恋の列車はオオアライ発③

さて、大洗付近が沿線最大で海岸に近づくであろが、やや海が遠い・・・そして大洗を過ぎると那珂川に沿う。そして橋を渡るとすぐに那珂湊の街にたどり着くくらいにまで接近。川を挟んで隣同士の位置にある湊線と大洗鹿島線はなんとなく不思議だ。
やがて列車は勝田寄りから進入する不思議な構造となり水戸に到着する。計画時には特急も運転される的な案もあり線形的にも設備的にも「本線規格」であるから高架化された場所が多く踏切もほとんどない記憶であった。

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(2015年の訪問時にはちょうど列車の出発時間であった大洗。本社や車庫もあり、文字通り大洗鹿島線の中心的存在である。付近にはアウトレットモールや、シーズンには海水浴場もあり楽しみ方は多彩だ。)

そういえば、私はこの「恋の列車はオオアライ発①」で一青窈のテレビについて述べていた。それは別に「妻がテレビも見ないくせにつけっ放しで洗濯しやがって!」という事を言いたい訳ではなかった。この番組で一青窈が述べた「伝えたかった」という言葉が凄く印象に残ったからだ。そして私はその事をこのブログをご覧の皆様に伝えたかったのだ。自身の思いを伝える・・・これは一青窈とは形は違えど「伝える」という事で共通する。最近、私のブログでプロレスの話題が出てくる場面が少なくないという印象をお持ちであろう。結構私はこのブログで自身の言いたいことをかなり言っているかも知れないが、もしこのブログで鉄道の話題のみに特化し「ここに行きました」「この車両に乗りました」だけを記事にしていたら、私はブログを始めて3年以上経過したが、ここまで続けられなかったであろう。鉄道というカテゴリーを借り、ブログというフィルターを通して自身の思いを伝える・・・これは素晴らしい事だ。

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(2015年訪問時はあいにくの空模様であったが、それでも列車を利用する人は少なくなかった。しかしながら、広い構内はやや持て余しの印象でもあった。)

最近のプロレス業界は「氷河期」と言われている事であろう。普通の一般に話題になることが少ない。私が小学生位の頃は猪木・馬場が全盛でプロレス中継も「ゴールデン」であった。しかし現在は「ゴールデン」ではない。その理由のひとつとして「伝える」という部分がやや薄い気がするのが私的な考えである。「力道山」と言えば日本にプロレスを持ち込んだ人物。私はリアルタイムではないがその名は知っている。力道山の時代のプロレスを今DVD等で見てみると技が単純で、それこそ「空手チョップ」しか出してない印象だ。現在の若者がこの試合を見て「スゴイ試合だ!」とは思わないかも知れないであろう。

では、なぜ力道山がリアルタイムでなくても世代を超えてその名を知られているか・・・それは「伝える」という事が明確であったのだろう。戦後の混乱期において街頭テレビで観る力道山の姿は日本国民の言わば「希望」であったのだろう。「キル・ザ・ジャップ」「リメンバー・パールハーバー」などと言われていた時代に、ガタイの良い大きな外国人相手に体の小さい日本人が立ち向かっていく・・・その力強い空手チョップに多くの日本国民が勇気づけられた事であろう。恐らく力道山はプロレスを通じて「頑張ろう、日本人」的なメッセージを伝えたかったのであろう。空手チョップにその思いを込めたのだ。

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(大洗駅の時刻表であるが、全てがワンマンでない事を初めて知った。車掌乗務の列車にもいつかは乗ってみたい。)

そして時代が馬場・猪木に変わり、更に後世へ・・・必ずプロレスには「サイドストーリー」があった。「俺たちの時代」「天龍革命」「超世代」などのキーワードにピンと来たらあなたはかなりの「プロレス通」であろう。そのサイドストーリーを感じながら試合を観るのが面白い。そう、試合を通じてサイドストーリーを「伝える」という事がプロレスなのだ。これは他の格闘技には無いかも知れない。シリーズ前にサイドストーリーがあり、シリーズ最終戦でそのサイドストーリーの決着をつける・・・みたいな感じか。
私もこの「伝える」という事をこれからも大事にしていきたい。「~ということを伝えたかった」とこれからもブログに綴っていく事であろう。それは鉄道という名を借りた「サイドストーリー」的な場面が多くなるかも知れない。であるが、基本、私は鉄道だ。私が崇拝する某ロックアーティストが言っていた。「ひとつでいい。何か自分が熱くなるものがあれば、人生はハッピーになる」と。そう、私には鉄道がある。これからもその思いを末永く伝えていきたい。とは言え、この記事の半分以上は「プロレス」になってしまったが・・・



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「伝える」について

最後まで読んでみて心に響くものがありました。

私も馬場・猪木のプロレス黄金時代を知る世代ですから多少の知識はありますが、その後の様子は詳しく知るわけではありません。

15年ほど前、当時勤めていた会社の後輩がプロレス好きで、誘われるがままに観戦しに行ったガイアジャパンの試合が面白く、その後何度も後楽園ホールや有明コロシアムなどに通ったりもしました。

何回かの観戦で感じたのは、あれだけの技を繰り出すための選手たちの体作りや練習、観客を夢中にさせるためのストーリー作りなど、大人になったからこそ見えてくる興行の裏側という部分でした。
今回、ダイヤモンド☆トナカイ様が書かれた、まさに「サイドストーリー」の部分があったからこそプロレスというものに惹かれていったのだな、と気がついた訳です。

どうにも上手くまとまりませんが、ブログもサイドストーリーによって作者の人となりが見えてくるからこそ内容の幅が広がり、読者として惹かれる部分が生まれてくるものだと思うので、「それが無かったらここまで続けられなかった」というのはとても共感できるものでした。

すんや様

コメントありがとうございます。

「ガイアジャパン」とは、また実にマニアックな場所を攻めますね。ガイアと言えば長与千種が旗揚げした女子プロレス団体ですが、懐かしかったのでちょっとウィキで確認してみたらやはり内容的にも懐かしかったです。ウィキにも記されてましたが、旗揚げ当初は選手がほとんど新人ばかりで、現在でも活躍している里村明衣子などが名を連ねている辺りが実に私がプロレスを中心に生活している時代を思い出します(と言ってもレスラーで活躍したわけではないですが)。

そしてガイヤではその「新人」を逆に売り物にし、旗揚げ当初から話題を提供し、他の女子プロレス団体とは違うカラー、そして長与の想いが実に心地よく伝わってきました。

最近では「亀田興毅」が話題になりましたね。この「亀田ストーリー」は実に明確に伝わって多くの国民に共感を得たことでしょう。近年でこれほどまでにボクシングを一般的な話題にした功績は実に大きいと思います。つまり、亀田はサイドストーリーを試合で表現していたわけですね。私自身も先日の試合では「いつかこういう日が来る」と思っていましたが、以外にその時期が早かったので驚きました。

という感じで私自身もこれからブログを続けるにあたって、この「サイドストーリー」が逆に「メイン」になってしまうかも知れませんが、まだまだこれからも多くの珍道中を綴っていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
創設:1969.03.09
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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