箱根へ登山に行ってきました。⑪ 強羅

goura2.jpg

箱根登山鉄道の終点・強羅。駅周辺には温泉があるものの、この駅の利用者の8割近くがケーブルカーに乗り換えることであろう。しかしながら私の訪問した日曜日はケーブルカー乗り場は長蛇の列!まるで首都圏の通勤時並みの混雑ぶりであった。GWなどはもっと凄い事になっていることであろうが、いずれにせよ、輸送力が限界であるのは昔も今も変わっていない。かつては棒線化された形のホームで両端で乗車用と降車用が分かれており、降車が終わると先にある乗車ホームに進む形であったが、現在は若干変則になっていて降車ホームと乗車ホームが完全に分離された。降車ホーム・乗車ホームはいずれも行き止まり式で、降車ホームで乗客を降ろしたあと一旦箱根方面へ引き上げてから乗車ホームに入線する形になった。経営者側にすれば少々面倒になったが、利用者増加でホーム拡張をした結果であろう。しかしながら車両編成を増やすなどの措置をとらない限り、ラッシュアワー並みの混雑は今後も永遠に続くと思われる。経営者側にしてみても永遠の課題かも知れない。

goura0.jpg
見よ、この混雑ぶり!生活から離れ・・・観光に来てまでラッシュアワーを体感しようとは!相変わらず箱根の人気ぶりは変わらない。


goura6.jpg
goura4.jpg
そしていよいよ強羅に到着。いつの間にか「ログハウス」に変身していた。



goura3.jpg
goura13.jpg
goura10.jpg
goura12.jpg
goura20.jpg
goura11.jpg
どこかの刑事ドラマではないが「なんじゃこりゃ!」と言いたくなるような風景。いかりや長介なら絶対にあの「決め台詞」が出る事であろう・・・


goura16.jpg
ケーブルカーの下車客は箱根登山電車にすぐに乗り換えられるシステムとなっているのはありがたい。ケーブルカーが到着すると登山電車ホームが一気に黒山に変身する。



goura18.jpg
goura17.jpg
goura14.jpg
まだケーブル到着前なので、登山電車側は「嵐の前の」であった。ちなみに私はケーブルには参加しなかったため、というよりあの混雑ぶりでは「ダメだこりゃ・・・」という事で断念。



goura19.jpg
こんな保線車両も。他では見れないであろう独特の機能を持っているのかも知れない。



goura24.jpg
goura22.jpg
goura23.jpg
そして強羅独特の配線ショー。到着した列車は降車ホームで一旦乗客を降ろす。



goura9.jpg
goura25.jpg
goura8.jpg
goura26.jpg
goura27.jpg
そして線路を切り替え乗車ホームへ入線する。経営者側にとっては少々面倒な行程であるが、私たち見ている側は楽しい限り。


こうして私の「箱根登山」は終了。このあと箱根湯本で食事をして小田原よりEXEで本厚木に向った。小田原ではちょっと些細な出来事があったが・・・このブログで紹介することでもないので割愛させていただこう。
それより・・・幼少の頃から馴染みのある鉄道に、この歳になって乗車してみるとあらためての発見がいくつもあった。「登山」も現在は鉄道でできる時代だ。

tyoukoku22.jpg

かつて東急と西武が繰り広げた「伊豆箱根戦争」などと言われた時代の名残がこうして今でも残っている。レールに水を蒔いたり車両間隔を短くしたり・・・他の技術も含め開通当時は最新技術と英知の結集であったろう。私はあらためてこんな素敵な、そして多くの素晴らしい歴史が凝縮されているこの鉄道が我が地元に存在するのが誇らしい。
帰りのロマンスカーで箱根登山のフリーきっぷを見つめた時、そんな思いが私の胸をよぎっていった。



FC2 Blog Ranking


にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

テーマ : 鉄道の旅
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

最新コメント
最新記事
カテゴリ
カウンター
月別アーカイブ
最新トラックバック
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR