スカイ・ハイ②

城野より日田彦山線へと入って行くDC。私は当時レールファンを復活して日が浅かったのでこの国鉄車両であるDCは非常に懐かしかったし健在であったのは嬉しかった。途中の志井公園はモノレールの企救丘駅の至近距離にあり、駅周辺は開発された住宅街だ。北九州市はこの志井公園駅の設置に難色を示したが、周知の通り現在は駅が存在する。乗降客数も1500~1600人位で安定しており日田彦山線の大きな収入源のひとつとなっている。

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(画像はウィキペディアより、現在の呼野駅。つい30年くらい前まではしっかりとスイッチバック設備があったが、現在はご覧の通り。しかしながら今もこうして「遺跡」が残るのは嬉しい気持ちもあるが哀愁漂う感もある。)

と明るい材料のある日田彦山線であるが、しばらく列車は進む呼野に到着する。この呼野はかつて通過式のスイッチバック駅として北九州では珍しい存在であった。現在は解消されているがホーム跡などが残っておりかつての面影を偲ばせる。そして隣はズバリ「採銅所」なる駅が登場。「企救丘」の住宅街の景色からは考えられないほどの変貌ぶりだ。と言うよりこちらが本来の日田彦山線の姿であり、志井公園の景色は「現在」であるのだ。ところでこの「採銅所」と言う駅名。ちょっとウィキを開いた見たら、なんと字名で集落の名前である。由来は「地名はこの駅の周辺で銅を採掘していたことに由来するとされる。1956年までは採銅所村という独立した自治体であった。」と記されているので文字通り銅で発展してきた街なのであろう。現在はその面影がほとんどないと思われるが、2011年に駅舎が改築されたらしい。呼野と共に是非再訪したい物件となった。

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(その名もずばり「採銅所」。実際に付近では銅が採掘されていたらしい。いかにも北九州らしい地名だ。)

さて、列車は更に南下していくが隣の香春ではかつて添田線が分岐していた。添田線と言えば私の世代であると「赤字日本一」の名で全国にその名を知らしめた物件だ。北海道の「美幸線」と共に赤字率では常にワーストの位置に顔をだしていたが、石炭の時代が終焉を迎えた現在は全く意味のない路線となってしまい例の「83線区」に名を連ね「リバプールの風」となってしまった。途中の大任では油須原線と接続する予定であり、当時は比較的重要な路線であったろう。と言うよりも、実はこちらが本来の「日田彦山線」であったが、開業当時は「日田線」と呼ばれた。私たちの知る添田線の原型が分離され添田線となるのだが、私の世代を含め若いレールファンは全く実感がわかないのも正直なところだ。だが、車窓に映る「ボタ山」を見るとやはりかつての「栄光」が見え隠れする感を否定できない。やはり北九州は炭鉱で栄えた街なのだ。

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(日田彦山線の代表格である田川伊田。平成筑豊鉄道が分岐する。広かった構内もかなり配線が変更された。)

そんな車窓を眺めていると田川伊田に到着。隣の田川後藤寺と共に田川市の中核を成す都市、そして駅でもある。しかし駅構内はかつての面影が沢山残っていた。今にでもSLがやってきそうな風景。そう、この駅にはDCが似合わないのかもしれない。田川後藤寺で一旦下車し後藤寺線を制覇するため新飯塚へ向かう。後藤寺線制覇の模様は別途機会を設ける事とし、折り返して田川後藤寺へ戻ってきた私は再び日田彦山線を滑り出した。田川後藤寺からは典型的なローカル線の風景となり利用者もそう多くない部類に入る。

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(隣の田川伊田と共に代表格の田川後藤寺。こちらも平成筑豊鉄道が分岐するが、かつては石炭輸送で栄えた仲間でもあった。)

さて、この辺りはかつての栄光時代であった石炭輸送時代の路線図が全く複雑すぎて私には理解の範囲外であった。まず田川伊田と田川後藤寺では現在の平成筑豊鉄道が分岐。そして池尻では各炭鉱への貨物支線が分岐。更に隣の豊前川崎からは上山田線が、更に更にふたつ隣の添田では香春から分岐していた添田線が再び合流していた。と、なんだか偉そうに知ったか振りであるが、実は路線図は大体頭に描けるが路線名と一致しない。何ともこの網の目のような筑豊の路線図を理解しろと言われても・・・ラクダが針の穴を通るよりも難しいかも知れない。


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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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