2013年、北陸大人旅①
2019-07-30
私がこのブログを初めて約7年が経過した。最近、暫く私のブログでは自身の若かりし頃の旅を若干リメイク気味に紹介してきたが、まだまだ紹介したい旅は沢山ある。そこで今回は久々に近年の旅を紹介してみよう。
さて、今回は2013年に訪問した北陸の旅を紹介してみたい。2013年というと北陸新幹線がまだ長野までの、いわゆる「長野新幹線」的な時代であった。東京から北陸方面へ行く場合、越後湯沢や長岡などで在来線特急列車に乗り換えなければならない。
そんな風景が当たり前だった時代の旅であるが、北陸方面の現場に着くと、既に新しい時代を迎え入れる準備は万全であり、いつ新時代の扉を開けても良い雰囲気であった。

以前に「ムーンライトえちご」に乗車した時に高崎で撮影した寝台特急「北陸」。2007年には実際に乗車して金沢まで行ったがその時はまだレールファン復活前であった。途中、深夜の長岡では「トワイライトエクスプレス」とかち合う場面も。
北陸方面へ向かうには既に寝台特急「北陸」や急行「能登」の選択肢は無い。もちろん「妙高」や「越前」などの急行列車なども遠い過去に葬られていた。朝一番に北陸の地を踏む事は出来ない旅行程の組み立てに、さすがの私も寂しさを拭い切れない思いであった。ならばと朝一番で家を出るしかない!と当然誰でも考える行程を提案するしかなかった。
今回は「北陸フリー切符」という、ある意味周遊券的な性格の部類になる切符を使う。という事は指定された区間なら特急列車の自由席が利用できるわけだ。これは頼もしい。
ただ今回、どうせ北陸方面へ行くならと、途中経路から少し外れ新潟まで上越新幹線の制覇に乗り出す事にした。実は当時、上越新幹線は私にとって越後湯沢~新潟間は未制覇路線であったので片付けなければならないからであった。今まで乗らなかったのが不思議なくらい一片の空白地帯であったのだが、上越新幹線開業当時は「青春18」が主力だったのでほとんど縁がなかった。開業当時から知る私にとって、開業から30年以上も経過してからの初乗りとは、何となく感慨深い。当時よりの車両は既に無くなり、全く新しいタイプの車両が登場。そしてその車両も更新時期を迎え更に新しい車両が登場している。

2007年頃(だったと思う)に撮影した小田急5000系は本厚木にて。私自身、まだ本厚木に居を移してからそれほど時間が経過していなかったので、本厚木で下車する事自体が何となく新鮮であった印象だ。
という事で今回は、現在の最寄り駅である本厚木より始発列車で新宿を目指した。
相模大野からロマンスカー「さがみ62号」で一気に新宿へ。かつて私が「青春18」を駆使し普通列車のみで九州や四国に行っていた時代とは違う。ロマンスカーや後に乗る新幹線を使う「大人の旅」はまたひと味違った経験ができる事だろう。

今回の旅で撮影した「Max」。新潟での撮影であるが、Maxとは「マルチ・アメニティ・エクスプレス」の略である事は周知の通り。16両編成にすると最大1634人の乗車が可能で世界最大であり、まさに「マックス」の新幹線である。来年辺りに姿を消す噂が流れているが、もっともっと活躍して欲しかったと思うのは私だけであろうか。
さて、新宿からは「東京都区内」の特権を利用してJR中央線で東京へ向かう。さすが日本の「頂点」東京駅だ。通勤客や出張、そして「女ふたり旅」などの旅行客などが入り交じり老若男女が右往左往している。幼い頃から何度も来ている東京駅であるが、これから新幹線ホームへ向かうと思うと何となく優越感たっぷりだ。高校時代から約20年以上レールファンを離れていた関係から、東京駅の変貌に驚いたのは2007年であった。かつて東京から新幹線に乗るという事は「西」に向かう事を意味した。だが今は違う。北へ向かう事も、そして日本海側へ行く事もできる。時代も変わったものだと改めて実感した私は、上越新幹線名物でもある「Max」で新潟を目指す事になった。

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さて、今回は2013年に訪問した北陸の旅を紹介してみたい。2013年というと北陸新幹線がまだ長野までの、いわゆる「長野新幹線」的な時代であった。東京から北陸方面へ行く場合、越後湯沢や長岡などで在来線特急列車に乗り換えなければならない。
そんな風景が当たり前だった時代の旅であるが、北陸方面の現場に着くと、既に新しい時代を迎え入れる準備は万全であり、いつ新時代の扉を開けても良い雰囲気であった。

以前に「ムーンライトえちご」に乗車した時に高崎で撮影した寝台特急「北陸」。2007年には実際に乗車して金沢まで行ったがその時はまだレールファン復活前であった。途中、深夜の長岡では「トワイライトエクスプレス」とかち合う場面も。
北陸方面へ向かうには既に寝台特急「北陸」や急行「能登」の選択肢は無い。もちろん「妙高」や「越前」などの急行列車なども遠い過去に葬られていた。朝一番に北陸の地を踏む事は出来ない旅行程の組み立てに、さすがの私も寂しさを拭い切れない思いであった。ならばと朝一番で家を出るしかない!と当然誰でも考える行程を提案するしかなかった。
今回は「北陸フリー切符」という、ある意味周遊券的な性格の部類になる切符を使う。という事は指定された区間なら特急列車の自由席が利用できるわけだ。これは頼もしい。
ただ今回、どうせ北陸方面へ行くならと、途中経路から少し外れ新潟まで上越新幹線の制覇に乗り出す事にした。実は当時、上越新幹線は私にとって越後湯沢~新潟間は未制覇路線であったので片付けなければならないからであった。今まで乗らなかったのが不思議なくらい一片の空白地帯であったのだが、上越新幹線開業当時は「青春18」が主力だったのでほとんど縁がなかった。開業当時から知る私にとって、開業から30年以上も経過してからの初乗りとは、何となく感慨深い。当時よりの車両は既に無くなり、全く新しいタイプの車両が登場。そしてその車両も更新時期を迎え更に新しい車両が登場している。

2007年頃(だったと思う)に撮影した小田急5000系は本厚木にて。私自身、まだ本厚木に居を移してからそれほど時間が経過していなかったので、本厚木で下車する事自体が何となく新鮮であった印象だ。
という事で今回は、現在の最寄り駅である本厚木より始発列車で新宿を目指した。
相模大野からロマンスカー「さがみ62号」で一気に新宿へ。かつて私が「青春18」を駆使し普通列車のみで九州や四国に行っていた時代とは違う。ロマンスカーや後に乗る新幹線を使う「大人の旅」はまたひと味違った経験ができる事だろう。

今回の旅で撮影した「Max」。新潟での撮影であるが、Maxとは「マルチ・アメニティ・エクスプレス」の略である事は周知の通り。16両編成にすると最大1634人の乗車が可能で世界最大であり、まさに「マックス」の新幹線である。来年辺りに姿を消す噂が流れているが、もっともっと活躍して欲しかったと思うのは私だけであろうか。
さて、新宿からは「東京都区内」の特権を利用してJR中央線で東京へ向かう。さすが日本の「頂点」東京駅だ。通勤客や出張、そして「女ふたり旅」などの旅行客などが入り交じり老若男女が右往左往している。幼い頃から何度も来ている東京駅であるが、これから新幹線ホームへ向かうと思うと何となく優越感たっぷりだ。高校時代から約20年以上レールファンを離れていた関係から、東京駅の変貌に驚いたのは2007年であった。かつて東京から新幹線に乗るという事は「西」に向かう事を意味した。だが今は違う。北へ向かう事も、そして日本海側へ行く事もできる。時代も変わったものだと改めて実感した私は、上越新幹線名物でもある「Max」で新潟を目指す事になった。

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