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鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

突然の訃報

鉄道関係の記事ではないが、個人的な思いもあり記事を寄せさせていただいた。

志村けんの訃報・・・

正直言って考えられない・・・受け入れられない、あり得ない・・・
まさかこんなタイミングでこのような報道を目の当たりにするとは…
皆様もこんな気持ちをお持ちではなかろうか。
私の世代では、というより世代を超えて誰もが認めるお笑いの「頂点」であろう。もちろん志村けんよりも活躍していたり人気がある芸人も沢山いるであろう。ただ、志村けんようなオーラを放つ芸人はそんなに多くはいないと思う。

私が初めてこの訃報を知ったのは3月30日の正午であった。休憩しようと職場の休憩室のドアを開けた瞬間、正面にあったテレビにちょうど志村けんの映像が流れていた

…志村けん死去…

そんなテロップが流れていて、最初は何だかわからなかった。何をいってるのだろう。テレビを見るにつれ状況の深刻さを初めて理解してきて「えっ!」という感じに変わってきた。これって果たして本当なのだろうか。素直に受け止められない自分がそこにいた。

現在、第一線で活躍している芸人達はほぼ全ての人が志村けん・ドリフターズを視て育ち、そして多大な影響を受けた事であろう。私の世代分けのイメージでは、荒井注がドリフターズにいた頃を知っているか知らないかで決まる。もし知っているなら私と同世代という事になるのだが、荒井注も志村けんもドリフターズに貢献した功績は非常に大きい。もちろん他のメンバーがあってこそこの二人の活躍が大きく活きる事になるのだが、いずれにしても私から見れば、いや、私の世代では完全に超アイドル的存在だ。

確か1995年頃だったと思うが、私が仲間とプロレス観戦に行った時にリングサイド席4枚を押さえていた。だが2席分のきっぷが余ってしまったので、いわゆる「余った切符を代行して売ってくれる人」に格安で譲渡した(多分時効だと思うのでお許し願います)。会場入りして暫くすると、売却した2席の向こうにカップルが座ったのだが、なんとそれが志村けんだった!とても綺麗な女性(恐らく銀座方面の方と思われる)を引き連れキャップをかぶり完全プライベートバージョンでの登場であった。つまり2席飛ばしてその横に超大スターが座ったのだ!つまり譲渡する座席を変えていたら私の隣に座った可能性が❗非常に残念な思いであった。確か第4試合くらいにラッシャー木村に「今日、変なおじさんが会場に来てるみたいなんだけど…」とマイクパフォーマンスされる場面もあり、相変わらずの国民的スターぶりを見せてくれたのが印象的だった。
確か1995年頃の三沢VS田上の三冠戦の時であった。

荒井注の件は先述したが、もちろん私は荒井注の活躍も知っているし志村けんが荒井注の後任としてメンバーに加わった時も知っている世代である。東村山音頭も知っていればひげダンスやカラスの勝手でしょ~もリアルタイムだ。
私の小学校卒業アルバムではひげダンスの志村&加藤がペイントされたTシャツを着て写っている❗程に私からすれば神的存在であった。

20200331_173934 - コピー
レコード、持ってます!1997年頃、私は自身のバンドでキャロルのコピーバンドをやった際、オープニング曲の前の前奏で使わせていただいた。

ところで現在YouTubeなる動画配信サイトがあるが「一般の人が撮影した動画をメディアで公開する」という行為を最初に始めたのが志村けんである!いや、もっと以前にあったかも知れないが、最初にメジャーにしたのが志村けんである。
それは「8時だよ全員集合!」の後に放送された「加トちゃんけんちゃんごきげんテレビ」に始まる。もう30年くらい前の事であるが、その番組に「おもしろビデオコーナー」というコーナーがあった。このコーナーは一般の視聴者から募集したホームビデオで撮影された映像を流すという単純なものであったのだが、これが後に大反響を呼び、いつしか世界中に類似の番組が放送されるようになった。
この企画を考案したのは何を隠そう志村けんである!「8時だよ~」の後番組の企画会議で番組スタッフほぼ全てから猛反対にあったそうだ。それもそのはず。ホームビデオは当時かなり高嶺の花であり機能もさほど充実感していなかったと思うが、一般にはまだまださほど浸透していなかった時代だ。だが志村けんは必ずそういう時代が来ると確信していたのだろう。現在のYouTubeの活躍でもわかるように志村けんの先見の目はずば抜けている。つまりYouTubeはおもしろビデオコーナーの進化系なのだ。

私の中で、音楽は矢沢永吉、プロレスではジャイアント馬場、野球では長嶋茂雄、王貞治、お笑いではドリフターズ…といったところがビッグな存在である。もちろん人それぞれの思い入れはあろうが、やはりこの人達は外せない。

光があれば影がある。プラスがあればマイナスがある。つまり生まれがあれば必ず死もある。
私自身も、そして皆様も必ずやってくる最期。今回の志村けん死去で改めてコロナの恐ろしさを身近に感じたし皆様も同様の思いであろう。
この志村けんの死を決して無駄にしてはならないしコロナ撲滅に向かって皆で協力しあわなければならない。もちろん志村けんのみならずコロナで他界された全ての方も無駄にしてはならない。我々は何ができるのか。英知を結集しこれ以上の犠牲者を出さぬよう協力しあわなければならない。

志村康徳さん、改めてご冥福をお祈りいたします。

(敬称略)
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いつか、その日が来る日まで・・・⑦ 絵笛

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海岸に沿いレールが敷かれる日高本線であるが、ここ絵笛はやや内陸に入る形をとる。とはいえそこに大きな集落的なものがあるわけでもなくやや秘境駅的なムードも漂うのがいい雰囲気を醸し出す。日高本線の中ではやや地味な印象かも知れないが、私的にはこの地味感がたまらない。傍から見れば典型的なローカル線の駅かも知れないが、やはり駅それぞれに違う顔を持っていて異なる特徴や違いが興味をそそる。絵笛はいわゆる貨車駅にはならず、コンクリート制の待合室がなんといっても特徴的だ。
仮乗降場出身ではないので板張りのホームではないが(という固定概念はないが、何となくイメージ的に)、誕生時から棒線型駅であり周囲は牧場的な風景で占められる。のんびりとした雰囲気は、時を忘れてしまいそうのくらいその場に書斎が欲しいくらいの佇まいであった。ただ、夜になるとひとりでその書斎にはいられないくらいの雰囲気を感じるであろうが・・・

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「国鉄型」のアピールは「いい旅チャレンジ20000km」を知る者にとっては大変貴重な存在となりつつあるであろう。

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絵笛へと続く道の途中ではこんな風景が見られる。我々がよく知る歌に「おお牧場はみどり」という歌があるが、まさにピッタリの風景であった。ちなみにこの曲はウィキによると「チェコスロバキア民謡」とあった!そうか、この曲って外国の歌だったのか、この歳になって初めて知った。更に現在チェコスロバキアは「チェコ」と「スロバキア」に分離独立しそれぞれの国になった。イメージ的には「川西池田」や「万座・鹿沢口」的な感じか。とはいえ、両者は独立国家ではないのだが・・・


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そして絵笛に到着。生活道路から続く一本の道は徒歩・自転車でのみ通行可能であろうくらい細い道であった。だが、この風景ってどこかで見たような・・・あっ、そういえばいすみ鉄道にある某秘境駅に何となく似ているような・・・

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ご覧の通り、秘境駅にでも認定されてしまいそうな風景であった。だがこの長閑な風景、素晴らしいよねっ!って感じだ。ある意味「醍醐味」的な感じがする。


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そしてこちらが絵笛を代表する待合室!ただ、夜に利用するのは少々勇気がいるような・・・


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いつか、その日が来る日まで・・・⑥ 浦河

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とにかく顕著な錆びれっ降りであった浦河。かつては急行「えりも」も停車し日高本線を代表する駅のひとつでもあった浦河であったが、JR化後の早い段階で交換設備等をほとんど撤去されてしまいかつての面影は薄くなってしまった。いや、正確には面影はあるがレールが剥がされ機能的にシンプルになってしまった。それは1990年頃に発行された書籍で私がこの事とを確認しているのであるからもう30年くらい前の話になる。だがホームや設備がリニューアルされたわけでも無く、単純にレールが剥がされ昔からのホームや設備を使用しているのであるから落胆の色が一気に迫ってくる思いである。そしてなんといっても浦河が日高本線の代表する駅のひとつでもあった証は「みどりの窓口」の存在であろう。日高本線では静内とここ浦河の2駅のみにあるみどりの窓口の存在が、この駅の重要性を無言で語りかけている。
ただ、駅を利用するには目の前の国道から一本山側の生活道路に入り到達しなければならない不便な構造である。ただ、かつての跨線橋を国道沿いまで延長し「自由通路」とし国道からも利用できるようにはなったが、何となく控えめな存在の浦河「駅」である事に変わりはない。

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まずは跨線橋から。跨線橋を使用して他のホームへ行くという作業がないため、国道側に出入り口を作り「自由通路」となり第二の人生を送っている。

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跨線橋の一部に色の違う場所がある。これは言わずと知れたかつての旧ホームへとつながっていた部分である。現在そのホームは撤去されてホーム自体が無い。


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駅舎はご覧の通り「国鉄っぽい」建家となっている。だが、国道沿いではないのがかなり残念であるのだが、安全面を考慮すれば国道沿いでない方がいいのかも知れないと思ってしまう。

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駅舎内は完全に無人となっていた。もちろん「みどりの窓口」も営業していなかった。


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先述通り、かつての上りホームは完全に撤去され跡形も無い。現在使われなくなった広いスペースがかつての盛栄を物語る。というより既に駅全体が使用されなくなって久しいのだが・・・


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いつか、その日が来る日まで・・・⑤ 東町

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かつては仮乗降場だった東町であるが、とは思えないほど立派な待合室があった。ただ、素人の私が東町の駅を見つけるのは非常に難易度が高かったイメージだったが、やっと見つけた駅はかなり狭いスペースに無理やりホームと待合室を作った印象であった。
国道から外れ生活道路を入っていくが、ナビに案内された場所に駅が見当たらなかったため、一旦国道方面に戻り国道沿いのコンビニに車を駐め徒歩で再度挑戦した。

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民家の片隅にあった東町。国道から一本裏道に入ったような場所にあり、地元の方等普段からの利用者以外の人にはわかりづらいかも。現に私は車では到達できず、付近のコンビニに車を駐め徒歩でたどり着いたほどだ。

徒歩であると当然ながら視界が広がるため駅を見つけることに成功したが、それくらい我々のイメージする「駅」とはほど遠い印象であった。もちろん「仮」であった過去を考えると納得する部分もあるが、意外にも周囲に生活感を感じるので駅としては機能していたとのであろう。更に学校などの施設が多くある事から、当然ながらそちらの利用者が大半を占めると思われ「仮」であった割には利用者が多かったイメージだろう。
先述した通り「コンビニに車を駐めて」という事はこの付近ではかなりの生活感があるという事だ。「カリソメ」だった過去が嘘のように人の繁栄がある。利用者が僅少であるのが嘘のシチュエーションであった東町「駅」だが、錆び付いたレールは既にこの現実を無言で語りかけているようであった。

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モダンな待合室はとてもかつて「仮」とは思えないほど立派なものであった。私の訪問時は当然ながら利用者皆無の状態であったが、ちょっと、いやかなりもったいない感じもする。


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限られたスペースに、無理矢理とは言わないが例え「仮」でも駅を作った意味は現場に来てみて初めてわかる。付近に学校等もあり、狭いながらも、そして「仮」ながらもかなりの利用者があったのがわかる。



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いつか、その日が来日るまで・・・④日高幌別

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かつて島式ホームだったとは思えないくらいに棒線型のホームと駅舎が一体となっていて昔の面影というか、島式ホーム感が少ない、いや、足りない。だが、よく見るとやはり名残が見えてくるから不思議だ。
国鉄時代の駅舎は改築され簡易郵便局などが入居しているとウィキにも記されているが、確かに周辺は文明の香りがして、そこにある生活を感じとる事ができる。
しかし、残念ながら既に列車はやって来る事がなく、いっ時の賑わいすら見せることは無くなってしまったが、せっかくリニューアルした駅舎を無用の長物にしてしまうのは少々勿体ない気持ちがする。

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かなりモダンな駅舎に変身した印象であるが、列車がやって来ないのがもったいない。駅舎内にWCがあるが、一応機能した。

集落は駅の片側に偏っているが、片側は海に面して草木が生い茂っているため発展の余地はない。そのため駅舎側の集落が頼りになるのだが、ウィキ等の情報によると、現在の代行バスによる日高幌別の利用者はゼロ!的な数値が記されていた。
鉄道とは大量輸送の手段である。貨物や旅客が多くあって始めてその能力を発揮する。しかしながらその能力を持て余すようであれば最終的には「廃止」という結末を迎える事になる。

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こうしてみてみるとやはりかつての島式ホーム振りがわかる。ただ、代行バスの「利用者ゼロ」的な現実は、このモダンな駅舎からは想像しにくい。いつ列車がやってきてもおかしくない風景であるのだが・・・


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いつか、その日が来る日まで・・・③ 鵜苫

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全く関係ない話であるが、私は小学生の時将棋クラブの副部長であった。自分で言うのも何であるが、そこそこ強かったと思う。
ただ、生まれてまもなく父の膝の上に乗せられ麻雀を魅せられていたのを覚えている。つまり父の仲間たちが我が家で麻雀をやっていて、それを見ていて自然に私は麻雀を覚えてしまった。いや、正式には中学2年の時、ようやく周囲の同級生たちが麻雀をやる仲間が出てきたため、しっかりと書籍を読みちゃんと点数計算まで覚えたのが始まりだったと思う。もちろん小学生時代も麻雀自体のやり方とかはわかっていたが、なにせ周りにやれる物がいない。それが中学になってようやく現れた麻雀仲間に私は授業が終わるとメンバーの家に集まり麻雀をやる日々が続いた。

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現在の鵜苫の駅舎。傍から見たら全章の西様似とほぼ変わらない風景かも知れないが、私から見たら全く個性が違う的に映る。

高校時代はクラブ活動入部が義務であったが、鉄道に関する部活がなかった。仕方なく私は「華道部」に入部したが、一度も参加することなく高校を卒業した。いや、正式には入部の際に新一年生を集めての集会があったのでそれに参加したが、それっきり参戦は無い。もし麻雀研究クラブみたいのがあったら間違いなく入部していただろう。鉄道に関しては高校1年の夏以降休業したので、もし高校入学の際に鉄道に関する部活があったら入部していたであろうが、麻雀クラブに移籍していたかも知れない。
くらい麻雀をよくやった。
そして車の免許取得のため福島は飯坂温泉に合宿する事になるが、その際もこの「麻雀」が滞在費等に貢献するという「逸話」があり、私の若かりし頃は麻雀とは切っても切れない縁であった。

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ご覧の通り西様似同様、かつて列車交換ができた駅であった名残がわかる。そして、もし広尾までレールがつながっていて帯広まで抜けられるルートが完成していたら、その交換設備も最大に活躍していた事であろう。

そんな時代もあったが、約23年振りくらいにレールファンに復帰して、なんというか時代を取り戻すというか追いつくのがある意味大変であった。が、それでもブルトレ全盛期の国鉄時代を知る者として今、自身のブログで国鉄時代の記事を書いているのがある意味自己満足的に嬉しい部分もある。しかしながら平成~令和の時代に果たして私の記事が受け入れられてもらえるか?という思いもある。だが、こうして若かりし頃の思い出として次の世代に伝えられたらいいかなという思いもあるので、是非若い世代に私のブログをご覧頂きたい思いである。もちろん「昭和」「国鉄」を知る世代にも・・・

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こちらの方が「らしい」か。交換設備があった事がものすごく伝わってくる。

さて本題に入ろう。西様似に続き貨車駅専科である鵜苫であるが、ここ鵜苫も西様似に続きかつて島式ホームであった名残が見られる。たが、当然ながら利用者が減れば運転列車も減る。そして列車交換の必要性が減る事から交換設備が外される・・・どのローカル線でも歩んできた道を、ここ日高本線も同じように歩んできた。そして更に今は災害により列車はやってこない。そしてこのまま永久に列車はやってこない・・・
国鉄時代には考えられなかった現象が、平成・令和の時代に日常的に起こっている。国鉄時代、日高本線ってこのようなイメージだったっけ・・・と思ってしまう。
日高「本線」であるからもっと活躍してもいいんじゃないか、と思ってしまう。が、例え広尾まで繋がっていたとしても、そして広尾線が今もなお健在であったとしても遅かれ早かれ日高本線の進退は決まっていたかも知れない。


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いつか、その日が来る日まで・・・③ 西様似

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様似のひとつ手前にある西様似であるが、かつては交換設備があった。しかしながら、運転本数の減少で交換設備が外されてしまった駅が多くある中、ここ西様似もそのひとつの内に入る。
静内から様似まで、かつては確かに交換設備を持つ駅は多くあったが、現在は、私の記憶だと本桐のみだと思う。本桐については後程紹介する予定であるが、何れにせよ鉄道が主役の時代ではない事を象徴しているような事象であろう。
そんな状況をかつて交換設備があったと感じさせる広い空間と北海道特有の文化であろうと錯覚をおこしてしまう雰囲気を感じさせる貨車駅舎が無言で語りかけている。

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まずは駅舎から。「北海道特有の」と言っても過言ではない貨車駅舎の典型的な姿であるが、塗装が道路側とホーム側で異なる。

鉄道とは大量輸送というのが最大のメリットである。輸送する人や物が少なくなった時、その能力をもて余す事になるのは当然の事であろう。数値的には国鉄時代に比べ半分以下の輸送量しか無い日高本線。苫小牧~鵡川間を含め全線廃止の可能性も、将来的にあるであろう。

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一見して島式ホームである事がわかる。ただ、片側は既にレールが無く地元の会社の敷地になっているようだ。しかし、レールがある側には列車は既にやって来ない状況である。

かつて島式ホームであったとすぐにわかるホームの横には大量の木材が並んでいた。もちろん、駅構内にあるからといって鉄道で輸送するわけでもなく、地元の会社が管理しているものであろう。そこに列車の通れるスペースは無く、そしてスペースのある側も既に列車はやって来ない。正式な「辞令」が出る前から既に「十勝三股状態」であるが、最近はこうした別れが地味に多くなってるように感じるのは気のせいか・・・

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かつて島式ホームだった名残がここでも見られる。だが、将来的にも列車がやって来る事がないであろう。



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プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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