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鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

寝台特急「富士」の思い出(リメイク版)②

さて、関門トンネルを抜けると、いきなり広い構内に入り門司に到着した。早速「カメラ小僧」に変身する。そう、またまた機関車交換だ。今度は、東京から門司まで続いた直流区間が終わり、九州から交流区間となるため、交流専用の機関車「ED76」が牽引を担当する。ギャラリー達は即座に最前列に向かいバシバシシャッターを切るが、夏休みのため私と同世代の方々が多数参戦した。しかしブルートレインは道中、イベントが盛りだくさんあり鉄道ファンは忙しい。

そして私を乗せた〈富士〉は、小倉より日豊本線に入り大分・宮崎を経由して西鹿児島へ向う。中津、別府と停車の後、大分に到着した。現在の日豊本線の特急停車駅から考えると行橋や宇佐には見向きもせず、中津と別府しか停まらず大分に到着とは、さすが東京発の格式高い寝台列車である。

さて、ここ大分では10分以上停車時間がある。ここで後ろの何両か切り離す作業があるのと乗務員の交代など、何かと業務的作業が発生するための停車時間であるが、更にここ大分でかなり乗客が入れ替わる事であろうがための配慮でもあろう。

身軽になった<富士>は更に南下し鹿児島へ向けてレールのジョイント音を響かせる。既に「ヒルネ」状態となった寝台特急〈富士〉であるが、途中、都農付近では「リニア」の実験線が上部を掠めた。当時はリニアの実験場がここにあり、車両の形も現在と異なっていたが、現在は中央リニアとして具現化され開業に向け工事の真っ最中である。しかしながら何かと世間を騒がせる渦中にあり、レールファンとしては複雑な心境である。
子供ながらに、鉄道の未来の姿をしっかり目に焼き付けていた私は、そんな大人の事情など全く知らないし将来的にそんな事が起こるなんて全く予想だにしなかったが、それより一日も早くリニアの勇姿を拝んでみたいものだ。

さて、大分を過ぎると単線区間が多くなり、列車同士の行き違いのため、時に名の知らない駅で停車する。小学生のペーペーにはそんな鉄道事情は分からず「北延岡」に停車の際は「?」となってしまった。ところが、上り「富士」とすれ違い唖然。ある意味「隠れキャラ」的な存在となる北延岡であるが、今考えたら貴重な体験となってしまった。そんな事はお構いなしに列車は更に進み、間もなく宮崎に到着した。宮崎では、なんとまたまた機関車交換である。

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(私の乗車当時はEF30であった。こちらもステンレス製の車体で関門トンネルで活躍していた。下関と門司では機関車交換のためホーム先頭ではいつもギャラリーが多数!)

当時、宮崎~西鹿児島(鹿児島)間はまだ電化されておらず非電化であったのでここよりディーゼル機関車である「DF50」である。関東在住の私にとってそんな機関車見たことない!そのため、またもカメラを握り締め列車の先頭へ突っ走っていった。現在、宮崎駅は高架駅となりスリムで機能的な近代的な駅に変身したが、当時はまだ地上にあり若干の側線があったが、ホーム2面3線と、県を代表する駅としては少し物足りなさを感じた。恐らく用地の制約から多くの鉄道設備を構内に設置できなかったのであろう。そのため、いわゆるそっち系の事の多くは隣の南宮崎に任せているイメージであろう。

さて、私たちの寝台座席は宮崎より「自由席」となってしまい「部外者」がゾロゾロと乗車してきた。東京からの格式高い由緒ある寝台特急が「自由席」とは!などと言っても、夕方4時頃に走る〈富士〉は、現地の特急列車を影から補完するに過ぎない存在となってしまったのか・・・

宮崎を過ぎると、山深くなっていき、単線のレールに山の斜面が迫り、生い茂る草木が窓ガラスにぶち当たる勢いだ。
都城を過ぎ、霧島神宮を出るとやがて「桜島」が勢い良く噴煙を上げている姿が目に飛び込んできた。さすが活火山!などと子供ながらに関心していると鹿児島に到着。かつては鹿児島を代表する駅であったので構内は広い!現在も残る貨物ホームが宮崎方に向いているのは、かつて肥薩線が「鹿児島本線」であった名残であろう事が現在も体感できるのがすばらしい。現在の旅客ホームは当然ながら後付けであろうが、それでも歴史を感じる風景だ。そんな鹿児島駅ではキハ20の普通列車が隣のホームに停車していた。

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(1978年訪問時の宮崎駅にて。なんと地上時代!宮崎~西鹿児島は非電化(多分鹿児島~西鹿児島は電化されていたかも知れないが)のため宮崎で機関車交換。なんとDF50!こんな機関車、首都圏で見たこと無いためワクワクものであった。)

そして次の駅が本当に終点の西鹿児島である。駅到着のアナウンスが車内に響き渡ると同時に若干の寂しさを覚えたが「24時間25分」の長旅を達成した充実感に満ち溢れていた。
ハッキリ言って始発から終点まで乗車したのは私たちぐらいだけであったろう。当時、最長走行時間の列車で有名であったが、まる1日潰れてしまう移動手段を利用する人はどれだけいたであろうか。同伴の両親は恐らく精魂尽き果てていたであろうが・・・今となっては実現不可能な体験だけに、大変貴重なものとなってしまった。飛行機を使えば当然ながら24時間も移動で使うことはないであろう。ただ、早く現地に着けばいい、というだけの選択肢しかない旅はいかがであろう。それより、中には寝台特急のような選択肢もあるんだよと、そしてその選択肢も知っている、そして経験している自分は幸せであろう。色々な選択肢を知っていて、更にそれに挑戦できる事こそ旅の醍醐味ではなかろうか。私たち御一行は更に南下し、今夜の宿となる「指宿」へとローカル列車に揺られていった・・・


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寝台特急「富士」の思い出(リメイク版)①

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(2007年頃だったと思うが東京駅にてのひとコマ。晩年はEF66であった寝台特急「富士」の牽引機関車。私はEF65の500番台のイメージの方が強い。<写真はEF65の1000番台>)

ブルートレイン・・・それは寝台特急の代名詞であり、私達を「夢の世界」へと導いてくれる。我々人間は、人生の約3分の1を「眠る」という作業に費やし、この作業は決してやめることは許されない。しかし、この「眠る」という作業中に目的地に移動できたら、なんて効率のいい時間の使い方であろうか。そんな思いをかなえてくれる「ブルートレイン」は、その名の通り夜に走る列車であるため、眠りながら移動できることが最大のメリットである。しかし、近年は飛行機路線網の整備や新幹線の高速化、更には駅前再開発などによるビジネスホテルの増加などにより年々減少していった。また車両の老朽化や、運転士の後継者問題など様々な問題を抱え、ついに定期便のブルートレインは姿を消してしまった。

そんな中、私は小学校時代に乗った<富士>を思い出す。<富士>は、東京~西鹿児島(当時)を結ぶ、所要時間24時間25分というなんとも常識はずれの「移動手段」であった。私が初めて乗車した寝台特急であるためとても印象深く心に刻まれている。過去の記憶をたどり、是非紹介してみたい。

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(画像はウィキペディアより。晩年の<富士>は<はやぶさ>と併結であった。EF66と言えば私のイメージでは「フレートライナー」である。余談だが、現在も「プラレール」で所有している。)

私は神奈川県民のため、本来なら横浜から乗車するのが普通だが、どうも中途半端は嫌いのようで、東京の親戚に若干お邪魔をし、東京からの乗車にすることにした。と言っても小学4年生。勿論一人旅など「犯罪行為」であった為、両親に駄々っ子して九州への寄行となったのは1978年8月の事である。

親戚宅出発後、地下鉄と山手線で東京駅へ。勿論私は興奮の雨あられであるが、同伴の両親も未体験ゾーンの「24時間25分」にいささか興奮気味であったであろう。
軽いフットワークと共に<富士>の停車するホームへ参上すると、既に列車は我々を待ち構えており「旅の始まり」を感じさせてくれた。「へぇ~、こんな風になっているんだぁ」みたいな感じで車内へ入り、きっぷに記された席番へ。当時、超最新型の2段ベッドの24系25型である。それまでは20系や14系などの3段式ベッドが主流であったが、時代の流れと共に2段式が主流になる。そして3段式寝台は急行列車などに格下げとなっていった。そんな時代の流れの最先端の寝台列車に乗車した私は、自身の身体がまだ華奢である事もあり、車内が凄く広く感じた・・・「ここで寝るのかい?」みたいな気持ちで、もう興奮しっぱなしである。

やがて発車へのプロローグとなるタイフォンがホームに響き渡り、18時定刻に「カクーン」と揺れを催し東京を後にした。私を乗せた列車は爽快に東海道を駆け抜けてゆく。それも実に爽快に。寝台列車なのに「寝るのがもったいない・・・」と子供ながらに感じていた私だが、茅ヶ崎を通過したときは、若干の優越感を覚えた。当時私は茅ヶ崎の耳鼻科に通院していて、帰りの茅ヶ崎駅で相模線に乗車する時刻の頃に<さくら>が通過して行き「いつかは乗りたいなぁ」と思っていた。そんな中私は<富士>を見るために相模線の乗車時刻をあと1時間遅らせると<富士>の通過シーンが拝める訳だが<富士>見たさに何回乗車時刻を遅らせた事か・・・そんな「ブルートレイン」に、今日は「乗る側」であったのだから、これは格別の思いであった。
そんな茅ヶ崎を迷う事なく通過したが、当時、鉄道で静岡より西へ行った事の無い私は、名古屋に到着したときには興奮が最高潮に達した。とは言うものの、そろそろ「子供」は寝る時間になっていた。

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(1978年乗車時の西鹿児島にて撮影。当時は「バカチョンカメラ」であったため撮影テクニックはご了承を・・・)

「寝るのはもったいない!」との思いを抱きながらいつの間にか夢の中へと誘われていた私だが、一時目を覚ましたときは「三ノ宮」の駅名表が僅かに掠めた。再び気が付いたら「広島」の文字が見えた。やはり「人生の3分の1」の運命に逆らう事ができず、すっかり意識が無くなっていたようで、気付いたら明るくなっていて、初めて見る広島駅の広い構内に再び胸が騒ぎ出した。既に朝を向え、腹の虫も騒ぎ出す頃だが、食事をどうしたかはハッキリ覚えておらず、おそらく車内販売にて購入したであろう。

広島を過ぎると、他のブルートレインにはあまり聞かないレパートリーの停車駅である柳井、防府などに停車する。次の宇部は〈さくら〉なども停車し私にはお馴染みの駅であるが、更に次の停車駅は、鉄道ファンお待ちかねの下関。そう、最初の機関車交換のイベントがある駅だ。下関から隣の門司までは関門トンネルを通るため専用の機関車に牽引される。EF81(300番台)とEF30が主力だがこの日はEF30であった。個人的にはEF81(300番台)が好きであったが、まぁ仕方がない・・・と思いを巡らせながら機関車に向けシャッターを切る「カメラ小僧」と化していたのであった。

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(画像はウィキペディアより。EF81の300番台はステンレス素材で出来ており「海底」に対応。後に紹介するEF30と共に関門トンネルで活躍していたが個人的にはEF81が好きであった。)



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「本線」という名の元に⑲ 増毛

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アイヌ語の「かもめの多いところ」的な意味がある増毛であるが、レールが廃止された現在は「人間が多いところ」として第二の人生を送っている。これは気のせいかも知れないが、現役時代よりも人が多い雰囲気が漂う。
実際に私自身が感じたのは、今回私の訪問は6月の平日であるが、何だかんだで訪問する観光客的ギャラリーが絶えなかった。私の訪問時は晩年の現役時代のまま駅設備が残されていたが、恐らくそれは、撤去されずにそのまま暫く残されるであろう。終端駅らしく設備もさながら「駅員配置駅」のような雰囲気である。
鉄道敷設法によると、増毛から先は雄冬を通り、なんと札幌に到達するという壮大な計画であった。とは言え、もし全通していたとしても現在の姿と同じ運命を辿っていた事であろう。であるが、やはりこんなルートは魅力的であるし、ある意味「偉大なるローカル線」的雰囲気も感じてしまう。
そんな増毛駅前は、実にレトロな雰囲気に包まれ、まるで昭和にタイムスリップしたような景色である。それこそ映画「男はつらいよ」の初期作品的なロケで使用されているような、私よりも先輩の方々なら懐かしさを感じるような風景満載である。もちろんそれは、ある意味ギミック的なものかも知れないが、それより何よりこの空間に自分の身を任せている瞬間が心地よくてたまらない。そう、鉄道という存在がなければ私はこの増毛という街を知らないで一生を終えたわけだから、何とも不思議かつ意味深な運命だったのかも知れない。
ただ、留萌本線は雄冬にすら到達しないまま自身の生涯を終えてしまったわけだから、何とも切ない気持ちである。だが、我々には、特に国鉄時代を知るレールファンにとってみればこの増毛の存在はある意味マジェスティックであったろう。そんな増毛が「まさか」なくなってしまうとは、いくら時代の変化といっても受け入れるのに時間がかかりそうだ。

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まずはお馴染みの駅舎から。とりあえず観光拠点として整備されるそうなので、レールのあった証はこれからも引き継がれていくことであろう。できれば札幌、いや、せめて雄冬まで延伸されていた姿を見てみたかったものだ。



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そして現在の駅舎内。お土産屋さんなどがあり、観光的な設備として第二の人生を歩んで行こうとしてる。


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一旦駅前に出てみる。ご覧の通りレトロ調な雰囲気漂う。ギミック的なものか、それとも先代からひきつがれているものなのか、いずれにせよ素敵な雰囲気の駅前は「また来てみたい」と思ってしまう。


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そしてホームへ。ご覧の通り、現役時代とほとんど変化が無い。今にも列車がやってきそうな保存具合だ。


そしてご覧の通り、無駄に広い構内はかつての盛栄を無言で語りかけている。ここから多くの貨物が出荷された事であろう。そして多くの人が行き来したであろうこの駅は、既に列車はやって来ない。だがしかし、この駅でも多くのドラマと人の出会い・別れがあったはずだ。
現在は留萌~増毛が廃止されてしまったが、いずれ深川~留萌もなくなってしまう事であろう。もっと言えば、現在のJR北海道の鉄道路線の約半分以上は、もしかしたら50年後、100年後には廃止されているかも知れない。我々が想像できない区間まで廃止になってしまったら・・・
国鉄時代は現在の倍くらいの鉄道路線が北海道にはあったはずだ。私は国鉄時代、一度だけしか北海道には来れなかった。当時は白糠線の廃止情報を受けての旅であったが、当時から比べたら本当に北海道の鉄道路線は空白だらけになってしまった。そして・・・これから更なる空白地帯ができるなんて、はっきり言って想像できない。もっともっと北海道の列車に揺られ雄大な景色を堪能してみたい。増毛を後にした私は、この日の宿のある旭川まで一気に高速で向かう。その車内で暮れゆく夕日を背中に受けながら、そんな思いを募らせていた。

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「本線」という名の元に⑱箸別

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私の所有する唯一の現役時代の箸別駅の写真である。現在は跡形もなく影も形も無いと聞くが、かつては「仮」であった駅の割に周囲の集落が凄い!

まずは皆様にお詫びを申し上げなければならない。本来なら留萌本線全駅の写真を公開する予定であったが、今回紹介する箸別は既に駅前は個人所有の不動産となっており、鉄線的な囲いがなされていて、安易に侵入してはならない状況であった。そのため現在の箸別の状況が撮影できたのは下記に紹介する一枚のみである。
ウィキペディアで確認してみたら現在は地元のホタテ養殖業者が土地を所有していると記されており、箸別に関しては既に鉄道は歴史の一部となってしまったようだ。
更にインターネット等で調査を進めていくと、箸別は既に駅の面影をあまり感じなくなるくらいの撤去具合いらしく、もう鉄道とは無縁の世界になっているようだ。
今回の訪問の写真は撮影できなかったが、それでも私が唯一所有している箸別の現役時代の写真は、文字通り唯一無二のものとなってしまった。

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こちらが現在の箸別。ご覧の通り、個人の所有地となっているが、写真奥には箸別のホームへ向かう階段の跡と待合室が!これが確認できただけでも収穫アリであった。

ところで今回訪問の箸別であるが、かつては「仮」という事で、民家などがあまりないイメージであるが、意外にもここに駅がある事がうなずける内容であった。それは前回訪問時も感じていたが、今回のレンタカーでの訪問は更にそれを感じた。ただ、集落はあっても利用者がいなければ意味がない。海岸沿いから離れてやや内陸に入った駅であるが、それでも増毛に向かうと再び海岸沿いに出る。「荒波」で知られる日本海であるが、私の訪問時は実に穏やかな波と時間が流れていた。


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「本線」という名の元に⑰ 朱文別

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現在の朱門別「駅」の姿である。とは言え、この場所からかつての「駅」を探すのに、素人では難しかった。正直、時間の関係から「パス」しようか悩んだが、冷静になり、再度ど根性で探した結果駅を見つける事に成功した。

全くわからなかった・・・カーナビでの案内は、ある意味バーチャル的な感覚で車ではたどり着けないような架空の道を伝わないと朱文別に訪問できない様であった。と言うか、私のカーナビの性能のせいなのであろうか、全くそれらしき気配がない。諦めて次の駅に行こうと思ったが、やはりせっかく来たのだからと再度チャレンジした。カーナビに頼らずに「野生の勘」で散策した。まずは併走する代行バスのバス停があったのでその近辺を洗い出す。そして更に車を降りて徒歩で確認する。するとようやくそれらしき気配を感じたので再び車に乗り気になる方へ車を走らせるとようやく朱文別のホームが顔を出した。私は至近距離まで車を移動させホームに向かう。だがそこに待ち受けていたのは、思いもよらぬ現実の現状であった。

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こちらは反対車線の「駅」である。フェンス的な場所の向こうはすぐ海岸になるので、ある意味冬対策的な要素が強いと思われる。

まず、ホームは残っているものの、ホームへのスロープが撤去されホームに行かれない。そして駅名標も既に取り払われ車両1両分のホームがちぎれた状態で残っていた。幸いレールがまだ撤去されていなかったのでそれらしき雰囲気を保っていたが、それでも時間の問題と改めて感じた。恐らく、このジャーナルのアップ時には既に完全撤去されているであろうが、私の訪問時にまだホームが残り私を待っていてくれていただけでも訪問した甲斐があったというものだ。
確かに国鉄時代は「仮」であったが、JRの間だけでも全国版の時刻表に顔を出すようになり若干ながら日の目を見る事ができてよかったのではないか。しかし、国道から逸れて生活道路的なアプローチは、私のような部外者は全く素人チックでたどり着けない。地元の利用者しかわからない隠れ家的な駅・・・そんな印象の朱文別であった。


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ようやくたどり着いた朱門別。地元の方でないと超わかりにくい場所で、私のようなど素人ではとてもすぐに見つけ出す事はできなかった。


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ご覧のように、私の訪問時には既にホームへのスロープが取り外されていた。そう、この時点でプラットホームすらなくなってしまうのも時間の問題だったのだ。

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かなり迷ったが、冷静になったらご覧のような幅員のある道路がすぐそばにあった。だが、かつて踏切であったろう場所は完全に踏切ではなくなっていた。


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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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