大曲劇場

相模線が通る神奈川県は寒川町に「大曲」という場所がある。寒川町を名乗っているが「大曲」は寒川町の南端にあり、どちらかと言うと茅ヶ崎の方が近く、最寄駅が「香川」である。が、その「大曲」ではない(かなりマイナーなネタで申し訳ないが・・・)。今回紹介するのは奥羽本線・大曲駅である(当たり前だが・・・)。私のブログで散々腹紹介している「1983年・東北の旅」での出来事である。

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(現在の大曲駅。新幹線がやってくるようになりリニューアルされた。昔の面影はほとんど無い。画像はウィキペディアより。)

計画段階で角館線(現・秋田内陸縦貫鉄道)制覇は非常に厄介であった。確か1日3本くらいしか列車設定が無く、チャンスは朝か夕方だ。しかしながらどうやっても予定が組み込めずにいた。ようやく検討した結果、大曲か角館から「始発」に乗る以外方法は無かった。しかし奥羽本線の夜行列車で大曲から田沢湖線⇒角館線に接続する列車は見当たらなかった。こうなったら最後の手段・・・「始発まで待たせてもらう」しかないであろう。私は計画段階で初めて「駅寝」をこの「大曲」に組み込んだ。行程的には終盤の日程となったが、その前の行程で、先述した「新庄」ではもともと1時22分から5時10分まで「待つ」計画であったが、急行「津軽54号」の「運転停車下車」のお陰で「待つ」事は無くなったが、同じ東北の旅では最初からの計画では無く、むしろ現地で急きょ予定を変更して山形駅で2回ほど「待つ」事になった。

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(かつては2面3線であったが(緑の部分)、新幹線が乗り入れてくるようになりホームが追加された(赤い部分)。画像はウィキぺディアより。)

計画段階での「待つ」は新庄と大曲のみ。で、私は奥羽本線・飯詰駅にはがきを出した。「旅の行程でどうしてもそちらにお世話にならなければならず・・・」と、いわゆる「駅寝」を申し込んだのだ。もちろん丁寧な文章で「御断り」であった。当然である。駅は列車の乗降場であり「ホテル」ではないのだ。事前にホテルの予約のような事をして「チェックイン、何時ですか?」とはならない。当然の事だ。では隣の「後三年駅」に申し込もうと思ったが「駅員無配置」の為事前の「アポ」は必要ないであろう。とにかく大曲始発の田沢湖線の普通列車(なんと機関車牽引の旧型客車!)で角館に出ない事には角館線を制覇できない。もう強行突破で後三年や四ツ小屋、和田に「お世話になる」決意のもと、東北の旅を開始した。

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(大曲駅の現在の風景。追加されたホームには新幹線が発着する。在来線ホームは若干昔の面影を残す。画像はウィキペディアより。)

角館線の制覇は旅の終盤だったので体力的には疲れて・・・無かったが、真夏と言うのに風呂に入る回数が非常に少なく衛生面での問題もあった(こんな事を記事にして申し訳ないが・・・)。しかし角館線を制覇してしまえば、あとは青森に行って津軽線を制覇すれば帰郷となる。精神的には楽であったし、青森では今回の旅で銭湯も発見している。そして「ダイナミック☆トナカイ」とも後ほど合流する事になっているので何かと都合が良い。そんな思いからとりあえず奥羽本線の最終列車で秋田から大曲に向け出発した。

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(飯詰駅は快適そうな駅舎であったが・・・残念であったが当然である。画像はウィキペディアより。)

さて、飯詰駅は無理であったので、四ツ小屋や和田でお世話になろうと列車の中から待合室を見た。すると何か砂のようなものが蒔かれている感じになっていた。何かと思いよく見てみると、なんと「羽虫」の大群であった!とてもこんなところでは一夜を過ごせない・・・もう大曲しかない。
「すみません、田沢湖線の始発まで待たせてもらいたいのですが・・・」と大曲の駅員に言うと「もう駅も戸締りしてしまうし、駅を出てくださいね」と返ってきた。これは当然の主張だ。「わかりました。でも始発に乗らないとどうしても明日の予定が狂ってしまうので・・・」これは完全にこちらの都合だ。全く職員には関係ない。「では、待合室でどうぞ。その代り扉の鍵を全て閉めるので出入りはできないけど・・・」と、親切に駅舎の窓から出入口まで全ての「戸締り」をしてくれて外部からの侵入をシャットアウトしてくれた。私が「ありがとうございます!」と礼を言うと、駅員は駅務員室に向かっていった。

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(後三年の駅舎は飯詰駅にそっくりであった(そうでもないか・・・)。しかし「治安」の関係から宿は「大曲」を選択した。これが吉と出たようだ。画像はウィキペディアより。)

真夏であるのにそれほど暑さを感じた記憶が無いが、和田駅の状況を考えるとやはり「夏らしい」気温であったろう。その上シャットアウトとは、さすがに暑さを感じずにいられなかったはずであるがそんな記憶はない。むしろ清々しいイメージしかなかった。
翌日に目が覚めると妙な事が起こっていた。外部から完全にシャットアウトされている駅舎に、初老の紳士が一名駅舎内のベンチで座っていたのだ!私は一瞬目が点になったが、即座に自身の貴重品類を確認。もちろん大丈夫であったが、何かと物騒な気分になった。

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(ウィキぺディアの画像であるが、こんな大曲駅が出てきた。なんと大正時代らしい。情緒あふれる素敵な光景だ。)

暫くすると昨日の駅員が待合室にやって来た。「アッ、昨日はありがとうございました」とお礼を言うと「よく眠れた?」みたいなお声をかけていただいて「津軽54号」に引き続き東北の「人情」に触れた気持ちになったが「そういえばあのおじさん、どうやって待合室に入ったの?」と私に聞いてきた。「いや、僕が目覚めたころには既にいらっしゃいました」と言うと職員の顔色が変わった。「確かに全部鍵を閉めたのになぁ・・・貴重品とか大丈夫だった?」「大丈夫でしたよ」と言うと「じゃ、気を付けて!」と私を送り出してくれた。通常なら完全にありえない「会話」であるが、大曲の駅員さんは私を快く送り出してくれた。そして私は田沢湖線1822列車の乗客となり角館に向かった・・・

ところで先述した「津軽54号」では「義理と人情」に触れた事を紹介した。そして今回の大曲駅での「駅寝」に関してもこうして皆様にお伝えしたわけだが基本的に私のこうした事例は「イレギュラー」である。言わば「番外編」となるわけだが、国鉄職員も「番外編」として対応してくれた事に感謝したい。そう、私は「津軽54号」の記事でも述べたが「感謝」を絶対に忘れてはならないと思う。決してこれらの「番外編」は受けて当然の「サービス」ではないのだ。あくまで「番外編」のサービスの為、通常は無いサービスなのだ。私たちはこのことを忘れてはならないと思う。そして対応してくれた職員に関しては絶対に「感謝の気持ち」を持たなければならない。そういう気持ちを持つ事で更に「道楽」である鉄道に触れるのが楽しくなるかもしれない。
そんな大曲駅を1822列車から眺めていると、まだ夜も明けていないのに「花火」のように華やかに輝いていた。



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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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