サマーアクションシリーズ ・1983年東北の旅。もっと細かくリメイク版⑨
2018-07-25
季節運転となった急行「おが」を下車した私は山形では6時7分発の左沢線始発までまたなければならない。本来の予定なら福島で季節運転の夜行急行列車「おが」どうしでのりかえ山形に戻ってくる予定だったが「快適過ぎてもしかしたら寝過ごして上野まで行ってしまうのではないか」と思い深夜の山形で左沢線の始発を待つ事を決断したのであった。今の私なら絶対に福島で深夜の乗り換えをしようと山形をやり過ごすであろうが、当時の私には計画が狂ってしまうのがどうにも許せなかったようだ。とかいいながら今回の旅は散々計画通りに進まない場面があったが、結局山形駅の待ち合い室で過ごすことになる。よく家出少年と勘違いされずに左沢線の始発に乗ることが出来たものだと逆に関心してしまう。そして後日にまた同じ山形駅で同じように「おが」を下車し始発を待つ事になるのだが、それは後程紹介しよう。

左沢線の要衝駅、寒河江。近年に駅が100m移転したとの報告がウィキに記されていた。モダンな駅舎になりなおかつ機能的に生まれ変わった事であろう。もちろん私の訪問時は移転前であるが、ある意味左沢線を電化してしまってもいいかも知れない。と言いたいところであるが、線路幅が違うため奥羽本線との乗り入れができずかえって意味がなくなってしまいそう。もちろん左沢線を標準軌にするのも現実的ではないが・・・
さて、左沢線の始発に無事乗ることが出来た私は早速深い眠りについた。やはり待ち合い室では気持ちが休まらないのと左沢線では左沢で同じ車両がそのまま折返し上り山形行になるのは知っていたので例え乗り過ごしてもまた山形に戻ってくるという計算があったから気持ちがちょっと緩んだのもあろう。そして途中駅は帰りに撮影すればいいというのもあった。だが、終点の左沢では「いい旅チャレンジ20000km」の証明写真撮影があるのでしっかりと目覚めなければならない。どう対処したかは記憶にないが、しっかりと左沢と途中の寒河江の写真が残っているので「やるときはやる!」的な潜在能力を誇示していたのであろう。と言っても誰が認めてくれるわけでもないが・・・

2014年1月訪問時の北山形駅の左沢線側にある西口の、いわゆる「裏口」の駅舎。国鉄当時からのものと思われるが、その年の6月に西口が新駅舎になったらしい。東口も近年に改築されモダンになった。
折返し山形へ戻ってくるが、当時の山形~羽前千歳間は複線であったので、いや、北山形~羽前千歳は単線であった記憶であるが、特に北山形の配線は複雑であり大変興味を引くものであった。といっても現在よりはかなりシンプルであったが、それでも私はかなり興味があった。後年に北山形と羽前千歳は単独訪問しているが、それは今回紹介している旅から約30年くらいの月日が流れており、当時とは全く異なる状況となっていた。その状況についてはこのブログでも紹介しているのでぜひご覧いただきたい。現在は新幹線と在来線が単線並列の形をとるのは周知の通りであるが、レール事情にそれほど詳しくない方の為に少々解説を入れると、新幹線と在来線では線路幅がやや異なるのだ。そして電圧等も異なる関係から当然新幹線の線路に在来線が乗り入れる事ができない。ということで専用の車両が必要となるわけだ。そして羽前千歳と山形の間は先程述べたように新幹線と在来線が並走する。だが、ここでもっと複雑なのが、在来線が北山形で左に、羽前千歳で右に別れていくので在来線か新幹線のどちらかが何処かでお互いに跨がなければならない。
国鉄時代は在来線の線路幅だけだったので意外に駅の配線はシンプルであったが現在は・・・その答えは羽前千歳に行けばわかる。

山形~羽前千歳間の複雑な関係は、羽前千歳駅の北山形寄りにあるご覧のダブルクロスで処理されていた。平面交差が実にダイナミックで、標準軌と狭軌が平面交差するのはもしかしてここが唯一?
少々長くなってしまったが、私は当時からこの山形~羽前千歳が興味津々であったのでさすがに今回の旅ではしっかりと駅の様子を車窓から眺めていた。たが、山形では仙山線に乗り換えるため果たして座席を確保できるかどうか・・・そちらの方が気になって仕方なかった。ソワソワしながら北山形を見る・・・それは集中できないタイミングであった。
山形に8時11分に到着して即効仙山線乗り場へ向かう。既に列車は私を待っていてくれたが、乗り込んでみると意外にも余裕で座席を確保した。先程の神経すり減らしていた行動は何だったのであろう。なんだか無駄なエネルギーを使ってしまったようだ。そんな私を癒してくれたのが仙山線の普通列車であるが、当時、仙山線ではまだまだ旧型客車が健在で、勿論私はそれを狙っての乗車であった。やはり当時もこの仙山線客車列車は貴重な存在であったろう。そんな仙山線普通列車は8時30分、定刻に山形のホームから滑り出していった。

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左沢線の要衝駅、寒河江。近年に駅が100m移転したとの報告がウィキに記されていた。モダンな駅舎になりなおかつ機能的に生まれ変わった事であろう。もちろん私の訪問時は移転前であるが、ある意味左沢線を電化してしまってもいいかも知れない。と言いたいところであるが、線路幅が違うため奥羽本線との乗り入れができずかえって意味がなくなってしまいそう。もちろん左沢線を標準軌にするのも現実的ではないが・・・
さて、左沢線の始発に無事乗ることが出来た私は早速深い眠りについた。やはり待ち合い室では気持ちが休まらないのと左沢線では左沢で同じ車両がそのまま折返し上り山形行になるのは知っていたので例え乗り過ごしてもまた山形に戻ってくるという計算があったから気持ちがちょっと緩んだのもあろう。そして途中駅は帰りに撮影すればいいというのもあった。だが、終点の左沢では「いい旅チャレンジ20000km」の証明写真撮影があるのでしっかりと目覚めなければならない。どう対処したかは記憶にないが、しっかりと左沢と途中の寒河江の写真が残っているので「やるときはやる!」的な潜在能力を誇示していたのであろう。と言っても誰が認めてくれるわけでもないが・・・

2014年1月訪問時の北山形駅の左沢線側にある西口の、いわゆる「裏口」の駅舎。国鉄当時からのものと思われるが、その年の6月に西口が新駅舎になったらしい。東口も近年に改築されモダンになった。
折返し山形へ戻ってくるが、当時の山形~羽前千歳間は複線であったので、いや、北山形~羽前千歳は単線であった記憶であるが、特に北山形の配線は複雑であり大変興味を引くものであった。といっても現在よりはかなりシンプルであったが、それでも私はかなり興味があった。後年に北山形と羽前千歳は単独訪問しているが、それは今回紹介している旅から約30年くらいの月日が流れており、当時とは全く異なる状況となっていた。その状況についてはこのブログでも紹介しているのでぜひご覧いただきたい。現在は新幹線と在来線が単線並列の形をとるのは周知の通りであるが、レール事情にそれほど詳しくない方の為に少々解説を入れると、新幹線と在来線では線路幅がやや異なるのだ。そして電圧等も異なる関係から当然新幹線の線路に在来線が乗り入れる事ができない。ということで専用の車両が必要となるわけだ。そして羽前千歳と山形の間は先程述べたように新幹線と在来線が並走する。だが、ここでもっと複雑なのが、在来線が北山形で左に、羽前千歳で右に別れていくので在来線か新幹線のどちらかが何処かでお互いに跨がなければならない。
国鉄時代は在来線の線路幅だけだったので意外に駅の配線はシンプルであったが現在は・・・その答えは羽前千歳に行けばわかる。

山形~羽前千歳間の複雑な関係は、羽前千歳駅の北山形寄りにあるご覧のダブルクロスで処理されていた。平面交差が実にダイナミックで、標準軌と狭軌が平面交差するのはもしかしてここが唯一?
少々長くなってしまったが、私は当時からこの山形~羽前千歳が興味津々であったのでさすがに今回の旅ではしっかりと駅の様子を車窓から眺めていた。たが、山形では仙山線に乗り換えるため果たして座席を確保できるかどうか・・・そちらの方が気になって仕方なかった。ソワソワしながら北山形を見る・・・それは集中できないタイミングであった。
山形に8時11分に到着して即効仙山線乗り場へ向かう。既に列車は私を待っていてくれたが、乗り込んでみると意外にも余裕で座席を確保した。先程の神経すり減らしていた行動は何だったのであろう。なんだか無駄なエネルギーを使ってしまったようだ。そんな私を癒してくれたのが仙山線の普通列車であるが、当時、仙山線ではまだまだ旧型客車が健在で、勿論私はそれを狙っての乗車であった。やはり当時もこの仙山線客車列車は貴重な存在であったろう。そんな仙山線普通列車は8時30分、定刻に山形のホームから滑り出していった。

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コメント
ダイヤモンド☆トナカイ様
にわか者様
コメントありがとうございます。
そうですね。仙山線は旧型客車に限りますよ。愛子~仙台間も今ほど開発が進んでいなかったはずですから「昔ながら」が味わえた事でしょう。
JR北の件ですが、本気で黒字のみの路線で運営するなら札幌近郊以外は廃止しなければなりませんね。北海道新幹線も、例え札幌まで開通したとしても東京まで四時間を切らなければ飛行機と対向できませんし青函トンネルも将来的なメンテナンスや維持費など、他のJR各社に比べ不利な条件が多いですね。
そうですね。仙山線は旧型客車に限りますよ。愛子~仙台間も今ほど開発が進んでいなかったはずですから「昔ながら」が味わえた事でしょう。
JR北の件ですが、本気で黒字のみの路線で運営するなら札幌近郊以外は廃止しなければなりませんね。北海道新幹線も、例え札幌まで開通したとしても東京まで四時間を切らなければ飛行機と対向できませんし青函トンネルも将来的なメンテナンスや維持費など、他のJR各社に比べ不利な条件が多いですね。
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鉄道の旅も1番最初のページは、仙山線の旧客でしたね。
ところで、JR北海道が暴挙にでそうですね。
営利企業ですから、しかたないのはわかりますが、それでもねぇ。