会いたかったYeah!君に⑤
2013-06-26
五百石(ごひゃっこく)は、駅付近の地名の五百石は「ごひゃくこく」と読み、案内などでは駅名も「ごひゃっこく」と「ごひゃくこく」が混用されているらしい。そんな難しい駅を過ぎ寺田に到着。同伴の妻を一足先に富山へ送り出し私一人の単独行動となる。寺田では私の他に「諸君」も一緒に数十名下車し、一時のにぎわいを見せるも、再び折り返して岩峅寺に向かう客など私一人であるのは当然か。

(寺田駅の駅舎。開業したころそのままと思われる建物が健在。素敵な「空間」を醸し出している。)
乗換まで約20分位あるので駅散策にはちょうどいい。一旦改札を出るため駅舎に向かうと、なんと駅員がいるではないか!地方ではワンマン運転が定着しているが、途中駅でこうして駅員がいるとなんだかホッとする。私は丁寧に「全線2日間フリー乗車券」を見せると、なにかひとつの納得が閃いたかのような表情で私を改札の外へ出してくれた。駅舎を数枚カメラに収め再びホームに戻ろうとフリーパスを駅員さんに見せると、既にフリーパスを見る事が無駄な作業のようで、その瞬間から既に私は「顔パス」になっていた。

(バックには田園風景。しかしながら乗車人員はそこそこいる。後日「寺田駅特集」でも組んで別途アップしてみたい。)
一通り寺田駅の「現在」をカメラに収納したら、即座にやることが無くなった。待合室には数名の乗客が列車の出発時間を待っている。やがて宇奈月方面からの列車がやってくると20名くらい「諸君」が下車。ほぼそのまま私が待つ立山方面のホームに移動してきた。完全に浮いてしまった私。諸君というより「女学生」がほぼ98%を占める中、私はカメラ片手に岩峅寺に向かう。そしてその乗換客はやはり五百石でほとんど下車していった。しかし乗車も同じようにあったため車内の混雑度の変化はない。といっても全員がちゃんと着席できるくらいではあるが・・・

(またもや「京阪」のお出迎え。その名の通り「テレビ」があったが、真空管タイプでは無い。もちろんである。)
岩峅寺で上滝線に乗り換えること3分。ギリギリと思っていた乗り換え時間であるが、かなり余裕があった。しかしそこで待ち構えていたのは・・・やはり京阪であった!「テレビカー」の名を代々受け継ぐかのようにしっかりと伝統を守り続けているような「液晶」の最新式は、デジタル時代になった今でも若干画像の乱れがある。と言っても2両編成の最後尾の車両に乗車しているのは私のみ。テレビまで「独占」してしまった。そういえば、かつてあのジャイアント馬場が、「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」と自身の団体のキャッチコピーとしていた「名言」がある(しかしこれは本人が考えたものではない)が、「みんなが前の車両に行くので、私、後ろの車両とテレビを独占させていただきます」と言っても説得薄いであろう。

(南富山で列車交換。今度は「オリジナル」に遭遇。)
ローカル的風景が南富山まで続いたが、やはり南富山からは「市街地」の風格か、商業施設も数多く見えてくる。市内電車からの乗り換え客も多くあると思われるが「市電」で行くより「鉄道線」で行く方が富山までは完全に時間が違う。
やがて稲荷町で本線と合流すると、複線区間のまま終点の電鉄富山に到着。一斉に乗客が先頭車両に向かった。私はとうとう「レッドアロー」に乗れなかった・・・と思ったら出発を待つ「レッドアロー」が隣に遭遇。すかさず「乗車」して数秒堪能した。かつての優等列車を「普通列車」の運用で乗車できる地鉄沿線住民は非常に羨ましい思いでいっぱいであるが、次回の訪問時には乗車して「移動」したい。

(私の乗ってきた列車の隣には「レッドアロー」が!すかさず「一瞬」の乗車。)
本来ここで旅は終了するのだが、実は事前に調べておいた「スーパー銭湯」が不二越駅前にある。「全線フリー」の切符を買った意味がここにあった。実は私の乗車したルート、正規料金の方が「お買い得」なのである。翌日の「市内線」を含めても、である。一旦宿泊施設に戻り、再び不二越目指してフリー切符を駆使。しかしながらまたもや「京阪」であった・・・

にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村

(寺田駅の駅舎。開業したころそのままと思われる建物が健在。素敵な「空間」を醸し出している。)
乗換まで約20分位あるので駅散策にはちょうどいい。一旦改札を出るため駅舎に向かうと、なんと駅員がいるではないか!地方ではワンマン運転が定着しているが、途中駅でこうして駅員がいるとなんだかホッとする。私は丁寧に「全線2日間フリー乗車券」を見せると、なにかひとつの納得が閃いたかのような表情で私を改札の外へ出してくれた。駅舎を数枚カメラに収め再びホームに戻ろうとフリーパスを駅員さんに見せると、既にフリーパスを見る事が無駄な作業のようで、その瞬間から既に私は「顔パス」になっていた。

(バックには田園風景。しかしながら乗車人員はそこそこいる。後日「寺田駅特集」でも組んで別途アップしてみたい。)
一通り寺田駅の「現在」をカメラに収納したら、即座にやることが無くなった。待合室には数名の乗客が列車の出発時間を待っている。やがて宇奈月方面からの列車がやってくると20名くらい「諸君」が下車。ほぼそのまま私が待つ立山方面のホームに移動してきた。完全に浮いてしまった私。諸君というより「女学生」がほぼ98%を占める中、私はカメラ片手に岩峅寺に向かう。そしてその乗換客はやはり五百石でほとんど下車していった。しかし乗車も同じようにあったため車内の混雑度の変化はない。といっても全員がちゃんと着席できるくらいではあるが・・・

(またもや「京阪」のお出迎え。その名の通り「テレビ」があったが、真空管タイプでは無い。もちろんである。)
岩峅寺で上滝線に乗り換えること3分。ギリギリと思っていた乗り換え時間であるが、かなり余裕があった。しかしそこで待ち構えていたのは・・・やはり京阪であった!「テレビカー」の名を代々受け継ぐかのようにしっかりと伝統を守り続けているような「液晶」の最新式は、デジタル時代になった今でも若干画像の乱れがある。と言っても2両編成の最後尾の車両に乗車しているのは私のみ。テレビまで「独占」してしまった。そういえば、かつてあのジャイアント馬場が、「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」と自身の団体のキャッチコピーとしていた「名言」がある(しかしこれは本人が考えたものではない)が、「みんなが前の車両に行くので、私、後ろの車両とテレビを独占させていただきます」と言っても説得薄いであろう。

(南富山で列車交換。今度は「オリジナル」に遭遇。)
ローカル的風景が南富山まで続いたが、やはり南富山からは「市街地」の風格か、商業施設も数多く見えてくる。市内電車からの乗り換え客も多くあると思われるが「市電」で行くより「鉄道線」で行く方が富山までは完全に時間が違う。
やがて稲荷町で本線と合流すると、複線区間のまま終点の電鉄富山に到着。一斉に乗客が先頭車両に向かった。私はとうとう「レッドアロー」に乗れなかった・・・と思ったら出発を待つ「レッドアロー」が隣に遭遇。すかさず「乗車」して数秒堪能した。かつての優等列車を「普通列車」の運用で乗車できる地鉄沿線住民は非常に羨ましい思いでいっぱいであるが、次回の訪問時には乗車して「移動」したい。

(私の乗ってきた列車の隣には「レッドアロー」が!すかさず「一瞬」の乗車。)
本来ここで旅は終了するのだが、実は事前に調べておいた「スーパー銭湯」が不二越駅前にある。「全線フリー」の切符を買った意味がここにあった。実は私の乗車したルート、正規料金の方が「お買い得」なのである。翌日の「市内線」を含めても、である。一旦宿泊施設に戻り、再び不二越目指してフリー切符を駆使。しかしながらまたもや「京阪」であった・・・

にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://4190koawazay.blog.fc2.com/tb.php/204-43643152