今更ながらに湘南新宿ラインで旅をしてみた⑤
2015-05-09
そんな東戸塚を過ぎると戸塚に着く。この分離運転で最大のポイントとなるのが東戸塚~大船間、そして戸塚である。戸塚では方向別運転のため横須賀線と東海道線が階段なしで乗り換えができる。分離運転の際に戸塚に東海道線を停車させる意味がここにあった。かつては横須賀線の列車しか停車しなかったが、この戸塚に東海道線を停車させる事によって、大船駅で階段を使わなければならなかった両者の乗り換えを解消させたのだ。

(東海道線・横須賀線分離運転の際に東海道線の停車駅となった戸塚。両者は階段を使わずに乗り換えができて便利に。)
そしてこの戸塚のもうひとつの大役は、大船寄りにある「ダブルクロス」にある。東海道線と横須賀線との間にあるこのダブルクロスによって両者を実に匠に振り分け、そしてさばく姿は実に圧巻。このダブルクロスによって東海道線・横須賀線の列車を自在に操る事ができるのだ。
更に進むと根岸線も合流してきて線路の本数がこの区間最大となると、ようやく自身の住処に近づいてきたのかという雰囲気になってくる。大船では湘南モノレールも接続していて、この付近の交通の要衝となっているが駅前は非常に狭い。付近の山や川が、恐らく地形的な成約になっており駅前広場を拡大できないでいるのであろう。だが、最近はかなり整備された模様なので少しは利用しやすくなったのかも知れない。

(大船と言えばこれであろう。かつてはドリームランドへモノレールが伸びていたが、いわゆる「設計ミス」のため開業からわずか1年足らずで営業休止に。つい最近まで(とは言えもう10年以上前になるが)錆びてボロボロになりながらも設備が残されていた。)
観音様を横目で見ながら旧・湘南貨物駅付近の景色の変化に時代の流れを感じた。そして横須賀線に湘南色の列車が走っているのも私の概念には無かった事柄だ。茅ヶ崎から新宿に乗り換えなしで行けるのも私の幼少時代ではできなかった。そして現在では東海道線の列車が東京を「スルー」してしまう時代だ。それこそ「踊り子」が常磐線方面に乗り入れたり、更にバリエーションが広がった。完全に東京が「終点」では無い時代になったのだ。ただ新幹線は違う。かつての概念の名残を将来的にも受け継ぐ事であろう。国鉄時代、東京駅の構造は東海道・東北の両新幹線をドッキングさせる設計であった。しかし民営化されてからはその計画も遥か彼方的な夢となってしまった。

(金沢まで新幹線が到達するような時代になり、来年は函館まで到達しようとしている。そんな時代の流れとともに、東京駅のキャパは既に限界を超えているが、早い話、JR東海の柔軟な姿勢次第で更なる夢が広がる可能性が「大」である。)
東京をスルーする新幹線・・・これは最大のテーマであろう。現在、周知の通り東京寄りの線路は東海道・東北の両新幹線どちらとも足りていない。そして東京駅のホームの数も限界であろう。JR東海の頭脳がもう少し柔軟になって頂ければ「この夢」は実に大きく進歩するはずである。湘南新宿ラインや上野・東京ラインを見れば一目瞭然、新幹線にもこうした概念が実現したら更に活用のバリエーションが広がるであろう。もちろん車両や設備の変更に国家予算並みの費用がかかろうが、その恩恵も大きいはず。「小田原発盛岡行」「小山発新大阪行き」「仙台発名古屋行」など、想像しただけでもブルブルと震えが来るくらい興奮してしまうではないか!比較的地味な存在の小田原や三島、小山などの駅を活用する事によって東京駅の負担が減るとともに利用者にとっては「乗り換えが減る」というメリットもある。もちろん他の駅も活用次第であるが、更に東海道新幹線開通当時からの構想でもあった「夜行列車」が運転されるかも知れない夢も新たに飛び出してくる、とは若干オーバーではあるが・・・
将来的には「リニア」も開通し、新幹線の負担が減っていく事であろう。その時、時代は新幹線に何を求めるのであろうか。茅ヶ崎で湘南新宿ラインから降りた時、そんな事が頭の中を過ぎっていった。

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(東海道線・横須賀線分離運転の際に東海道線の停車駅となった戸塚。両者は階段を使わずに乗り換えができて便利に。)
そしてこの戸塚のもうひとつの大役は、大船寄りにある「ダブルクロス」にある。東海道線と横須賀線との間にあるこのダブルクロスによって両者を実に匠に振り分け、そしてさばく姿は実に圧巻。このダブルクロスによって東海道線・横須賀線の列車を自在に操る事ができるのだ。
更に進むと根岸線も合流してきて線路の本数がこの区間最大となると、ようやく自身の住処に近づいてきたのかという雰囲気になってくる。大船では湘南モノレールも接続していて、この付近の交通の要衝となっているが駅前は非常に狭い。付近の山や川が、恐らく地形的な成約になっており駅前広場を拡大できないでいるのであろう。だが、最近はかなり整備された模様なので少しは利用しやすくなったのかも知れない。

(大船と言えばこれであろう。かつてはドリームランドへモノレールが伸びていたが、いわゆる「設計ミス」のため開業からわずか1年足らずで営業休止に。つい最近まで(とは言えもう10年以上前になるが)錆びてボロボロになりながらも設備が残されていた。)
観音様を横目で見ながら旧・湘南貨物駅付近の景色の変化に時代の流れを感じた。そして横須賀線に湘南色の列車が走っているのも私の概念には無かった事柄だ。茅ヶ崎から新宿に乗り換えなしで行けるのも私の幼少時代ではできなかった。そして現在では東海道線の列車が東京を「スルー」してしまう時代だ。それこそ「踊り子」が常磐線方面に乗り入れたり、更にバリエーションが広がった。完全に東京が「終点」では無い時代になったのだ。ただ新幹線は違う。かつての概念の名残を将来的にも受け継ぐ事であろう。国鉄時代、東京駅の構造は東海道・東北の両新幹線をドッキングさせる設計であった。しかし民営化されてからはその計画も遥か彼方的な夢となってしまった。

(金沢まで新幹線が到達するような時代になり、来年は函館まで到達しようとしている。そんな時代の流れとともに、東京駅のキャパは既に限界を超えているが、早い話、JR東海の柔軟な姿勢次第で更なる夢が広がる可能性が「大」である。)
東京をスルーする新幹線・・・これは最大のテーマであろう。現在、周知の通り東京寄りの線路は東海道・東北の両新幹線どちらとも足りていない。そして東京駅のホームの数も限界であろう。JR東海の頭脳がもう少し柔軟になって頂ければ「この夢」は実に大きく進歩するはずである。湘南新宿ラインや上野・東京ラインを見れば一目瞭然、新幹線にもこうした概念が実現したら更に活用のバリエーションが広がるであろう。もちろん車両や設備の変更に国家予算並みの費用がかかろうが、その恩恵も大きいはず。「小田原発盛岡行」「小山発新大阪行き」「仙台発名古屋行」など、想像しただけでもブルブルと震えが来るくらい興奮してしまうではないか!比較的地味な存在の小田原や三島、小山などの駅を活用する事によって東京駅の負担が減るとともに利用者にとっては「乗り換えが減る」というメリットもある。もちろん他の駅も活用次第であるが、更に東海道新幹線開通当時からの構想でもあった「夜行列車」が運転されるかも知れない夢も新たに飛び出してくる、とは若干オーバーではあるが・・・
将来的には「リニア」も開通し、新幹線の負担が減っていく事であろう。その時、時代は新幹線に何を求めるのであろうか。茅ヶ崎で湘南新宿ラインから降りた時、そんな事が頭の中を過ぎっていった。

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