恋の列車はオオアライ発③

さて、大洗付近が沿線最大で海岸に近づくであろが、やや海が遠い・・・そして大洗を過ぎると那珂川に沿う。そして橋を渡るとすぐに那珂湊の街にたどり着くくらいにまで接近。川を挟んで隣同士の位置にある湊線と大洗鹿島線はなんとなく不思議だ。
やがて列車は勝田寄りから進入する不思議な構造となり水戸に到着する。計画時には特急も運転される的な案もあり線形的にも設備的にも「本線規格」であるから高架化された場所が多く踏切もほとんどない記憶であった。

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(2015年の訪問時にはちょうど列車の出発時間であった大洗。本社や車庫もあり、文字通り大洗鹿島線の中心的存在である。付近にはアウトレットモールや、シーズンには海水浴場もあり楽しみ方は多彩だ。)

そういえば、私はこの「恋の列車はオオアライ発①」で一青窈のテレビについて述べていた。それは別に「妻がテレビも見ないくせにつけっ放しで洗濯しやがって!」という事を言いたい訳ではなかった。この番組で一青窈が述べた「伝えたかった」という言葉が凄く印象に残ったからだ。そして私はその事をこのブログをご覧の皆様に伝えたかったのだ。自身の思いを伝える・・・これは一青窈とは形は違えど「伝える」という事で共通する。最近、私のブログでプロレスの話題が出てくる場面が少なくないという印象をお持ちであろう。結構私はこのブログで自身の言いたいことをかなり言っているかも知れないが、もしこのブログで鉄道の話題のみに特化し「ここに行きました」「この車両に乗りました」だけを記事にしていたら、私はブログを始めて3年以上経過したが、ここまで続けられなかったであろう。鉄道というカテゴリーを借り、ブログというフィルターを通して自身の思いを伝える・・・これは素晴らしい事だ。

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(2015年訪問時はあいにくの空模様であったが、それでも列車を利用する人は少なくなかった。しかしながら、広い構内はやや持て余しの印象でもあった。)

最近のプロレス業界は「氷河期」と言われている事であろう。普通の一般に話題になることが少ない。私が小学生位の頃は猪木・馬場が全盛でプロレス中継も「ゴールデン」であった。しかし現在は「ゴールデン」ではない。その理由のひとつとして「伝える」という部分がやや薄い気がするのが私的な考えである。「力道山」と言えば日本にプロレスを持ち込んだ人物。私はリアルタイムではないがその名は知っている。力道山の時代のプロレスを今DVD等で見てみると技が単純で、それこそ「空手チョップ」しか出してない印象だ。現在の若者がこの試合を見て「スゴイ試合だ!」とは思わないかも知れないであろう。

では、なぜ力道山がリアルタイムでなくても世代を超えてその名を知られているか・・・それは「伝える」という事が明確であったのだろう。戦後の混乱期において街頭テレビで観る力道山の姿は日本国民の言わば「希望」であったのだろう。「キル・ザ・ジャップ」「リメンバー・パールハーバー」などと言われていた時代に、ガタイの良い大きな外国人相手に体の小さい日本人が立ち向かっていく・・・その力強い空手チョップに多くの日本国民が勇気づけられた事であろう。恐らく力道山はプロレスを通じて「頑張ろう、日本人」的なメッセージを伝えたかったのであろう。空手チョップにその思いを込めたのだ。

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(大洗駅の時刻表であるが、全てがワンマンでない事を初めて知った。車掌乗務の列車にもいつかは乗ってみたい。)

そして時代が馬場・猪木に変わり、更に後世へ・・・必ずプロレスには「サイドストーリー」があった。「俺たちの時代」「天龍革命」「超世代」などのキーワードにピンと来たらあなたはかなりの「プロレス通」であろう。そのサイドストーリーを感じながら試合を観るのが面白い。そう、試合を通じてサイドストーリーを「伝える」という事がプロレスなのだ。これは他の格闘技には無いかも知れない。シリーズ前にサイドストーリーがあり、シリーズ最終戦でそのサイドストーリーの決着をつける・・・みたいな感じか。
私もこの「伝える」という事をこれからも大事にしていきたい。「~ということを伝えたかった」とこれからもブログに綴っていく事であろう。それは鉄道という名を借りた「サイドストーリー」的な場面が多くなるかも知れない。であるが、基本、私は鉄道だ。私が崇拝する某ロックアーティストが言っていた。「ひとつでいい。何か自分が熱くなるものがあれば、人生はハッピーになる」と。そう、私には鉄道がある。これからもその思いを末永く伝えていきたい。とは言え、この記事の半分以上は「プロレス」になってしまったが・・・



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恋の列車はオオアライ発②

2008年の大洗鹿島線制覇は鹿島神宮からのスタートとなった。大洗鹿島線で私が一番関心を持っていたのは、もちろん「鹿島サッカースタジアム」であった。かつては北鹿島と称し、スイッチバックをして鹿島港南までの旅客列車が運転されていたのは先述通りであったが、臨時ながら旅客駅に昇格したのだから多少なりとも全容の一部でも確認できることであろう。というより、この列車に乗らなければこの旧・北鹿島(貨)への訪問はできない。かつては国鉄の駅でありながら国鉄では行かれない、しかも鹿島臨海鉄道でいっても列車は止まらない・・・かなり特殊で異様な雰囲気を醸し出す駅であった。なのにあっけなく通過・・・的な、何とも言えない訪問であった。だがしかし、2015年にはマイカーでしっかりと訪問しているので、その模様は後日にしっかりと紹介する予定なので乞うご期待!

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(新鉾田はかつての鹿島鉄道・鉾田駅からはかなり離れた位置にあった。そのため両者を乗り継ぐ乗客はほぼ皆無であったと聞く。しかし、文字通り新しい鉾田市の玄関口ではあるが、若干市街地から離れているのがもったいない。)

そして列車は大洗へ向かうが「鹿島臨海鉄道」と名乗るからには相当の海岸沿いを走ることであろうと思うのであるが、実際は、特に大洗まではやや内陸を走る。新鉾田付近では更に内陸に入り込み、とても「臨海」名乗れるかどうかくらいまでくる。新鉾田と言えば市街地中心部からはかなり離れた位置に駅があるが、その中心部にはかつて「鉾田駅」があったのはレールファンならもちろんご存知であろう。2015年に私が訪問した時はちょうど何かも祭りだったらしく、一般道にはかなりの賑わいの中、神輿(みこし)も出ていたほどであるからこの辺りではかなり有名な祭りなのであろう。しかし、その鉾田駅は鹿島鉄道廃止と共に姿を消した。その鉾田駅前に比べたら、こちらの新鉾田駅前は実にすっきり感がある。どうせなら鹿島鉄道鉾田で鹿島臨海鉄道と接続させるようにすればと素人の考えかも知れないが、それが自然の意見であろう。

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(シジミの産地として知られる涸沼。2015年訪問時のものであるが、表記は「ひぬま駅」であった。考えてみれば難読であろうかも知れない。)

そんな新鉾田を過ぎ「しじみ」の産地として知られる涸沼を過ぎると大洗に出る。そう、先述通りここには本社や車庫があり、まさに中心的存在である。大洗まで来るとようやく海に近づくが「臨海」と呼ぶにはまだまだ離れた感があるのは気のせいか。2015年訪問時は雨天であったが、やはり構内は広く堂々としていた。実は2005年頃にもこの辺りを訪問している事はどこかの記事でも触れているはずだが、その時の宿泊はここ大洗であった。当時はレールファン休業中であったので大洗駅までは出向かずにいたが、付近のアウトレットモールなどを堪能。9月であったため私が利用した民宿は完全に貸切であったが、基本的に海水浴シーズンから外れた時期であったため宿泊前日に「本当に来ますか?」的なメールが宿泊先から来ていた。もちろん予定通りであるとの意向を伝えたが、向こうにしてみればシーズンオフに2ヶ月前から予約する私が「珍客」であったのだろう。だが、その2年後にレールファンを復活して列車でこの地に再訪するとは、まさか予想もしなかった。


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恋の列車はオオアライ発① 

つい最近の出来事であったが、仕事が休みの日の朝、テレビの声が聞こえていた。私はまだ布団の中で半分寝ていた状態からであるが、なんとなく日本放送協会のドキュメンタリー番組的な感じだと瞬時にわかった。せっかくの休みなのに朝早くから妻にテレビで起こされた感じであるが、気がついてみれば寝ながら、目を瞑りながらではあるが番組に強い関心を持ち釘付けになっていた印象であった。

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(鹿島神宮に停車中の大洗鹿島線車両。単行DCとは若干物足りない気もするが、逆に味があっていいかも。)

私は「一青窈」という歌手にはそれほど関心を持っていなかったが、その番組では「ハナミズキ」という自身のヒット曲の背景について語っていたようだ。その中で印象に残ったのが「果てない夢がちゃんと終わりますように」という歌詞の部分についての事であった。普通「夢が終わる」という表現はしないであろうがなぜ?と思うし、その事をインタビュアーに突っ込まれていた。「物事には必ず終わりがある。終わりがあるからこそ、そこに向かって頑張ろうという気持ちになる」「終わったらまた新たなスタートがそこからある」みたいな内容の事を答えていた。そして「それを伝えたかった」とも表現していた。
この歌は、同時多発テロが起きたあの9.11に友人からのメールが元になって作られた歌らしいが、そんな背景があるとは全くわからなかったので、ある意味妻にやられた感じであった。その肝心の妻はと言うと・・・その時は洗濯なんかしていてテレビを全く見ていなかった!お前、アホちゃうか?と思わず関西弁になってしまいそうなある朝の出来事であったが・・・歌ひとつとっても歴史や背景、そして何より作った本人の思い入れなどか凝縮されこの世に出てくる事であろう。鹿島臨海鉄道も、歴史的背景についてはとても奥が深い。

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(2015年にはご覧の神栖まで足を伸ばした。現在は貨物駅であるが、かつては旅客営業もしていた。そして現在でも回送の旅客列車がやってきて留置されると聞く。)

私の鹿島臨海鉄道の印象は「神栖」「鹿島港南」がとても強い。「鹿島港南」と聞いて「?」と思われる方もおられるであろう。そう、鹿島臨海鉄道が現在の形になる前、北鹿島、いわゆる現在の鹿島サッカースタジアムでスイッチバックをして奥ノ谷浜方面に向かう貨物線にはかつて旅客列車が走っていた。若い世代の方は、この事は既に「伝説」としての出来事であろうかも知れないが、私にしてみたら当時は非常に興味深く一度は訪問してみたい路線であった。
であるが、かねてから未成線であった北鹿島~水戸を繋ぐ計画が具体化し、第三セクター会社に引き継がれその夢が現在実現している。しかも当初は特急列車を走らせようという思惑もあったため線形が良い!ある意味、現在のイメージはかつてのそれとは全く異なる印象だ。

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(かつての北鹿島、つまり鹿島サッカースタジアム。臨時ながら「駅」に昇格したのは嬉しい材料だ。つまり営業日であれば列車での訪問は可能という事。とは言え、JRの車両で来ることができるのか・・・)

残念ながらかつての鹿島臨海鉄道は訪問できなかったが、2008年に現在の大洗鹿島線の訪問を実現させた。そして2015年にはシリーズ「恋の列車は~」で紹介しているようにマイカーでも訪問した。ハッキリ言って2015年の鹿島臨海鉄道訪問に関しては高をくくっていた感があったが、完全に私の負けであった。結論としては「行ってよかった」であった。
2008年の列車での制覇時は鹿島神宮から水戸を目指した。その模様は次章よりお伝えするとして、2015年の訪問時には神栖や奥ノ谷浜にも足を伸ばしたのでそちらもいつか紹介してみたいと思う。


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恋の列車はアマアリキ発 ④ 海士有木

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小湊鉄道は、ある意味難読駅名の「宝庫」とは言わないが、若干多い。海士有木も例外ではないであろう。かつての海士村と有木村が合併したらしいが、現在は市原市に編入されている。そんな海士有木はご存知、千葉急行ならぬ京成千原線の延伸計画がここ海士有木まである。が・・・雰囲気的に実現するかどうかは皆様の方がよくご存知であろう。余談であるが、ちはら台には私の義妹夫婦が暮らしている。私は得意気にちはら台からの延伸計画を話してしまったが・・・その夫婦には小さい子供が3人いる。果たしてこの子達が成人するまでに延伸が実現するか・・・なんというか「狼少年」、いや「「狼叔父さん」的になってしまわないかと心配な今日この頃である。
ところで海士有木の設備であるが、普通に2面2線の相対式ホームの駅であり側線は確認していない。ただ、近年に無人化されたらしく、異様にさみしさが漂っている。とは言え「小湊鉄道らしさ」は満遍なく残っていて素晴らしさは隠せない。駅前も大きなバス乗り場やロータリーがあるわけでも無く普通に民家が建ち並んでいた。ある意味「ベットタウンの玄関口」と言ったところか。もし京成が乗り入れてくる事になったら現在の位置からの移転を余儀なくされるであろう。とは言え、減少傾向の利用者をなんとか食い止めたいところであるが、今後の発展に期待したい。


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何ともいい雰囲気を醸し出す海士有木の駅舎。無人化されたのがもったいないくらい立派な佇まいだ。やはり千原線が延伸されたとしたらかなりアンマッチな風景になろうから、当然ながら建て直されるか千原線が地下に潜ることであろう。駅舎を見つめていると、そんな夢をいつまででも見ていられそうな気分になる。


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駅舎をホーム側から見てみた。やはり中に職員の姿はないのは残念だ。だが、無人化された直後の姿がそのまま残っていて今でも駅員が出てきそうな雰囲気だ。


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ホームは先述通り2面2線のシンプル構造。駅前スペースはやや手狭な印象であったが、こうしてホームを眺めてみると千原線の延伸スペースになる時にもしかしたら利用されるかも知れない的空間がホーム先に確認できる。


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駅舎の中に戻ってみた。「昔ながら」が漂う。不意に思いついた今回の旅であったが、思った以上に素晴らしい出会いがあった。この海士有木もそのひとつであるが、鉄道の施設に鉄道以外の交通手段で訪問するのは決して「邪道」ではないと思う。もちろん列車で訪問するのが一番である事にはかわりないが。



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恋の列車はアマアリキ発③ 飯給

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さて・・・ご覧の皆様は「飯給」という駅をご存知であろうか?「いたぶ」と読むのであるが・・・難しい。小湊鉄道にある華奢な駅であるが、今回の「恋の列車は~」シリーズの旅では全く訪問予定になかったが、上総中野に着いた時点で急遽思い立って訪問してみた。その事が、逆にこの旅の「ハイライト」になってしまうくらいの素晴らしい内容であったため、やはり私の「野生の勘」に衰えは無かったのだ!全く下調べ無く急遽の訪問であったが、とんでもないサプライズな出来事が待っていた。帰宅後ウィキで調べてみたら「世界一大きなトイレ」と呼ばれるWCが存在する事であった。しかも女性専用であるではないか。実に開放感あるWCは、ネットやその他メディア等で確認するより、実際に自身が体験した方が確実であろう。市原市の税金が使われているのはやや複雑な心境であるが、変な理屈はとにかく、この飯給駅では少々の秘境ムードも楽しめるので訪問の価値は大であろう。


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県道っぽい道より踏切手前で左に折れると飯給駅が待っていた。付近には数件の民家が存在するが、なんとなく雰囲気的に秘境ムードが漂う。


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駅舎と呼べるかどうかはわからないが、一応待合室的機能を持つ建家に到着。我々「もの好き」が好きそうな雰囲気が漂う。


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中に入ってみる。やはり待合室のみの機能であったがしっかりとメンテナンスが施されている。というか、小湊鉄道らしい駅のひとつである雰囲気をやたらと醸し出している。


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ホームは一面一線のいわゆる棒線化された駅である。某秘境駅訪問家の評価は果たしていかがなものか。


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さて、本題に入ろう。上が「多目的WC」で下が「男子WC」である。特に男子に関しては完全に機能していなかった。という事は多目的WCを使うしかないのか?


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そしてこちらが「ギネスもの」かも知れない「世界一広いトイレ」の外観。外からだけでは全く未知の世界であるが・・・


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もう、なんの説明もいらないであろう。同伴の妻に「ちょっとトイレ見てきな」とWCに行かせたが、マギー司郎のマジックを見た後のような表情で帰ってきた。



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恋の列車はアマアリキ発 ②

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(なんと五井駅に583系が!その理由は・・・本文でも紹介しているが、千葉県はゴルフ場の「メッカ」でもある。わざわざ弘前から団体列車が運転され、そしてこの地でプレイを楽しむ・・・というより、もし私が当事者であったら、ゴルフよりも583系に気を取られゴルフどころではないであろう・・・写真提供は相互リンクしている「房総から昭和を求めて」の管理人であるキネ様より。)

ところで、道路地図やグーグルマップなどを見ていただくとお分かりになると思うが、小湊鉄道沿線は実にゴルフ場が多く、それこそ「メッカ」であろう。2015年にマイカーでの訪問の際も、道路沿いには実に多くのゴルフ場の看板を見かけた。それこそすぐ隣に違うゴルフ場の入口の看板があったり、中には道路を挟んで両隣的な場所もあった。下手したら、それこそ大物芸能人などとすれ違うかも知れないぞ!というよりこの事は、相互リンクさせていただいているブログ「房総から昭和を求めて」の中の記事にも記されているが、なんと青森県は弘前方面から千葉県までゴルフ民のためにわざわざ団体列車が運転されるほどになっているのだ!しかも583系である!!まさか寝台がセットされている事はないであろうと思っていたが・・・そのまさかであった。とは言え、一般の方にとってはこの583系の寝台ではやや窮屈であろうが、私たちレールファンはそんな事お構いなしであろう!

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(上総牛久は小湊鉄道の中間駅で恐らく最大の部類に入る利用者があると思われる。実際に、この駅止まりの列車設定も少なくない。)

そんなゴルフ場を縫うように(とはオーバーな表現かも知れないが)更に山奥を進んでいくと、後に紹介する飯給や養老渓谷を過ぎる。特に週末はこの養老渓谷はハイカーなどで賑わうことであろうと思われる。まさかゴルフ場に向かう人の多くが小湊鉄道を利用するとは思えないが、上総牛久から先の区間ではここ養老渓谷が一つのポイントとなっている。実際に、隣の終点・上総中野まで行かずに養老渓谷止まりの列車設定もあるほどだ。 後に紹介するが、ここ養老渓谷には駅舎の脇に足湯がある。鉄道以外の交通手段で来ても、例えばマイカーなら駅前の駐車場に止めれば、その駐車料金で足湯も利用できるスグレモノである。

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(途中の里見駅は2015年にマイカーで訪問した際の一枚である。何気ない中間駅でも魅力たっぷりの小湊鉄道の駅は、私にしてみたらかつての相模線を彷彿させるよう。)

そして終点の上総中野であるが、周知の通りいすみ鉄道との接続駅であるがやたらと寂しさが漂う。列車がいてもとにかく静かなのだ。列車が去ったあとは更にそれが倍増する。2015年にはマイカーでも訪問しているが、その寂しさは相変わらず素晴らしい。更に時刻表に描かれている列車本数も寂しかった。隣の養老渓谷でせき止められてしまう列車が上総中野にやってくるのはわずか6本。事前に時刻表で列車を確認しなければいすみ鉄道への接続が約束されないかも知れない。

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(終点の上総中野。2008年訪問時であるが、2つの私鉄が接続する駅にしてはいささかさみしさが漂う。雰囲気的にはJR西の備後落合的な感じか。というより備後落合の方がもっとさみしいかも知れないが・・・)

私はこの後、約30分ほどのインターバルの後にいすみ鉄道で大原に向かった。いすみ鉄道に乗車するのは、多分1981年か1982年頃に木原線(現在のいすみ鉄道)廃止情報を受けて以来であるから20年以上の時間が経過していた。その模様は後日に紹介してみたいが、五井から大原まで列車で巡るというのが実に新鮮であった。1981(1982)年頃の訪問は木原線の単独訪問であったから尚更だ。ただ、小湊鉄道といすみ鉄道を直通する列車は無いのが残念だ。いすみ鉄道的には積極的姿勢を示しているらしいが、せめて週末だけでも実現すると、それは素晴らしい事となるであろう。そんな夢を見させてくれる小湊鉄道は、首都圏にある事を忘れさせてくれる、そして日常の雑踏から開放される・・・そんな空間であった。


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恋の列車はアマアリキ発 ①

続いて小湊鉄道を紹介してみよう。私の初訪は2008年1月であった。小湊鉄道であるが、それは千葉県にある非電化の鉄道路線である。社名の由来についてはあえてこの場で述べるまでもないであろうくらい皆様の方がよく事情をご存知であろう。上総中野で接続するいすみ鉄道と同じく、当初の計画から変更され現在の形になっているのは実に興味深い。そして、なんといっても非電化である事がローカルなムードをいっそ挽きたてているが、そんな小湊鉄道に心をくすぐられるのは気のせいか。そして沿線風景は、終点の上総中野に向かうほど魅力があふれてくる。それはまるで引田天功の、いや、プリンセス天功のイリュージョンでも魅せられているかのような錯覚に陥るから不思議だ。

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(小湊鉄道はJR内房線の五井で乗り換えられる。かつての国鉄を思わせるDCは、近年に見られるレールバス的な車両に乗車するよりも格段に気持ちがいい。2008年訪問時の五井駅にて。)

さて、私は先述のように2008年1月、久留里線制覇後に五井へ向かった。五井と言えば市原市であるが、義妹夫婦がちはら台に住んでいるためなんとなく旅先とは思えない気もするが、小湊鉄道の車両達を見た瞬間にそんなムードが吹き飛んでしまった。予定ではもちろんいすみ鉄道を経由して大原まで向かうつもりなのでご覧のフリーきっぷを購入。小湊鉄道初参戦に心を躍らせた。

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(五井駅では小湊鉄道のホーム内に改札があり切符を売っている。ご覧の乗車券ではいすみ鉄道も利用でき大変便利に。きっと素敵なローカル線の旅を堪能できる事であろう。)

五井には小湊鉄道の車両達が眠る車庫がある。構内は広く、内房線を横目にDC達が多くひしめく。とても首都圏とは思えぬ雰囲気が漂うのも実に素敵だ。そんな五井を出るとすぐに大きくカーブを描き南下していくが、上総牛久までは実に盛況している事がわかるが、特に光風台は付近に団地ができたため新たに追加された駅で小湊鉄道では一番新しい駅である。
であるが、上総牛久を過ぎると雰囲気が一転する。そう、私たちが得意とするローカルな顔がそこにはあった。小湊鉄道的にはやや辛い風景かも知れないが、あのDC車両には一番似合う風景かも知れない。そんなレトロ的な列車に揺られながら更に「メッカ」へと内陸に進んだ。

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(小湊鉄道は五井に車庫がある。ご覧の通り、五井駅の側線は小湊鉄道だらけであった。)


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恋の列車はナカミナト発④ 那珂湊

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那珂湊は「ひたちなか海浜鉄道」の中心的存在である。本社や車庫もあり構内は広く、たくさんの側線が張り巡らされ列車も多く留置されている。中でも昭和の雰囲気が漂う車両各種が豊富で、かつての国鉄を思わせる。そして那珂湊は古くから漁業で栄え、現在でも「那珂湊おさかな市場」は連日の盛況ぶりである。現在は勝田市と合併して「ひたちなか市」となったが、かつての面影そのままだ。2015年に訪問した今回紹介している旅では、那珂湊駅の訪問は日曜日であった。普通、日曜日は市場は休みであるのだが那珂湊は違った。いわゆる「場外」的な店舗が、それこそ築地並みの大盛況であった。私はマイカーでの訪問であったが、それこそ那珂湊駅前付近から既に市場までの渋滞が完成されていた!

途中、私は裏道を駆使し裏駐車場への留置に成功したが、実際の現場は見事な盛況であった。小雨の降る中、お食事処は時間になると列を作り順番待ちの記名をするほどに。私はその直前に入店したためセーフであったが、あらためて那珂湊おさかな市場のスゴさと魅力、そして威力をまざまざと見せつけられた感じだ。実はこのおさかな市場、今回の訪問が初めてではない。2005年頃に訪問している。そのときはレールファンから離れた時期でもあったが、この那珂湊おさかな市場の訪問は実に印象的であった記憶である。猫ではないが、特に魚好きには非常に興味深い物件であろう那珂湊。懐かしのDCも併せて「昭和」を充分に楽しんでみては?と、お勧めしたくなる駅、そして街である。


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こちらは「ひたちなか」時代よりの駅名標。既に茨城交通ではなく、ひたちなか海浜鉄道としてしっかりと第二の人生を送っている印象。

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そしてこちらが駅舎風景。2015年訪問時であるが、この時、駅舎内の待合室では地元の方かも知れない人がギター片手に弾き語りを披露していた。技術的な事は別として・・・

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早速ホームに入ってみる。もちろん入場券を買って。やはり構内は広いし「中心」という名が相応しい。

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やはり昔の印象から変わらずの佇まい。こういった風景が「平成」の方にも受け入れられているのが嬉しい。というより、こういった風景は、特に重要文化財にでも登録してもらって後世に受け継がれていって欲しいものだ。

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そして・・・精算所の前にいる女性であるが、この駅の職員である!しかも「平成生まれ」であろう雰囲気を醸し出すではないか。こういった職員がおられると、こちらも実に清々しい気持ちになるのは気のせいか?

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そして、構内にいた各車両達。レールファンにはもうお馴染みであろう。特に最初の3枚くらいは、笑点的に言うと「桂歌丸」「林家木久扇」「三遊亭円楽」的存在であろう。全く関係ない話であるが、三遊亭円楽(かつての楽太郎)は故・ジャイアント馬場とは麻雀仲間だったらしい。

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そして足を伸ばし「那珂湊おさかな市場」へ。ご覧の盛況ぶりにあらためて思い知らされた。今回私が訪問したのは2015年8月。特に市場では「岩牡蠣」が一押しアイテムであった。普通「牡蠣(カキ)」と言えば冬場に旬を迎え「鍋」や「フライ」などに重宝するが、実は岩牡蠣の旬は夏である。店の前には大きなポリバケツが殻捨て場となっていて、店で購入した牡蠣をその場で食べられる素晴らしさ。たまたま食べていた方に許可を頂き撮影に協力してもらったが、実に豪快!

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そして最後は2008年訪問時。この時も夏であったが市場には出向かなかった。次回訪問の際には是非こちらの車両に乗車してみたい。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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