鶴見線散訪⑪ 浜川崎

最後は浜川崎を紹介しよう。今回の鶴見線訪問での「ファイナル・ステーション」となったこの駅は、ご存じの通り、南武支線の乗換駅でもある。かつては貨物駅としての地位が高かったが、その貨物側線も現在は草に埋もれており、その一部では南武支線や鶴見線の旅客列車の留置線として使用されている。
浜川崎駅は鶴見線と南武支線の駅であるが、戸籍上の所属は、なんと東海道本線である。そのカラクリは、東海道貨物支線も合流し、浜川崎駅はこの東海道貨物支線の駅であるがゆえに「俺は東海道だ!」と名乗っているのである。そう、主役は「貨物」であるのだ。しかしそれは過去の話。現在は貨物の発送はほぼなくなったと聞く。だだっ広い構内は錆びついた無数の線路が幾多も残る。
それと、扇町同様、川崎市内にあるのになぜか「浜」マークがあり、遠距離切符では横浜駅からの計算となる。
鶴見線ホームも南武支線ホームも島式ホーム1面2線であるが、南武支線では恐らく片側しか使われていないと推測する。また、鶴見線と南武支線では創設当時は別会社であったため、駅が別れており改札が別になっている。乗換の際は間を挟む道路を渡って互いの乗場に向かう事になる。私の訪問した1980年頃には南武支線側の改札には駅員の姿があったが、1993年に無人化されたらしい。今回の訪問時には駅事務室は完全に塞がれており、人の気配は無かった。
個人的にあまり良い思い出の無い浜川崎駅であったが(あえてその事には触れないが)、今回の訪問である意味吹っ切れた部分もあり、再訪してよかったのかも知れない。久々の鶴見線訪問はなかなか「歯ごたえ」があったように思えた。しかしながらその姿はかつての盛栄は感じられず、ただただ錆びついた貨物側線だけがやたら目立っていた。あれだけの貨物設備があったから「まさか」とは思ってはいたが、やはり現実は厳しかった。鶴見線の貨物は既に「過去」となってしまっていたのだ。


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1980年頃に訪問の際の駅名表。バックの景色は全く現在と変わっていない!



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2013年訪問時の駅名表。JR東日本の駅名表が実に初々しい感じがするのは私だけか?



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浜川崎駅の鶴見線ホーム。やはり細く感じるホームは昔と変わらない。右に見える高架橋は東海道貨物線だ。



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こちらが本来の浜川崎「駅」。広い構内には貨物側線が多く敷かれているが、どうやら半分くらいしか使っていないようだ。



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跨線橋を渡り南武支線側のホームに向かう。鶴見線側は基本的に駅舎が無い。



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なかなか渋い商店を通り過ぎ、横断歩道を渡ると南武支線側の駅舎に到着。



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南武支線側の浜川崎駅は、駅事務室は完全に閉ざされ人の気配が無い。通常は左側のホームを使用している。



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すぐ横を貨物列車が走る。まだまだ貨物は健在であったが、浜川崎駅発送の貨物はほぼ皆無となってしまったのであろうか?


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そして私は南武支線で八丁畷に向かった。



今回の訪問で感じたことは、本文でもかなりの頻度でお伝えしているが、私の想像以上に貨物の衰退が感じ取れたことだ。前回訪問時の事を考えると全く考えられなかった出来事であったが、やはり時代の流れなのか・・・と思うが、まさかここまでとは、ほとんど私の頭の中には描かれていなかった。全くのノーマークであったが、使われなくなった線路もほとんど撤去されず現在も残っている事は、逆に鶴見線の歴史を肌で感じることが出来る事であろう。私は今回初めて一部の駅を降り立ってみたが、やはり「埋立地」印象が、末端に行くほど濃くなっていった。これは昔から変わらない。この埋立地を走る路線の駅名を見て感じるのは、物凄い人物がかかわっていた路線であるとともに、例えば「安善」さんにしてみてもこの鉄道にかける思いは半端ではなかったであろう。地味に埋立地を走る「国電」ではあるが、歴史の紐を解いて見ると、こんな「華奢な」ローカル通勤路線でも途轍もなく輝かしい時代があったことに気付いた。と言うより、このすごい「駅名」達の、この路線に対する「期待」がものすごく込められ凝縮された「臨港鉄道」であった。

33年前に訪問した時は全くそんな事を考えなかったし「いい旅チャレンジ20000km」の制覇記録を更新する事しか生きがいを感じなかった小学生であった。こんなことを言うと「私も年を取ったなぁ~」と思ってしまうが、還暦まではあと16年位ある。その「16年後」にはどのように鉄道は変わっているのであろうか。そして鶴見線はどのように変化しているのであろうか。南武支線の窓から消えゆく鶴見線を見つめながら、そんな想いが心をよぎった。



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駅前商店

こんにちは。浜川崎の駅前商店、まだあるんですね。駅よりも懐かしい思いを呼び戻してくれました。
かれこれ20年近く鶴見線、南武支線には乗車していませんが、車両は変われど沿線の風景がほとんど変わっていないのは驚きです。ただ、貨物の線路以外ですが…。

キネ様

コメントありがとうございます。

浜川崎駅前の商店はまだまだ健在の様で、おそらく平日はしっかりと営業している事でしょう。こんなところにも「昭和」を感じますが、肝心の鉄道の方は・・・貨物が寂れているのを見ると、やはり今でも信じられない想いです。
私もキネさんと同じく久々ですが、記憶をだどったら約28年振りの訪問でした。南武支線もこの後訪問してますが殆ど変化が無かったです。

ところで先日、中学生時代の後輩に、それこそ30年振り位に逢いました。その後輩、実は私の所属していたクラブ活動(鉄道研究クラブ)の後輩でありまして、当時の写真を数多く提供してもらいました。キネさん好みの「お宝」写真が多数あり、よくこんな写真を持っていたなと感心してしまいました。順次紹介していく予定ですのでお楽しみに!

貨物線の緑地化

大川駅、扇町駅の回でも思いましたが、貨物線の「緑地化」が想像以上に進んでいてびっくりしました。
2009年に訪問したときはそれなりに貨物の取り扱いもあったようで、全く「緑地化」などされていませんでしたから4年ぐらいで随分変わるもんだと思いました。
今年の6月に訪問したときもこれほどの緑地化状態では無かったと思うので、除草剤散布や草刈り等は全くやってないんですね。
ダイヤモンド☆トナカイ様は28年ぶりの訪問とのことですから、貨物の衰退に関しては大きな変化を感じたのでしょうね。

あと、鶴見線の浜川崎駅の写真に違和感を感じ、何が違うのかと思ったら駅舎が無くなってるんですねぇ。
自分のブログに載せた1984年の浜川崎駅には駅舎が写っていたからなんですが、駅舎が無くなってからも何度か訪れているはずなのに全然気が付きませんでした。

すんや様

コメントありがとうございます。

浜川崎に駅舎が・・・そういえばありましたよね。私もすっかり記憶に無かったのですが、乗換の際になんだかスッキリしていたような感じで、跨線橋を上がり切った所に改札があったので、何か以前と違う違和感を感じました。

1980年に訪問の際には南武支線側の浜川崎駅員と若干トラブルがあったため、1982年の訪問時にはあまり南武支線に乗り換えたくなかったのですが、その時は何も無かったのでホッとした記憶です。

「貨物マニア」にとってはかなり寂しい景色に映るであろう鶴見線ですが、やはり時代の変化にはかなわないのでしょうか?
プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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