三段峡への挑戦④ 殿賀

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廃止区間で最も現役度を感じるのがここ殿賀である。安野や安芸飯室なども確かに現役度を感じるが、なんというかモニュメント的なイメージがある。そんな中、ここ殿賀はある意味モニュメント的に整備されているものの、決してモニュメント的なものではなく、本当に駅的な機能を今も果たしている雰囲気を醸し出している。
ちょっとウィキを見てみたら注目すべき記事が掲載されていた。それは「1988年(昭和63年)7月21日 - 未明に梅雨末期の集中豪雨により殿賀駅北側の江河内谷川上流で土石流が発生し、その付近だけで10人の犠牲者を出す。一方、JR可部線の築堤が砂防ダムの役割を果たし、殿賀駅より低い場所にある加計町立病院や民家はあまり被害を出さなかった。」とある。つまり可部線の築堤のお陰で被害を軽減する事になったという事だ。という意味もあり、敬意を表して今も現役の状態を保っているものと考えられるが、なにしろこの駅の存在は地元の方にとっても心強いのではないのであろうか。
ところで駅の造りであるが、先に紹介した木坂などによく似ていて、というのも加計から先の三段峡までは可部線の中でも新しく開通した区間であるから似たような造りとなったのであろう。1969年に開通という事は、なんと私と「タメ」である!

さて、今回も「プラットホームの旅」を管理していらっしゃるmassi1様にご協力いただいた。いつも思うが、本当に大変貴重なお写真を管理なされていて、という事は大変貴重な旅をなされている。私もこうして自身の過去の旅を記録していく事を目指している。良いお手本、見本になっている思いである。是非皆様もご覧いただきたい。


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こちらは国鉄時代の殿賀駅名標。「プラットホームの旅」より拝借した一枚である。角度は違うが私の撮影したものと同じ位置にあった駅名標であろう。

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ご覧のような通路を通って駅に行くが、全く現役そのものの雰囲気。思わず腕時計をみて列車の時間を確認してしまいそうな気分だ。


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パッと見普通に私が撮影した感じだが、実は上が私撮影の2016年7月、下が「プラットホームの旅」より拝借した一枚である。ご覧の通り、全く廃止された雰囲気が無い!


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こちらも上下で比較してみた。予め「プラットホームの旅」を確認してから旅に出たわけでもないのにこうして偶然の一枚があるのが不思議なくらいである。もちろん、上が私で下が「プラットホームの旅」より拝借した一枚である。


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と、何の解説もなしにとりあえず並べてみた。駅のホームに接する部分はレールがあるが、その先は途切れていて列車の来ない現実を無言で語りかけている。だが、普通にご覧いただければ、やはり現役度を感じずにいられないであろう。


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位置的に違うが、こうして比較できるのが嬉しい。集落の軒が少なくないので復活してもいい気がしなくもないが・・・もちろん上は私撮影で下は「プラットホームの旅」より拝借した一枚である。

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最後に「プラットホームの旅」より現役時代を紹介しよう。


プラットホームの旅」の管理人様でいらっしゃるmassi1様、ご協力ありがとうございました。心より感謝致します。

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三段峡への挑戦③ 香草

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(2016年7月に訪問時の駅名標・・・と言いたいが、既に表示は無し。だが、よくこの状態を13年くらい保っているものだ。)

ホームに接するは駅舎・・・ではなく民家である。実に生活感溢れた地元密着の駅であるが、実際問題列車はやって来ない。だが、駅の手入れはしっかりとされており、さながら「復活」を感じさせる雰囲気でもある。放置されていないのは今後の身の振りが決まったのか、それとも税金対策なのか、いずれにしても雑草などか無く普通に「駅」を感じさせてくれるのがいい。可部線の存在は、ハッキリ言って現役当時はノーマークであった。しかも「いい旅チャレンジ20000km」時代は、この可部線制覇だけで1日かかってしまうくらいの勢いであったので「後回し」になってしまっていた存在であった。だが、この歳になってその魅力に気づくのも皮肉なもので、特に末端区間は素晴らしく素敵な存在であったことであろう。それは今回の訪問でわかった事であるが、そんな魅力的な路線にもこうした日常を感じさせる駅の存在が実にキラキラ光る。なんて、私の感性って変であろうか?

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(こちらは現役時代の、しかも国鉄時代の駅名標。「プラットホームの旅」の管理人様でいらっしゃるmassi1様のご協力により実現した現役時代の写真の掲載である。)

駅は1面1線の棒線型であるが、レールがはがされた現在でもその存在を肌で感じる事が出来る。そんな地元密着型の駅の存在であるが、今回は現役時代の写真を相互リンクさせていただいている「プラットホームの旅」の管理人様でいらっしゃるmassi1様にご協力いただいた。この「プラットホームの旅」は大変貴重なお写真の数々を紹介なさっているので是非皆様もご覧いただきたい。

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生活道路を走っていると突然現れた香草。思わず「ウォ~ッ、これだ!」と叫んでしまった。

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たまたまmassi1さんのお写真(下)とほぼ同じ角度からの私撮影の写真(上)が偶然ながらあったので比較していただきたい。国鉄時代は写真右側は田んぼだったのだなという情報が伝わってくる。私の訪問時はご覧の通り田んぼの面影はなく、完全に住宅街の中にあった。


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1面1線の棒線型駅であったが、やたら構内は広い。しかもしっかり手入れされている。実に訪問しやすく、素敵な旅ができた印象であった。まさか「廃線跡訪問家」のために手入れされているという事ではないであろうが、ハッキリと駅と確認できるのが素晴らしい。

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レールこそ無いものの、しっかりとレール跡が確認出来る。なんとなく以前に紹介した島原鉄道に近い保存状態であるのが嬉しい。まさか「一般道」として普段から利用されているのであろうか・・・


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そしてこちらも。レールが敷いてあればマジで現役的な風景そのものである。


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最後にmassi1さん提供の国鉄時代を紹介しよう。ホーム側の景色は現在とほとんど変わらないと思われる。


こんな事言ってはなんだが、国鉄時代の方がローカル色をかなり醸し出している雰囲気が漂うのは気のせいか?だが、よくここまで現存しているものだと感心してしまうくらい保存状態が素晴らしい。隣に住まわれている方が実に羨ましい気もするが、実は私も1984年に家の前の駅、西寒川駅が廃止になった。廃止後の様子はハッキリ言って覚えていない。それはちょうどその頃からレールファンを離れていたからという部分もあるが、やはり好きであった西寒川駅が公園などに変身して行く姿を見たくなかったのであろう。そういう姿にちゃんと向き合いしっかり記録しておいたらまた違った感性が生まれていたであろう。
この可部線廃止区間もいずれこの残された設備も取り壊されてしまうであろう。だが、私たちがこうして在りし日の姿を体験出来る事が、もしかしたら奇跡なのかも知れない。

プラットホームの旅」の管理人様でいらっしゃるmassi1様のご協力、心より感謝いたします。



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三段峡への挑戦② 田之尻

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(残念ながら、これが廃止駅の現実であった。ちゃんと記録しておかないと何駅だか忘れてしまいそうだ。)

田之尻であるが、何とも地味な駅である。もちろの現役時代も地味であったが、現在も更に地味さが増してきた。もちろん廃止された駅なのだが、廃止後更に磨きがかかった感がある。

田之尻は国道から1本生活道路に入った所にあるが、その生活道路はやや狭い何とも地味な場所にある。ただ、駅前は自治会館のような建物があり、さながら集落の中心を成している様子であった。そういえば、私はここに来る前に広島市内と宮島の観光をしてきた。もちろんひとり旅ならそういった「余計な行程」を組み込まずにストレートで可部線を迎えていた事であろう。しかしながら妻が付いてきてしまった以上、そういうものも入れていかなければならない。だが、ここ田之尻を「観光」として訪問するのは恐らく私のような「もの好き」以外皆無であろう。それもそのはず、駅前にはお土産屋さんもなければ有名な観光名所的なものも無い。あるのは「生活」という日常の風景である。だが待てよ、よく見てみるとロケーションが素晴らしく、まるで只見線の早戸に似たような風景が広がるではないか!現役時代に来てみたかったものだ。こういった地味な駅は独り占めしてこそ価値が出てくる。これこそ私の真の「観光」である。

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ちゃんと手入れもされていて、普通に「公共施設」的雰囲気であろう。だが事実、列車はやって来ない・・・

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最初に見た時は保線職員のための物かと思ったが、考えてみたら保線の必要はないわけで、という事は近所の自治会のものであろうか。

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ど~ですか、このロケーション!あの只見線にある早戸に似てると思いませんか?

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切符はともかく「不足運賃」まで入れていいとは・・・やや微妙に物騒な気もしなくもないが、私は神奈川県から来た者である。一体いくら入れたら良いのであろうか・・・

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冗談抜きで今でも現役度を感じる。私の訪問時には「旬」の掲示板が。私の地元では「三原氏」が当選したが、ここ広島での結果はいかに?


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三段峡への挑戦① 木坂

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まず最初に紹介するのがここ木坂である。ハッキリ言って現役時代は全くのノーマークであったが、廃止されてからこの駅の存在に興味を持つという、何とも皮肉な話である。陰陽連絡として計画が組まれた数多くの路線の中、その機能をしっかりと果たしているのは伯備線のみと言っても過言ではないが、この可部線も、計画通りに浜田まで延伸されたとしても、陰陽連絡の機能は果たされなかったであろう。というのも、太田川に寄り添うように走る可部線はハッキリ言ってカーブが多く線形が悪い。とても「連絡」出来る状態ではなかったであろう。現在、戸河内~浜田は高速道路があり、実際に私が利用したら1時間足らずで移動できた。もし可部線が全通していたとしても、それ以上の時間がかかっていた事であろう。

それはともかく今回紹介する木坂であるが、広島県は可部線にあった非電化区間の廃止駅である。可部~三段峡が廃止されたのが2003年であったので、基本的に比較的新しい廃止路線だ。廃止されてまだ13年しか経っていないのでかなりの遺構が残っている。その中のひとつ木坂は、超ドテップチというか築堤上にホームがあり接続する道路からそこまで行くのには階段のみの移動手段で、他のバリエーションは無いに等しい。という事は、私みたいに年齢を重ねた人間にとっては、場合によってはゼーゼーしなければならないという過酷な駅である。残念ながら駅の全容を見ることができなかったが、それでもこうして在りし日の姿を確認出来た事だけでも嬉しい。もちろん現役時代に来てみたかった思いも膨らむが、いっその事、この木坂駅を世界文化遺産にでも登録していただいて永久に残してもらうというのはいかがなものであろうか。

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国道沿いにある駅は、見つけるのは容易である。周囲にはあまり民家が無く秘境駅に認定しても良さそうだが、利用するにはご覧の長い階段を使用しなければならない。

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見よ、この長い「通路」を。もちろんあの土合駅の「それ」には及ばないものの、毎日利用する方にとっては、特に夏場は新陳代謝が激しくなりそうな雰囲気だ。

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華奢ながら待合室が階段途中からだんだん大きくなってくる。「えき」の表記が何とも可愛らしい。

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振り返って見てもかなりの現役度を感じる事が出来る。だが現実は・・・

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残念ながら草ぼうぼうでここまでしか行く事ができなかった。であるが、除草剤を撒くか、一生懸命草刈をすればその全貌を現す事であろう。写真で見る限りでは「ホームに行けるんじゃねぇ?」と思われるであろうが、実際の現場ではマムシなどが出そうな雰囲気で、私にしてみたらここまで行くにもかなり勇気ある行動であった。

みたいな感じで今回の旅は進行していった。だが、かつて清水港線の記事でも述べたが、やはり廃線跡紀行は夏場は控えるべきであると改めて感じてしまった。だが、それ以上に今回の旅は西日本が私を呼んでいた。最近の私の旅のスタイルであるレンタカー使用の鉄道旅も今回で4回目。過去の教訓から事前準備万端で正確かつ緻密な旅となった。初日と2日目は完全に計画時間から1時間以上ズレたが、そんな事はレンタカーである以上どうにでも解決できるという事がプレッシャーを軽減する原因にもなり素敵な旅ができた。一部の出来事を除くと今回の旅の完成度は高いし、次回への教訓にもなった。逆にすべてが計画通りに進行したら返って印象の薄い旅となっていたであろう。だから旅は面白い。だから次回も旅をしたくなる。そんな旅から帰ってきた私の答えは・・・今後もしばらくはこの旅のスタイルが続く事であろう、という事である。

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三段峡への挑戦 (プロローグ)

結論から言うと・・・訪問前からわかっていた事であるが、かつてのロッジ風の駅舎は取り壊されかつての面影がなくなっていた。だが、可部線の末端区間はかなり遺構が残っており訪問のし甲斐が十二分にあった。2016年7月某日、私は少々早めの夏期休暇を取り、一路西へ向かった。

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(新河戸⇒あき亀山と駅名が決定した旧・河戸。急ピッチで工事が進んでいる。もちろん電化される事であろう。)

最近の私記事はかなり西に偏っている感があるが、西は西の素晴らしさがあるし魅力的でもある。今回の旅では可部線他多くの路線を回ったが、その場所については順次紹介していこう。そして今回紹介する可部線であるが、所々は遺構が撤去されているものの、数多くの遺構が現在でも残されており、その気になれば「復活」もできなくはないであろう。実際に可部から先の一部が来年度に復活するという情報もある事であるので、今後の可部線から目を離せない。

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(立派な跨線橋と思われる部分も姿を現し期待が膨らむ。)

この河戸付近くらいまでは市街地的な風景が続く。もちろん復活させるという事は「大人の事情」があった事であろう。であるが、その先の末端区間は現実が厳しく、かなり「銭儲け」をするには厳しい景色内容であった。そんな現実を錆びたレールが無言で語りかけてくる。特に終点の三段峡は、あのロッジ風の駅舎は完全に取り壊され面影もない。そして加計もモニュメント的なものしか残っておらず、だだっ広いロータリー風の土地が当時の名残を見せているのみであった。だが、その他の私が訪問した駅についてはかなり「駅に近い」姿をしていた。もしかしたら列車がやってくるのではと勘違いしそうなほどの「出来具合」である駅も少なくない。

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(現在の三段峡。写真左奥には駅名標のモニュメントが確認出来る。あのロッジ風の駅舎がなくなってしまって残念であるが、ここに来ると一発で三段峡駅跡とわかる。)

今回の記事ですべてが伝わるかどうかは分からないが、まだ旅から帰ってきて間もないので気持ち的にも情報的にもまだまだ新鮮であろうと思うので、鮮度が落ちないうちにじっくりと召し上がっていただきたい。

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(可部線の廃止区間はまだまだ現役の景色であった。しかしながらそろそろ取り壊しの工事も一部始まっているみたいであった。)


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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