芸備線讃歌⑮ 野馳

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実はこの野馳に来る前に内名への訪問予定であった。が・・・道中で大規模な草刈が行われていた!道一面が刈られた草木で覆い尽くされている。というか、通行止めになっているわけでもないのだが、前に進めない。係員の一名が「どちらまで?」と歩み寄ってきたので野馳駅へ向かう意向を伝えると「どうぞ」と通行の許可を得た。だが、それこそ緑一面の道路にはアスファルトのグレーを見つけることが出来ない。それどころか鋭利な枝がむき出しとなっている。レンタカー・・・というシチュエーションを考えるとこのまま強引に前へ進むのは危険行為かも知れない。私は「引き下がる勇気」を選択した。秘境駅として名高い内名を目の前にして、その場所に足跡さえ残す事ができなかった。だが、ある意味こうした勇気も必要と自身に言い聞かせ、次の訪問予定の野馳へ向かった。
その野馳であるが、当然ながら事前情報と前回の訪問で素晴らしい木造駅舎がある事は知っていた。前回の訪問時にはその駅舎をただ指をくわえながら眺めるに過ぎなかったが・・・今回の訪問では独占!かつてジャイアント馬場が、いや、正確にはターザン山本が「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占します!」みたいなキャッチフレーズを流行らせたが、まさに今回の訪問では野馳を独占してしまった!

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どぉ~ですか、お客さん!この絵に書いたような素敵な駅舎をご覧になって何を感じるであろうか。いや、何かを感じなければならない何かが潜んでいる!


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そして駅舎内へ。風光明媚とはこういうことを言うのであろう。

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前回、そして前々回の訪問時では全く気付かなかったが、なんと交換設備の残骸が!いかにかつて芸備線が重要な路線であった事が伺えるか、という事であろう。


ちょっと変な話をするが、私も後2年くらいで半世紀生きる事になる。という事も影響しているのであろうか、最近になって自身の「時間」を考えるようになった。かつてジャイアント馬場が試合前の練習で日本武道館の天井を見上げ「俺はあと何年この天井を見ることが出来るのかなぁ」的な事を晩年にはいつも考えていたらしい。そんな気持ちが私にもちょっとであるがわかるようになってきた。特に持病とかある訳ではないが、というより認めたくないが、自身の衰えを認めなきゃいけない部分も少なからずある。こうしてPCに向かっている時や、スマホを長時間使用している時などは特に目が疲れやすくなっている。
それこそ、あと何年こうした旅が出来るのが・・・

というか、正直言ってここだけの話であるが、私自身最近になってややおセンチになる出来事があった。公開する事は出来ないが、精神的に医療機関にもお世話になるほどの出来事であった。若い時ならまだしも、ある程度の年齢になってからの出来事はある意味逃げ場がない。そんな時にジャイアント馬場のコメントが気になり出す。そして私に人生のいろはを教えてくれた「矢沢永吉」の言葉が勇気づける。
これって鉄道ブログで述べる事ではないが、逆にこういうブログがあっても私はいいと思う。というか、なぜこの「野馳」でこんな事を綴っているのか私自身分からないが、恐らく私の人生は「レール」というひとつのカテゴリーに縋りながらこれまでやって来れたのであろう。レールに触れなかった時期が20年以上あるが、その期間は「プロレス」「音楽」などのジャンルに興味を持った。そしてレールにリターンした時に、レールから離れた期間は決して無駄な時間ではなかったと今でも感じる事が出来る。そして空白があったからこそのレールに対しての見方も出来る。
正直言って、おセンチから抜け出すにはもう少し時間がかかりそうだが、私にはこうした「味方」が今でもいるだけ心強い。いつかそれが「いい思い出」として受け入れられる自分に早く会ってみたい。そんな思いを抱きながら芸備線の旅、いや、芸備線の旅紹介はまだまだ続いていく・・・


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ダイヤモンド☆トナカイさん、こんにちは。


>あと何年こうした旅が出来るのが・・・


手段はどうあれ、実際に訪問してるだけでも凄い事ですよ。

私も社会人になりたての頃は月一で東京へプロレスを観に行ったり、甲子園へ野球を観に行きましたが、東京でプロレス観戦は10年以上前になります。
(ディープインパクトが弥生賞を勝った2005年が最後。場所は新木場1stリングで、今は亡き団体J’dです。)


まだまだ寒い日が続いてますが、雪の心配はなくなりました。
今年は、能登鉄道や長野電鉄の跡地、飯山線を訪問したいと考えてます。

ミシェルマーティン様

コメントありがとうございます。
「ディープインパクト」懐かしいですね。確か「ヘルレイザー」的なタッグチームの技に似たような名前があったような無いような・・・
東京でかなり渋い女子団体を観戦されたそうで、懐かしいですね。私もプロレス観戦は地元興行のノア以来ですから10年以上の時間が経過しています。
何事もやれる時にやっておくのが一番ですが、やはり「ふところ」と相談すると、なかなかの現実を突き付けられますよね・・・

ダイヤモンド☆トナカイ様

いや~素晴らしい雰囲気の駅ですね(^O^)
我々が全国へ旅立った、80年代初頭に沖縄を除く全国に存在した国鉄駅のイメージは、これですね(^O^)

それが今や駅舎自体がなくなりつつありますね…(ToT)
運良く建て替えられた駅舎も、悪い意味で大変身!(ToT)

私は撮りテツとして、車両ばかり狙ってきましたが、こういう駅舎も記録していかなければとも思います…

にわか者様

コメントありがとうございます。
「いい旅チャレンジ20000km」時代は野馳のような駅は当たり前のように全国にありましたから、特に意識しなかったのですが、近年になってからは取り壊しや廃止などで数が減っていき、気付いたら貴重な存在になってしまいましたね。
というか、芸備線のような路線が今でも残っている事自体が貴重だと思います。
という事は、遅かれ早かれ永遠の存在ではなくなってしまう雰囲気ですね?現在の法律では、廃止は「許可」でなくて「届け出」となってますから、経営者側の意思で芸備線の寿命が決定されてしまう訳ですが・・・

ダイヤモンド☆トナカイ様

JR西日本としては、廃止したいでしょうねぇ…
でも、実際に踏み切りますかねぇ???
もしもやるとしたら、道後山-坂根ですかね?
その前に、木次線を始末しそうな気がしますが…(ToT)

にわか者様

コメントありがとうございます。

芸備線の廃止・・・備中神代~備後落合間ですか。可能性大ですね。というより、完全に中国自動車と並走していますから、備後落合~三次も「併せて」じゃないですか?多分その頃には木次線は既にないと思われますが・・・
というか、いずれにしても永遠の存在ではないという考え方がひしひしと伝わってきますね。ですが、私は1982年に訪問した木次線の、あの3段スイッチバックの衝撃的印象が今でも忘れられないですね。2013年に再訪していますが、やはり1982年の印象が忘れられないですね。

そんな思い入れがある木次線も、JRにとってはそれくらいの存在であるというのが実に悔しいです、正直。でも現実は・・・仕方なく納得する自分がいるというのも皮肉なものですね。

ダイヤモンド☆トナカイ様

私事で恐縮ですが…
先ほど医者へ行ったら、インフルエンザとのこと…
昔は風邪なんてひかなかったんですが…
やはり年齢を重ねる毎に、免疫力は低下しているのでしょうね…

さて、木次線はダメでしょうねぇ…(ToT)
国鉄時代、JRと二回乗ったのですが、二回とも乗客は私一人でした…
二回とも車掌が来て、「もう誰も乗ってこないから、お客さん一人だけですよ。」と言われました…

あと、国鉄時代だったのですが、中村敦夫の地球発22時だったか?種村直樹氏が一筆書き切符の旅をやっているところへ中村敦夫氏がお邪魔する企画がありました。
その時も、中村敦夫曰わく「我々しか乗客がいないんですが…」でしたから…

そんな超閑散路線にJRになってからも急行ちどりが走っていたんですよねぇ…
まったくもって不思議でしかないです…

にわか者様

コメントありがとうございます。
インフルエンザですか。それは大変ですね。お大事になさってください。

ところで木次線ですが、私も国鉄時代とJRの2回訪問していますが、どちらも青春18の期間だったからでしょうか、「独占」ということはなかったです。とくにJRになってからの訪問は、亀嵩に下車し、念願かなって出雲そばを経験させていただきましたからある意味ラッキーだったかも知れませんね。
「おろち」などの観光列車ではなく、ピュアに駅に下車しお店で直接食べて見たかったのでそのへんはこだわりました。
というか、、全国各地で運転されている観光列車ですが、やはり観光に頼らずに、通常の列車を地元の方に利用されてなんぼでしょう。並走道路も整備されたことだし真剣に時間の問題でしょうかね。
プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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