1983年春、東京から西鹿児島まで普通列車の旅②

さて、東京から「大垣夜行」で西を目指す私は、相模線・西寒川駅の最終列車で東京に向かった。茅ヶ崎で東海道線にのりかえ東京に行くのであるが、当時は散々上野などに特急列車などの撮影に行っていたため勝手は知っている。であるが、それは日曜の朝、上り列車に乗るという風景しか知らないため、夜に乗る東海道線の上り列車が何気に新鮮であった。通勤時間帯的に言えば、夜の上りは逆方向のためある意味国鉄(当時)に貢献している事になろうが、それでも立ち席で東京に向かう事になる。途中、横浜辺りで乗客が入れ替わるため座席を確保できるが、そんな事より、この時間帯に東京に向かうという事がいつになく「旅をしている」という意味で新鮮であった。恐らく、そういう感情的な部分を「中学生」というこの時期に体験してしまった事が現在の私を築き上げた事であろうといっても過言でないくらい、今でも夜の時間帯の上り列車は、震えがくるくらい「旅している」という感覚が玄関を出てすぐの状況で味わえるのができるという自分に幸せを感じる。

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画像はウィキペディアよりの165系大垣夜行。18シーズンには常に満員御礼であり、通路には立ち席客が多くいるほど。

ワクワクしながら東京に着いたが、ここで早速「3時間待ち」の洗礼。というより今回は、私が所属している学校のクラブ活動「鉄道研究クラブ」の部員1名と2人旅であるため、パートナーをひとり行列に残せば自由にホームを散策できる。そう、もう既に旅は始まっていて興奮状態であるのだ。というか、この「3時間待ち」も、この部活で覚えた「知恵」である事はこのブログで散々紹介してきたが、それでもこの部活が「特殊」であるのは今になって肌で感じる。果たして日本全国、中学校に「鉄道」を名乗る部活がいくつあるのであろうか・・・冷静に考えたら私はある意味恵まれた環境に育ったのかも知れない。

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私はどちらかというとこちらの153系が好きであった。東海道線では急行「伊豆」で運用されていたが、関西方面では「新快速」として活躍していた。そして「大垣夜行」も165系以前は153系が使用されていた。画像はウィキペディアより。

という事で、3時間待った結果当然ながら座って大垣まで向かうことが確定されて喜びを隠せずにいたが、当然ながらリクライニングができず、しかも4人席のボックスシートのため仮眠には相当の努力が必要となる。私たちは2人組のため、当然ながら「相席」になるが、それでも座れることに価値がある。165系・・・昭和生まれなら実に懐かしい響きであろう。現在は臨時ながら185系である「ながら」に時代を感じるが、そういえばこの大垣夜行を私が乗車した時期が185系のデビューしで間もない時期であるというのも何となく感慨な思いである。

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そしてこちらが現在使用中の「ムーンライトながら」に使用されている185系。写真は伊豆急下田に停車中の「踊り子」で代用させていただいたが、現在は臨時便に格下げされてしまったが、18シーズンには重宝する。しかもリクライニングシートで全席指定というのが画期的。東京駅で3時間待って座席を確保するという面倒な手間は解消されて久しい。

そんな思いを抱きながら東京を後にする165系は実に良い!既にこの時で2回目の大垣夜行であるが、やはり地元の茅ヶ崎辺りに来てもいつもと違う風景!素敵でたまらん!!と、興奮状態のまま、記憶は静岡辺りであったと思う。静岡では「べんと~うっ」の声がホームに響き渡る。そう、当時は名物の駅弁売りだ。恐らくそれは「ムーンライト」時代も続いていた事であろうが、この深夜の時間帯の「べんと~うっ」はある意味心強い「味方」であった。そう、夜行列車に乗っているとこの深夜の時間帯には必ずと言っていいほど腹が減る!というか、ある意味「お約束」的な現象であろうが、当時を知るものであれば誰でも一度は経験する事柄かも知れない。であるから当時、この静岡の弁当売は大変貴重な存在であったろう。


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ダイヤモンド☆トナカイ様

静岡駅の駅弁!懐かしいです(ToT)
平成になってからも残ってましたよ(^O^)
私もよく食べました(^O^)

さて、165ですが…
デッキ付近の座席は、向かい合わせでなかったですね。
だいたいそこを確保していました(^_^;)
ただし、前の座席がかなりの圧迫感がありましたね。さらに座席の横幅が他のに比べて狭いため、恰幅のいい人が隣に乗り込んで来ると…

165と大垣鈍行が現存していたとして、自分は乗るかなぁ…そんな体力ないような気がします( ̄○ ̄;)

にわか者様

コメントありがとうございます。

さすが165系の特徴をよくご存知ですね。というか、私は153系が国鉄史上最高の名車と思っていますので、153系の時代の大垣夜行に乗車してみたかったです。もっと言うと修学旅行用の155系が最上級に好きで、特にあの独特の塗装による急行「伊豆」は最高でした。私は下田に親戚が居るため、小学校の時に「伊豆」に乗って親戚宅に向かった旅が実に思い出深いです。その時は153系でしたが、できれば155系に乗りたかったのが本音です。要するに155系が私にとって一番の名車かも知れませんね。そして茅ヶ崎だか小田原か忘れましたが「冷凍みかん」をキオスクで購入して下田まで向かったあの無邪気な頃の自分がとても華奢に、そして可愛く思えて仕方ない、そんな事を153系、そして155系は思い出させてくれる名車です。

http://4190koawazay.blog.fc2.com/blog-entry-184.html

ダイヤモンド☆トナカイ様

ダイヤモンド☆トナカイさんも153系派でしたか(≧∇≦)
私もそうですよ!
急行=153ですね。
カッコよかったなぁ(*^o^*)

TVドラマの鉄道公安官でも、オープニングに登場してましたね。
グリーン車には帯が付いていた時代でしたね。

グッズ収集はしない主義の私ですが、153が房総急行から引退した時は、水郷のサボを買いました(^_^;)

あとグリーン車にも乗りました。
家族旅行(前にもコメントしましたが、父親がテツです)でですが、アルバムには153系のグリーン席でくつろぐ?私の姿が残ってますよ(^_^;)

にわか者様

コメントありがとうございます。

やはり153系は鉄道史上に残る最高の名車ですよね。更に湘南色でなければ駄目です。ですが、私は更に上の155系が最上級だと思ってます。あの修学旅行色の「伊豆」は定期便ではなかなかみられなかったので見たときは感激でした。

そして鉄道公安官ですが、以前にもコメントしたと思いますが主題歌のレコードを今も所有しています。サーカスの「アメリカンフィーリング」のB面に収録されてます「ホームタウン急行(エクスプレス)」は、放送開始当初はオープニングでしたが、途中からエンディングに変わりましたね。

それよりも、五十嵐めぐみや石立鉄男が事件を解決していくドラマはハッキリ言って小学生が視るドラマではなかった印象ですが・・・

ダイヤモンド☆トナカイ様

鉄道公安官は小学生向け番組です!?(^_^;)
我々にとっては、毎週楽しみにしていた番組ですしね(^_^;)
どう考えても、小学生向けでしょう(^_^;)

ちなみにロボット刑事Kは未就学児向けでしょう(^_^;)


さて、155ですが、魅力は6人掛けボックスシートでしょうか???

にわか者様

コメントありがとうございます。

155系の6人掛けなどよくご存じで。でも大人からしてみたらさすがに6人席は狭かったのではないでしょうか。後年は4人席に改良され塗装も湘南色になってしまいましたが、更に下田に留置されていた159系も魅力たっぷりでした。

いずれにしても、冷房が無くても窓を開ければ暑さなど感じない時代は、今では信じられないですね。

ただ、現在は修学旅行は新幹線や貸し切りバスが常識になってしまい、155系の活躍の場が限られていった晩年ですが、貴重な車両だったことには違いないですね。

余談ですが、矢沢永吉の学生時代の修学旅行で乗車した列車が155系だったと思います。「わこうど」のヘッドマークを付けてのツーショット写真は、ガリガリに痩せた矢沢永吉が印象的です。おそらくインターネットで検索すれば出てくると思いますが、こちらも貴重な写真です。

ダイヤモンド☆トナカイ様

やはり修学旅行と言えば、新幹線かバスですかねぇ…
中には飛行機なんていう上流階級の御子息が通われている学校もありますが…

実は、私の通っていた貧乏人御用達の学校?は、鈍行で愛知から広島でしたよ(^_^;)
私のクラスは山陽本線でしたが、クラスによっては赤穂線経由でした。
さすがに呉線経由のクラスは無かったですがね(^_^;)

瀬野にて、まだ現役だったEF59を撮れたのが、一番の思い出←これが修学旅行の一番の思い出かよ( ̄○ ̄;)です。

にわか者様

コメントありがとうございます。

普通列車による修学旅行の移動とは、実に物凄い体験ですね!ある意味「赤穂線経由」 の方はラッキーだったのでは?と思うのはレールファンだけでしょうか。というより、当時「18」が存在したならば、教諭的には相当の経費節約に貢献させたことと思われますが・・・


私の小学校時代の修学旅行は日光でしたが、茅ヶ崎から「修学旅行専用列車」でした。記憶に薄いですが、確か153系が165系のどちらかだったと思います。すでに185系がセンセーショナルデビューしてまもない頃でしたが、現在では学校から直で専用バスで日光に向かう事でしょう。

しかしながら修学旅行の思い出が瀬野とは!実にローカルな響きですね。その辺り、他の児童と完全に異色の存在であった事でしょう。現在瀬野ではベットタウン化され、特殊な鉄道?が活躍してますが、興味ございましたらご確認ください。

http://4190koawazay.blog.fc2.com/blog-category-64.html
プロフィール

ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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