東北乗り潰しの旅③(リメイク版)

山形駅の待合室で一夜を明かすこととなったが、この駅は24時間眠らない。深夜は貨物や夜行列車が絶え間無くやってくる。待合室も24時間開いているため絶えず人の出入りがある、と言っても深夜の時間帯のため数えるほどであるが・・・長椅子に横にはなるが、防犯上熟睡はしない。やがて乗るべき列車の出発時刻となる。まず、赤湯を経由して長井線と、今泉で乗り換え米坂線を制覇。坂町から特急「白鳥」に乗り酒田へ着いた。そして陸羽西線で新庄に抜け再び山形へ戻ってきた。もうこの時点で19時25分である。一日が終わるのが速く感じる。山形より奥羽本線の普通列車で福島へ向った。わざわざ普通列車、しかも客車列車を選択したのは正解だった。ファンの間では大変有名な「板谷・峠」越えとなる連続スイッチバックを十分楽しめるからだ。しかしいかんせん、時間帯は夜・・・暗闇意外、車窓には何も映らない。スイッチバックの風景も全然楽しめないではないか!仕方なくキオスクで購入した食料をたしなむに過ぎなかった。だが車内は貸切状態、思う存分「夜汽車」を楽しんだ。そして福島到着、約50分待ちで今夜の宿急行「八甲田」に乗った。毎回途中駅から乗車のため座席が空いているかどうか心配なのだが、今回の旅は運よく全ての夜行列車で座れた。旅も終盤に近付き、盛岡などの深夜の時間帯での乗り換えは無くなり、目指す駅は野辺地である。約6時間もの乗車時間があるのでしっかり睡眠をとることにした。だが、果たしておきれるであろうか・・・心配は無用であった。野辺地に着く20分くらい前にしっかり目が覚めたのだ。「野生の感」か「習性」か、そんな事はどうでもいいが、とにかく起きれたことに感謝。野辺地で「南部縦貫鉄道」を横目で見ながら、大湊線のホームに向った。南部縦貫鉄道は、当時全国で唯一「レールバス」の走る事で有名であり、私もいつかは制覇したいと思っていたが・・・廃止されてしまい、夢は実現しなかった。大湊線と大畑線(当時)を制覇し、特急「はつかり」で盛岡に行き田沢湖線の特急「たざわ」で秋田に向った。秋田から羽後本荘に行き矢島線(当時)を制覇、再び秋田に戻り今度は男鹿線を制覇した。終点男鹿で1時間半のインターバルがある。駅員に銭湯のありかを問うと、すぐ近所にあるとのこと。駅に荷物を預け、早速汗を流しに行った。そして三度秋田に戻り、今度は「駅寝」が待っていた。当初から計画していた「大曲」を宿に選んだ。ここに宿泊しないと後の「角館線(当時)に乗れないため、たとえ否定されても、強引に「寝」ざるを得なかった。大曲に着き、駅員にその旨を伝えると「待合室の鍵を全て締め切ってくれる」事となった。始発近くになったら開けてくれるとのことなので、ここでも安心して寝られる事となった。駅員に丁寧に挨拶をした後、早速始発まで待たせてもらう事にした。間もなく目が覚めると、待合室の中に約1名人が居るではないか・・・とりあえず貴重品を確認したが、変化は無く無事であり一安心。やがて駅員がやってきたので「宿」の礼を一言伝えると「あの人、どこから入ったの?」と私に問うてくるではないか!私もおかしいと思ったが・・・何とも地味に物騒な出来事であった。

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(坂町か酒田で遭遇した「いなほ」。新幹線が開通し新潟~秋田の運転になった。)

何はともあれ、これから角館に向かい、角館線を制覇する。現在は「秋田内陸縦貫鉄道」として活躍してるが、当時はまだ松葉までしか開通しておらず1日3往復くらいしか列車は無かったため、制覇の計画にはひときわ苦労した。だが、制覇してしまえばこっちの物である。再び大曲に戻り、急行「津軽」に乗り込み青森に向った。約4時間、14系座席のワンボックスを占領し、田園風景をしかと目に焼き付けながら遅くなった朝食を口に運んだ。青森に着くと、今回の最終制覇路線「津軽線」の待ってるホームに向った。だが、この時点より3年前に実は津軽線を「制覇」していた。そう、小学校4年の時に寝台特急<富士>に初乗車の翌年、583系寝台特急<ゆうづる>に乗り、青森の旅をした際に津軽線に乗り竜飛岬へと行ったのであった。既に制覇済みではあるが、当時は「いい旅チャレンジ~」の最中で、証明写真を撮影しなければならなかった。そのため再び三厩へ向ったのであった。津軽線制覇後、青森に戻りいよいよ帰りの寝台特急<はくつる>の発車時刻を待つのみとなった。発車まで何と8時間もある。じっくりと青森の街を観光し、いよいよ583系の待つホームへと向った。今回は3段式寝台の一番上段である。前回の<ゆうづる>で中段に乗車したが、かなりの窮屈感を否定できなかったので、今回は上段にした。上段の方が、上部に丸みがあるため広く感じられた。しかし、やはり3段式寝台は「前近代的」の風潮であった。しかし、この乗車が寝台特急としての583系の活躍の最後の乗車となってしまった事は、自身にとって貴重な体験になってしまった。勿論、現在も583系は急行<きたぐに>として、その機能を発揮しながら活躍している。だが、既に「時代遅れ」の感は否定できないし、車両の老朽化など、今後様々な問題が出てくるであろう、いや、もう既にその時は来ているのかも知れない(2012年に定期運用は廃止)。当時<はくつる>に乗り、離れ行く青森駅を見つめながら、ただただ無邪気に楽しい旅であった事を振り返らせてくれた。現在の583系の運命など考えもしなかった。しかし今振り返ってみて、改めて思うことは「全て貴重な体験」であった。体力的にも精神的にも連続10日近くの「乗り潰し」は若さゆえの「証」でもあった。しかし、まだまだ制覇の旅は終わってない。これからも突き進むのみである!

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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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