熊に逢ったらどうするか② 東オサワ信号場

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(東オサワ信号場の詰所。この位置からの撮影が精一杯であった。ハッキリ言ってものすごいジャングルの中にある信号場だ。)

東オサワ・・・全く一般的な知名度は皆無に等しいと思われるこの場所は北海道は石勝線にある信号場である。信号場?レールファンの間では常識的日常会話であろうが、レールファンではない一般には全くわからない単語であろう。ということで少々信号場について補足すると、要するに列車の運行上に必要な分岐点や単線区間の列車交換のために設けられた施設だ。通常は「駅」と呼ばれる旅客を扱う施設においてこのような行為が行われるのであるが、例えば地形的制約や付近に民家や施設がないため「駅」として機能させても旅客的な利益が発生しないであろう場所に設置される施設である。

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(これは帰り道の写真であるが、一応このような狭い道でのアプローチ。写真で見るとなんの変哲もない道路であるが、更に進むととんでもない景色が待っている・・・)

私が日本の鉄道路線で一番好きな路線は石勝線であることは当ブログにて再三に渡りお伝えしてきた。今回の北海道訪問に関しては、この東オサワを含む石勝線の信号場各種訪問が最大のテーマでもあった。しかしながら実際に訪問してみるととんでもない事が分かってきた。もちろん事前にしっかり下調べをしていたが、ハッキリ言って「出る」環境であった。
石勝線の新線区間(新夕張~新得)は信号場が多数犇めくが、元々は旅客駅として計画されたものだ。だが、時代とともに沿線人口が減少。石勝線が開通する頃にはとうとう無人地帯になってしまった。「無人」とはオーバーかもしれないが、それくらいに過疎化が一気に進んだ感じだ。北海道の開拓部落の方々は本当に感心してしまう。よくぞこのような秘境中の秘境を切り開き住まおうと決意した事を。現在こそ鉄道が開通し高速道路も通るようになった。そしてオサワ地区にインターチェンジもできてようやく便利になったが・・・念願叶う頃には既にそこに「生活」はなかった。ウン十年、いや100年来の悲願がようやく叶ったというのに・・・

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(東オサワに向かう小道からインター方面を眺める。かつてはここに小学校か中学校があったらしい。)

オサワは漢字で書くと「長和」となる。元々は「新登川」として旅客駅の計画であった。しかしながら過疎化により現在の姿となったわけであるが・・・.2011年に開通した道東自動車道のインターチェンジとして「穂別むかわ」がこの長和地区に出来が、そのインターのある場所はかつて小学校もしくは中学校であったと聞いた。

私は東オサワ訪問の前日よりトマム入りした。そう「星野リゾート」に宿泊するためである。その模様は後日に紹介するが、トマムはやはりいつ来ても素晴らしい!そして翌朝トマムより占冠駅に訪問しそして東オサワに向かった。占冠より穂別むかわインターまでは高速を使った。もちろんショートカットの意味も含まれるが、ここ東オサワに訪問するのには極めて都合が良いからだ。というのも、インターのすぐ脇の小道からアプローチすると便利なのと、この石勝線の「ライバル」の具合も確認したかったからだ。

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(更に進むと全貌が明らかになって来た。まさに「ジャングル」が顔をのぞかせてきた感じだ。)

インターを出ると、普通なら分からないが事前に知っていると「ここだ」とわかる小道の入口がある。もちろんナビを使えば一発で行けるのであろうが、もちろんナビでは「東オサワ信号場」と入力しても出てこないので事前の「グーグルマップ」での地図から場所を特定しての入力となる。
早速その東オサワに繋がる小道を行くと・・・ハッキリ言って「獣道」だ!車一台分くらいしかない道幅は、高速道路の建設開通に合わせて舗装されたらしいが、以前は「未舗装」であったらしい。そして小道を入るとすぐに先ほど述べた「小学校」の校門と思われる石柱の跡と思われるものが道端にある。廃校跡に建てられた高速のインターを、こうして外側から見るとものすごい哀愁・・・ちょっと胸にこみ上げてくるものを感じてしまった。
と思い何気なく反対側を見たら・・・なんと野生の鹿が普通に食事をしているではないか!とりあえず私たちに興味が無いみたいなので私も見なかった事にして更に進む。若干高速道路に沿うように進むと「○○牧場」と書かれた民家があった。よくこのようなところに居を構えていると感心してしまうが、何となく生活の気配を感じなかった。そう、この近辺での唯一の民家と聞いてはいたが、既に住民は撤退していたのかもしれない。

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(この地区に唯一と思われる民家があった。手入れが行き届き暮らしがあると思われたが、写真に写っている建物は廃墟状態。既に撤退してしまったのであろうか・・・)

更に先に進むと・・・なんと道の途中に鹿と思われる白骨化した姿が無造作に放置されていた!なんだここは!私は身の危険を否定せずにいられなかった・・・もしかしたら「熊」?にやられたのか、それとも・・・白骨化してもなお道の真ん中にあるということはそれほどこのあたりは人通りがないのか。付近には高速もあるし石勝線も走っている。「保線」などのメンテナンスの従業員がやってくるであろうが、それにしても・・・

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(道端に転がっていた、白骨化した「鹿」と思われる姿。これってこの付近では日常なのか?一気に身の危険を感じたのは言うまでもない。)

勇気を出して更に進むと、高速の下を何度か潜り抜けやがてスノーシェルターが見えてきた。そう、ようやく東オサワに到着したのだ。少し進むと線路と同じ高さにまで来る位置があったのでそこで東オサワの詰所(保線員の休憩所及び部品や道具の収納場所)を確認した。ただ、詰所へは線路を渡らなければならず危険だ。必ず詰所に通ずる歩道があるはずだ。更に先に進み石勝線を一回潜った。そしてついに発見した。が・・・写真では伝わりにくいが、結論から言うと私はこの階段を登る勇気が無かった。熊への装備を完全にしていざ向かおうと車から降りたが・・・何やら木の上から降ってきて下の木の葉に当たった。それは紛れもなく「蛇」であった!もちろん「コブラ」などの猛毒を持っているものではないと思うが、もしかしたらマムシかもしれず私は直ちに車に戻った。

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(獣道を更に進むとようやくスノーシェルターが見えてくる。そう、ここが東オサワ信号場だ。)

残念ながら東オサワ信号場の詰所に行くことができなかった。だが後悔はない。しかし再び訪問してみたいと心に誓った。保線員の方は毎日と言って良いほどこういう場所で作業している。それってすごく尊敬してしまうし感心してしまう。このような場所に鉄道を敷くという事は大変な労力を必要としたであろう。かつての「開拓部落」の方々の悲願がひしひしと伝わってきた思いでもある。
鉄道が開通するのを待ちわびていた開拓部落の人々の願いが叶う頃には・・・既に人は撤退し駅ができたが旅客扱いしない信号場となってしまった。唯一と思われた民家の方はこの事実をどう受け止めたのだろう。

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(そしてやっとの思いで東オサワ信号場に到着した。少々見辛いが「東オサワ」の看板が若干のスモールチックに出てくる。そして赤く錆び付いた急な階段があるが、ここを登れば詰所に通ずるものと思われるが・・・あなたはこの階段を登りたいと思いますか?確実に「出る」環境だ。「登る」ということは帰りは「くだる」ことにもなる。)

よく人は「都会を離れて大自然を堪能したい」などと旅に出るが、大部分の人は本当の大自然を堪能しているのであろうか?と感じる時がある。下手な観光地とかの展望台や灯台などに行き景色を眺め、それを「大自然」と感じるものいいであろう。しかし本当の大自然を求めるなら私は「東オサワ」をお勧めする。しかしその大自然は「食うか食われるか」という自然界の法則に則った、本当の意味での「ナチュラル」な大自然なのかも知れない。



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こんばんは♪

北海道を廻っている間、2度ヒグマに遭遇しました。
1度は層雲峡で双爆台を目指して登っている時。
帰り道、目が合ってしまいお互いに硬直してました^_^;

2度目は広尾から襟裳に向かう途中の「豊似湖」にて。
この時は親子連れでした。
知床のネイチャーセンターの方に教えて頂いたのが、
ヒグマは、人間界の食べ物の味を知っているものだと
襲われるみたいですが、そうでないヒグマは、こちらから
ちょっかい出さない限り襲ってこないとか…

遭遇しそうな道を歩くときは、その場しのぎですが、
飲料水の缶等に小石を数個入れて鳴らしながら歩きました。

それにしても鹿の白骨は形が綺麗に残されていてビックリです^_^;


道東道の開通はかなり大きいですよね。
2014年度には釧路方面も一区間延伸するみたいですが、
その一区間が一般道では山間部を抜ける区間なので、
釧路ー札幌間の所要時間が大分縮まるそうです。
こうなるとますます特急が追い込まれそうです・・・。

リゾートトマムの記事楽しみにしてます。

じゃぱ様

コメントありがとうございます。

って、2度も熊に遭遇したのですか?!それは大変に危険な経験をなされましたね。
今回の私の旅はやたらと神経質なくらいに「熊対策」をしていきましたが・・・どうやら正解だったようですね。というよりラッキーなことにクマとは遭遇しませんでしたが、他の部分、例えば蛇や記事にもあります「白骨化した鹿」など、そちらの方で身の危険を感じました。やはり北海道の廃線跡や秘境駅などの訪問には細心の注意をはらって旅に出たほうが無難かもしれませんね。
それにしてもじゃぱ様の層雲峡は「観光地」でもありますし・・・

今回の旅では、後にアップしますがトマムでの宿泊の際にホテルの従業員に「クマ情報」を収集しました。「占冠村では特に熊が出没するのですが・・・」とか「現在は報道されるような情報はありません」とか・・・色々もらいましたが「報道されるような」ということは「報道されない」可能性の出没もあるわけですよね。どちらにしても十分過ぎる装備をするに越した事はありません。

特に今回紹介した「東オサワ」は確実に「出る」環境でした。隣のオサワや清風山も、私は訪問できなかったですが、おそらく同じ環境だったでしょう。

鹿に関してですが・・・本当に白骨化した鹿の首部が無造作に転がっていました!「誰かどけろよ!」と言いたいのですが、その「誰か」も日常に通らない道なのでしょうか?本当に東オサワは「ジャングル」でした。よくこのような場所で開拓部落の方は生活をなさっていたと本当に感心し尊敬してしまいます。

せっかくこのような場所に鉄道を敷いても、更に道東道の釧路開通でその鉄道さえも「過疎」にならなければいいのですが・・・

ちなみに私の「クマ装備」は鈴と、胡椒・七味・塩をブレンドした「接近戦スペシャル」と爆竹でした。他には運動会で使用するような笛も装着しての出陣です。
プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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