東北乗り潰しの旅①(リメイク版)

1980年に「いい旅チャレンジ20000km」が開始され「全国制覇」を強く心に決めた。程なくして「青春18きっぷ」が発売され、通称「18」を使い全国を駆け巡るスタイルが定着していった。そんな中、北海道制覇の計画が浮上した。20日間の「ワイド周遊券」を駆使して約2週間の「乗りっ放し」になる壮大な計画であった。あくまで計画であったが、北海道全線を乗り潰すという事は勿論「初」の試みであり偉大な「夢」であった。だが、問題がひとつ浮上した。「資金」である。やはり中学生であったため労働することは出来ず貯蓄や「すねかじり」などから資金を調達するのだが、なにせ北海道である。やはり経済的に不可能なため北海道は断念、次に浮上したのが北海道より若干南へ移動し「東北」を思いついた。東北にしろ北海道にしろ、いずれ「制覇」しなければならない。順番が入れ替わっただけだ、そう自分に言い聞かせ北海道の約半分の資金で計画を立て、10日間の日程でGOサインが出た。だが、東北には鈍行夜行が無い。「18」は勿論使い勝手が悪いため「東北ワイド周遊券」での制覇である。「ワイド~」は、フリー区間までの経路は別料金なしで急行に乗れるため、出発の列車は、上野からの夜行急行「八甲田」に乗ってのアプローチと決めた。再三計画を立て直し、とりあえず納得いくものが出来たので後は出発を待つだけである。そしていよいよ出発前日。「よし、後は行くだけだ!」とカメラ等をバッグに詰め込んでいたのだが・・・「そういえば郡山から磐越西線もフリー区間だよな・・・」ふと頭をよぎった。時刻表を再度めくり直し、日中線を制覇することにした。出発直前の予定変更だ。夜出発だったのが、朝一番の始発で行く事としたのだ。今度こそいよいよ出発だ!

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(盛岡駅にての「はつかり」。上野~青森の特急列車であったが、新幹線開通と同時に盛岡~青森間に短縮された。)

1983年8月15日~8月22日に決定した旅の日程だが、全8日間の旅となり、10日を切った。相模線・寒川駅を午前5時50分の発車となるキハ35の気動車に乗り込む。東海道線で東京まで出て、上野より常磐線経由の急行「ときわ」に乗る。一気に平(現いわき)へ行き、そこから磐越東線に乗り換える。勿論、事前に調査済みの「客車列車」に乗る。当時は、機関車(勿論蒸気機関車ではないが・・・)に牽引される旧型客車による普通列車が全国各地に走っていた。平~郡山間は、ハッキリ言って山の中!夏も終盤の近付き緑が生い茂り、せみの鳴き声が著しい・・・「THE・田舎」呼びたい位の田舎の基本的風景が車窓に飛び込んでくる。文字通り「夏井」を過ぎ、小野新町など主要駅を通り郡山に到着。ここで磐越西線乗り換える。「磐越」で東西分かれていて同一の路線と思われるが、実際は全然異なる路線で、走る車両も一方は気動車、一方は電車とまるで違うので、全く別の路線と考えた方がいいであろう。だが、乗車した列車は機関車牽引の「旧型客車」。ただ違うのは、東線ではディーゼル機関車、西線は電気機関車と、異なるが、乗ってる車両は同じなので乗ってる本人はあまり変化に気が付いてない。それより「西線」は、帰省ラッシュの時期であり、デッキまで人で溢れかえった。しかし、会津若松到着で状況は一転。一気に車内は「ローカル線」となった。会津若松で列車はスイッチバックをして新津方面へ向った。機関車も電気機関車からディーゼル機関車に変更された。これは、喜多方より新津方面は非電化であるためである。そして列車は喜多方に到着。ここで日中線に乗り換える。日中線は、いわゆる「特定地方交通線」に指定され「今後」が危ぶまれていた。それを象徴するかのように、各駅はいい言い方をすると「昔ながら」の駅舎がズラリと続く。終点の熱塩も開業当時からほぼ変化は無いであろう。未来を知り尽くしたかの如く、メンテナンスはほぼ皆無である。しかし「マニア」からすれば、この「昔ながら」が何ともいえない風情を醸し出しているように映ってしまう・・・日中線はディーゼル機関車が牽引する客車列車のため、熱塩で機関車を先頭に付け替える作業をする。ディーゼルカーの単行にした方がよっぽど効率の良い運用であろうが・・・そうこうしているうちに出発の時間になってしまい、乗ってきた列車で喜多方へ折り返していった。喜多方より再び磐越西線で郡山に戻り、本来「上野」から乗車予定であった「八甲田」に乗り込んだ。勿論自由席であるが、何とか席が空いており、憩いのひと時を十分堪能しながら青森を目指した。一夜明け、いよいよ青森に到着だ。小学校5年の時に一度訪れていたので、若干懐かしさがあったが、そうもしていられない。ここから奥羽本線に乗り換え、川部からこれまた「特定地方交通線」の「黒石線」の制覇後、「五能線」に向う予定だ。

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(盛岡駅で出発を待つ「たざわ」。前年に田沢湖線が電化された際に誕生した。新幹線との連係プレイで秋田まで重要な役割を担う。)

30分のインターバルの後、急行「むつ」で川部に向った。乗り換える黒石線は約6分の待ち時間で、朝のラッシュ時の中、一人「浮いた」乗客となり黒石線を制覇、と言っても学生諸君は夏休みであるため(と言っても自分も当時は学生であったが・・・)「ラッシュ」と呼べるほどの混雑は無く、若干閑散としていた。黒石で折り返し川部に戻ってくるまで30分もかからなかった。そして一旦弘前へ行き、五能線は乗り換えた。勿論、わざわざ客車列車を選んでの乗車だ。弘前を出発後、五所川原などの主要駅で乗客を降ろすと車内は「貸切」となり、目の前に広がる日本海を独り占め状態だ。今でこそ「リゾートしらかみ」というリゾート列車が走っているが当時はそのような列車は当然無く、客車列車が唯一の「パラダイス」であった。能代に近づくにつれ市街地らしい景色になってきた。終点東能代は能代市の中心部から離れているが、奥羽本線の能代の代わりの駅としての役割がある。特急が止まる駅にしては閑散としているが、乗り換え客は多く、一時の賑わいを見せる。そして今度は鷹ノ巣に向かい「阿仁合線(当時)」制覇に乗り出す。鷹ノ巣に着く頃には、下校時間と重なり若干の学生がいた。と言っても夏休みの最中であるので部活の帰りか・・・と言っても東北地方の夏休みとは、関東と期間が違うはず・・・などと思いを巡らせながら阿仁合線で比立内目指した。単線であるため、合川・米内沢・阿仁合などでは列車交換が出来る主要駅である。比立内に着いた時、角館線(当時)とのドッキング計画があったが、鉄路の先を見る限り延長工事の「え」の字も無く「本当に繋がるのかなぁ・・・」と、半ば夢で終わるのかなと言う思いであった。しかし現在は「秋田内陸縦貫鉄道」となり、第三セクターながら鷹ノ巣と角館は2本のレールで結ばれた。経営状況はかなり厳しいが、是非頑張っていただきたい限りである。鷹ノ巣に戻り、今夜の宿となる急行「津軽54号」に乗り込む。新庄に1時20分頃下車して始発の5時10分発陸羽東線の列車に乗るため4時間近く待つ予定である、と言うより、ハッキリ言って新庄で「駅寝」である。「津軽」でウトウトしているうちに「ハッ」と目が覚めた。時計を見ると、新庄の到着時刻を1~2分過ぎていた。自分の時計が若干進んでる事を願っていたが、新庄到着の気配なし。もし新庄で降りなければその後は深夜の時間帯のため主要駅を通過してしまい折り返す列車は無く、予定は全て狂ってしまう。仕方なく車掌に申し出た。「すいません、新庄は・・・」と問いに返ってきた答えは「今、出発したところだよ」であった!3日目にして最大のピンチであったが、なにやら車掌が調べてくれている。「山形で運転停車(乗降客扱いはせず、乗務員交代などによるための停車)するので、そこで急行「おが」に乗り換えれば新庄に戻れるよ」と教えてくれた。その車掌のはからいに、思わず「ありがとうございます!!」と丁寧にお礼した。その後、時刻表を調べたら、新庄でちゃんと陸羽東線の始発列車に接続しているではないか!私はますますこの車掌に対し毎日でも崇拝したいぐらいの感謝の気持ちで溢れていた・・・「2時前に車掌室に来て」との指示通り車掌室に向かい、午前2時2分、山形に到着。車掌が山形の駅員氏に「この子です、宜しく」と業務連絡、生まれて初めて車掌室の扉から下車した。降りる前に車掌に「乗車券拝見」を指示され、掲示を確認すると納得していた。周遊券のため折り返し新庄に向う急行「おが」にも急行券無しで乗車可能である。約1時間40分のインターバルの後、急行「おが」で再び新庄を目指した。
しかしこれがまた感動を呼ぶことになった。勿論自由席に乗ったが、今で言う「ゴロンとシート」の原型と言うべきか、B寝台が自由席として開放されているではないか!乗客も疎らだったため勿論「寝台」は独り占め!じっくり堪能させていただいた。そういえば、ここ2~3日「横」になって寝たことがなかった。ハッキリ言って「パラダイス」であったが、この「パラダイス」も新庄までの1時間だけである・・・このまま終点の男鹿まで行ってしまおうか・・・だがそうはいかない。寝台なのに、逆に「寝てはいけない」状態で新庄目指した。あたりも明るくなってきた頃新庄に到着。今度はちゃんと下車できた。どうやら陸羽東線の出発時間に間に合うぞと、予定通り進んでいる自身の行動に、なんだかわくわくしてきた!と言ってもあさ5時前。完全に目が冴えてやる気満々であった。

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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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