熊に逢ったらどうするか③ 十勝三股

十勝三股・・・小学生時代や中学生時代には一度は訪問してみたいと思っていた物件であった。周知の通り、士幌線の末端区間は「代行バス」と名乗る当時の国鉄で唯一の運転系統が実施されていた。私が物心着いた時には既に「代行バス」であったが、この十勝三股~糠平の区間は当時の雑誌などで見たときには異常に特異な光景に写ったものだ。腕木信号には「✖」と釘で打たれ、若干錆び付いたレールや廃墟状態の駅舎などはとても「復活」するとは思えない光景であった。
中学校時代には幾度となく北海道の旅計画を立てたが結局御蔵入りになってしまってた。そしてこの士幌線も訪問できずに現在を迎えてしまった・・・が、そんな思いを払拭するかように2014年に鉄道ではない別の手段でこの地を訪れることになった。

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(「上士幌町鉄道資料館」で見つけた代行バス時の十勝三股駅の駅舎。北海道らしい建物であるが、入口は封鎖されとても復活するという気配は感じない。)

確かに士幌線はなくなってしまったが十勝三股を始め士幌線があったという「証」が現在も残るのは非常に嬉しい。しかし、その「嬉しい」はずの士幌線の姿も、実際に訪問してみると「上士幌タクシー」の当時担当していた「代行」という名の苦悩がダイレクトに伝わってきた。ハッキリ言って私が「上士幌タクシー」の経営者であったらこの十勝三股の景色はとても辛く悲しい光景であろう。正直言って「商売」にはならない景色だ。小学生時代から憧れていた士幌線の末端区間は、その頃から30年以上経過して訪問してこその「意味」が非常にあった感がしてならない。



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旧・十勝三股駅前一等地にある飲食店の脇には「駅名標」があるのは有名。往時を偲ばせる思いだ。

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申し訳ないが「初訪」のためどこのどの位置に駅舎があったのかわからなかった。と言っても事前調査では私のこの立って撮影している位置が駅舎のやや手前であったのはほぼ間違えない。だだっ広い空間は駅があった「証」を感じる。そしてかつては木材搬送で賑わったであろう風景が何となくだが伝わってきた。


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そしてこれが駅前から繋がる国道。この国道には長距離バスが走っており、そのバスこそ現在の「代行バス」の役割を担っている。



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そしてレールファンにはお馴染みの光景。私も例に漏れずにアップしてみた。私が訪問したのは平日であったが、私の他にも「同業者」と思われる数名がこの場所付近で撮影をしていた。廃止から30年近く経った現在でもこの十勝三股は人気が高い。だが一日一本しかない「代行バス」は上川方面への始発がなんと夕方の4時近くだ!


という事で、普通に見たら単なる「風景写真」であろう。それくらいこの十勝三股駅は完全に過去のものとなってしまった。ホームや駅舎は完全に撤去され広い空間のみが残された感じだ。
国敗れて山河あり・・・士幌線は数々のドラマを私達に提供してくれた。しかしそれは壮絶かつ哀愁漂う「開拓部落」という名の現実であった。現在は先代が開拓された時よりも便利な時代になった。しかしそれは時代とともに「少子高齢化」や「一極集中化」「過疎化」そして「モータリゼーション」など数多くの社会現象とともに士幌線が自らの身を引かざるを得なかった。
レールは無くなってもそこには「生活」や「出会い」「別れ」など多くの人間模様があったはずだ。そんな事を駅前の飲食店脇にある駅名標が無言で語りかけていたような気がする。



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地方鉄道の歴史

十勝三股。当時のレールファンには特別な場所でしたね。

うまく言えませんが、地方鉄道の衰退の歴史と現実を見せ付けられた気がします。

物流の主役が鉄道から自動車へと移り旅客輸送のみでは経営が成り立たない今、付加価値(リゾート列車や高級列車など)で客を呼ぶか、そういった材料のない地域では廃止するしかないという状況は致し方ないように感じます。

しかし、こうして地元の方々がその歴史を残し、そこに訪れる人たちがいて、記録と記憶が語り継がれていくのはすばらしいと思いました。

すんや様

コメントありがとうございます。

本当に我々世代ですとこの士幌線の末端区間は特別な存在でしたよね。「代行バス」が異様な光景に見えてなりませんでした。
そして現在になってこうして訪問してみても「記録と記憶」がしっかりと残っているのは嬉しいですね。そして後にアップ予定ですが、糠平駅跡に出来た「上士幌鉄道資料館」へ訪問し士幌線の歴史を再確認しました。

特に「代行バス」という単語は「スペシウム光線」でも浴びせられたかのような異常な反応をしてしまいましたね。当時の「上士幌タクシー」の社長は一体どのような気持ちで国鉄からこの仕事を引き受けていたのでしょうか・・・

もし上川までの計画線が開通していたとしても同じ運命を辿っていたことでしょう。

プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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