、映画「男はつらいよ」のロケ地しても名高く「ワットくん」こと中村雅俊も出演し、大竹しのぶとともに「漁港の街」を大いにアピールしたのが第20作であった。


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更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART2>⑨

大分では高架ホームに到着した。つい2日前には「ドリームにちりん」の車窓から高架ホームを、寝ぼけまなこで見上げていたが、今はそのホームにいる。何だか不思議な感じだ。同じ高架ホームで乗り換えるのは先述した「ゆふいんの森」である。「ゆふいんの森」については既にこのブログにて紹介しているが、基本的に内容は実に素晴らしい。しっかりと観光列車の役割をしている。

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(地上時代の大分は、1978年に寝台特急「富士」で初訪した時以来の訪問であったので実に久々であった。半分高架化が完成していたが、まだ今回の訪問では地上ホームが健在であった。現在では工事が終了し、完全な高架駅となった。)

「ゆふいんの森」では「アテンダント」と呼ばれる女性車掌的スチュワーデス的存在なる従業員が乗車口で「ジャパニーズ・スタイル」で迎えてくれた。既に半分新しくなった大分駅においてこの「ゆふいんの森」のアテンダントの存在がひと際煌く。「ゆふいんの森」の記録はこちらを参考にしていただくとして、とにかく初体験の「森」は実に優しく、そしてサロンカーにいなければ若干暑い印象であった。

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(「ゆふいんの森」ではアテンダントがお出迎え。特に私個人が感じることであるが、JR九州の接客サービスは群を抜いていると思う。)

この「ゆふいん」の車両がDCであったことなどすっかり忘れていたが、久留米から鹿児島本線に入ると一気にラストスパートをかけてきた。DC独特のエンジン音はここで初めて実感したと言ったらおかしな話であるが、すれ違う列車も随分変わったものだと、気がついたらかつて「18」で訪問した若かりし頃の記憶と重ね合わせていた。

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(博多に到着した「ゆふいんの森」。1世と3世では当然ながら若干仕様が異なるが、デビュー当時は実に斬新であったろう。実は、私は「プラレール」で所有している、って全く関係無い事であろうが・・・)

さて、博多からは新幹線・・・ではなく「フライト」する予定だ。正直言って、新幹線の方が私らしいであろう。だがしかし、時間の制約の中、こういった選択肢も時には必要だ。などと洒落た事を言ってはいるが、基本的には一般的だ。「あと一回来れば制覇だな」と、遠ざかる福岡の街を空から見下ろした時にそんな事が頭をよぎった。だが、確かに「あと一回」がこの旅の1年後に実現し、九州全線制覇を果たした。その模様はいずれアップしてみたい。だが、この「制覇」という名の目的のみで「九州」という名の大地の魅力はかたつけられない!まだまだ訪問してみたい場所がゴマンとある。この記事をキーボードで叩いている時点で頭になかには既に構想が出来上がっている。あとは財布の中身と相談・・・みたいな九州訪問はいつになるのか?とりあえず「近い将来」とだけ皆様に報告しておこう。



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更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART2>⑧

考えてみれば、藤崎宮前から北熊本で乗換え上熊本に向かう。そして路面電車で健軍町へ・・・みたいな「面倒くさい」行程のため計画だとやたら時間がかかる。なもので、このタクシーのショートカットは実に有効となった。昨日から散々見てきた熊本城を「へー、これが熊本城なんだぁ」みたいなわざとらしい会話を運転手と交わしながら健軍町へ向かう。というよりやたらと地元民バージョンの裏道も駆使し、全く私にはどこを通っているのかわからないうちに路面電車のレールの上をタクシーで走っていた。

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(タクシーでワープして到着した健軍町。実にこのタクシーが有効となったが、藤崎宮前で常駐しているのが実にラッキーであった。)

多分2500円くらいだったと思うが、何事もなかったかのように支払いを済ま健軍町の電停に降り立った。予定通りか若干早いくらいに予定を戻したのが実に優越感であった健軍町から乗る路面電車。田崎橋で折り返し熊本駅前電停に着く頃には道路事情により若干予定より遅れたが、それでも「九州横断特急」の出発時間まで40分くらいあった。
100円ショップなどで時間を過ごし(という言い方はおかしいが)、九州横断特急で予定通りに大分へ向かった。豊肥本線は熊本と大分を結ぶ重要な路線であるが、鉄道が主役ではない現在、その役割はお分かりであろう。しかしながら観光路線としては以前と比べ格段に進化した。

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(熊本駅では現在かなり高架化が進んでいるらしい。私の訪問時は新幹線建設の発展途上であった。)

もちろん民営化されてからの頑張り他ならないが、立野での3段スイッチバックはなんとも雄大。観光列車などでの訪問は一際優越感が倍増するであろう。それでも熊本寄りに関しては地域輸送の比重が高く、特に武蔵塚については1981年に誕生以来実に大きな変遷を遂げ、光の森が開設されるまでは恐らく中間駅の中では最大の乗降客であったろうまでに成長した。

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(「九州横断特急」は私の中では実に新しい部類である。豊肥本線に特急とはかなり斬新な出来事であったのは私の感性であるが、登場からかなりの年月が流れている。しかし、こんな特急であの三段式スイッチバックを超えるとは・・・なんともすごい時代だ!と思うのも完全に私の感性である。)

確かに熊本から武蔵塚まで特急を利用するリッチな乗客も少なくなかった。そして肥後大津まで電化もされ一時期は「有明」なども乗り入れていたほど。かつての姿からは考えられなかった。とは言え、水前寺など熊本市の中心部を通るのであるから当然といえば当然であろう。これからも大いに活躍して欲しい。
しかしながら肥後大津を過ぎると、やはり我々レールファンが好む「風景」になってくる。立野では、いずれ制覇しなければならぬであろう「高原鉄道(2011年に制覇しました)」を横目に、更にカルデラの中を突き進み大分向かった。

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(写真の駅は豊肥本線の中では新しい部類の駅である。特に武蔵塚は一時期、豊肥本線中第一位の乗降客を誇っていた。そして新水前寺は路面電車との乗り換えを考慮されて産まれた。)



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更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART2>⑦

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(上熊本より熊本電気鉄道に乗る。私のイメージでは東急5000系であったが、ご覧の車両は「地元」からのお下がりのようだ。)

さて、約30分ほど予定がずれた。この日は最終日で、特に後述する「ゆふいんの森」に乗れなければ帰りの飛行機に間に合わない。そんな狂った予定を戻す方法を考えながら熊本電気鉄道を制覇していた。北熊本は熊本電気鉄道の中心的存在で、本社があり駅員も配置されている。そして車庫などもあり「その道の人」には気になる存在であろう。

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(北熊本は唯一の有人駅。熊本電気鉄道の中心的機能が集約している。ほぼ全ての時間帯でホームの全てに列車が埋まる、という事は乗り換えに便利であるという事。)

だが、私は「その道の人」にも関わらず、狂った予定をどうするか・・・しか頭の中になかった。大いなる雑念!と言ってもこの「熊電」は魅力的な駅がたくさんあることに気づいた。なかなか昭和チックな駅が多く、「熊電スペシャル」なる旅の企画を提案してもいいであろう。もちろん個人的な話であるが。いつか「全駅制覇」してみたいものだ。

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(かつて福島交通でも見かけた「あの車両」が北熊本駅構内の片隅に眠っていた。私にしてみれば「池上線」などで活躍する姿が懐かしく感じる。)

御代志に到着すると、やや信じられない光景が待っていた。かつては菊池まで延びていた路線も廃止されて久しいが、それ以上に駅の構造が実にシンプルに。島式ホームの片側がバス乗り場になっており、全く効率というか合理性のみを追求した構造であった。かつて何かの書物で見たそれとは明らかに違う、現在の「熊電」がそこにあった。だが・・・乗って来た列車に再び乗り折り返して行く乗客は私達だけであった。帰りはほぼ貸切で車掌も「その道の人」と判断したのであろう。と、熊電の素晴らしさを感じながらもやはり気になるのは「あの事」であった。藤崎宮前に着く頃には既にアイデアが出来上がっていた。

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(藤崎宮前は、恐らく熊本電気鉄道で一番の乗降客であろう。熊本の中心街にあるが、どうやら駅員無配置のようであった。ただ、路面電車と連結させれば飛躍的に利用者が増えるであろうが・・・)

「すみません、健軍町までどれくらいかかりますか?」「時間?料金?」「時間です。」「だいたい20分くらいかなぁ・・・」「じゃぁ、お願いします!」駅舎にいた妻を呼び寄せた・・・
実は藤崎宮前から健軍町までタクシーでショートカットしようと企てたのだ!ちょうど駅前に常駐と思われるタクシーが1台停まっていた。もしこのタクシーがいなかったらと考えると、現在の私がなかったであろう、とは大袈裟な表現であるが・・・


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更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART2>⑥

新八代に着いた私は約3分くらいで隣のホームの「リレー号」に乗り換える。在来線特急と新幹線が同一ホームにいる姿は恐らく将来的にも価値が出てくるだろうとものすごい勢いで車両の先頭に向かった。とても40を超えた中年男がする事ではないが・・・

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(今では貴重な画像となってしまったお馴染みの新八代駅の光景。約3分の乗り換えであったが、ここは根性で最前列まで突っ走った!まるで鉄道少年ではないか・・・というか中年なのに・・・)

そんな新八代からリレー号で熊本に向かった。だが、まだ午後3時台。このまま宿泊先に行くのはもったいない。この日は熊本に宿泊する予定であったため、せっかくだから1路線制覇しよう!と決め、急遽予定にない三角線に訪問する事となった。というより、当時は九州の全路線制覇をする際に、どうしても三角線などのためになかなか予定を組めなかった。なので今回がいい機会と考え方を変え、一路三角に向かった。と言っても三角から天草方面へと観光するわけでもない。しっかりと三角より折り返す事になっている。

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(「さんかく」と読んではいけない。天草方面への玄関口でもあるが、列車を利用して訪れる方はそう多くないであろう。というより最近は観光列車も運転されており、以前よりは若干増えていると思われるが。)

そんな三角から熊本に戻ってきた。そして市電に乗り換えて熊本市の中心部に向かい、宿泊先のとても「スーパー」なビジネス「ホテル」に向かった。私もこれだけ旅をしているとこの「スーパー」な「ホテル」もすっかり常連になってしまった。「東横」的な「イン」と併せて非常にお世話になっており役立っている。だが・・・そんな和やかに過ぎていく時間をよそに、翌日にはまたとんでもない事件が待っていたのだ!

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(熊本の路面電車ではこんな車両がいた。そういえば、大阪空港方面でもこんな車両をどこかで見たような・・・)

私の場合、朝は予定よりも30分くらい早めに出発するのが旅のスタイルだ。しかもこの日は路面電車制覇のため所要時間も変わってくるであろうと予め予測しての行動である。しかし、初めから計画していた「予定」が間違っていた。辛島町で上熊本方面に乗り換えるがなかなか上熊本方面の列車がやって来ない・・・そしてようやく上熊本行きに乗れたが、上熊本から乗る熊本電気鉄道の出発時間と私の乗った路面電車の到着時間が殆ど同時位の時間になってしまった!路面電車と熊本電気鉄道の駅はやや離れているし、初めて訪れるのでかってもわからない。結局、熊本電気鉄道の列車を予定より1本遅らせ予定を進めていった・・・



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更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART2>⑤

とんでもないこと・・・それは鹿児島中央から乗車する「はやとの風」にあった。相変わらず雨は「土砂」であったが、そんなことはおかまい無しに予定が進行していくはずであった。鹿児島を過ぎ「活火山」を拝むと隼人に到着。実はこの隼人の姿を見るのは1978年に乗った寝台特急「富士」以来実に32年ぶり(当時)!しかし若干リニューアルされているものの、その姿は殆ど昔のままであった。それなりに乗車する人もいる中、列車は「旧」鹿児島本線、つまり肥薩線に入っていく。だが・・・何やら様子がおかしい。霧島温泉に到着すると暫く列車は停泊した。

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(「はやとの風」初体験!鹿児島中央にて485系とツーショット。お馴染み「あの人」のデザインであるが、このあととんでもないハプニングが待っていようとは・・・)

列車交換かと思っていたが、何やら女性車掌が車内を行ったり来たりする。また暫くして放送が入った。霧島温泉から先、豪雨で路盤が緩んでいるらしい。点検のため運転を見合わせるという旨。私はこの先の「いさぶろう・しんぺい」に乗車するため復帰を待った。だが一向に回復する気配はない。一部乗客はJRが用意したタクシーで目的地に向かうため準備をしていた。しかし私は列車に乗ることが目的。タクシーなどで「目的地」に向かうのは許されなかった・・・

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(霧島温泉ではちょうど高校生の通学時間と遭遇した。と言っても午前11時頃であったので不思議な時間帯であったが、おそらく中間テストか何かであったのだろう。列車が来ない旨が知らされると、それぞれの家族などがマイカーで迎えに来ていた。とても「温泉」とはかけ離れた光景であるが・・・)

しかしながら、30分経っても一向に運転再開の気配がないのでついにギブアップ。無意識にタップしてしまった。完全に私のTKO負けだ。隼人に戻り鹿児島中央から新幹線で熊本に向かうしか道はなかった。早速車掌に相談。私の乗車券は「九州周遊きっぷ」、いわゆる昔の「ワイド」的なきっぷのため新幹線は別料金になるとの事。だが・・・ここでも私がかつて経験したような「国鉄」が活きていた!なんとその車掌、鹿児島中央の職員に連絡を取り、周遊きっぷでも新幹線を「代替輸送」として認めてもらうように配慮してくれたのだ!!私よりも20年くらいは年下であろう若い職員が30年くらい前に私が経験した「人情」みたいなもの再現してくれた・・・嬉しいぞ、JR九州!今でもその感謝を忘れない。鹿児島中央の職員にOKの確認が取れたため、私はJRの用意したタクシーでさっき懐かしく感じた隼人に戻った。

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(鹿児島中央では周遊券で新幹線が乗車できる特例措置!お客様の立場に立って考えてくれる接客姿勢は素晴らしい。)

隼人に戻ってきた私は普通列車で鹿児島中央に向かった。そして新幹線の改札で「はやとの風」の車掌の意向を伝えると「どうぞ」と改札を開放してくれた。JR九州は良い!実に好感度の待遇であった。そして「別料金無し」で九州新幹線の初乗車。もちろん車両は「あの人」のデザインであろうから乗っていて安らぎ感たっぷりだ。当時はまだ新八代までであったが、それでもこんな形で制覇できた喜びは大きい。旅はどんなトラブルが待っているかわからない。だがしかし、そんな場面でも義理人情に触れた時の喜びは実に大きく記憶に残る。私は過去の旅で数多くのトラブルを経験したが、こうして救われる場面も多い。そんな幸運や喜びを再確認させてくれたのがJR九州の存在であった。


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更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART2>④

ちょっとした小細工とは?そう、鹿児島駅前より路面電車を制覇するためだ。普通に鹿児島中央から路面を制覇しようと考えたら実に効率が悪い。ならばと鹿児島から乗る事を考えると、路面電車が始発駅のため実に効率よく制覇できるではないか!って、わざわざ強調しなくても普通に分かる事であるが・・・

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(小細工とは・・・こう言う事であった。鹿児島駅前から路面電車を制覇する事によって実に効率よく周れる。などと考えながら乗車していたのは当日では私のみであったろう・・・)

という事で、鹿児島から路面を万遍無く制覇して鹿児島中央から指宿枕崎線に乗車する。実は1983年以来の指宿訪問に、なんとなく懐かしさと緊張が同居していた。というのも、前回の訪問は小学校4年生であった。当然ながら当時とは物の見方や感性が全く違う事であろうから、というより、ほとんど当時の記憶が無いため、むしろ初めて制覇する感覚であった。私の指宿枕崎線の訪問は1978年である。その時は寝台特急「富士」で東京から遥々24時間かけてやって来た時だ。西鹿児島(当時)で指宿枕崎線に乗換たが、どんな車両に乗ったとか全く覚えていない。
それから5年後の1983年には「いい旅チャレンジ20000km」の関係から訪問しているので、その時は完全に「事務的」な処理に過ぎず、旅情などを確認する余裕がなかったのでこちらも記憶が殆ど無い。

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(再利用的で申し訳ないが、1978年訪問時の指宿駅。現在では駅舎もリニューアルされ跨線橋ができたが、当時はある意味「相模線」と錯覚するほど類似点が多かった。もちろん現在は比較する事も出来ないが・・・)

そんな指宿枕崎線も今回の訪問で実に印象的になった。今回の旅ではこの地を宿泊地に選んだ。そう、お楽しみは砂風呂であった。前々回の訪問時には経験できなかった事。当時小学生であったが、子供ながらに砂風呂とやらを経験してみたかった。それから30年・・・実に長く辛い道のりであった、という事ではないが、やはり古くからの温泉街とあって「観光」しているなと言う気分になる。そんな砂風呂でデトックスし翌日に迎えた朝、体から毒素が全て抜けてとても爽やかな気分である・・・と言いたいところであるが、前日から空模様が気になっていた。そう、完全に外は「土砂」が降っていたのだ。ものすごい勢いの雨の中、私たちはタクシーで指宿駅に向かった。その時は単純に凄い雨だなと思っていただけであったが、この後とんでもない事が待っていたのだ!



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更に長期連載になりそうな九州鉄道路線全線制覇<PART2>③

志布志からは旧・志布志線の代替バスで都城に向かう。志布志線はかなり廃線跡として数々の遺構が残っており、廃線マニアにとっては実に訪問し甲斐があるであろう。志布志から乗ったバスからもその跡が確認出来、例えば国道から大きくカーブして北に向かう道路が「いかにも」であるし、途中駅の数々も、例えば大隅松山や末吉、今町など至るところで確認できると聞いているが、私が実際に確認できたのは末吉駅であった。現在でも記念館のような形で保存されていたが、特にバスからその遺構が確認出来、踏切などはまさにリアル。まだ現役ではないかと錯覚してしまうほどであった。

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(日南線終点の志布志は国鉄時代より若干駅が移転した。かつての駅があった場所はスーパーマーケットや駐車場に変身している。そしてかつてはそこから志布志線と大隅線が分岐し活気に満ちていた。そんな過去が想像できないくらいに現在はひっそりとしてしまった。)

ようやく街並みが開けてくると、街の中心に近い西都城を過ぎ都城に着く。定刻より5分~7分くらいの遅れであったが、小林方面に向かうには問題ない遅れであった。もちろん想定の範囲内である。
しかしこの都城を「みやこのじょう」と読むのはなんとなくロマンティックではなかろうか?1978年に寝台特急「富士」に乗り初めてこの駅を見た時に父が「トシロとは読まないんだなぁ」みたいな、大きな声でみんなにわかるような独り言を言っていたのを思い出した。実はそれ以来の今回の訪問は実に30年ぶり(当時)であった。しかしながら駅舎こそ変わったものの、ホームなど当時のものとほとんど変わっていなかった。懐かしい・・・まだまだ九州にはこうした昔の面影を残す場所が多く残っている。

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(吉松はSL時代の面影をかなり残す。かつては「本線」であったが、高速道路の開通や時代の変遷などで完全に寂れてしまった。)

さて、私たちは都城から吉都線経由で隼人に向かう。途中、吉松からは肥薩線であるが、吉都線と直通であるため乗換は不要だ。肥薩線は翌日に「はやとの風」での再訪を予定している。とりあえず今日は「予行」という事で・・・
隼人からは「きりしま」に乗って鹿児島に向かった。国鉄時代には無い「特急列車」であったので新鮮であるが、かつてのイメージと違い区間ごとに細分化された列車設定は実に効率が良いと思う。私が九州に初上陸した時代にはこうした細分された輸送の部分は急行列車が担当していた。更に宮崎~鹿児島は非電化であったので普通列車はキハ20とかが運転され実にローカルムード満点であった。そして今回下車した鹿児島は昔と変わらぬ佇まい。特に貨物駅のように使われている斜めに敷かれた多くの線路は、かつてそちらが鹿児島駅の本体で、それこそ現在の肥薩線が「本線」であった名残であろう。かつての鹿児島本線は宮崎寄りから入線していたためその線路は全て宮崎側に向かっている。そんな中心的地位も現在は鹿児島中央駅に譲り、鹿児島駅自身は何だか「社長」から「会長」になり優雅に過ごしているような印象だ。

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(鹿児島駅の線路配線は変形Yの字のような形になっており、宮崎方面に向かって線路が収束している。かつては肥薩線が「本線」であったための名残であるが、かつての鹿児島駅施設は現在でも貨物駅として使用されている。ちなみにウィキを開いてみたら、ご覧の写真と殆ど変わらないものが掲載されていた・・・が、これは私自身が撮影したものであるのであしからず!)

ある意味、鹿児島駅に下車した事は非常に有意義だったかも知れない。多分貴重な経験であろう。しかし、なぜ鹿児島中央ではなく鹿児島駅に下車したのか・・・それはちょっとした私の小細工が隠れていたのだ。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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