サマーアクションシリーズ ・1983年東北の旅。もっと細かくリメイク版 ⑳
2018-09-20
あこがれの岩泉で過ごせるとはいえ、ここで1時間半待ちである。だが、丁度昼時でもあるのでランチタイムとするか、みたいな雰囲気になる。
しかし、まさか21世紀のこの世の中まで岩泉線が残るとは思わなかった。つい最近まで列車が運転されていたのが奇跡でもあった。私の訪問時は昼間の時間帯の列車があった。だからこうして国鉄バスからの乗り換えで岩泉線の制覇ができたのだ。
2014年に約31年振りの訪問となったが既に休止中であった。もっと細かく探索したかったが、時間の制約から二升石と岩泉しか訪問できなかった。そしてなんといっても押角を探索したかったのだが、その時は1月だったので訪問できたとしても押角は雪の中だったろう。それ以上に道路が雪で埋もれ通行止めの箇所が少なくなかった。

2014年訪問時にもあった岩泉駅の石碑。駅舎は解体されず、商工会が引き続き利用していると聞いているので現在も残っていて欲しい。
さて、岩泉から宮古行きの列車に乗ったが、私は最初から茂市で下車すると決めていた。同行の二人は宮古から山田線に乗り換えるらしい。同行の二人から宮古まで一緒に行こうと言われたが、宮古では約5分の待時間しかない。ならば最初から決めていた茂市で一時間待った方が何となく気が楽であった。そして何より茂市は私が好きな駅のひとつであったのでじっくりと散策したい。私は同行の中間に丁寧に事情を説明し茂市で下車する決意をしたのであった。

画像はウィキよりの押角。いつか現役時代に訪問してみたかったが、残念ながら願い叶わず。大変山深い場所にあるのでできれば春先か秋口が良かったかも知れない。ところで私事で申し訳ないが、私のPCで押角を変換しようとしたら「お歯科度」になってしまい、改めて日本語の難しさを知った。
途中、押角ではかつてのスイッチバックの遺構をほとんど確認できなかったが、やはり鉄路は山深い。さぞかしスイッチバックでないと運転上都合が悪かったのだろう。生い茂る草木が窓にぶち当たる勢いなほど鉄路の周囲に当然民家らしき文明が見当たらない。今でこそ「秘境駅」なる単語が存在するが、当時はそんな単語やカテゴリーすらない。だからどう表現していたのだろう。
そんな山の中をひたすら進みようやく茂市へ。先ほど知り合った仲間ともここでお別れだ。「宮古まで乗っていけばいいのに。」下車する直前まで口説かれたが、私はどうしても茂市で降りたかった。だが、宮古まで行けば座れるかも知れない。そしてもっと「仲間」とも話したかった。だか、茂市がそれを許してくれない。私は茂市のホームから今乗ってきた列車に手を振り全ての未練を脱ぎ捨てたのであった。

1番線で撮影した茂市であるが、当時はこんな撮影がマイブームでもあった。私は駅の外に出るわけでもなく、ただひたすらホームで次の列車が来るのを待っていた。
私の降りた時間帯の茂市はやけに静かだ。下車したのは私だけ。現在「秘境駅」と呼ばれるカテゴリーではそれほど珍しくない出来ごとになってしまったが、慣れてないせいか、なんだか私ひとり取り残された感じになった。だが、一時間も待てば列車はやって来る。ある意味駅を独占した感じだ。意外にも構内は広く、かつては貨物列車も盛んだったのであろうか。跨線橋もあり2面3線の広さであるが、最近になって岩泉線が使っていた駅舎に接する1番線がなくなったらしい。
茂市では何事も無いままやっと盛岡行きの列車がやってきた。たが・・・フルハウス‼私はその場で驚愕、やはり宮古から乗った方が良かったのかなとやや後悔したが、宮古で乗り換えたとしても座れたとは限らない。仕方なく私はドア付近に自分の身を寄せるしかなかった。
列車はとても山深い隙間を縫うように走るが、下手したら岩泉線よりも秘境的な風景かも知れない。マジ、熊や猪などがいつ出てもいいような典型的な風景に私は自然のダイナミズムを感じずにいられなかった・・・と言いたいところであるが、実際はそのダイナミズムよりも大志田や浅岸のその後が確認したくて仕方なかった。1982年11月に上越新幹線が開通し、そのダイヤ改正で大志田と共にスイッチバックが廃止され本線上にホームが移された浅岸だが、まだ残骸は残っているはず。お盆の帰省ラッシュで車内が人間一色の中、私は身をのりだし大志田と浅岸を頑張って確認しようとしたが・・・

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しかし、まさか21世紀のこの世の中まで岩泉線が残るとは思わなかった。つい最近まで列車が運転されていたのが奇跡でもあった。私の訪問時は昼間の時間帯の列車があった。だからこうして国鉄バスからの乗り換えで岩泉線の制覇ができたのだ。
2014年に約31年振りの訪問となったが既に休止中であった。もっと細かく探索したかったが、時間の制約から二升石と岩泉しか訪問できなかった。そしてなんといっても押角を探索したかったのだが、その時は1月だったので訪問できたとしても押角は雪の中だったろう。それ以上に道路が雪で埋もれ通行止めの箇所が少なくなかった。

2014年訪問時にもあった岩泉駅の石碑。駅舎は解体されず、商工会が引き続き利用していると聞いているので現在も残っていて欲しい。
さて、岩泉から宮古行きの列車に乗ったが、私は最初から茂市で下車すると決めていた。同行の二人は宮古から山田線に乗り換えるらしい。同行の二人から宮古まで一緒に行こうと言われたが、宮古では約5分の待時間しかない。ならば最初から決めていた茂市で一時間待った方が何となく気が楽であった。そして何より茂市は私が好きな駅のひとつであったのでじっくりと散策したい。私は同行の中間に丁寧に事情を説明し茂市で下車する決意をしたのであった。

画像はウィキよりの押角。いつか現役時代に訪問してみたかったが、残念ながら願い叶わず。大変山深い場所にあるのでできれば春先か秋口が良かったかも知れない。ところで私事で申し訳ないが、私のPCで押角を変換しようとしたら「お歯科度」になってしまい、改めて日本語の難しさを知った。
途中、押角ではかつてのスイッチバックの遺構をほとんど確認できなかったが、やはり鉄路は山深い。さぞかしスイッチバックでないと運転上都合が悪かったのだろう。生い茂る草木が窓にぶち当たる勢いなほど鉄路の周囲に当然民家らしき文明が見当たらない。今でこそ「秘境駅」なる単語が存在するが、当時はそんな単語やカテゴリーすらない。だからどう表現していたのだろう。
そんな山の中をひたすら進みようやく茂市へ。先ほど知り合った仲間ともここでお別れだ。「宮古まで乗っていけばいいのに。」下車する直前まで口説かれたが、私はどうしても茂市で降りたかった。だが、宮古まで行けば座れるかも知れない。そしてもっと「仲間」とも話したかった。だか、茂市がそれを許してくれない。私は茂市のホームから今乗ってきた列車に手を振り全ての未練を脱ぎ捨てたのであった。

1番線で撮影した茂市であるが、当時はこんな撮影がマイブームでもあった。私は駅の外に出るわけでもなく、ただひたすらホームで次の列車が来るのを待っていた。
私の降りた時間帯の茂市はやけに静かだ。下車したのは私だけ。現在「秘境駅」と呼ばれるカテゴリーではそれほど珍しくない出来ごとになってしまったが、慣れてないせいか、なんだか私ひとり取り残された感じになった。だが、一時間も待てば列車はやって来る。ある意味駅を独占した感じだ。意外にも構内は広く、かつては貨物列車も盛んだったのであろうか。跨線橋もあり2面3線の広さであるが、最近になって岩泉線が使っていた駅舎に接する1番線がなくなったらしい。
茂市では何事も無いままやっと盛岡行きの列車がやってきた。たが・・・フルハウス‼私はその場で驚愕、やはり宮古から乗った方が良かったのかなとやや後悔したが、宮古で乗り換えたとしても座れたとは限らない。仕方なく私はドア付近に自分の身を寄せるしかなかった。
列車はとても山深い隙間を縫うように走るが、下手したら岩泉線よりも秘境的な風景かも知れない。マジ、熊や猪などがいつ出てもいいような典型的な風景に私は自然のダイナミズムを感じずにいられなかった・・・と言いたいところであるが、実際はそのダイナミズムよりも大志田や浅岸のその後が確認したくて仕方なかった。1982年11月に上越新幹線が開通し、そのダイヤ改正で大志田と共にスイッチバックが廃止され本線上にホームが移された浅岸だが、まだ残骸は残っているはず。お盆の帰省ラッシュで車内が人間一色の中、私は身をのりだし大志田と浅岸を頑張って確認しようとしたが・・・

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コメント
ダイヤモンド☆トナカイ様
にわか者様
コメントありがとうございます。
押角が撮り鉄の名所とは知りませんでした。撮り鉄は守備範囲外なので意外でした。
「何度か利用した」という事ですが、周囲に熊とか猿とかいませんでした?かなり秘境度高そうなのである程度準備していかないととんでもない目に合いそうなイメージですが・・・
押角が撮り鉄の名所とは知りませんでした。撮り鉄は守備範囲外なので意外でした。
「何度か利用した」という事ですが、周囲に熊とか猿とかいませんでした?かなり秘境度高そうなのである程度準備していかないととんでもない目に合いそうなイメージですが・・・
ダイヤモンド☆トナカイ様
いやいや、この駅は秘境駅としては、どうなんですかねぇ・・・
ダイヤモンド☆トナカイさんもご自身で行かれてみれば、この程度か・・・と、思われるかと・・・
写真を見るだけですと、とんでもない山奥の感じがしますけどね・・・
♪インドの山奥で~
失礼しました
ダイヤモンド☆トナカイさんもご自身で行かれてみれば、この程度か・・・と、思われるかと・・・
写真を見るだけですと、とんでもない山奥の感じがしますけどね・・・
♪インドの山奥で~
失礼しました
にわか者様
コメントありがとうございます。
押角は実際に行こうとしたのですが、1月だったので雪で道路が封鎖され行けませんでした。
ですが、修行をするならなにもインドまで行かなくても山田線沿線や岩泉線沿線に修行に適した場所が沢山あるような気がしますが・・・
さすが「愛の戦士」ですね。
押角は実際に行こうとしたのですが、1月だったので雪で道路が封鎖され行けませんでした。
ですが、修行をするならなにもインドまで行かなくても山田線沿線や岩泉線沿線に修行に適した場所が沢山あるような気がしますが・・・
さすが「愛の戦士」ですね。
ダイヤモンド☆トナカイ様
同じプロレスラーを目指して、インドに行った人と、虎の穴に行った人では、全く違う結果になりましたね(汗)
両番組ともエンディングは名曲かと???
両番組ともエンディングは名曲かと???
にわか者様
コメントありがとうございます。
「お前は虎になれ」という感じですか。
ただ、「虎」に関してはアニメから飛び出し、新日本プロレスで佐山聡が一躍アイドルレスラーとなり、現在でも度々リングで活躍してますよね。そして多くのレスラーからの憧れでもありダイナマイトキッドや小林邦明らとの名勝負数え唄は現在でも語り草になっている事でしょう。アニメよりも凄いあの動きは当時のプロレスシーンではかなりの衝撃でしたね。
でもどちらかと言うと私は「2代目」の方が好きなのですが・・・
「お前は虎になれ」という感じですか。
ただ、「虎」に関してはアニメから飛び出し、新日本プロレスで佐山聡が一躍アイドルレスラーとなり、現在でも度々リングで活躍してますよね。そして多くのレスラーからの憧れでもありダイナマイトキッドや小林邦明らとの名勝負数え唄は現在でも語り草になっている事でしょう。アニメよりも凄いあの動きは当時のプロレスシーンではかなりの衝撃でしたね。
でもどちらかと言うと私は「2代目」の方が好きなのですが・・・
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ここは撮りテツの利用度が高かったのでは???
ここで下車して、押角峠を目指して九十九折の道を上っていきますと、押角駅を俯瞰撮影できる有名なポイントがあったんですよ。
秘境駅は守備範囲外の私(ごめんなさい)でも、ここの駅は撮影のために何度か利用しましたよ(汗)
納得いく写真は結局撮れなかったですがね(涙)