「スーパー宗谷」で行く最果ての旅(後編)

札幌を出た「スーパー宗谷」は旭川までは電化区間を走る。私の訪問時、旭川駅はまだ高架化されていなかったが、工事は既に始まっており「いずれ」の雰囲気であった。旭川駅の構内は広く側線が多数あり、特に富良野線は他のホームと若干離れており乗り換えに不便であったが、2011年11月23日に全面高架化が完成した。その結果、当然ながら富良野線の「単独行動」は無くなり、みんな仲良く収まった形になった。

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(宗谷本線の中心的存在の名寄。「名寄本線」「深名線」の姿はもう無い。)

「スーパー宗谷」では当然車内販売があり、私は「酎」を購入。たまには贅沢してもいいかなと「これが無いと始まらない」思いで北の大地を眺めていたが、若干視点が定まらない・・・こういう場面ではいささか飲み具合が進んでしまったようだ。
名寄駅に着く。かつては名寄本線と深名線が分岐していたが、現在はどちらもその姿が無い。特に深名線は1995年まで活躍していた「特異」なローカル線であった。とはいうものの、晩年は次々と駅が無くなっていき、過疎地帯を走る路線の姿が完全に浮彫となった状態であった。その昔には、廃駅を自治体に告げたが沿線住民に話が届いておらず、その駅から通院するご年配の方々が孤立してしまうという「事件」もあったくらいだ。改めて「過疎化」の実態を考えさせられる出来事であったろう。

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(雄大な景色が延々と続く。北の大地は果てしない・・・)

音威子府を過ぎ幌延に着くと、完全に「ローカルモード」の雰囲気が出ており、どことなく寂しさが漂うが、かつては留萌からくる羽幌線の接続駅であった。現在は全くとは言わないが面影が無い。そんな車内で飲む「酎」はなかなかの進み具合であるが、幻想的な景色もまた「つまみ」になるのが嬉しい。
南稚内を過ぎると終点・稚内に着くが、その稚内については別途スペースを設けることにしよう。

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(確か幌延であったと思うが、音威子府だったかもしれない。どちらにしても「分岐」していた路線の姿は無く、すっかり一匹狼となってしまった。)

稚内では約20分位のインターバルであったと思うが、駅前にあるスーパーで昼食を買いに行った。駅で写真を撮ったりしていたらなんとその時間は5分に縮まっていた!その5分でスーパー内で弁当その他を買う。もう景色だ風情だなんて言っている暇がない。もう必死だ。結果的に折り返す「サロベツ」には間に合った。こちらはキハ185仕様であり、若干「スーパー宗谷」より速度は落ちるが、こちらも「初」であり乗るのが楽しみだ。とは言え札幌から片道なんと約5時間!さすがに特急と言えども精神的に迫りくるものがあった。

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(かつては急行であった「宗谷」。現在は「スーパー」が冠されてスピードアップ!)

なんだか飲んだ飲んだの連続でグルメレポートみたいになってしまったが、かつてのキハ58で札幌からやってくるのも体験してみたかった。そしてここ、宗谷本線は夜行急行列車「利尻」が運転されていた・・・14系や12系でやってくる稚内も相当の気分であろう。そんな事を考えながらやって来た「北の果て」は、6月と言うのに荒涼とした風が吹いていた。


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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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