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鉄道全線完全制覇の旅

昭和から平成へ・・・全線制覇の旅紀行!

相模線 ヘビー・ローテーション☆アゲイン② 川寒川

川寒川・・・寒川に約20年くらい住み、そして幼少期より過ごしてきた私にとってその場所を特定するのは非常に困難であった。

川寒川とは、相模線が開業当時に相模鉄道として茅ヶ崎から寒川間が開業したときにできた駅であった。駅といっても旅客を扱うのではなく、採取した砂利を積み込む貨物駅として寒川駅の構内側線扱いでの駅であった。川寒川は寒川から更に数百メートル西へ進み寒川神社の参道入口付近から本線と枝分かれして更に数百メートル進んだ場所にあるためとても「構内側線」とは思えない場所にあったが、当時のいろいろな手続き上のやりくりがあったのだろう。おかけで現在でもインターネットを開くと川寒川のデータや資料が少ない。ならは私がそこにひとつ加えてみたいというスケベ心もでてきてしまう。
まぁそん事より、とにかく川寒川とは何か?を早速紹介してみよう。

img20200429112246595.png
画像は「地理院地図」より1961~1969年撮影のものである。この写真の撮影時は既に川寒川への貨物支線は廃止されていたが、廃止から20年以上経過していた事となる。しかしながら航空写真からもかなりの痕跡をたどる事ができるのが素晴らしい。寒川からは西寒川へと向かう「寒川支線」も分岐されていたが、現在でもその廃線跡が遊歩道や、一之宮公園内ではレールも残っている貴重な「資料」として現在も受け継がれている。

川寒川は先述の通り、相模線開通時に誕生した駅で、採取した砂利を積み出す、いわば貨物駅であった。
当時の相模線の母体である相模鉄道は地元の融資により設立されているが、その中にはあの「湘南ビール」でお馴染みの熊沢酒造の先代の名も連ねていた。全くの余談であるが、妻の母者が若い頃、その熊沢酒造の息子と付き合っていたらしい。だが、他の男性からもモーションを受けたらしく、結局そのモーションを受けた男性に「鞍替え」したのだが、それが現在の旦那様・・・つまり私の義理の父者なのだ。って全くプライベートな話になってしまったが、それはともかく、その熊沢氏が株主であった関係からであろう都合から現在の相鉄いずみ野線の延伸計画に香川付近を通り平塚に抜けるルートが計画されていた。つまり、香川付近はまさに熊沢氏が広大な土地を所有していた関係からであろうという事からそんな延伸ルートが計画されていた。
そして寒川から先の西寒川方面への支線については近年まで旅客輸送として健在だった事は地味に有名で、私自身も小学校入学前から高校2年生頃まで西寒川の駅前に住んでいた経緯からその思い入れも強い。ただ、川寒川に関しては情報がほとんど無く、場所の特定も近年まで誤った情報の影響から本来の場所ではない場所を川寒川と特定していた。

川寒川分岐@


同じく画像は「地理院地図」より1961~1969年撮影の相模線本線と川寒川への分岐部分を拡大してみた。写真撮影当時で廃止から20年以上経過しているのだが、かなりの痕跡を確認する事ができる。

だが・・・最近になって「国土地理院」監修の1961年~1969年頃の航空写真を何気なく見ていたら、町にある道路の変遷と共に川寒川の場所を何気なく特定できてしまった。便利なのは現在の航空写真と重ねてその場所等を比較して特定できる事。
その航空写真を使い特定した川寒川の場所は寒川町と平塚市を繋ぐ神川橋付近、現在の遊技場からスポーツ公園の野球グラウンド付近であった!現在全く面影なし!しかも中学時代はそのスポーツ公園で野球をしたりマラソンをしたりしていた!なんと私は川寒川で野球をしていた事になる!!あれほど謎に包まれた川寒川であったが、まるで狐に騙された思いであった。しかもその遊技場で何度かパチンコした事や道路を挟み対面にあるカラオケや焼き肉店等で過ごした事もあり、何かと川寒川と知らないうちに接触していた事になる。

川寒川現在

そして「地理院地図」よりの現在の航空写真である。川寒川駅付近は高速道路や神川橋の土台や築堤と遊技場になり完全に面影や痕跡は無いが、分岐点付近は道路として目久尻川付近まで残っているのは先に紹介した写真と同じ光景である。

某鉄道アナリストの著書を参考にして特定していた場所は寒川神社の参道付近にある「参集殿」付近より相模川方面に折れた先の水道局付近であった。私は20数年それを信じていたが、脆くも崩れ去ってしまった。その資料を信じる根拠として、その付近には相模川に沿って背の低い築堤が寒川から倉見を経て社家辺りまで続いていたため、その築堤の一部を「砂利線跡」と思い込んでいたからだ。そしてそれを砂利線と思った根拠としては、その築堤上には相模川から採集された砂利を積んだトロッコやナベトロから築堤下の線路に停車中のホッパー車に積み下ろす的な写真を昔の倉見駅の写真で同様の光景を何かのタイミングで見たからであった。つまりその築堤こそ川寒川の名残と信じていたからであった。
現在の考えでは、その築堤は単純にかつての相模川の堤防の名残であると推測するが、もしかしたら倉見付近では倉見駅構内にかなり近づくため、実際に砂利線が一部の築堤を使用していたかも知れない。いずれにしても川寒川の場所は以前に私が特定していた場所ではなかった事、そして正確な場所をかなり高い解析度で確認できた事である。


画像はグーグルマップより、上記ふたつ前の画像の「グーグルマップ地点」の画像である。レールがあったという面影は無く完全に生活道路となっているが、こうして違った形で痕跡が残っているのも嬉しい。我が地元にこんなに奥深い鉄道風景があるなんて、ある意味得した気持ちである。ちなみに道の先にあるのは目久尻川で、かつては当然ながら鉄道橋があったはずであるが、現在は全く面影や痕跡はない。



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コメント

お疲れ様でした

初めまして生まれてから半世紀近く住んでいる地元民です

川寒川駅の特定お疲れ様でした

私も色々調べてみていたのですが、なかなか特定までには至らず、あきらめていたどころか、そのことすら忘れていました

たまたま日東タイヤのことを調べていて、ここにたどり着きました

私も、水道局付近説を信じていたのですが、同時に疑問に思っていたのは

「水道局に付近にあったのなら、何故目久尻川を渡った後に分岐しなかったのだろうか?そっちの方が橋を作る手間を考えると、コスト面では良いはずでは?」

という事でした

今回の航空写真ですべて解決しました、川とのふれあい公園の野球場当たりだったんですね

いま昭和10年生まれの父(小6で寒川に移住)に確認したところ、寒川取水堰より南で砂利採取が行われ、それより北では行われて無いのことでした(他の地域は除く)

亡くなった母も「神川橋付近では砂利採取で川の形状が変わり、流れが急な所や、掘りすぎて深くなり水が湧き出ているところがあるから絶対に泳ぐな」という事を子供の時よく言われた思い出があります

(母の話は事実かどうかはわかりませんが、神川橋付近は遊泳禁止で溺れて亡くなった方もいます)

そう考えるとこの特定はほぼ確実だと思います

いろいろスッキリさせてもらいました

ありがとうございました

では

うどん様

うどん様、コメントありがとうございます!

うどん様、すごいです!地元民の方からのコメント、ものすごく嬉しいです!!!

まさに私もうどん様とほぼ同じような気持ち&経験です。
川島令三という鉄道アナリストがいますが、そのアナリストの著書によりますと水道局付近と記されていたのでつい最近までそこであると思ってました。
しかしながら・・・何気なく昔の航空写真を見ていたら!うどん様と同じ気持ちになりました。

ちなみに私は1975年~1984年頃まで西寒川の駅前一等地に住んでましたので、西寒川駅の思い出及びこだわりは、全世界のレールファンの中でも1~2を争うくらいのこだわりがあると信じています。

それはさておき、うどん様もご意見されていましたが、航空写真がいとも簡単にこの「川寒川」の件を解決してくれましたよね?
分岐点から川寒川の位置まで。
新幹線開通直前、いや、開通してからもしばらく頃まで川寒川の名残があったのだなと航空写真を見ながらものすごく感じました。
ちなみに私の母は昭和12年生まれですので、もしかしたらうどん様のお父様と先輩・後輩の間柄だったかも知れませんね。

とにかく、こんなにいとも簡単に航空写真により川寒川を特定できるって事、そしてそれにより色々なサイドストーリーが生まれた事って素晴らしいです。
そしてうどん様の母様のお話もかなり信憑性があると思われますので、私にとってもかなり貴重なご意見・資料となりました。
考えて見たら私の母にも当時の様子を聞いてみればいいのですよね?機会があったら当時の様子を聞いてみて、何か貴重な意見が出たらこの記事に早速反映させて見たいと思います。
コメントありがとうございました!

追加で…

お久しぶりです

もしご存じだったら申し訳ございません

寒川文書館(寒川総合図書館)のツイッターに相模線の記事があったのでお知らせします



まずは川寒川駅
https://twitter.com/samu_archives/status/1090554242388025344

県営目久尻川排水工事の地図です

竣工は昭和4年(1929)3月県の作成した地図となります

川寒川は昭和6年に廃止ですから現役時代の地図となりますが

目久尻川の工事前と工事後の説明用の地図なので精度に関しては不安なところがあります



次に倉見駅
https://twitter.com/samu_archives/status/1118044706594672641

昭和28年測量の地図で精度は申し分ないです

倉見の砂利採取の引き込み線とトロッコ線の様子がよくわかります



最後に西寒川駅
https://twitter.com/samu_archives/status/1118436634951729152

こちらも昭和28年測量の地図で精度は申し分ないです

飛び地の修正などありますが

路線の下が切れていてここは惜しいと感じました


ほかにも西寒川駅などの相模線のことが書かれていましたが今回は割愛させていただきました

時間があるとき見てはいかがでしょうか?

では

Re: うどん様

コメントありがとうございます!

報告いただいたツイッター、確認させていただきました。どれも初めて見るもので非常に驚いております。

まず川寒川ですが、航空写真で私が推測したものと若干異なるイメージですね。特に分岐点が寒川支線からの分岐は、航空写真から推測のものと明らかに違いうどん様のおっしゃる「精度」的にはやや不安材料があるものの、着地点の川寒川の位置はほぼ一緒かな?的なイメージですね。

そして倉見駅ですが、航空写真でも文書館のツイッター地図でも同じようにナベトロ支線の存在が確認できますので精度的にはものすごい事になりますね。
実際、私は倉見にも住んでいましたが、ナベトロ支線は現在では全く痕跡がないくらい過去に葬られている状態ですね。ただ、一部は道路に転用されていて今でも辿る事はできますが、過去の姿を想像するには遥か彼方かけはなれた世界でしょう。

そして最後の西寒川ですが、駅構内の側線がハッキリと記されているのはすごいです。
実際に私のブログでもこの構内側線に触れており、まさに文書館から提供していただいた写真にその存在がハッキリと写っております。その側線のやや奥地に私がかつて住んでいた場所が有り、まさに西寒川駅にポイントがある事自体、当時は驚きでした。
四之宮も航空写真と同様の位置で確認できて、まさにこれは大変貴重な資料ですね。
時間ができたら文書館再訪してみます!

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貴重なコメントありがとうございました。

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ダイヤモンド☆トナカイ

Author:ダイヤモンド☆トナカイ
所在地:神奈川県湘南地区

〇2013年6月11日、北陸新幹線長野駅にてJR全線制覇いたしました(当時)。
国内の鉄道は、沖縄の「ゆいレール」を残し全線制覇しました。(とは言うものの、2015年3月の北陸新幹線延伸によりJR全線制覇は「ベルト返上」しました)

★ ブログ記事の「リメイク版」は、以前にホームページで紹介した旅日記をブログでリメイクしたものです。


◎ブログの登場人物

★ ダイナミック☆トナカイ
・・・中学時代の後輩で、2013年に約30年振りに再会を果たした。数多くの写真を提供していただいた「盟友」でもある。

★ おさる・・・かつて私がバンド活動をしていた時のメンバーで、鉄道復活のきっかけを作ってくれた人物。彼とは「秘境駅」を数回訪問した「親友」でもある。

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