近鉄バッファロースリーパー④
2013-06-02

(橿原神宮前駅前。意外に人通りが多くない。「神宮」と名乗るが、意外に生活の香が漂う。)
尺土から急行で一気に吉野に向かう。駅前には吉野山が聳え立ち、いかにも「観光」的な雰囲気である。それよりこれからも私は近鉄全線制覇に向け先を急がなければならず、観光などしている余裕が無い。
吉野を折り返し橿原神宮前に向かう。橿原線との接続駅であり構内は広い、というよりYの字調になる構内だが、確か吉野線と橿原線はレールがつながっていなかった記憶がある。とはいえ、ホームから線路を見た限りではそんな事は全く分からないが、お互いに「性格」が違うのであえて直通運転をする必要もないのであろう。しかし構内の広さはレールファンの目を引く。

(天理は宗教の街である。JRとも連絡し乗降客は多い。)
橿原神宮前より北上し平端で天理線に乗り換え天理に向かう。天理と言えば、その名の通り「天理教」の街として知られ、宗教名がそのまま市の名前になった唯一の街である。しかし私は全くと言っていいほど関連・関係が無いため駅に訪れる理由はただひとつである。その理由が終わればただ只管折り返すのみであるが、大和西大寺まで直通の列車に乗車したため大和西大寺に行くには都合がいい。だが、妙な事件が起こった。実は車内でスマフォ」を拾得してしまったのだ。さぞ落とし主は困っていると思い、大和西大寺駅で駅員さんに事情を伝え渡したが、やはり他人の所有物を持ち歩くというのは非常に落ち着かない気分だ。落ち着いて「制覇の証」も撮影できない。
それはともかく、所有者にちゃんと引き渡されてればいいも思うのだが・・・
大和西大寺駅より生駒まで奈良線で生駒に向かうが、この大和西大寺、非常に複雑な構内配線として有名である。

(画像はウィキペディアより、大和西大寺の配線図である。はっきり言って何がなんだかわからない!)
ちょっとウィキから画像を転用させてもらった。というより、ウィキに配線図が掲載されている事自体「複雑だよ」と訴えているようなものだ。要するに四方からくる路線が平面交差する形をとるため、見た目はダイナミックであるが、実用上はかなり危険が伴い信号操作の気を使うのではないか。もっとも「オートメーション」化されてはいると思うが、費用云々は別と考えて立体交差式にすればかなりのリスクが減少すると思われるのはだれでも考えるところだ。
生駒まで行くと今度は生駒線を制覇する。王子まで一気に来ると、今度は田原本線に乗る。「たはら・ほんせん」と勘違いされることが多いと聞くが、本来は「たわらもと・せん」が正解だ。王子駅から若干徒歩を要するのは若干不便を感じるが、本当に典型的な生活路線である。終点の西田原本も田原本駅と離れており、いささか便が悪いが、かつては「大和鉄道」という会社が原点であり、合併などを繰り返し現在の姿になっている。その名残か、田原本線だけがなんだか独立している感じであり、近鉄の感じがしない。というのも、近年の乗客減により途中駅が無人化されてしまったため、ローカルムードが醸し出された感がある。

(王子駅から田原本線に乗車するには若干徒歩を要し「新王子駅」に移動しなければならない。)
考えてみたら二日目は奈良県内ばかりを走り抜け、まるで史跡めぐりの旅をしているようだ。先述した「急行銀河51号」記事で「京都は似合わない」と私は言ったが、奈良県は更に「似合わない」事を確信した。「近鉄」と軽く考えていたが、実際に乗車してみると物凄く史跡や遺跡巡りの連続で、歴史と深いかかわりのある鉄道である事を知ることができた。その事が分かっただけでもこの旅をした価値が出てきたような気がする。しかしそこに「生活」という名の人間の営みがある。その「営み」と深くかかわっている近鉄は、その人にとってはもっと価値のあるものであろう。なんだか「風来坊」のような旅をしている自分が申し訳なく思い、改めて近鉄に敬意を表しながら再び乗り潰しの旅を進めていった。

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鉄道全線完全制覇の旅
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