姿なき挑戦者⑦ 上越夜行733M(後編)

上野駅を22時10分に発車した733Mは、尾久・赤羽・浦和・大宮に停車し、長岡までは井野・上牧・岩原スキー場前・八色を通過する。つまりそれ以外の駅は全て停車するという、本当に「各駅停車」並みの夜行列車であった。しかも高崎の39分と新前橋の42分の停車時間以外は軒並み30秒~1分停車で、水上でさえ4分停車という、普通に「普通列車」仕様の運転である!途中、高崎では寝台急行「天の川」に道を譲るという、何ともドラマチックな夜行列車であった。

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(「ムーンライト」に変身し、一時期165系で運転されたこともあった。しかしシートは改造されリクライニング式に。昔の165系のイメージは無く、実に快適に。画像はウィキぺディアより。)

当然「青春18」の為、入場券は高崎・新前橋ではしっかりゲット。私は1982年に乗車の際に購入済の為席からびくともしなかったが、他のメンバーは深夜というのに忙しい。後輩たちは仲間と深夜の移動など、初めてなのか、異常にハイテンションである中、私は当時からファンになりかけていたあの「E.YA〇AWA」を友達から借りた「ウォークマン」で聞きながら仮眠していた。それを見た同行の教諭が「へー、矢沢だってよッ」みたいな事を言いながら、意味ありげな視線を私に送っていた。
そして、上越線ということは、もちろん水上を過ぎるとあの「土合」も停車する。しかしここで「事件」は起こってしまった・・・後輩のひとりがこの土合駅でトイレに行きたかったのか駅名表を撮影したかったのかは定かでないが、何とも常識はずれの理由でこの土合駅に降りてしまったのだ!そして列車は彼を残し出発してしまう・・・このことは後から教諭が気付き、折り返して土合方面に向かったが、我々はもう一人の「ゲスト教諭」と共に予定通りに行動。団体の秩序を乱すことなく赤谷線へと目指すのであった。

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(目指す赤谷線は、確か私の訪問後まもなく廃止となった。新発田駅で撮影。)

そんな事があったが、全く他のメンバーは動じることなく仮眠していると終点の長岡に近付いた。宮内では信越本線と複線同士で合流するため構内が広く、配線が複雑だ。
そして4時45分終点の長岡に到着。ここで信越線の5時15分発に乗り換え新潟目指す。が、行方不明の後輩を迎えに、ここ長岡で一部の教諭は土合方面の列車に乗り換える。結局確か新潟辺りで合流することができた。つまり新幹線で我々に追いついたことになるが、新幹線開通後でよかったねぇという思いがいっぱいだ。やはり後輩は土合で下車したらしく、すぐにドアが閉まってしまったのでどうして良いかわからず、ホームのベンチで泣いていたそうだ!これを聞いて私は若干ショックを隠し切れなかった・・・カリソメにも「中学生」だ。わからなければ「調べる」「駅員等にに聞く」などという行動ができたはずだ(もちろん時間帯にもよるが)。その他いろいろなアクションが取れるであろう。携帯電話など無い時代に探し当てた教諭も大したものだが、私はこの出来事が非常に残念でならなかった。

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(参加メンバーと一緒に。上の写真の赤い服は「鉄道研究クラブ」の顧問の教諭。下の写真でその位置にいるのが私である。新発田駅にて。)

と言っても「卒業生」の身。私は黙って見守るしかなかったが、結局予定通りみんなで赤谷線を制覇する事が出来た。一応参加したメンバーで集合写真を撮影したが、肖像権の関係上、画像に若干細工させていただいた。なんだか心霊写真の紹介みたいになってしまったが、恐らくそのような「物体」は写り込んでいないと思う・・・数えて全メンバー12人!なんと3ボックス分だ。

考えてみれば、この頃私は随分と旅慣れた感じがし「貫禄」みたいなものを醸し出している事をこの写真を見て感じた。既にこのメンバーの中では「ベテラン」の域に達していた。思えば単独で周遊券を使い「東北一周」などの経験などをしたからかも知れない。それが今になってまた同じ事をしているとは、何とも言えない鉄道の「奥深さ」というのを、この写真を見て感じ取ることができた。

全く私事であるが、この時から既に30年経過しているが、当時私が顧問の教諭に貸したRJ社の鉄道誌数冊の返却が未だに無い・・・


☆実は先日、約30年振りに当時の「後輩」との接触に成功した!「土合で下車した」奇怪な行動の真相が判明。「続きを読む」をクリックすると詳細が記されているので興味を持たれた方は是非クリックを。
実に約30年振りである後輩との再会に、お互いの印象の変化に若干戸惑いを感じたが、そんな事はすぐに吹き飛んでしまい昔話に花を咲かせた。

その後輩の話によると、土合で下車した同行者の件について、どうやって見つけたかが判明した。
土合で下車したのは、いわゆる「化粧室」に行くため車両を移動しようとしたが、車両が混雑していたため一旦列車を下車しホームを伝って別の車両に移動しようとしたらしい。だかそのままドアが閉まってしまいあわててしまったそうだ。

そしてそれに気づいた教諭2人と後輩ひとりの計3人でタクシーで越後湯沢に向かったらしい。そして下車してしまった「同行者」が土合駅発の始発に乗ってくるだろうと予測し越後湯沢でその列車をを待ち伏せし乗り込んだら見事に「乗っていた」との事であった。と言う事は、残ったメンバーを赤谷線まで牽引したのは恐らく私であったろう。確かに新潟辺りで結局合流に成功していた事は覚えているが、本当に携帯電話の無い時代に「第六感」的な神経を使いよく見つけ出したものだ。さすが教諭陣、年の功でろう。
そして教諭に同行した後輩は当時「部長」に昇格していたエピソードも聞いた。そのため教諭に同行したそうだ。

それにしても同じ行程の中、途中別行動であったが、その別の行動の模様が判明しただけでも後輩に久々に逢った成果はかなり大きい。そして後輩より当時の写真や彼の所有している写真の数多くを提供していただいた。これから私のブログで順次紹介していきたいと思うので乞うご期待!
そう、その後輩の写真を公開するにあたり、彼のハンドルネームを紹介したいのだが・・・私は彼を「ダイナミック☆トナカイ」と呼ぶことにした!


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まさに「夜中の普通列車」ですね!

「ムーンライト」の前身「上越夜行」…115系で夜行という設定について色々国鉄にツッコみたい気もしますが、楽しく読ませていただきました(^^;)

後輩君はよりによって土合駅で降りてしまったなんて、何がしたかったのでしょうね…せめて越後湯沢ならいいのに(って、そういう問題でもないのでしょうが)
夜中の土合駅停車設定があるというのも考えたらすごいですよね!車掌さんも気にしなかったのでしょうか?中学生が一人降り立つってかなり不自然なのに…(==;)

携帯も無い中、見つけて合流した先生は凄いですね。尊敬します!(^^)

でこすけ様

コメントありがとうございます。 

そうなんです・・・旅に不慣れな後輩の行動と言ったら・・・しかし顧問の教諭も探し当てたのは今考えても大したものだと思います。もちろん国鉄職員に協力してもらっての結果と思いますが。

本当に「上越夜行」と中央線の「中央夜行」は115系で運転されていて「通勤かよ!」とサマーズ張りに突っ込みたくなります。吊革に掴まって長岡まで行く人っているのかよ!!と思いますが、後輩たちは新前橋辺りでしばらく吊革に掴まり遊んでました。

あっ、「あぶくま洞」の情報と写真、ありがとうございました!!
プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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