「あけぼの」放浪記③

鶴岡に到着した。私は素早く駅の様子を見ようとドアの前に立っていた。すると・・・なんと乗客がいたのだ!小学生高学年~中学生くらいの少年であったが、おそらく「その道の人」であろうとすぐに感じた。なんというか、同業者の「匂い」みたいなものを醸し出している。と言うか、未明の4時半~5時頃に寝台列車に乗ってくるとは、どう考えても・・・であろう。私は驚きを隠せず、思わず「会釈」・・・とは言うものの、もちろん「心の中」であったが。

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(未明の酒田にて。既にホームは銀世界であった。この地の訪問は1983年以来。)

少年に気を取られたいたので鶴岡のホームに降り立つことは出来なかったが、降りたとしてもすぐに出発なのでどちらにしても同じ事か。席に戻ると今度は酒田が気になりだした。余目を出るとすぐに酒田に到着。下段にある窓にカメラを伸ばし、シャッターを切りまくった。後から画像を確認してみたら昔の面影が若干感じられて嬉しい気持ちにもなったが、駅名表は「JR仕様」で、なんとなく親近感も湧く。

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(寝台車独特の風景。もう30年以上前から経験済であるが、今目の前にしても新鮮な気持ちになる。)

秋田に到着する頃には辺りがようやく明るくなってきた。そして車内放送が日付が変わって初めて入る。「おはようございます。この列車はただ今16分ほど遅れて運転しております。」ここで初めて列車が定刻より遅れている事に気付かされた。だが、このままの遅れで青森まで行っても乗り換える津軽線には影響がないので気持ちに余裕があるのが嬉しい。
秋田では「撮り」のギャラリーが群を成し、一斉に先頭に向かう姿が窓に映った。やはり「あけぼの」の運命は決まってしまったのは本当なのかと実感してしまうシーンでもあった。

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(大鰐温泉に着くころには既に辺りは明るかった。弘南鉄道は雪に埋もれて確認しづらい。キネ様ではないが、朝から「氷結」とは、寝台車の特典か・・・)

秋田を出ると車内放送が再び。弁当などの車内販売が無い事がアナウンスされると少々残念な気持ちになったが、事前に朝食を買っておいたのは我ながら準備万端であった。
そういえば下りの羽後本荘~青森は「立席特急券」で乗車できる旨が時刻表に記されていた。車内アナウンスによると4号車がその担当になるらしい。4号車では羽後本荘や秋田で下車する乗客が集合しているのであろう。しかしながら現在のあけぼのの状況を考えると秋田などでの下車客はそう多くないはずだ。「立席特急券」も若干「プラチナ」気味かも知れない。

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(そして青森に到着。有名な歌のごとく「雪の中」は定番か。)

弘前は2011年に訪問してるのでそれほど懐かしさみたいなものは無いが、震災の2カ月前であったため印象深い。弘南鉄道のホームは以前はJRと若干側線を挟み離れた位置にあったが、現在はJRと接近しどちらも仲良く同居している。
新青森に着くころには朝9時台であったが「青森までの乗車でも特急料金がかかります」のアナウンス。あけぼのだけは特別の扱いらしい。そして終点青森は、下車するのは1983年以来で久々だ。2008年辺りにも通り過ぎてはいるので駅の雰囲気は確認済であるが、やはり青森駅は連絡船が無くなって構内がかなりコンパクトになった。あれだけの側線が無くなってしまい、昔からのホームが取り残された感じだ。そして「レインボー・ブリッジ」、いや「ベイブリッジ」なる橋が向こう側に輝くのが印象的だ。

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(数々のドラマを生んできたブルートレインもいよいよ終わりを迎えようとしている。青森駅ではもう見納めとなってしまうのか。)

私が初めて乗車した寝台特急は1978年の「富士」であった。当時は東京から西鹿児島(当時)まで24時間25分かかって走っていた。私は全区間完乗しているが、今考えたら壮絶な「移動手段」であった。「24系25形」は当時最新式で「2段ハネ」が画期的であった時代だ。そのためベッドの、いわゆる「座高」が高く窮屈感が無いのが斬新であった。「富士」の乗車時は小学生であったため体が華奢だったせいかベッドなどの空間が広く感じたが、30年以上経過して同じ車両に乗った印象は全く違うものであった。今や夜間の移動は「バス」が主役に時代だ。寝台特急などの鉄道での移動は若干割高に感じてしまう。個室ならともかく「解放」であると治安の心配などで眠るのに支障が出るのも正直なところであろう。「ゴロンと」に人気が集中するのも時代を象徴しているようだ。

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(ギャラリー達は先頭へ。そしてこんな列車も一緒に収めていた。)

私が「あけぼの」に乗って感じた事・・・それは「時代遅れ」と言う事を否定できない事であった。もちろんこれは「一般的」な見解である。私的には旅情を誘ったが、やはり昔とは違う「何か」を感じていた。特に「解放B」であったからかも知れないが、やはり「サンライズ」や「カシオペア」の方が快適なのは当然である。
しかし、昭和から平成を生きた「ブルートレイン」は、満身創痍になりながらも数々の「出会い」そして「別れ」の多くを見届けてきた事であろう。私が「富士」に乗った当時は「最新式」であった車両も現在は数多くの「傷跡」が痛々しい。だが、その傷跡はやがて「勲章」に変わり、未来の私たちがこの「あけぼの」を振り返った時、その勲章は眩(まばゆ)いくらいに輝かしく、そして美しく映っている事であろう。姿を消していった数多くの「ブルートレイン」たちと共に・・・

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(跨線橋から定番の1枚。車庫に入るためDLに牽引されていく「あけぼの」。この跨線橋からの眺めは今も昔も変わらない。)


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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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