姿なき挑戦者⑩ 急行・八甲田

私がレールファン最盛期であった1970~1980年代は個性豊かな夜行列車が多く存在した。特に「上野発の夜行列車」は群を抜いており、東北方面を始め信越方面や上越方面へ、実にバラエティに富んだ。1983年の「東北一周の旅」はこのブログで散々紹介してきたが、やはりこの旅は私にとって最大の思い出であり、ある意味自身の集大成でもあった。ちょうど東北・上越新幹線が開業して1年が経つ頃で、この新幹線開業を軸に優等列車の運転網が一気に整備された時期でもあった。特に田沢湖線の電化や特急・急行列車の廃止や統合など、数多くの変遷が見られた。

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(画像は「日本の旅・鉄道見聞録」より。EF58牽引の急行・八甲田。12系客車あるが、機関車のすぐ後ろに貨物車が1両連結されている。)

そんな中、この1983年に東北の旅を終えた後、北海道の白糠線の廃止の情報を受け北の大地に向かった時に乗車したのが「急行・八甲田」であった。当時、北海道へは「ワイド周遊券」を使用したが、周遊区間までのアプローチは急行列車は別料金なしで乗車できた。とは言うものの新幹線開業で急行列車の多くが廃止され、国鉄の動きも急行列車自体を特急に格上げし統合、つまり急行列車の廃止に傾いていた。数少ない急行列車であったが東北方面はまだまだ在来線で特急・急行が活躍していた。

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(白糠線・北進駅にて。1983年10月、廃止の一報を受けて上野より一路「八甲田」にのり北の大地目指した。)

2014年現在、今となっては考えられなかった事であるが、夜行の急行列車でも「寝台急行」と「夜行急行」があった。単純に「オール寝台」か「寝台を連結している座席急行・またはオール座席」かの違いでもあるが、「八甲田」は確か寝台を連結していない座席急行であった。
昔の本を開いてみると、なんと「EF57」が荷物車を一緒に連結しながら走行する八甲田が映し出されているではないか!私が乗車した当時は確かEF58が12系客車を牽引する姿だった。

上野を19時10分に上野を出発すると青森に翌朝6時15分に到着する。しかし青函連絡船は7時30分まで接続が無いので少々不便でもあったが、北の大地へのアプローチは「風情」たっぷりだ。全て東北本線を経由するが、姉妹版で常磐線経由の急行「十和田」、奥羽本線経由の急行「津軽」の存在もあった。これらを駆使すれば東北方面の制覇は「安泰」の時代でもあった。実際に私は東北の旅の際に「宿代わり」として上下の八甲田を利用した。青森から八戸に行く際にやった事だが、上り八甲田は青森をなんと0時2分の発車!これに乗り盛岡に2時49分着。下りの八甲田は3時18分発だ。これに乗り八戸着が4時52分着。八戸線の始発の5時17分に十分に間に合うと言う事だ。

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(1993年、583系寝台特急「ゆうづる」と共に急行・八甲田は「臨時列車」に格下げされてしまった。写真は1979年青森駅にて。)

この時の深夜未明の盛岡駅は現在でもしっかりと記憶が甦ってくる。とても印象深いが、この八甲田の待ち時間はかなり長く感じた。たった30分位であったが、駅構内の店などはもちろん閉店しており、新幹線開通で真新しくなった盛岡駅の入り口にある風鈴の音だけが響き渡るあの風景は今でも忘れない。それ以上にこの旅で得たものも多く、現在その経験が非常に活きている。これは私の財産でもある。

2014年1月7日、私は約30年ぶりに盛岡の駅に下車した。散々「通過」などはしていたが、実際に下車するのは久々だ。そして盛岡の街を散策するのは初めての事。なんだか新鮮な感じだ。実は盛岡で宿泊もしたが、TVで有名なあの「BDの接骨院」にも訪問。その模様は後日に報告するが、なかなか訪問し甲斐があったものだ。
そんな盛岡駅も30年経てば変化もしており、1番線は「青い森鉄道」に譲り改札も2階に移動。若干戸惑ったが滞在できた喜びは大きい。中学時代に訪問した時とは全く違う顔を見せていた。

しかし考えてみたら、こんな事を中学生が平気でやっていたとは、親もよくこんな旅に行くのに軍資金を提供してくれたものだし送り出してくれたものだ。もしあなたの子供が「東北に10日間ひとりで行くのでヨロシク!」と言って来たらあなたはどう対応するであろうか?私は子供がいないので想像つかないが、おそらくもし私に子供がいたら二つ返事で「行って来い」と言うであろう。もちろん人に迷惑かけない範囲でとか「大人の台詞」をいろいろと言うであろうが・・・


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かわいい子には

こんばんは。最後のほうの中学生が10日間も…ですが、自分もお年玉を集めて中学生の頃に夜行で出掛けていたので、自分の子供が同じような事をしたら、喜んで「行ってこい!!」というと思います。
もちろん小遣いなどはあげずに。
周遊券で乗る夜行急行ど、快適性は二の次のような列車でも貴重な体験が出来ますから。
この記事を見て、かわいい子には旅をさせろという言葉を思い出しました。

キネ様

コメントありがとうございます。

先日、東北の旅から帰郷しまして沢山の思い出を持って帰ってきました。しかしながらその旅の行程は・・・中学時代とあまり変わらず「鉄道中心」の旅となってしまいました。しかし今では「乗りつぶす」作業が無くなり行きたい所に行く「点の旅」が出来るので、以前とは違った旅が出来て収穫「大」でした。

そして何より、1983年に訪問した当時との「比較」が出来て、これまた比較対象を経験している喜びもまた私の財産です。キネ様も「行って来い!!」という気持ちを持っていらっしゃるのは大変素晴らしい事と思います。そしてその子供が成長して過去を振り返った時にきっと素敵な「財産」となっている事でしょう。「可愛い子には」しっかりバックアップしてあげて下さい。

しかしながら私の場合、こんな事ばかりをしていたので可愛かったかどうかは別問題ですが・・・
プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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