夏色の相模鉄道③ 相鉄いずみ野線
2020-07-10
相鉄いずみ野線は二俣川から分岐されるが、開業当初から旅客輸送を目的として建設され、神中鉄道時代における砂利輸送などの貨物を主体とした輸送とは全く異なり、完全に将来を見越した設計となっている。
もともとは現在の湘南台より更に進み香川付近で相模線と交差し平塚まで到達する延伸計画があるのは有名な話であるが、新幹線が倉見付近に駅を新設する計画が浮上したのを受け平塚までの延伸がペンディングされ、途中で分岐点を設けるか倉見までの延伸に専念するか検討中であった。2009年に平塚までの延伸免許が期限切れになることを受け10年の延長更新がなされたが、現在は倉見までの延伸が具体化したらしく、藤沢市遠藤付近にある慶應義塾大学付近までの延伸がほぼ具体化しているようだ。


今回も「地理院地図」による現在と1961年頃の比較。いずみ野駅であるが、二俣川から本気で平塚まで延伸をかんがえていたのか・・・は別として、全くの不毛地帯に駅を作ることによって「開発」というマジックをいかに活用するかは当時の相鉄の方針であった。このいずみ野線に相鉄が大きな期待がかけられていたのが伺える一面である。
これはあくまで個人的な意見と見解であるが、新幹線の倉見駅は構想から既にウン十年経過しているのと、新横浜~小田原間に駅を作ると新幹線の所要時間が遅くなるためやや疑問もある。もちろんリニアが開通したらひとつの手段として有効であろうと思うが、自身がかつて倉見に在住していた経験から、恐らく駅が新設されてもあまり意味を持たないようなイメージもある。もちろん「のぞみ」が停車すればまた大きな変化があると思うが、こだまのみの停車駅では相鉄を延伸するほど需要があるかどうかというイメージである。



そして平塚延伸によりポイントとなるのが香川とここ湘南台である。上から現在と1974年頃と1961年頃での比較である。湘南台は周知の通り市営地下鉄と相鉄が小田急と接続するようになり発展目覚しく、急行停車駅である長後と立場が逆転してしまった。それは中央林間と南林間との関係にも似たような部分もあるが、後はいずみ野線と市営地下鉄の速達性をいかに進めるかによって今後の未来の展開が決まってくるであろう。
では平塚延伸はどうか。平塚から東京方面へは間違いなくJRの方がスピード面で勝るが、湘南台方面へは便利になり有効であろう。ただ、どれだけのパイがあるかを考えると、やはりスピード面でJRに勝たなければ大きなパイは拾えないであろう。ただ、香川は移転して相模線との交点を乗換駅にすれば一気に価値が上がるであろうし、湘南みずきに住まわれる方のアクセスも向上するであろう。ただ、湘南みずきの広大な土地はもともと平塚延伸のために所有していた相模鉄道の土地である。現在宅地化されているが、その中に平塚までの線路敷設予定地も含まれていたはずなので今後の展開が気になる。逆にいうと、平塚延伸を断念し宅地化のみに専念したかも知れない。もし本気で平塚まで延伸するなら香川付近は地下化するしかないであろう。
さて、今回具現化されようとしている慶應義塾大学付近であるが、まだまだ開発の余地があるので将来的に住宅やマンションなどの建設も行われるであろう。もちろん大学生たちの通学には重宝するであろうが、その先の延伸に関しても開発の余地はあるので期待して良いであろう。現在、慶應義塾大学方面へは、特に利用者の多いラッシュ時などには「ツインライナー」と呼ばれる、わかりやすく言えば2両編成のバスが頻繁に運行されている。利用者数や将来的な見解を見ても慶応大学付近までの延伸は妥当であろうと思う。そしてかしわ台の章でも述べたが、車両基地を新たに作れるくらいの土地の余裕があるので、今後の活用次第であろう。
かつての砂利輸送から神中鉄道の買収、更に本線を国に買収され元の神中鉄道が現在の相鉄になり更にJRに乗り入れ都心までの運転が可能になり、また更に延伸計画がある。留まる事を知らない相模鉄道は一体どこまで、そしていつまで進化を続けるのだろう。今一番「ナウい」のは、もしかしたら相鉄かも知れない。
もともとは現在の湘南台より更に進み香川付近で相模線と交差し平塚まで到達する延伸計画があるのは有名な話であるが、新幹線が倉見付近に駅を新設する計画が浮上したのを受け平塚までの延伸がペンディングされ、途中で分岐点を設けるか倉見までの延伸に専念するか検討中であった。2009年に平塚までの延伸免許が期限切れになることを受け10年の延長更新がなされたが、現在は倉見までの延伸が具体化したらしく、藤沢市遠藤付近にある慶應義塾大学付近までの延伸がほぼ具体化しているようだ。


今回も「地理院地図」による現在と1961年頃の比較。いずみ野駅であるが、二俣川から本気で平塚まで延伸をかんがえていたのか・・・は別として、全くの不毛地帯に駅を作ることによって「開発」というマジックをいかに活用するかは当時の相鉄の方針であった。このいずみ野線に相鉄が大きな期待がかけられていたのが伺える一面である。
これはあくまで個人的な意見と見解であるが、新幹線の倉見駅は構想から既にウン十年経過しているのと、新横浜~小田原間に駅を作ると新幹線の所要時間が遅くなるためやや疑問もある。もちろんリニアが開通したらひとつの手段として有効であろうと思うが、自身がかつて倉見に在住していた経験から、恐らく駅が新設されてもあまり意味を持たないようなイメージもある。もちろん「のぞみ」が停車すればまた大きな変化があると思うが、こだまのみの停車駅では相鉄を延伸するほど需要があるかどうかというイメージである。



そして平塚延伸によりポイントとなるのが香川とここ湘南台である。上から現在と1974年頃と1961年頃での比較である。湘南台は周知の通り市営地下鉄と相鉄が小田急と接続するようになり発展目覚しく、急行停車駅である長後と立場が逆転してしまった。それは中央林間と南林間との関係にも似たような部分もあるが、後はいずみ野線と市営地下鉄の速達性をいかに進めるかによって今後の未来の展開が決まってくるであろう。
では平塚延伸はどうか。平塚から東京方面へは間違いなくJRの方がスピード面で勝るが、湘南台方面へは便利になり有効であろう。ただ、どれだけのパイがあるかを考えると、やはりスピード面でJRに勝たなければ大きなパイは拾えないであろう。ただ、香川は移転して相模線との交点を乗換駅にすれば一気に価値が上がるであろうし、湘南みずきに住まわれる方のアクセスも向上するであろう。ただ、湘南みずきの広大な土地はもともと平塚延伸のために所有していた相模鉄道の土地である。現在宅地化されているが、その中に平塚までの線路敷設予定地も含まれていたはずなので今後の展開が気になる。逆にいうと、平塚延伸を断念し宅地化のみに専念したかも知れない。もし本気で平塚まで延伸するなら香川付近は地下化するしかないであろう。
さて、今回具現化されようとしている慶應義塾大学付近であるが、まだまだ開発の余地があるので将来的に住宅やマンションなどの建設も行われるであろう。もちろん大学生たちの通学には重宝するであろうが、その先の延伸に関しても開発の余地はあるので期待して良いであろう。現在、慶應義塾大学方面へは、特に利用者の多いラッシュ時などには「ツインライナー」と呼ばれる、わかりやすく言えば2両編成のバスが頻繁に運行されている。利用者数や将来的な見解を見ても慶応大学付近までの延伸は妥当であろうと思う。そしてかしわ台の章でも述べたが、車両基地を新たに作れるくらいの土地の余裕があるので、今後の活用次第であろう。
かつての砂利輸送から神中鉄道の買収、更に本線を国に買収され元の神中鉄道が現在の相鉄になり更にJRに乗り入れ都心までの運転が可能になり、また更に延伸計画がある。留まる事を知らない相模鉄道は一体どこまで、そしていつまで進化を続けるのだろう。今一番「ナウい」のは、もしかしたら相鉄かも知れない。
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