1983年8月、旧型客車で五能線を旅した思い出①

津軽・・・そんな言葉を聞いてあなたは何を想うであろう。「りんご」「三味線」「岩木山」など、連想されるものは多彩であるが、なぜか私は「五能線」を思い出す。というより、その「津軽」という言葉が東北地方特有の哀愁のようなものをひとことで表現できる唯一の言葉であろうと感じる。「みちのく」「むつ」とは明らかに違う「ふるさと」のような温もりを感じずにいられない、そんな「あおもり」を感じさせてくれる・・・それを一番わかりやすく教えてくれるのが五能線だと私は思う。
そんなわけで、1983年8月の旅はこのブログで再三に渡り紹介してきたが、その時に思い出に残っている五能線の旅を紹介したい。とは言うものの、当時の写真がほとんど残っていたいため、今回は2011年1月に「リゾートしらかみ」で訪問した時の状況も併せて紹介していこう。

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(2011年訪問時の五能線車両、とあえて表現してみた。確か林崎か藤崎と思ったが、辺り一面は林檎畑のはずである。がしかし・・・)

1983年に私は初めて五能線に訪問した。もちろん「旧客」を狙って計画済であったが、その列車は弘前発8時10分であった。そして東能代に何と13時59分着。約6時間もの旅になる!6時間も旧客に揺られて五能線をめぐるとは、恐らく函館の朝市などで海鮮丼の上に更にいくらとウニを山のようにプラスして頬張りながらプレミアムモルツを飲む事より贅沢であろう。そんな贅沢な旅は五所川原辺りを過ぎると車内は「ローカルな風景」になる事を事前に予測していた。私は黒石線(国鉄=当時)を制覇後、川部から弘前に向かった。既に五能線の旧型客車編成は弘前のホームに停車していたが、座席を確保するのは容易であった。思ったよりも乗客が多くない。お盆の帰省時にも関わらず、意外に「らしい」雰囲気を醸し出していたのは学生諸君が夏休みのせいか。という自分も当時は学生であったが・・・

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(ちなみに「リゾート」では私はご覧の席を利用。もちろん「583系的仕様」の座席は周知の通り「寝台チック」に変化できる。

五所川原まではひとりワンボックスでも充分すぎる乗車率であったが、五所川原を過ぎるとだんだんひとり10ボックスくらい占領しても充分過ぎるくらいであった。2011年に約28年振りに五能線を再訪したが、その時は既に紹介している「リゾートしらかみ」であった。私の中学時代はもちろん存在しない列車であったが、列車は違えど五能線はやはり良い!なんとなく日本海の荒波というか、海水浴場と言っても岩場のゴツゴツした場所というか・・・五能線から見る海の風景はなんとなく「活きている」という雰囲気を醸し出しているような感じがする。そういえば五所川原くらいまでは青森特有の「りんご」が沿線一面を覆っていたが、いつの間にか「津軽富士」で有名な岩木山とドラゴンのような日本海が窓のピクチャーを染めていった。

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(1983年の旅を紹介しておきながら・・・2011年の木造駅は「リゾート」の車内から。昔に比べかなり駅舎の印象が変わった感じだ。だがそれだけでなく、駅員の印象もかなり変わった感じがするのは気のせいか・・・)



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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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